第67話「何なんです」
「そうですか……要らないですか……」
サトゥーに断られ、ションボリと肩を落とすキュイーン。
だが持ち前の元気ですぐ立ち直ったのか、威勢よく続ける。
「で、では次の紹介に移らさせていただきます!」
(ん? 結構あっさり引き下がったな)
てっきり『そんな事言わずに買ってくださいよぉ!』と粘られるかと思いきや、意外にすんなり。キュイーンは隣の棚に移動すると、陳列されているそれを『ババン!』と指し示しながら続けた。
「あまりこういった事を私の口から申し上げるのは憚られるのですが……端的に申し上げましてコレ、傑作です」
「ほう、傑作……それは楽しみですね」
ニチャアと笑うサトゥーに、キュイーンもニチャアと笑って応える。
尤も『楽しみ』というサトゥーの言葉もあながち嘘では無い。
暴力を宿命付けられた悲しきモンスター・ヤウーシュ……その呪縛を断ち切らんとするインテリ層、その上澄みたるYMCAが創り上げた"傑作"とは果たして……。
「お任せください……必ずやご期待に添えるものと確信しております。それではこちら、ご覧ください」
そう言いながらキュイーンが示すのは、棚に立てかけられている円柱型の物体。
約6m程の高さがあるそれは先端が丸く窄み、側面からは小翼の様な物が生えている。
「これは我々YMCAが独自開発しました――」
「――ミサイル?」
「ミサイルではないですね。こちらは我々が自信を持ってお勧め出来る新兵器……その名も『VOB』です!」
「なるほど……」
紹介されたそれを、サトゥーは改めて見上げてみる。
そしてやはり湧き上がった率直な感想を述べた。
「――VOBミサイル?」
「だからミサイルではないです。こちらどのような兵器かと申しますと……例えばサトゥー様、敵船への突入作戦の時など『待ち時間が長いなァ……』なんて思った事はございませんか?」
「あぁー……それは結構ありますね……」
思い出すのは、サトゥーが下級戦士だった頃。
敵船への突入要員として雇われる"数合わせ"の仕事とは、つまり敵船へのドッキングが成功するまでヤウーシュに出る幕はない。よって散々待たされた揚げ句『密輸船の捕捉に失敗しました』ので解散します、という結果になった現場も一度や二度では無かった。
「そうでしょうそうでしょう……そんな時、こう思った事はありませんか? "あぁ~、敵の宇宙船に肉弾攻撃仕掛けてぇなァ~"って!」
「敵の宇宙船に肉弾攻撃」
「はい、ちんたらドッキングなんて待ってられないじゃないですか! だから宇宙船と直接、肉弾戦してぇな~って思った事ございませんか~~~!?」
「(思った事)ないです」
「ですよね~! でも大丈夫、このVO……え、ない!!?? 思った事無い!!???」
キュイーンの『何言ってんだコイツ?!』みたいな反応を見て、サトゥーは内心頭を抱えた。
インテリ層は悲しき暴力モンスターの呪縛を断ち切ってくれるのではなかったのか。YMCAの連中は頭までヤウーシュだったのか。よくも騙したな。
しかし話が進まなそうなので、サトゥーは無理やり話を合わせた。
「ひゃ……百回から先は数えてないです」
「で……ですよねェ~~!? まさか思った事ないのかと思ってビックリしちゃいました! え~気を取り直して……でもご安心ください! そんな時こそ……この軌道偏向突入体(Vectored Orbital Breacher)、略してVOBの出番なんです!」
どこに出番があるのか。
どうしてドッキングを待てないのか。
頭に疑問が浮かぶサトゥーを余所に、キュイーンが説明を続ける。
「使い方は簡単です。まずこのVOBを持って船外に出ます」
「船外に出る」
キュイーンが電柱めいたVOBを軽々と持ち上げた。
流石はヤウーシュか。
「そしたらこう、VOBに跨ります」
「跨る」
そして魔女が箒をそうするように、股でVOBを挟み込んだ。
「後はVOBを点火して――」
「点火する」
収納されていた取っ手を引き起こすと、バイクのハンドルの様に掴んで――
「――敵船にドーンです」
「敵船にドーン」
――実演を終えたVOBを棚に戻すと、振り返ったキュイーンが満面の笑みで言った。
「どうです、簡単でしょう?」
「……」
何だろう。
眩暈がする。
言いたい事は沢山あるのに。
言いたい事が沢山あり過ぎて、言葉にならない。
だが一先ず、ひとつだけ問わねばならなかった。
「敵船のシールドに阻まれて到達出来ないと思うのですが……」
「ご安心ください! VOBは本体重量の7割をバリア中和装置に割いているので、敵船のシールドが健在でも安全に突入出来ます!」
「そうかよ」
何だろう。
妙に練られてるのが逆にイラっとする。
「この中和装置は中々のものが出来たと自負しております!
V-TECHはシールドを相互干渉させながら無理やり推力で突破しますが、容量の関係でVOBには真似出来ませんからね。上手くシールドに穴を開けて通り抜ける訳です! 技術力という面で他種族に劣りがちな我々ですが……それももう終わりです! 我々YMCAはこのVOBを積極的に他種族へ販売し、その利益で更なる躍進を遂げるのです! その第一歩がこの『ああああああ総合展示会』への出展なんですよ!」
「なるほど……」
中々に崇高な目標をお持ちでいらっしゃる。
サトゥーはYMCAへの評価を少しだけ改めた。
と同時に、気になる事を尋ねてみる。
「他種族への販売という事ですが……売れ行きの方は?」
「……」
キュイーンが目を逸らした。
あっ(察し)。
サトゥーは尋ね方を変えてみる。
「ちなみに……他種族の反応はどんな感じでしたか?」
「反応ですか……そうですね……」
そう言うと、キュイーンはVOBに対する他種族の反応をゆっくりと語り始めた。
◇
Case 1 『アルタコの場合』:
「――以上がVOBの概要となります」
会議室の中。
スクリーンを使ってプレゼンをしていたキュイーンが、アルタコの反応を確認しようと振り返る。
≪……≫
≪……≫
≪……≫
そして目撃したのは、全員机に突っ伏してぐったりとしているアルタコの姿だった。
「わァ皆さん!? 皆さん大丈夫ですか!? きゅ、救急車ー!!」
………………
…………
……
「――という事がありました。
それにしても全員同時に倒れるなんて、アルタコ社会で感染症でも流行っていたんでしょうか?」
「そ、そうですね……」
説明を聞いたサトゥーは、アルタコが全員倒れた理由を察した。
安全の極致にあるアルタコの脳が、野蛮の極致にあるヤウーシュの発想、その理解を拒んで気絶を選んだのだろう。魚のエラに空気を、人間の肺に水を流し込むようなものである。
「……ちなみに売れましたか?」
「はい、10基購入いただきました!」
「おぉ、それは凄い!」
「ですが全数、納入先が各星系にある"博物館"で……『ヤウーシュ兵器開発の歴史』コーナーの展示品にするらしいです。だから全部、非活性化処置をしてから納品しました……」
「そうですか……」
◇
Case 2 『シャルカーズの場合』:
「――以上がVOBの概要となります」
会議室の中。
スクリーンを使ってプレゼンをしていたキュイーンが、シャルカーズの反応を確認しようと振り返る。
≪……≫
≪……≫
≪……≫
そして目撃したのは、絶句している少女たち――全員が軍服を着用している――の姿だった。
あまり反応が芳しくない……。思わずキュイーンは訊ねていた。
「あの……何か?」
≪あ、いや……非常に独特で……独創的で……恐ろしい。そう、恐ろしい兵器だなぁと……。ちなみに搭乗者……搭乗者? の安全対策についての言及が無かったのですが……どのような対応を……?≫
「安全対策とは……?」
≪??????≫
「??????」
………………
…………
……
「――という事がありました。
その後、やれ壁を作れだとか、操縦席をエンジンから離せだとか、バリア装置をつけろとか自衛火器が必要だとか、更にそれを動かす為のアームがどうだとか搬送の為の脚部がどうだとか言われたんですけど……それしたら、もうただのV-TECHじゃないですか」
「は、はぁ……」
「V-TECHって何かこう、卑怯味があって好きじゃないんですよね……とは言え、将来の顧客の言う事なので無視する訳にもいきません。そこで付けました。安全装置」
「ほう、安全装置……?」
そう言うと、キュイーンは棚に立てかけられているVOBに近づき、座席――という名の、跨った時に腰を下ろすだけの側面部分――の近くにあった小さな突起を手に取り、引っ張る。ズルズルと引き出されたのは革めいたベルトだった。
「シートベルトです」
「シートベルト」
サトゥーの頭の中に『刀を持ったサングラス着用のヴァンパイア』が現れると、言った。
"違う、そうじゃない"。
そういう問題じゃあ無い。
「……ちなみに売れ行きは」
「……1基だけ。ただ搬入先が研究所で、聞いた話だと技術考証の為にすぐバラしちゃうそうです……うぅ、私のVOB……」
「そうですか……」
◇
Case 3 『ガショメズの場合』:
「――以上がVOBの概要となります」
会議室の中。
スクリーンを使ってプレゼンをしていたキュイーンが、ガショメズの反応を確認しようと振り返る。
≪……≫
≪……≫
≪……≫
残念ながらロボットめいた姿をしているガショメズは、その反応を窺いにくい。
キュイーンは声に出して尋ねてみた。
「あの……如何でしょうか?」
≪……苔≫
「コケ……?」
≪……苔やな≫
≪これめっちゃ苔!≫
≪もうフェイスパーツ中、苔まみれや!≫
「??????」
………………
…………
……
「――という感じで、終始『コケ』としか言われず……どういう意味だったんですかね?」
「さ、さぁ……」
サトゥーは知っていた。
ガショメズにとっての『苔』とは、食用にならない事から『役に立たないもの』の総称であり、そこから転じて相手を嘲笑する意味が有る事を。
サトゥーの前世、日本語のネットミームで言うところの『草』が最も近い。
つまりバカにされていたのだ。
しかし知らないのなら、わざわざ教える必要も無い。
サトゥーは話題を変えた。
「と、ところでガショメズには何基売れたんですか?」
「100基です」
「100基!? それは凄いじゃないですか!」
「でもその後、契約の為にメール送ったら"この連絡先ないよ"ってエラーが返って来て。結局、相手とは連絡取れなくなるし、何かスパムメールが来る様になったし。何なんですかね」
サトゥーは答えた。
「苔」




