第61話「何者なのか」
誤字報告ありがとうございます
巨大スクリーン上の戦況図。
エリアの大部分を赤いマーカーが埋め尽くし、手前側の僅かな空隙に8つの青マーカーの"試乗組"が押し込まれている。
その最後尾へと『No.9』サメちゃんが到着。
"増援"の到着に喜んだお仲間から早速、通信が入った。
≪お、援軍やな? よっしゃ手を貸して――≫
≪ヤッフーーーーーーー!!!≫
≪ちょ待どこ行くねーーーーん!?≫
サメちゃん、停止せずにそのまま加速。
試乗組の戦列を通り過ぎると、勢いよく赤マーカーの海へと突入していく。
戦況図上で、敵側からの攻撃を意味するオレンジ色のラインが一斉に『No.9』に対して引かれる。集中砲火だ!
「あわわわわ……!」
その様子を固唾を飲んで見守るサトゥー。
不意に近くから――
「オイオイオイ」
「死んだわアイツ」
――ヤウーシュの声が聞こえた。
振り返れば、戦況図を見上げながらニヤニヤしているヤウーシュが2人。
ヤウーシュも全員が全員、武器ブースへ行った訳ではない。少ないながら兵器ブースに来ている者もおり、この2人がそうだった。
奴らがニヤニヤしているのは気に入らないが、確かにサメちゃんの窮地。
ハラハラしながら見守るも――
≪ウィィィーーーーーー!!≫
――堕ちない。
サメちゃん元気。
『フェルムネブラ』健在。
楽しそうに歓声を上げながら、サメちゃんは飛来する敵弾の悉くを回避していく。
完全に包囲されながら、四方八方から撃たれながら、回避、回避! 全てを回避!!
「ほう、グレイズですか……たいしたものですね」
再び、声。
振り返れば、またしてもヤウーシュ。
ただし先ほどとは別の、小柄で眼鏡をかけたヤウーシュがひとり。
その声に何故かサトゥーは聞き覚えがあったが、恐らく勘違いだろう。
眼鏡をクイっとしながら、そのヤウーシュが続ける。
「全ての攻撃を、『No.9』は必要最小限の動きで回避している……。
敵弾をギリギリまで引き付け、まさに掠り傷ができるほどの距離で避けるあの機動は回避の効率が極めて高いらしく、敢えて掠らせる事で無敵化すると考える弾幕屋もいるくらいです」
達人は達人を知る。
あれが追い回されている窮地なのか、はたまた敢えて飛び込んだ好機なのか。
この眼鏡のヤウーシュは、その違いを理解していた。
「何でもいいけどよォ」
「あの弾幕じゃもう助からねーぜ!」
しかし二人組が食い下がる。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。
燕や雀のような小さい鳥さんに、どうして鶴やコウノトリの様な大きい鳥さんの心が分かるだろうか。
「それに新型機の機動性と火力、これも非常に優秀です――」
眼鏡ヤウーシュは最早それに取り合わない。
彼もまた、大きな鳥さんであった。
「――そして何より、それを余すことなく引き出している操縦者の技量……。
それにしても全方位から撃たれていると言うのに、全く動じていない。美しいほどの性能限界機動。まさしく天才的な操縦テクニックと言う他無いでしょう」
その言葉を証明するかの様に、戦況図上ではサメちゃんが攻勢へと転じたところだった。回避機動を最小に抑えている分、より早く反撃に移れる。
そしてその反撃もまた正確で、『フェルムネブラ』は猛烈な勢いで赤マーカーを撃墜していく。
「「……」」
すっかり言い負かされた二人組は、『はえー』とスクリーンを見上げるだけになっていた。
◇
サメちゃんの活躍によって、戦況は変わりつつある。
真正面から突入したサメちゃんが敵の攻撃を引き付けた分、他の試乗組がフリーになっていた。そして自由になった分、それぞれの機体が持っている火力を十全に発揮し始めている。
≪よし、これなら行ける!≫
≪撃ちまくれ! 全機、『No.9』に合わせろ!≫
≪うるせぇ命令すんじゃねぇ! うおおおおペイバックタァーーイム!!≫
次々と撃墜されていく赤マーカー。
すると敵の攻撃密度が下がり、サメちゃんの負担が軽くなる。
そうすると――
≪ヒィィーーーハァァーーーー!!≫
――より自由になった『フェルムネブラ』が更に敵を撃墜し、更にヘイトを買い――。もっと自由に動けるようになった試乗組がより攻撃効率を上げ、さらに多くの敵マーカーを撃墜し――。
サメちゃんを中心に好循環が起き始めていた。
ゆっくりと、だが着実に戦線が押し上げられていく。
――と。
そんな試乗エリアへ、ガショメズが新たに一人やって来た。
「おぉ!? 仮想戦闘エリア、良い感じやないけぇ!」
「「オッスお疲れ様です!!」」
ラップバトルをしていた上司ガショメズと部下ガショメズが、その姿を見るやすぐさま挨拶をする。
上司ガショメズの上司である『上司の上司ガショメズ』だった。
戦況図を見上げながら、上司の上司ガショメズが言った。
「この仮想シミュレータ、新型機使うから戦闘バランスの調整難しいんやけどな! 何か良い具合やん、ナイス調整やで!」
「あ、ハイ、ありが――」
褒められた。
純粋に、部下ガショメズがお礼を言おうとした矢先。
「――そうなんですよぉぉぉ!!!」
突然、上司ガショメズが口火を切った。
「こいつがバランス調整にウジウジと悩んでたんで、『試乗の皆様を信じて湧きを早くしてみろ』って、私がドーンと背中を押してやったんです!」
「おぉー良い教育やん! 引き続き試乗の方、頼むでぇ?
性能書いたカタログ見せるより、現場でギュィーーん! って気分良く乗り回してもらった方が売れるしなぁ!」
「勿論ですお任せください!!」
それだけ言うと、上司の上司ガショメズは気分良さげに立ち去っていく。
その背中を上司ガショメズが、眼をピカピカ――人間で言うなら笑顔――させながら見送っていた。
「…………」
そんな上司ガショメズの背中を、眼を仄暗く――人間で言うならジト目――させながら睨んでいるのが部下ガショメズ。
嘘だった。
『試乗の皆様を信じて湧きを早くしてみろってドーンと背中を押され』てなど無いし、そもそも湧き速度に口を挟んできて今の設定にしたのは上司ガショメズだし、上司の上司ガショメズが来た段階で戦況が拮抗していたのは『No.9』という例外が居たからに過ぎず、偶然も偶然。
なのに、上司は――
「……ほーら、俺の言った通りだったろ!?」
上司の上司ガショメズを見送り終えた上司ガショメズが振り返り、誇らしげに声を張り上げる。その眼はピント調整をキュイキュイと繰り返しており、人間で言うところのドヤ顔だった。
眼に見つめられながら、部下ガショメズは思う。
――コイツは何を言っているんだ?
「こういう時はさぁ、"挑戦"が大事って訳! 君もさあ、守ってばかりだとさぁ、成長出来ないよ!?」
反論は山ほどある。
言いたい事も沢山ある。
だがそれらを飲み込み、部下ガショメズは答えた。
……"大人"なので。
「……勉強になります」
「だいたいさぁ! これからの時代さぁ! もっと大胆なイノベーションでレボリューションなダイバージェ――」
≪おい『No.9』!? 戻ってこい!!≫
≪フルッフィーーーーーーーーーー!!!≫
「――ンスを……何?」
スクリーンから何やら異変。
ご高説を中断し、上司ガショメズは戦況図を見上げた。
……押し上げていた筈の戦線が、再び下がり始めている。
≪遠すぎる! 援護できない!≫
≪クソ、撃たれた! 回避! 回避!≫
正確には、サメちゃんの『フェルムネブラ』は前に出続けていた。
しかし他の試乗組がそれに追従出来ていない。
湧き続ける敵を蹴散らせていたのは、サメちゃんが『回避盾』または『避けタンク』として機能していたから。
だが両者の距離が離れた事で、再び敵の攻撃が試乗組にも向かい始めていた。
≪ギャアアアやられたぁ!≫
≪ま、まだだ! ペイバックタ……ペ、ペイ……ペェェェェ~!≫
すると当然回避機動が必要になり、攻撃頻度が低下して、敵を落とすペースも減り……。敵の湧き速度は健在なので、マップ上が再び敵マーカーによって埋め尽くされていき……。
試乗組の青マーカー群は最初の位置、仮想戦闘エリアの『手前側』へと押し戻されてしまっていた。
その様子を見た上司ガショメズが――
「ど……どうすんだよこれぇ!
これじゃ皆さん気持ちよく試乗出来ないじゃん!! 俺の教育が疑われるじゃん!」
「……申し訳りません」
「教育……教育教育教育教育教育教育教育教育死刑私刑死刑私刑死刑教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育!!」
「……センセンシャル。センセン……シャル。センセンセン……――」
部下ガショメズは謝る。
"大人"なので。
"大人"……?
……"大人"。
"大人"って……何だ……?
――躊躇わない事さ
「どすんだこれぇ!」
「……」
「どすんだどすんだ、どっすんだこれぇ!」
「……」
「どすんだこ……オイ何とか言えよ!!!」
詰めて来る上司ガショメズ。
だがもう、部下ガショメズは答えない。
言葉は不要か。
"大人"なので。
部下ガショメズは背面に手を伸ばすと、以前から準備していたそれを引き抜いた。
バトンめいた超硬質の金属棒。
その表面にはガショメズ語で、こう刻まれている。
『モームリ』と。
部下ガショメズは徐にそれを頭上に振り上げ――
「……退職代行!! イヤァァァァーーーー!!!」
「グワァァァァァーーーーー!!??」
――上司ガショメズの脳天に振り下ろした!!
何たる事か……。
これは辞職を決意した社員が、日頃からのご指導・ご鞭撻に対する感謝と共に上司の頭をストライクする、ガショメズに古来より伝わりし伝統文化『辞表ストライク』ではないか!!
「退職代行!! イヤァァァァーーーー!!!」
「二撃目グワァァァァァーーーーー!!??」
何たる無慈悲な追撃!!
上司ガショメズの頭部に損傷! 流血めいて火花が噴き出す!!
「退職代行イヤァァァァーーーー!!!」
「三撃目グワァァァァァーーーーー!!??」
三連続の打撃!!
何と言う事か……これはまるで、ガショメズに古来より伝わる伝説的エピソード『三顧゛ッの礼』そのものではないか!!
【三顧゛ッの礼 (さんゴッのれい)】
宇宙開拓前よりガショメズに伝わる故事成語のひとつ。
ある時、大企業『SHOCK社』が法律事務所『光明』を顧問弁護団として招聘しようとしたが、報酬が『やりがい』なので断られたから同事務所を襲撃した事件。
囚われの身となった事務所代表は頭部を殴打され、この際の『ゴッゴッゴッ』という殴打音三回がエピソード名の由来となった。
頭部耐久が限界に達した代表は招聘に応じると、SHOCK社へ『転価散分の計』を奏上したと言う。
これにより資産を分割したSHOCK社は運転資金が枯渇したので翌週に経営破綻した。
(ミンメーン出版『ガショメズ、その大いなる惨獄史』より抜粋)
閑話休題。
凹んだ頭部を抑えながら、上司ガショメズが叫ぶ。
「バカか君は……! 次のボーナスを捨てる気か!?」
「次のボーナスだと……?」
ボーナス。
その言葉に部下ガショメズが動きを止める。
「……」
「……」
束の間の静寂。
突破口と見た上司ガショメズが語気を強めた。
「そうだ来期のボーナスだ!
増額する様に、私からも上に口利きしよう! だから今はその退職代行棒を下ろすんだ! いいな!?」
「ボーナス……」
小さな呟きと共に、振り上げられていた『モームリ』がゆっくりと降ろされていく。
だが――
「ここ10年出てないだろが! 退職代行イヤァァァァーーーー!!!」
「四撃目グワァァァァァーーーーー!!??」
10年ボーナス無し!!
これは悲しい!!
「退職代行イヤァァァァーーーー!!!」
「五撃目グワァァァァァーーーーー物理メモリ523破損!!
パーソナルデータ損傷!! 記憶障害発生!! ハッ!? ここはドコ!? 私は誰!?」
「……何?」
「……フーアムアイ? ウォシーシュイ? アナタは誰!?」
「……」
『モームリ』の動きが止まる。
刹那、部下ガショメズと上司ガショメズの目と目が逢う瞬間――
――隙だと気づいた。
「退職代行イヤァァァァーーーー!!!」
「誰でグワァァァァァーーーーー六撃目!!」
"上司は今、どんな気持ちでいるの?"
「カウント継続してんじゃねーか!
ドーモ上司サン、弊職デス。退職代行イヤァァァァーーーー!!!」
「ドーモ弊職サン、いつもお世話にグワァァァァァーーーーー七撃目!!」
戻れない御社だと 分かっているけど
少しだけこのまま頭 動かさないで
「アナタは誰ェェーー!! ワタシは誰の誰の誰ェェェーーー!!」
頭部から煙と火花を出しながら、上司ガショメズがその場から走り出す。
逃げるその背を追って、『モームリ』を振り回しながら部下ガショメズも走り出した。
「弊職は弊職!! 弊職は弊職弊職弊職――」
◇
≪弊職は弊職!! 弊職は弊職弊職弊職――≫
突然の凶行。
逃げ出した上司ガショメズを追いかけ、部下ガショメズも何処かへと走り去っていく。
そしてその様を――
「「「えぇ……」」」
――周囲の来場者たちが、ドン引きで眺めていた。
一方でサトゥー。
(ボーナスねぇなら……止む無しとする)
心情的には部下ガショメズの方に同情していた。
とは言え暴力反対。まずは話し合おう。暴力振るうのは決裂してからにしようね!
(それにしても……誰、か)
サトゥーの脳裏には、不思議と上司ガショメズの言葉が少し残っていた。
あなたは『誰』?
わたし、ではなく。
サメちゃんが『誰』なのか。
(サメちゃんの過去……知らないからなぁ……)
戦況図を見上げながら、サトゥーは考える。
≪やられるー! 誰かーーー!≫
≪さっきから回避しか、ほげぇぇぇー!!!≫
≪リスポーン地点との往復しか、またや゛ら゛れ゛だ≫
試乗組の青マーカー群は完全に自陣に押し込まれ――
≪ヤッホーーーーーーイ!!≫
――サメちゃんの『フェルムネブラ』だけが敵陣で自由に暴れ回っていた。
サメちゃんの過去。
少なくとも"普通"の整備士は、あれほど自在にV-TECHを乗り熟したりしない。
ならば、何者なのか。
(そう言えばサメちゃん、最初にあった時――)
サトゥーは過去の、宇宙港へ出入りし始めた頃の事を想起した。
【回避盾】/【避けタンク】
RPGにおいて味方の盾となる前衛役を一般に『タンク』と呼び、通常はHPや防御が高いキャラクターが担っている。
対して機動性や回避力を高め、攻撃を「耐える」のではなく「避ける」事で最前線に立ち続けるキャラクターが回避盾や避けタンクと呼ばれる。
上手くいけば無傷で立ち回れる反面、耐久では劣る傾向にあるので不運が続くと呆気なく沈んでしまう事も。




