第63話「目を疑った」
誤字報告ありがとうございます
もしかしたら、過去にサメちゃんと出会っていたのでは?
記憶を辿るサトゥーの脳裏にその時、電流が走る。
「思い……出した!」
だがもう一度サトゥーの脳裏に電流走る。
「――ような気がしたが、別にそんな事は無かったぜ!」
気のせいだった。
勿論、サトゥーは宇宙港よりも以前にシャルカーズという種族自体とは出会っている。
ただしそれは任務中での事になる為、必然的に『出会ったシャルカーズ』の所属は"ヤウーシュを雇って荒事に臨む"ような立場――つまり軍か、あるいは警察という事になる。
捜査側のシャルカーズがヤウーシュの戦士を雇い、宇宙犯罪者の逮捕を試みる――という事例が最も多い。
例えば銀河刑事警察機構が『ガショメズの密輸船』を追っていた場合。
幾ら相手がクソったれのファッキン犯罪者のアホンダラド畜生ガショメズ密輸犯とは言え、流石に正義側であるICPOがいきなり問答無用の先制攻撃を仕掛けて撃沈する事は出来ない。
まずは『同盟宙域法条約』(UNCLOSA:United Nations Convention on the Law of Space Alliance)の第110条『公域上の臨検権(Right of Visit)』に基づき停船を呼びかけ、当然の様に無視されてから、砲撃あるいは艦載V-TECHの攻撃で推進機能を奪った後に船を横付けし、ドッキングトンネルによる強制臨検という手順が踏まれる。
その際に制圧要員として突入するのが、雇われたヤウーシュの役目だった。
そして大抵の犯罪者は、『ダース単位のヤウーシュ戦士』を突入させれば抵抗する事なく投降してくれる。
よって求められるのは質よりも量であり、戦士ランクが下級であっても『数合わせ』に呼ばれやすい為、ヤウーシュ側にとっても都合の良い仕事だった。
余談となるが、意外な事に。
制圧の為に突入したヤウーシュ戦士が犯罪者に対して最初に突きつけるのは、『数多の血を吸ってきた自慢の槍』ではなく――
『これ読めオラァーー!!』
――生物由来の物理ドキュメント……つまり『紙』だった。
受け取った犯罪者はその文面を見ながら首を傾げる。
『何やこれ……無抵抗宣言書?』
『無抵抗宣言書』
私はいかなる武装も持たず、皆さんに対して敵意を持ちません。
これより私は一切の抵抗を行わず、皆さんの指示に従います。
私の安全を確保して、平和的な対応をお願いいたします。
私は以下の行動を行い、予期せぬ動作は致しません。
・両手を頭の上に上げ、ゆっくりと膝をつきます
・指示があるまで、その場から動きません
・指定された手順で拘束に応じます
私は協力の意思を示しており、危険な存在ではありません。
どうか不必要な暴力を避け、円滑な拘束をお願いいたします。
署名:_________
日付:_________
それはサインする事で、ヤウーシュに乱暴されず平和的に逮捕される事が出来る『無抵抗宣言書』だった。
ただし問題は、当のヤウーシュが『サインしろ』ではなく『読め』と言っている点であり――
『読んだ? 返してね!!!』
――犯罪者が文面に目を通した事を確認するや、ヤウーシュは『無抵抗宣言書』を回収してしまう。
そしてビリビリと裂きながら――
『抵抗するよね? これ要らないよね? 要らないね!! 今すぐ破って――』
『――止めろ!! 書く!! 署名する!!』
『――チッッ!!(クソデカ舌打ち』
平和な銀河同盟。
如何なヤウーシュとは言え、無軌道に暴れる事は許されない。
あくまで『私たちは平和的解決を試みましたが、相手が拒否しました』という大義名分が必要であり、その為の物理ドキュメント。その為の『無抵抗宣言書』。
ちなみに大急ぎでヤウーシュの手から奪い返して署名しないと、宣言書が二つに破かれた瞬間に『抵抗の意思確認!!』と叫ばれて突入した全ヤウーシュが無軌道に暴れ始めて酷い事になる。
テンションの上がったヤウーシュ戦士は目についた『形あるもの』を壊し始める為、犯罪者は『止めてわたしの船壊さないで!!』と叫び、シャルカーズ捜査員は通信で『証拠品壊すんじゃない! 止めろそれ投げるな!!!』と怒鳴る事になる為、良い子の皆はヤウーシュに突入されたら署名する様にしようね!!
勿論あれこれ賠償責任が発生し、その請求書の送り先は氏族長となる。だからシャーコの執務机には多数のキャオラ痕があった訳ですね。
――閑話休題。
サトゥーも下級戦士だった頃、こういった数合わせの現場によく参加していた。
その為、軍属だったり刑事だったりするシャルカーズが雇用主だった事も多い。とは言え精々がブリーフィングの時に遠間から目撃した程度で、会話らしい会話をした事もない。
「ん? いや、助けた事あったか?」
ふと思い出す。
そういえば、運悪く戦闘に巻き込まれてしまった雇用主の、その背中を守った事があった様な、ない様な――
「あれ何の現場だったかなぁ……?」
――とは言え、良く覚えていない。
サトゥーにとっては、とにかく数をこなした仕事の一つでしかなく、さらに当時は初めて目撃したシャルカーズを『わぁ、サメの子ちゃんだぁ!』と種族単位でしか把握していなかった為、顔も記憶に残っていなかった。
だから『その時のシャルカーズがサメちゃんか?』と問われると、サトゥーは『んにゃぴ……』としか答えられない。
ただし現状、銀河同盟でV-TECHを運用しているのは軍か警察関係に限られる。
サメちゃんがV-TECHを乗りこなしている以上、かつてその何れかに所属していた事は確実だが――
『シースシスシス、サメちゃんの過去を教えるシス。この履歴書に来歴と平均年収を記入して、あと源泉徴収票も貼るシス』
――なんて過去ハラした事もないので、サトゥーは未だサメちゃんの過去を知らないし、これから態々聞く予定もない。
何せサトゥーにも、あれこれ掘り返されたくない過去があるのだから。
◇
サトゥーの意識が現在へと戻る。
見上げるスクリーンの戦況図では、相変わらずサメちゃんが『ブンブーーーン!!』と赤マーカーを蹴散らし続けていた。
サトゥーはウェアラブルデバイスを使い、サメちゃんへと直接通信を入れる。
「もしもし、サメちゃんや」
≪フィィィィィィーーー!!≫
「……サメちゃん?」
≪ブンスカブンブンブ……はっ、サトゥーさん!!??≫
ようやく我に返るサメちゃん。
≪あわわわわわ私ったらごめんなさい、思わず夢中になっちゃって……!! すぐに戻り――≫
「ええんやで」
≪――え?≫
「折角だから、心行くまで試乗してもええんやで」
≪え……でもぉ……≫
「こっちはこっちで他に見るところあるし、気にせんと楽しみなはれや」
≪い、いいんですか? それじゃあ、お言葉に甘えて……≫
自陣に帰還しようとしていたサメちゃんの『フェルムネブラ』が、くるりとUターンすると再び赤いマーカーの海へと突入していく。
ちなみにその中央には、何やら巨大な艦影が出現していた。
それを見たヤウーシュ二人組が叫ぶ。
「な、何だあの敵!?」
「巨大戦艦!?」
「ほう、あれが最強無敵戦艦ワルヒモですか……」
スクリーンを見上げながら、眼鏡のヤウーシュが解説を始める。
「この仮想シミュレータには、敵の撃破率が一定に達すると出現する"ラスボス"が設定されているのですが……私も初めて見ました。
主砲からプラズマレーザーを発射し、全長10kmのボディは防御フィールドも完備している最強無敵戦艦ワルヒモ……果たして、あの『No.9』はどの様に戦うのか」
「何でもいいけどよぉ、『No.9』にはもう残弾がねぇんだぜ?」
「おい待て、両手の装備を捨てたぞ!? 素手で何をす……艦橋をボコボコに殴り始めたァ!?」
「ほう、艦橋素手殴りですか……たいしたものですね。別名・花火殴りとも呼ばれるあの攻撃はエネルギーの効率が極めて高いらしく――」
何やら、もうひと波乱あるらしい。
しかしその間に別の展示を見るべく、サトゥーは試乗エリアを後にした。
他にも興味を惹かれる場所は多い。
例えばガショメズエリアの隣には、アルタコ製のV-TECHが展示されている。
デザイン……はさて置き、シャルカーズ製とガショメズ製を見た後なので期待も高まろうというもの。一体どれ程の性能を持つのか……。
しかし諸元が記された展示プレートを見て、サトゥーは我が目を疑った。
「最大稼働時間……45分!??」




