第64話「生命を代表」
誤字報告ありがとうございます
例えば動力源が『原子炉』だったとする。
熱エネルギーを半永久的に取り出せる為、原子力空母や原子力潜水艦といった兵器は燃料を補給する必要が無い。
しかし、だからと言って永遠に出撃していられるかと言うとこれは別の話で、実際は定期的なメンテナンスや各種物資の補給、何より乗組員が休養する為にどうしても帰港する必要があった。
これはV-TECHも同様であり、核融合や反物質といったエンジンは好き放題にブン回し続ける事が可能なものの、残念ながら弾薬や推進剤、搭乗者の生命維持に必要なリソース(酸素等)が先に底をついてしまう為、長時間の作戦行動は不可能となっている。
(ただし名称に『協働の為の』という文言が含まれる通り、友軍との連携を前提にしている為これ自体は問題視されない)
とは言え――
「45分は短すぎるッピ!」
――オフィスの昼休憩じゃねぇんだぞ!
聞かねばなるまい……。サトゥーはスタッフらしきアルタコを見つけると声を掛けた。
「こんにちは。質問いいですか?」
≪こんにちは友達!
はい、気兼ねなく私に尋ねる事が可能です! 疑問点は何ですか?≫
「この展示によると、アルタコ製V-TECHの最大稼働時間が『45分』とあるんですが……何か技術的な理由が?」
≪素晴らしい着眼点です友達! この稼働時間は、法的な理由によるものです!≫
法的な理由とは、一体……?
≪V-TECHの搭乗者は、45分の作戦行動毎に15分の休憩を取らなくてはなりません! これは『おしごとは無理せず休み休み法』によって定められています!≫
「おしごとは無理せず休み休み法」
≪はい! 『おしごとは無理せず休み休み法』です!≫
『 おしごとは無理せず休み休み法』(全124条)
――第1条「もくてき」
・本法は全ての防衛および治安維持に従事する者の心身の健康を守り、活動における適切な休息を確保します。
<中略>
――第45条「ほどほどに」
・通常の作戦および警備活動中、従事者は45分毎に15分の休憩が義務です。これは従事者の持続的な健康と生活の質を確保します。
<中略>
――第115条「おみずのんでね」
・全ての防衛および治安維持に従事する者は、定期的かつ適切な水分補給を行います。
・グリアリンパ系脳脊髄液を補充する為、弱アルカリ性の液体の摂取が推奨されます。
<中略>
――第124条「さいごに」
・全ての活動従事者、およびその指揮官は、本法の主旨を遵守して適切な休息を確保する義務を負います。
・本法の条文の解釈に疑義が生じた場合、原則として「休息を優先する解釈」が望ましいです。
・本条を読了した者は、疲労回復の為に10分の休憩を取ります。
……オフィスの昼休憩じゃねーか!
困惑しながらサトゥーは答えた。
「きゅ……休憩は大事……。大事? 大事ですね……」
≪そうです友達!
『グリンパティック系が不足するとβアミロイド』という諺で知られる通り、定期的な休憩は持続可能な健康に必要不可欠です!≫
「なる……ほど……?」
思わず黄色いヘルメットを被りながら受話器片手に『どうして出撃してから休憩するんですか?』と尋ねかけたサトゥーだったが、考え直す。
肉体的に脆弱なアルタコの場合、これはこれで彼らなりの合理性を追求した結果なのかも知れない。
(うーむ、アルタコの場合なら一理ある……のか?)
≪……!≫
しかし思案するサトゥーの沈黙を別の意味にとったアルタコが、慌てて弁解を始めた。
≪も、勿論これは戦闘が始まる前です! 戦闘が始まればこの限りではありません!≫
「で……ですよね~~! はぁ良かった。流石に、敵を前にして休憩なんて――」
≪戦いが始まったら、15分の戦闘毎に45分の休憩が取られます!!≫
「??????」
首を傾げるサトゥー。
≪??????≫
首を傾げたサトゥーを見て、首(?)を傾げるアルタコ。
サトゥーは問うた。
「……45分戦ったら、15分休憩?」
≪いいえ友達!
15分戦ったら、45分休憩します!! これも『 おしごとは無理せず休み休み法』によって定められています!≫
――第15条「むりをせずに」
・防衛および治安維持に従事する者は、交戦状態において15分毎に45分の休憩を取ります。
・これは戦闘による過度の負担から、個人の健康および精神的安定を守ります。
「戦闘の最中でも……休む?」
≪そうです友達!
あらゆる状況において『おしごとは無理せず休み休み法』は守られる必要があります!≫
――第78条「おやすみしてね」
・本法の休息義務を怠った者は、関係当局から強制的な休養措置が命じられます。そして違反を命じた指揮官は福祉局に審査されます。
(???????)
サトゥーは混乱した。
ちょっと何言ってるか分かんない。
≪……!?≫
混乱による沈黙を、またしても別の意味にとってしまったがアルタコが更なる弁解を開始する。
≪も、勿論!
我々も『戦闘中に休憩』する事の問題点について認識しています!
これを解決すべく、我々の新型V-TECHには『モジュール式』が新たに取り入れられました! これをご覧ください!≫
「ほう、『モジュール式』ですか……。
状況に応じて装備を換装する、高い対応力を持ったアーマードなコアのあれですね?」
アルタコが端末を操作して、サトゥーの目の前に立体映像を投影する。
映し出されたアルタコの新型V-TECHは『球体』だった。
いや、よく見れば手足が生えている。
随分とずんぐりむっくりとした形状で、映像が半透明なので胴体の内部構造を見て取る事が出来た。
球体の上部分に操縦席があり、そこに座っていた"小さなアルタコパイロット"の像が席を立つと、機内を移動し始める。
向かう先にあったのは――
テーレーテーレーテーレーレー♪(優雅な音楽)
――何という事でしょう。
V-TECHの内部に、素敵な1LDKが広がっているではありませんか。
落ち着いた雰囲気のリビングに、広々としたアイランド型キッチン。
十分なスペースに恒温槽や撹拌機、遠心分離機も揃っているので本格的なアルタコ料理だって楽しむ事が出来ます
(テレレーテーテーテテー、テレーテーテテーレーテテー♪)
浴室を覗いてみれば、人工脳脊髄液で満たされたバスルームがお出迎え。
丁寧に管理されたpHとイオンバランスが、浸透圧に疲れた細胞膜も優しくほぐしてくれます。
(テーテーレテテー、テーレーテーテテーレー♪)
まさしく癒しの空間……。
この快適そうなV-TECHなら、戦闘中に休憩する事の問題点――『リラックス出来ない』という欠点も克服してくれる事でしょう!
誇らしげにアルタコが説明を続ける。
≪勿論、この構成は一例に過ぎません!
モジュール式なので、休憩設備は搭乗者の希望に合わせて柔軟に変更されます! 一番人気は『マイクロ図書館』です! 十分な数の物理ドキュメントが付属して、存分にアクティビティ『紙をめくる』を楽しむことが出来ます!!≫
(?????????)
≪?????????≫
ちょっと何言ってるか分からない。
どうして戦場のド真ん中で、機動兵器の内部に図書館を作る必要があったんですか????
(良く分かんないけど……何゛か゛分゛か゛っ゛た゛!゛)
刹那、サトゥーは理解した。
戦闘種族ヤウーシュとは『暴力モンスター』である。
だが平和の使者アルタコもまた、『知性モンスター』であった。
サトゥーは眼前のアルタコを見下ろす。
彼らの脳みそめいた体には、複数の眼球が備わっている。
つまり他の種族よりも視座が多いと言えなくもない。ならば視座が2つしかない生物がアルタコの考えを理解出来ないのも当然の話で、アルタコのそれに追従しようと思ったら脳に瞳を増やす他無く、嗚呼、蜘蛛、あるいは幸運、我らに瞳を授け給え……我らの脳に瞳を与え、超越的思考を授け給え!
(というのは、置いといて……)
急に現実に帰還するサトゥーの意識。
「あのぉ――」
≪はい、何ですか友達?≫
聞かねばならない。
アルタコを除く、この宇宙に住まう全ての生命を代表して、サトゥーは尋ねなければならなかった。
「――無理に乗らなくても、無人機にすれば良いのでは?」
【グリンパティック系が不足するとβアミロイド】
アルタコの諺。
グリンパティック系とは、脳内の代謝廃棄物を脳脊髄液や間質液によって洗い流す仕組みの事。主に睡眠中に活性化する。βアミロイドはアルツハイマー病に関連するタンパク質で、脳内に蓄積すると認知機能低下を招くとされる。要は『ちゃんと寝ないと疲れちゃうよ』という意味で、適切な休養、ひいては事前準備の必要性を説いている。
日本の諺に置き換えるなら『腹が減っては戦は出来ぬ』か。
【1LDK】
日本の住宅やアパートの間取りを表す用語で、居間、食卓、台所が揃っている間取りの事。1DKとの違いは広さであり、キッチンを含むスペースが8畳よりも広ければ「DK」が「LDK」にパワーアップする。




