第66話「プレミアム」
2025/2/24 23:30 本文修正しました
兵器ブースの片隅にあるヤウーシュの出展エリア。
そもそもが動線の問題なのか、来訪者が少なく閑散としている。並べられている机もどこか雑然としており、何より『見上げる様なV-TECHの巨躯!』といった分かり易い華々しさがエリア内に無い為、どこか地味な雰囲気が漂っていた。
ヤウーシュスタッフも数人在駐していたが、出番が無いからか机に突っ伏してグダーっとしている。
「んで……こりゃ何だ」
展示されている兵器は2種類。
サトゥーは先ず、手前に並んでいるパラボラアンテナ(?)へと目をやった。
土台だろう部分はランドセルの様になっており、やはり背負うものらしい。アンテナ部分は、ランドセル上部から伸びたアームの先端に取り付けられている。
サトゥーがあれこれ推察していると――
「……!?」
――その存在に気付いたヤウーシュスタッフがひとり、慌てて立ち上がると近づいて来た。小柄なヤウーシュの女性だった。
「こ、こんにちは~! もしや我々の開発した『イヤーペイド』にご興味が?」
「イヤーペイド……?」
「はい! 電磁波・空気分子共振位相振幅分配機関(Electromagnetic-Aeromolecular Resonance Phase Amplitude Distribution Engine)……略してEARPADEです!」
「電時空、分身恐喝とんぷく分配キンカン?」
「電磁波・空気分子共振位相振幅分配機関です! これは我々が……おっと失礼。わたくし、こういう者です」
そう言いながら女性ヤウーシュが『手を払う』ような動作をした。
それがパーソナルデータの送信を行うスワイプ動作である事に気付いたサトゥーは、ウェアラブルデバイスを操作してデータを受信する。
「これはご丁寧に……えーと、YMCAのキュイーンさん?」
「はい! ヤウーシュ軍事コンサルティング協会(Yawush Military Consulting Association)のキュイーンと申します!」
「ご丁寧にどうも……私はこういう者です」
サトゥーもパーソナルデータを送信した。
元ジャパニーズ・サラリマンたるもの、アイサツは大事である。
「ご丁寧にありがとうございます! えーと、シフード氏族の……サトゥー!!??」
「ファ!?」
「サトゥーってあのサトゥー様ですか!? カラーテの!!??」
突然、興奮し始めるキュイーン女史。
「あ……ハイ。一応……カラーテ? やらせてもらってます……」
「わァ! お会い出来て光栄です! ご活躍の噂はかねがね……!」
両手を握られ握手ブンブンされるサトゥー。
「サトゥー様はアレです!
私たちみたいな、体格に恵まれない層にとっての期待の星で……! 体重差をひっくり返して勝利しちゃうんですから、本当に凄いです!!」
「あ、ありがとう……ございます?」
キュイーンからの、キラキラとした尊敬の眼差し。
だがそれはサトゥーに眩し過ぎる。何せ空手と合気道あっての成果。称えられるべきは前世の先人たちであって……自分は借りてるだけ。
「あの悪名高き"下級狩り"のイービリを制裁したの、サトゥー様なんですよね!?」
◇
"下級狩り"のイービリ。
かつてヤウーシュ界隈に悪名を轟かせていたザコガリー氏族の戦士である。
イービリは他氏族で言う上級戦士相当の実力を持っていたものの、残念ながら更なる高みを目指せる程でなかった。やがて同格と切磋する事から逃げると、元来そういった性質を持っていたのか、愉悦を求めて弱者を痛めつける様になっていく。
そんな彼が目を付けたのは、他種族の軍や警察が"数合わせ"に雇う他氏族の下級戦士たちだった。用心棒として敢えて犯罪者側に雇われれば、そういった下級戦士達と衝突する機会を得る事が出来る。問題は違法行為に加担して犯罪者となってしまう点だが、イービリが狡猾なのはまさにそこだった。
"確かに雇われたが、犯罪の事は知らなかった"。
警察の取り調べで、イービリはそう供述した。
確かに雇う側が違法行為を隠ぺいしていれば、雇われる側でそれを見抜く事は難しい。そういった依頼だけを上手く厳選する事で、イービリは犯罪者になる事なく、幾つもの現場を渡り歩いて下級戦士を襲い続けたのだ。
残念ながら、ヤウーシュ界隈において下級戦士は扱いが悪い。
仮に任務中にイービリと遭遇し、過剰なイビりを受けて手足を失ったとしても、弱いのが悪いと『自己責任』で片づけられてしまう。そして下級であるが故に稼ぎも悪く、高額な再生医療など夢の又夢。再起不能で人生(?)詰みである。
それでも選択肢を持たない下級戦士たちは、イービリに怯えながら"数合わせ"の仕事を受け続けるしかない。救いは無いんですか!
◇
『ビーリビリビリ、もうお前は終わりビリねぇ~!」
『や、やめてくれ~!』
密輸犯を逮捕する為、強制臨検に突入した船の中。
銀河刑事警察機構が雇った"数合わせ"の下級戦士達は、待ち構えていた上級戦士イービリによって蹴散らされてしまっていた。
『良い事思いついたビリ! お前は手足を捥いでやるビリ~!』
『ま、待ってくれ! 俺が戦えなくなったら、家族が……!』
『でも俺は楽しいビリね~!』
『やめろぉぉぉぉぉ――』
嗚呼、今日もまたイービリの暴虐を前に、憐れな犠牲者が出てしまうと言うのか……。
繰り返される悲劇。
救いは……救いは無いんですか!?
でもヤウーシュ社会は超実力主義である。救いは無いね。
だけど救いが無いなら――
――俺が救いになれば良い。
『そこまでだ!』
『誰ビリ!?』
イービリの前に姿を現したひとりの戦士。
『貴様に教える名など無い……だが俺は――』
その戦士は小柄だった。
しかし立ち上がったのだ。この悲劇を食い止める為に……全ての下級戦士を救う為に!
『正義の為に……この"カラーテ"で貴様を打ち倒す! 我が名はサトゥー……"カラーテ"のサトゥーだ!!』
◇
「――っていう事があったんですよね!?」
「あったと言うか……無かったと言うか……」
誰だ、話盛ったのは。
「私の友達も任務の最中にイービリにやられちゃった事があるんですけど……サトゥー様がイービリを退治してくださって、今は安心して仕事が出来るって皆喜んでるんですよ! 本当にありがとうございました! サトゥー様は下級戦士にとっての救世主です!」
「そ、それは……良かったです……」
「そう言えば、最後はどうやってイービリをやっつけたんですか!? イービリは病院に『酸素欠乏症』で担ぎ込まれたって事は知ってるんですけど、やっぱり呼吸機能に打撃を与えるような凄い『カラーテ』技を使ったんですか!?」
「あ、イヤ……技というか……」
そう言えば……そんな事もあった。
サトゥーは思い返す。あれはいつの現場だったか。
20人の下級戦士と共に犯罪者の船に乗り込んだら、何故か敵側に超強い用心棒が居て、同僚が皆やられて超絶ピンチに。でも近くにエアロックがあったので、開閉ボタンをポチっと押してその超強い用心棒を宇宙空間にリリースした……事はあった。尤も、そいつの名がイービリだったらしい事を知るのは後の事である。
「まぁこう……指でピっと……」
「凄い!!?? やっぱり『カラーテ』って凄いんですねェ! かっこいいなーー!!」
嘘は言っていない。恐ろしい事に、嘘は……。
しかし話題を変えた方が良いだろう。サトゥーは話を進める事にした。
「そ、そんな事より、説明を……そうだ、この電子・空気分子なんたらは何に使うんでしょうか?」
「あ、すいません私ったら! それじゃあ説明させていただきますね! ……って、えへへっ」
「?」
何だろう? キュイーンがモジモジしている。
「憧れのサトゥー様にいざ説明するとなると……何だか照れちゃいますね!」
「左様で……」
「えー、オホン! それでは始めさせていただきます! この電磁波・空気分子共振位相振幅分配機関『イヤーペイド』ですが、これは我々ヤウーシュの伝統に則った……ってそうだ! サトゥー様、折角ですから『イヤーペイド』を使ってみませんか!? たぶん口で説明するより、そっちの方が早いと思います!!」
キュイーンはそういうと、展示されていた『イヤーペイド』を棚から下ろす。
そしてサトゥーの背中にズイズイと背負わせてきた。
「あ、ちょっと?」
「さぁどうぞサトゥー様! さぁご遠慮ならずに、はい腕通して!」
「あ、えっ、ちょ」
恐ろしく早い背負わせ。
サトゥー、気が付けばイヤーペイドをパイルダーオン。
「じゃあいきますね!」
「あっ、ちょ、あっ」
キュイーンがウェアラブルデバイスで何かのデータを入力していく。
するとサトゥーの背負っているイヤーペイドの、お椀部分から『ジジジ……』というスピーカーのノイズめいた音が聞こえ始めた。
サトゥーはふと考える。
(……ん?
これアンテナじゃなくてスピーカー? あ、いや電磁波って言うからアンテナではあるのか? 待てよ……名前の、空気分子の共振、振幅……音? やっぱりこれスピーカーか!?)
もしこれがスピーカーだとすると……。
出力端末であるお椀部分はサトゥーの後頭部の位置にあり、しかもこちらを向いている。放たれるだろう音波が最初に襲い掛かるのは――
「いきまーす!」
「ちょっと待――」
電磁波・空気分子共振位相振幅分配機関『イヤーペイド』がその能力を解き放った。
≪ マ ァ ァ ァ ァ イ ネ ェ ェ ェ ェ ム ! ! ≫
「ぐわーーーーー!!??」
お椀の中心にあるスピーカーが空気を振動させ、その名称に違わず波の位相と振幅を制御しながら"効率良く"前方へ『音』を分配していく。その軌道上にあるのは何か分かるかな? そうだね、サトゥーの鼓膜だね。
≪ イ ズ 、 サ ト ゥ ゥ ゥ ゥ ! オ ブ 、 グ レ ェ ェ ェ ト カ ラ ァ ァ ァ テ ェ ェ ェ ェ ! ! ≫
「みみが壊れりゅぅぅぅーーーー!」
何と言う事でしょう。
『イヤーペイド』は戦場で使う為の、背負い式のクソデカ音量スピーカーだったのです!
≪ マ ァ ァ ァ ァ イ ネ ェ ェ ェ ェ ム ! ! ≫
「二周目に入るなァァァァーー!!」
◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「――――――――」
ようやく停止した『イヤーペイド』。
サトゥーの横では笑顔のキュイーン女史が何やら得意げに、恐らくは『イヤーペイド』の解説をしてくれているのだろうが、サトゥーは耳鳴りの中にいるので聞き取る事が出来ない。音響制御により爆音マァァァァイネェェェェムは出展エリアの外にこそ漏れていないものの、近くに居たキュイーン女史が平然としているのは何故なのか。もしかして鼓膜が強いのかも知れない。
「――という訳で、この『イヤーペイド』は爆音・轟音響く戦場にあっても"名乗り"をしたいという、ヤウーシュ戦士たちの要望に応えるべく我々YMCAが開発したものになります!」
「そ、そうかよ……」
ようやく回復してきたサトゥーの聴力。
≪ペ~ポ~ペ~ポ~ペ~ポ~♪≫
その時、床の上に降ろした『イヤーペイド』から気の抜けたサウンドが聞こえてきた。
≪――ご覧の開発は、信頼と実績の『ルンブルク商会』の提供でお送りました≫
「……ん?」
「あ、こ、これは……」
しどろもどろでキュイーンが続ける。
「実は開発費用が足りなくて、ガショメズに資金提供してもらったんです。なので使用後に広告が流れちゃうんですが……あ、でも大丈夫です! ちょっとお値段が上がってしまいますけど、プレミアム版なら広告流れませんから! それに今なら、本来は名乗りの文言設定は有料なんですけど、サービスで無料にしておきます! サトゥー様もプレミアム版『イヤーペイド』、おひとつ如何ですか?」
「そうですか……サービス中。なるほど、なるほど――」
サトゥーは答えた。
「(要ら)ないです」
【キリスト教青年会(Young Men's Christian Association)】
地球に存在している、ヤウーシュ軍事コンサルティング協会と同じ略称を持った組織。勿論、何の繋がりもない。名前に反して信仰は問われず、広く青年層に対する啓蒙及び生活改善事業のための奉仕組織として活動している。
有する宿泊施設のドミトリー(相部屋)で多くの男が寝泊まりする、実際に同性愛が多い、ゲイの集まった音楽グループが同名の曲を発表した等の経緯により、「Y.M.C.A.」はゲイを指すスラングとして使われてしまっている。




