第62話「覚えてない」
お待たせしました
【前回までのあらすじ】
V-TECH試乗で大活躍するサメちゃん
一体何者なのか。サトゥーは出会いを思い返した
サトゥーは中級戦士へ昇格した頃、宇宙船の免許を取った。
単純に『足』があれば任務選択の自由度が増すからだが、この頃既にカニ江と遭遇してしまっており、『襲撃』が開始されている。
逃走手段が必要だった。
そして中古で何とかMY宇宙船を手に入れて宇宙港へ出入りする様になると、どうやら整備担当はシャルカーズ達らしい事を知る。
『取引先』とは良好な関係を築いておかねばならない。
前世の知識を生かし、早速サトゥーはシャルカーズ達の元へと挨拶に出向く。
繰り出すか、ジャパニーズ・サラリマン・アイサツ!!
「うへへいつもお世話になってますぅ~。
新しくお世話になる宇宙船、識別コード3643のサトゥーです~」
≪……≫
≪……≫
≪……≫
そして失敗した。
少女たちは誰も返事をしてくれない。
≪……≫
≪……行こ≫
≪え……? あ、うん……≫
そればかりか立ち去られてしまう始末。
赤髪の子がガン無視で、ピンク髪の子は困惑した様子だったものの、緑髪の子に誘われて結局は。
遠ざかっていく少女たちの背中を見つめながら――
「種族の壁、感じるんでしたよね?」
――サトゥーは独り、そうごちた。
原因は明白である。
全ては『ヤウーシュ』が悪い。
同族が悪臭の暴れん坊なせいで、職場で人脈を構築しようにも好感度がマイナスの絶対零度からスタート。これは辛い。
一体何度、出張帰りにお土産のオマンジュウを買って来なければならないのか。
『聞いてください。ワタシは清潔な紳士であり、実際怪しくない』
当のヤウーシュがそう自称したところで、発言内容は完全に不審者のそれである。耳を傾けてくれる存在など――
「ワイちゃん挫けそう」
≪こんにちは≫
「あ、どうも。……ファ!?」
――居た。
「こ……こんにちは!?
初めまして聞いてください!! 私の名前は実際清潔の怪しくない!! じゃなくて紳士の怪しくない名前の違う!! ……ボク、サトゥー!!」
≪はい。サトゥーさん、こんにちわ≫
声を掛けてくれた少女が、ひとりだけ。
◇
実のところ――
この頃のサトゥーは、割と精神的に追い詰められていた。
前世が日本人であるが故に、その気質が仕事で評価されている。
それは自体は喜ばしい事だったが、同時にそのせいでヤウーシュとしての生活に馴染むことが出来ずに居た。
恐らくは人類史上、最強の衛生環境を実現していた前世を性格のベースとしているが故に、どうしても今世との落差を受け入れる事が出来ない。
おまけに不定期で発生するカニ江の襲撃。
それが敵意であったならば簡単に解決したかも知れない。だが好意によるものであったが故に、逆に打開の糸口を見つける事が出来ず――。
食事に困り、襲撃に怯え、それはそれとして任務にも出撃しなければならない。ストレスで蟹めいた泡をブクブクと吹きながら、眠れぬ夜を過ごした事も一度や二度ではなかった。
そんな生活の中での、サトゥーにとって数少ない心の拠り所のひとつが少女達、シャルカーズだった。
カニめいた化け物でも、歩く脳みそでも、動く鎧でもない。
地球人類を思い出させるその姿形は、前世とかけ離れた世界へ独り放り出されてしまったサトゥーにとって、己のルーツを思い出させてくれる希少な存在でもある。
(ただし地球人のそれと異なり、サメのような尾が生え、歯が鋭くてギザギザで、眼からシビシビと電弧が出ていたが、可愛らしいのでヨシとする)
だからこそ辛い。
『無視』という少女たちの反応が悲しかった。
もし全員からそうされていたのなら、サトゥーの精神は闇落ちしていたかも知れない。
だが、そうはならなかった。
ひとりだけ挨拶をしてくれて、サトゥーの心の精神安定剤となってくれた――
≪お帰りなさい、サトゥーさん≫
「ただいま!」
――名前を、周波数141.00。
銀髪のショートヘアーで、周囲より少しだけ背が高くて、どうやら最近整備班の主任になったらしい――
「……サメちゃん!!」
――が、居たから。
◇
端的に言えば、整備班の少女達は警戒していた。
突然声を掛けてきた、何やら気持ち悪い笑みを浮かべている『怪しいヤウーシュ』を。
≪コンニチワー!≫
「……」
「……」
「……」
だから無視する。
日頃からヤウーシュに対し、そうしている様に。
ヤウーシュから、そうされている様に。
何せヤウーシュとは短気で攻撃的。
余計な因縁を付けられない様、交わされる会話など少ないに越したことはない――というのが、宇宙港で働いている少女たちの共通理解だった。
そんな中――
「こんにちは、サトゥーさん」
≪サメちゃん、コンニチワー!≫
――何故か、『怪しいヤウーシュ』と挨拶をしている同族がひとり居た。
その光景に少女達はひそひそする。
「ねぇあの子、誰? て言うかサメって何」
「あー、転勤してきた子だね。何かヤウーシュの各氏族をあちこち転々としてるらしいよ」
「わざわざヤウーシュの母星で? そりゃ好奇なこって」
「資格を色々持ってて……今度、主任になるみたい……」
「「ヴぇ!?」」
少女たちは顔を見合わせて、さらにヒソヒソ。
「わ、私達もヤウーシュと挨拶した方がいいかな……?」
「実は前から、無視は良くないって私思ってたんだよね」
「あのさぁ……」
「そ、それじゃあ今度から皆で挨拶しようよ」
「うーん、じゃあそうしようか」
こうして少女達は『挨拶されたら返す』方向へと方針転換する事となる。
◇
尤も、シャルカーズ内における『サトゥー個人に対する評価』が高いものとなるのに、そう時間は掛からなかった。
何せこの『怪しいヤウーシュ』、いざ会話してみればちゃんと言葉は通じるし、他と違って常識は弁えてるし、衛生面には気を使い、存外に紳士的でユーモアも有る。そして時にはお土産付き。
『比較対象』がダメ過ぎるという好感度ブーストもあったが、勿論サトゥー自身の頑張りも手伝い、少女たちのサトゥーに対する態度は短い時間で軟化していく事となった。
「ただいま~」
≪あ、帰って来た≫
≪で、出たー! サトゥーだー!≫
それはサトゥーが宇宙港を利用する上での、出発前や帰投時だけの短い時間だったかも知れない。
≪や、止めなよ二人とも! お、お帰りなさい、サトゥーさん≫
「ハーイ、ただいま!」
≪ねぇねぇ、今日のお土産は?≫
「今日のお土産……? ふふふ、今日のお土産は……何と……!」
≪何と~? ドゥルルルルルル、デデン!≫
「ないっ」
≪無いのかーい!!≫
≪ズコー≫
≪ちょ、ちょっと二人とも……≫
しかし普通に挨拶を交わし、何か日常の些細な出来事を話題として軽くお喋りをする。それだけの時間が当時、追い詰められていたサトゥーの精神状態の改善にとても大きく寄与していた。
もし仮に整備班にサメちゃんが居なかったら、どうなっていただろうか?
触発される事のなかった少女たちは、変わらず『怪しいヤウーシュ』を無視し続けていたかも知れない。
その場合、いよいよ闇落ちしたサトゥーの目は怪しく落ち窪み、指先から毒々しい紫色の電撃を垂れ流しながら『シースシスシス、無限のパワーを喰らうシスねぇ』等と怪しい台詞を放つ暗黒ヤウーシュ卿と化していたかも知れない。そうじゃないかも知れない。分からない。
何れにせよ――
サトゥーがそんな境遇に陥る事態、それを防ぐ契機となってくれたのは、他ならぬサメちゃんの存在だった。
だがその一方で、サトゥーは知らない。
――シースシスシス、サメちゃんはどうしてボクに優しくしてくれたシス?――
等とマヌケに尋ねた事もないので、どうしてサメちゃんが同族とは異なり、最初から友好的に接してくれたのか、その理由を。
何せサメちゃんとは宇宙港で初めて出会ったので、優しくされる心当たりも無かった。
と、サトゥーは思っていたのだが――
≪そう言えばサトゥーさん、マスク替えられたんですね≫
「ん? あぁ、以前のは壊しちゃってね」
≪あぁ、道理で≫
――ある日の、サメちゃんとの何気ない会話。
それは戦闘で喪失した一代目のマスクと、当時サトゥーが使用していた二代目のマスク『ザ・カブキ』(※故障前)についてだった。
会話自体は特に何もなく終わっている。
だが時間が経過してから、サトゥーはふと気付いた。
一代目を喪失したのはサメちゃんと会う前の事であり、サメちゃんの前では『ザ・カブキ』しか使用していない。
ならば、どうして『マスクが替わっている』事に気付けたのか。
(……以前に会ってる?)
そうサトゥーに感じさせる出来事は、サメちゃんとお話をしていく中で1回だけでは無かった。
まるで、初対面じゃない様な。
宇宙港では、まるで再会したかの様な。
サメちゃんは時おり、そのような言い回しをした。
(サメちゃんとどっかで会ってる? 会ったっけ……? 覚えてないなぁ……)




