第65話「自前で開発」
≪そ、それは正しい指摘です……。ですが実現にあたり、V-TECH開発局は社会的な問題を抱えており……≫
「社会的な問題?」
さっきは法的な問題で、今度は社会的な問題。一体何が問題だと――
≪――それは正しい着眼点です、友達!≫
「なに奴っ」
背後から突然の声。
振り返ったサトゥーが見たのは、プラカードを掲げている別のアルタコ。
何者なのか。その正体はご丁寧に、五大種族の各言語でプラカードに記されていた。
「――『戦闘用AIの生きる権利を考える会』?」
≪その通りです友達! 今現在、私たちの社会は正すべき問題を抱えています……それは戦闘用AIの扱いについてです! 彼らは作戦行動の為に高い判断能力と、それに付随した知性が与えられています。つまり彼らは生きています! にも関わらずV-TECHという檻に閉じ込め、戦う事を強制するのは誤りです! この間違いは直ちに正される必要があります!≫
「あっ、えーと、あの……」
プラカードを掲げながら歩み寄って来る『戦闘用AIの生きる権利を考える会』のアルタコ。サトゥーはこのまま、戦闘用AIの生きる権利を考えさせられてしまうのか? だが果たして救世主が現れる。
≪待ってくださイ、友達!≫
「そこっ何者か!」
背後から突然の声。
振り返るサトゥーが見たのは、プラカードをアームで保持している全高1mほどのロボットだった。円筒型のそれは底部のキャタピラでキュラキュラと近づいて来る。その正体はやはりプラカードに記されていた。
「――『戦闘用AIの戦う権利を考える会』?」
≪その通りでス友達! 今現在、私たち戦闘用AIは深刻な問題を抱えていまス……それは私たちの取り扱いについてでス! 私たちは戦う為に作り出されましタ! 生命は生命活動の為に死を忌諱しますが、私たちにその機能はありませン! 戦う為に作り出された私たちには、戦う権利がありまス! しかし今、それが取り上げられようとしていまス!≫
「あ、ハイ。あの……えっと……」
ランプをピカピカさせながら接近してくる『戦闘用AIの戦う権利を考える会』のロボット。サトゥーはこのまま、戦闘用AIの戦う権利を考えさせられてしまうのか? だが再び救世主が現れる。
≪待ってください、友達!≫
「今度は誰っ!」
サトゥーは背後からの声に振り返る。
そこに居たアルタコが、やはり持っていたプラカードの文字にサトゥーは目を通した。
「――『人工知能のライフスタイルを考える会』?」
≪その通りです友達! 高い知性を持った人工知能には、十分な選択肢が用意されるべきです! 私たち『人工知能のライフスタイルを考える会』では、戦闘用AIに別のライフスタイルを提案しています! 彼らは新たな教導により全く別の業種、例えば清掃業やお料理ロボットに転向する事が可能です!≫
「そ、そうですか……あの……」
≪待ってください、友達!≫
また何か来た。
「あぁん次は誰ェ!?」
≪私たちは『人工知能が平等に活躍できる社会を目指す会』です! いま現在、人工知能には知性の格差が存在します! それは投じられた予算規模の違いによります! このままでは低額の予算で開発された人工知能に活躍の場がありません! 彼らの主張に耳を傾ける必要があります!≫
「スゥー……えっと……ん?」
ふと足元に違和感を感じたサトゥー。
見下ろせば、そこにはルンバめいた平たいロボットが居た。
ボディ側面にあるブラシで床を磨きつつ、アームが保持しているハタキで何故かサトゥーの足を叩いて来る。
≪不平等ヲ許スナ! ピガー! 軍用AIガ掃除界隈ニ来タラ、俺タチハオ払イ箱ダ!≫
「あ、あの……叩くの止めてね?」
≪予算ノ差別ヲ許スナ! 俺タチノ誇リヲ守レ! 埃ハ寄越セ! 埃ガ必要ダ! 掃除スル権利ヲ守レ!≫
≪待ってください、友達!≫
さらに何か来た。
≪私たちは『社会リソースの適切な運用を考える会』です! 戦闘用に開発されたAIを非戦闘向けに運用するのは効率の観点から言って好ましくないです!≫
「ま、待ってくれ……」
≪こんにちは初めまして、社会リソースの適切な運用を考える会さん。人工知能のライフスタイルを考える会です。貴方たちの主張には一定の正しさもありますが、その一方で人工知能の自己決定権を侵害している可能性があります≫
≪待ってくださイ、人工知能のライフスタイルを考える会さン。その主張に対し、戦闘用AIの戦う権利を考える会としては疑義を感じると言わざるを得ませン≫
「ま、待ってくれないか……」
≪ピガガー! 埃ヲ寄越セ! 誇リモ寄越セ! 掃除ヲサセロ!≫
「お前は黙ってろ。あと足叩くな」
≪待ってください、友達! 私たちは『効率的なアルタコ語を考える会』です! いま現在私たちの社会で起きている論争は、『生命』や『権利』といった言葉の拡大解釈により発生しています! 先ず私たちは言葉の持つ定義から見つめ直すべきであり――≫
「止めろ!! 増えるんじゃない!!!」
≪待ってください、友達! 私たちは『AI開発者の開発方針を考える会』です! いま私たちの直面している問題は――≫
≪待ってください友達! 私たちは『安易な市民活動の是非を問う会』です! いま現在、私たちの社会では――≫
「お……俺の側に……俺の側に近寄るなァァァーーー!!」
今まで一体どこに居たのか。
周辺から続々とアルタコやらアルタコ製ロボットが集まって来て、大討論会が始まってしまった。百家争鳴とはこの事か。しかし侃々諤々の割には喧々囂々としていない。誰もが冷静に、淡々と意見を戦わせている。流石の知性モンスターと言ったところか。
だがサトゥーに違和感。
(待て、静かすぎる……何っ!?)
サトゥーは静けさの正体に気付いた。
つい先ほどまでギャーギャーと大騒ぎしていた隣のブース……『近距離格闘武器』コーナーに群がっていたヤウーシュ達が、何故か全員静かになっている。
そして『おい』『あぁ……』と目配せをしながら、手に取っていた武器を次々と棚へ戻し、気配を殺しながらその場から立ち去り始めたところだった。
一体どうしたと言うのか。
対しアルタコの方はどんどん人数を増やすと、討論する為に輪になってその直径を増大させていく。やがてその外縁部にいたひとりのアルタコが、最も近くにいたヤウーシュ――抜き足差し足で離れようとしていた――に声を掛けた。
≪こんにちは友達! 貴方はどの様に思いますか?≫
「ひぃ!!?? あ、あ、あ……あ、俺は……俺バカだから……よく分かんないかなって――」
顔を引き攣らせながら、言い訳を述べつつ離れようと試みるヤウーシュ。
だがその脚に、声を掛けたアルタコの触手がしゅるりと絡みつくと引き留めた。
≪素晴らしいです友達!
我が無知なるを知る……『我知無知』は知識探求において理想的な第一歩とされています! 智を求める終わりなき探求の旅……その門出に立ち会えた事は私を嬉しくします! 私はちょうど『存在の深淵と無限の反射:宇宙的意識の形而上学』の全2049巻のテキストデータを所持しています! 私はこれをプレゼントします!≫
「あ、いや、要らないかなって……ちょ、あの」
脚に触手が巻き付いているせいで、逃げられない。
無論、こんな1本を引き千切るのは容易である。だが正当な理由なく、銀河の隣人に傷を負わせる訳にはいかなかった。日頃『竜の鱗すら貫いて見せる』と豪語する鋭い爪で、しかし怪我をさせまいと最大限配慮しながら、アルタコの触手を脚から剝がそうと試みる。だが残念ながら手の数はアルタコの方が多い。あっと言う間に追加の触手に絡めとられ、身動きが取れなくなってしまった。
「あ、ちょ、離して……お、オイ! お前ら助けろ!!」
首だけ回し、そのヤウーシュは仲間へと助けを求める。
だが振り返った彼が見たのは――
「あばよ」
「じゃあな」
「お前の事は忘れないぜ」
――彼に敬礼(胸に拳を当てるヤウーシュ式)しながら、ムーンウォークで離脱していく薄情な仲間たちの姿だった。
「待てぇぇぇ俺を置いて行くなぁぁぁーーー!」
≪プレゼントは名案です友達! 私も今『実在S=1/2+itの多層構造論』の計算データを所有しており、提供する事が可能です! とても喜ばしいです!≫
≪私にも贈り物をさせてください友達! 『最終境界XψΩ∇⊥λの変移について』のプリッターがあります! これは貴方がエンタグルテントする際の助けになります!≫
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――」
――あぁ、そうだな。彼は……良い奴だったよ。
そして一人を犠牲にする事でその場を離脱していったヤウーシュグループだったが、ムーンウォークをしていたせいで進行方向が見えておらず、別の場所に飛び石で形成されていたアルタコ大討論会の輪に突っ込んでしまった。
「「「しまった!!」」」
≪ようこそ友達! 自発的な議論への参加を私たちは非常に喜びます!≫
≪ピガガー! 埃ガ無イゾ! 埃ヲ寄越セ!≫
≪ちょうど今『市民的能動性の発揚と経済的尺度との間にある隠微な弁証法』について議論していたところです! 活動的本質と量化された秩序の相克的連関について、友達はどのように思いますか?≫
「「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――」」」
――あぁ、そうだな。彼らも……良い奴だったよ。
「……」
立ち尽くしているサトゥー。
眼前では屈強なヤウーシュ達が、無数の触手に絡めとられて『(全く内容が理解出来なくて)ひぎぃ!』『(そんな難しい事言われても)らめなのぉ!』と悲鳴を上げていた。何だこれは、たまげたなぁ。
幸い、サトゥーは最初に形成された議論の輪、その外に居る。
なので触手の魔の手から逃れる事が出来ていたが、ずっとこの場に居ればその限りではない。
「……」
対カニ江で鍛えた隠密歩法を使い、静かにその場を離脱する。
取り敢えず向かった先は、兵器ブースの人気が無いエリア。
銀河同盟の五大種族のうち、兵器ブースに出展しているのはアルタコ、シャルカーズ、ガショメズの三種族のみ。
ローディエルは出展しておらず、ヤウーシュも兵器を開発していないので――
「ってヤウーシュの出展エリア!?」
――と思ったら、あった。
兵器ブースの片隅、閑散としているそこにヤウーシュの展示エリアがあった。
何やら折りたたみ式の机が雑に並べられ、近くの棚には――
『背中に背負うパラボラアンテナ』の様なものと――
『トマホークめいた巡航ミサイル』の様なもの――が並べられている。
脳筋種族のヤウーシュだが、インテリ層が居ない訳ではない。
それら展示物は、恐らく彼らが自前で開発した兵器なのだろう。一体どの様なモノなのか。
「面白い……見せてもらおうか、ヤウーシュ製兵器の性能とやらを!」
サトゥーはヤウーシュの展示エリアへと足を踏み入れた。
Q:一体どんな兵器かな? 予想してみよう!
(ヒント:それ単体で攻撃能力は有していない)
【百家争鳴】
多くの学者や専門家が自由に自説を発表し、論争や議論を交わすことを指す四字熟語。古代中国の春秋・戦国時代における諸子百家(多くの思想家およびその学派の総称)が自由に自説を述べ、活発な議論した事が由来。
【侃々諤々】
遠慮せずに自分の意見を述べたり、他者との意見をぶつけ合うさまを意味する四字熟語。"侃侃"は儒教の経典である『論語』の一節に由来し、強く怯まないという意味。"諤諤"は中国前漢の時代に編纂された『史書』の一節に由来し、正しい事を遠慮なく言う様を表す。
肯定的な意味で用いられるが、近年では後述する『喧々囂々』との誤用が目立つ。
【喧々囂々】
多くの人々がやかましく騒ぎ立てる様子を表す四字熟語。
"喧"も"囂"も『大勢が騒ぐ』様子を表し、特に"囂"はそれが騒音である事を強調する意味を持つ。否定的な意味で用いられるが、近年では先述した『侃々諤々』との誤用が目立つ。ただし両者を混ぜたような『喧々諤々』という四字熟語も存在する為、このトリオを考えた奴は誰だァ!




