第69話「特別セール」
「ふぅ~楽しかったね。じゃあ帰ろうか、サメちゃん」
≪はい!≫
見たいものを見終えた二人。
さぁ帰るぞと『ああああああ総合展示会』の会場を後にし、宇宙港へ向けてテクテクと歩き始める。――たところで、ふと同時に二人が足を止めた。
≪――って違う!≫
サメちゃんが気づいた。
違う違う、帰るんじゃ、帰るんじゃない。
「攻撃を防げない……バリア装置を忘れない!」
サトゥーも思い出す。
そうだった。バリア発生装置を買いに来たんだった。
≪サトゥーさん、工業区画は反対方向です!≫
「イエスマム! 180度回頭! ぎゅいーん!」
≪ぎゅいーん!≫
二人して回頭。
そして目指すのは帰り道とは逆の、隣接したエリアにある工業区画。求めるものはそこにある。
◇
エリアとエリアを繋ぐ通路。
とは言えガショメズの宇宙ステーションに無駄な空間など許される筈もなく、そこは地球で言うところの『地下商店街』を思わせる光景が広がっていた。通路の両サイドには隙間なく店舗が犇めいており、通行を邪魔せんばかりの勢いで商品を満載した棚が並べられている。
売られているものも用途不明のガラクタから、貰って困る謎のお土産に、はたまたペットなのか食料なのか判別に困る生物など統一感が無く混沌としていた。
歩きながらそれらを眺めていたサメちゃんが突然、声を上げる。
≪あ、そういえばサトゥーさん≫
「ん、どったの?」
≪アルカルⅢに滞在中って、食料はどうするんですか?≫
「あぁ、それは勿論……あっ」
言われてサトゥーは気付く。
(――考えてなかった!)
アルカルⅢ――地球に降下すると、慣例として数日は滞在する事が出来る。
ではその間の食事はどうするのかと言うと、大抵のヤウーシュは"現地調達"で済ませていた。
何せヤウーシュの身体能力があれば熊には殴り勝てるし、逃げる鹿だって走って追いつけてしまう。ならば豪快に『ヤウーシュ式』でそのまま頂いてしまえばいい。問題があるとすれば寄生虫や病原菌だが、医療用ナノマシンを服用すれば簡単に解決も可能。
だからサトゥーも、空腹になれば適当な山へ分け入って『へぇ~、ここビュッフェ形式なんだぁ~』スタイルで新鮮なジビエを頂こうと考えていたが、よく考えたらサメちゃんが同行している以上、そんな事をさせる訳にはいかない。
そして残念ながらアルカル星系に小洒落た料理店など存在せず、さりとて『密入国している未確認生物』である以上現地のレストランなんか当然使えない
(参ったな……)
さて、どうしたものか。
思案しているサトゥーに、周囲へ視線を巡らせながらサメちゃんが提案してきた。
≪丁度この辺で保存食も売ってるみたいですし、せっかくなので買っていきませんか?≫
「あ、そうなの? あ、ホントだ」
確かに言われてみれば、周囲の店舗で『保存食』も売られている。
決して小動物(ヤウーシュ向け)でも、ケミカルな塩水(アルタコ向け)でも、落葉と虫の死骸が混じった土(ガショメズ向け)でもない、シャルカーズ向けの"お弁当"が。
確かにここでまとめ買いすれば、さらに寄り道して保存食を買い求めなくても済むだろう。
「そうだね、じゃあここで買って行っちゃおうか」
≪そうしましょう! それじゃあ――≫
「それじゃあお互いに食べたい保存食を購入して、そうだね。10分後にまたここで落ち合おう!」
サトゥーはガントレットに視線を落とし時間を確認すると、サメちゃんと別行動をすべく足早にその場を離れた。
◇
≪そうだね、じゃあここで買って行っちゃおうか≫
「そうしましょう! それじゃあ――」
アルカルⅢで食べる保存食を購入する。
「一緒にお買い物しましょう!」
――のだが、残念な事にシャルカーズとヤウーシュとでは食性が大きく異なる。
しかし幸いな事にサトゥーのそれは大分シャルカーズ寄りらしいので、同じ店舗で同じ商品を求める事が出来るだろう。
サメちゃんは空想する。
『あ、サトゥーさん! あれ美味しそうですよ!』
『ホントだ、美味しそう!』
――とか。
『あ、サトゥーさん! あっちのが沢山入っててお得そうですよ!』
『うーん、でもなぁ……こっちのが方が美味しそうなんだよなぁ……!』
『ふふふふ……悩ましいですね!』
――とか。
アレやこれやと二人でウィンドウショッピングをしたら、結構楽しいに違いない。
そんな事を考えながら、ウキウキと店舗の方へ視線を向けていたサメちゃんだったが、背後から聞こえてきたサトゥーの声。
≪――そうだね、10分後にまたここで落ち合おう!≫
「えっ」
サメちゃんは思わず振り返った。
サトゥーがガントレットで時間を確認しながら、早足で離れていくところだった。
「えっ」
その後ろ姿はどんどんと通行人の中に紛れていってしまう。
どうやら保存食の購入は別行動らしい。
「えっ」
――あっと言う間に居なくなってしまった。
もう影も形も見えない。
「……」
沈黙のサメちゃん。
(せっかく……)
二人でお買い物したら――
(楽しいと思ったのに……!)
――サメちゃん、再びプンスコ状態。
ほっぺを膨らませて、サトゥーが立ち去った方向に向けて威嚇を開始する。
(ぷくーーーー! ……ん?)
だがその時、ある店舗がサメちゃんの目に入った。
(……!)
その店の前に並べられている商品を見て、サメちゃんに名案が閃く。
『ぷしゅるー』と膨らんでいた頬を元に戻しながら、サメちゃんはチラリと自分の服装を確認した。
何せ勤務中にそのまま拉致されたので、格好は『ツナギ』のまま。
「~♪」
サトゥーが居なくなってしまったが、逆に良かったかも知れない。
サメちゃんは鼻歌を歌いながら、その店舗の中に入った。
さて、何を買うのか。
◇
ルンブルク商会所有の『ああああああステーション』。
その心臓部である中央指令室で、会長の『悪くない』はリモート会議に参加していた。指令室中央にある巨大モニターには、全部で9人のガショメズ達が映し出されている。
それぞれが次々にゼロバッドへ向けて言葉を投げかけてきた。
≪――という訳で、後の世話はマーロ達が引き受けるでおーじゃ≫
≪そういう訳であんとす。どーーぞルンブルク商会すんは、安心して算盤でも弾いておくれはんな≫
≪だんぜガゾメズで初どなる、大事だドーディエズどの種族間交流の場だべ。なんが問題あっだら困るがんな≫
≪――肯定。ルンブルク、同意、也?≫
モニターに映っている9人は皆、誰もが大商会や大企業を率いているリーダーだった。そしてゼロバッドを含むこの会議の参加者10人が、ガショメズにおける事実上の意思決定機関『十人委員会』を構成している。
「……」
指令室の最上段、"会長専用席"に座ったまま、腕を組んで沈黙しているゼロバッド。彼がローディエルの接待を中座したのは、このリモート会議に呼び出されたからだった。
そして今、他のメンバー達から『昨夜の件』について責められている。昨晩、大切なローディエルのゲスト――具体的に言えば某ニューフェが一時的とは言え、行方不明となってしまった件についてであった。
(当人が火消しを計った為、ガショメズサイドは『ジュズイ商会による誘拐未遂事件』そのものは把握していない)
この件を口実に『警備体制に不安がある』として、十人委員会は寄って集ってルンブルク商会を『ローディエル接待のホスト役』から引き釣り降ろそうとしていた。
当然、ルンブルク側としては受け入れられる話ではない。
お金と時間を掛けてローディエルをお招きし、さぁ今から何を売りつけようかとウキウキしていたら『あ、続きはウチでw』と言われて誰が納得出来るものか。
ゼロバッドは腕組を解くとモニターに向かって答えた。
「いやぁ~手間お掛けして、ほんにすんまへん! それじゃあ後、お頼みしますわ!」
≪ホッホッホ! 任せるでおーじゃ!≫
≪あらぁ~、今日はゼロバッドすんえらい素直であんとすなぁ?≫
≪んだんだ! いづもごんぐらい素直だど助がるげんどなァ~! がががががが!≫
≪――肯定。ルンブルク、再見≫
次々と参加者のワイプ画像が暗転していき、遂にリモート会議そのものが終了する。
次の瞬間――
「クソボケがぁぁぁーーー!!」
――ゼロバッドが手元にあった算盤――ガショメズの伝統的な手動木製演算装置――を、巨大モニターへと向かって投げつけた。防護ガラスに弾かれ、算盤が粉々に砕け散る。
「あんボケナスどもが!! 覚えとけアホンダラこらボケカスごみぼけコラぼけカスが!!」
激昂するゼロバッド。
残念ながら今回は相手が悪かった。ルンブルク商会単体で、他の委員会メンバー9人を相手取る事は出来ない。要求を呑むしかなかった。
教訓があるとすれば、利益を独占し過ぎた事か。
他の9人を出し抜き過ぎた事で、嫉妬を買ってしまった線は否めない。利益は減ってしまうが、数人を巻き込んでおけば拮抗状態を作り、結果として利益は守れたかも知れない。
「――っちゅーか、ジュズイ商会のボケどもとはまだ連絡取れんのかい!!」
そもそも……全ての発端はジュズイ商会にあった。
あのボケどもが対ローディエルの警備シフトに勝手に穴を開けてくれた為、監視が疎かになり、どっかのマヌケが迷子になるという結果に至ってしまった。
つまり、全てはジュズイ商会が悪い。
「はっ! 未だ直通回線にも応答が無く――」
「だったら事務所に人(?)やって直接確認せんかい!! 分かるやろがそんくらい!!」
「はっ! 直ちに!」
「クソがーーー! 気分悪いでほんま!!」
悪態をつくゼロバッド。
暫くシュコー、シュコーと大きめの吸気音を響かせると、おもむろに立ち上がる。そしてそのままズカズカと指令室を出ていこうとした。
慌てて秘書官が尋ねる。
「あ、会長、どちらへ?」
「ドコだって良いやろがい。何でいちいちお前の許可取らなアカンねん」
「お、お待ちください……この後、トビズ商会との業務提携に向けた『伝票の仁義』の予定が入っていまして――」
「じゃあそれ先方待たせとけや!!」
「あ、待――」
呼び止める声を無視すると、ゼロバッドは指令室を後にする。
そして向かったのは、私物を保管している個人用倉庫。数m四方のサイズしかないそこに収められているのは、ゼロバッド自らが厳選して収集した、一見すると問題がない様に見える、実際は問題を抱えた商品ばかり。つまり"不良品"の山だった。
ゼロバッドは適当な目星を付けると、それらの中から幾つか拾い上げていく。
「ふんふん~♪ さぁ~、今日はどの子が"良品"に変身しちゃうんや~?」
本来は商品価値のない"不良品"を、口先だけで"良品"と思わせて頭の悪い客に売りつける。イライラを解消したい時にゼロバッドがよく行う、趣味と実益を兼ねたストレス解消法だった。
「これと、これと……後はこれや!」
そう言いながら、選ばれた"不良品"たち。
その中に、どっかのヤウーシュが好みそうなバランス栄養食『カプリーメイト』――賞味期限が10年切れている――が含まれていた。
無事に"入荷"を終えたゼロバッドがルンルンで倉庫から出てくると、独白。
「さぁ……悪くない商店、特別セールの開始や!」
決戦の時が迫っていた。
売る者と売られる者
サトゥーの躰に染みついたカモの臭いに惹かれて、嘘八百な奴らが集まってくる
次回「サトゥーvsゼロバッド」
サトゥーが食べる保存食は、変な味




