第60話「赤い波へと」
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≪ん?≫
「ん?」
突如としてクルクル光り始めた赤い光に、サメちゃんとサトゥーは会話を止める。
見上げた先の天井にはレールが走っており、巨大なアームがそれに沿って動いている最中だった。
アームが停止したのはガショメズ側展示エリアの一角で、その真下にはアイドリング状態のV-TECHがある。
稼働状態のそれは本来爆音だが、どうやら音響制御されているらしく辛うじて聞こえてくる音量に抑えられていた。
≪あそこ何だろ≫
「どうやら試乗コーナーみたいですね」
≪えっ≫
そこでは丁度、軍服姿のシャルカーズ女性がガショメズの機体へ乗り込んでいる最中だった。
やがて天井から巨大なアームが降りて来ると、起動シークエンスを終えた機体をUFOキャッチャーめいて吊り上げていく。
その光景を眺めていたサトゥーが、口元に手を当てながら尋ねてきた。
≪え、試乗って事は……今なら無料でV-TECHに乗れちゃうのぉ?!≫
「そ、そうですね……無料で乗れちゃうみたいですけど――」
まるでシャルカーズ主婦――お昼の通販番組でお得情報を聞いた――めいて嬉しそうにするサトゥー。
だがサメちゃんはそんなサトゥーに、悲しい事実を知らせなければならない。
「――サトゥーさん、V-TECHのライセンスは持ってますか?≫
≪ヒヤシンス?≫
「搭乗資格です」
≪ぼくはパンジーがすき!≫
「あ、無い。えーと、ライセンスが無いと……乗れない……かな?」
ヤウーシュは戦士として依頼を受ける際、宇宙船に乗れないと選択の幅が大幅に狭まってしまう。(現地までの『送迎有り』しか受けられない)
サトゥーはカニ江から逃げ回る関係上、宇宙船のライセンスは取得していたが、流石に機動兵器であるV-TECHのそれは取っていなかった。
だから乗れないし、そもそも遊園地の遊具じゃねェんだ。訓練も無しに動かせるかボケ!
≪そんなー! ションボリーヌ二世≫
「元気だして三世」
サトゥーの見ている前で、アームに運ばれるガショメズ試乗機が天井の開口部――バリアで内外を隔絶している――から宇宙空間へと発進していく。
試乗エリアの近くには巨大なスクリーンが設置されており、そこでは『ああああああステーション』のすぐ隣の宙域に設定されている『仮想戦闘エリア』の俯瞰図が表示されていた。エリアの奥が敵本陣となっており、そこから赤いマーカーである『敵性V-TECH』が飛来するので、それを手前側が本陣である試乗機サイドが迎撃、という形になっている。
仮想戦闘エリアでは既に7機の試乗V-TECHが戦闘を繰り広げており、たった今発進して戦列へと加わっていったV-TECHには『No.8』というタグ付けがされていた。
スクリーンからは各V-TECH搭乗者たちの通信内容が聞こえてくるものの――
≪やられる助けてー!≫
≪さっきから回避しか出来ないんだが!≫
≪やられた! あー、またリスポーン地点への自動帰還かよー!≫
――どれも悲鳴と不満ばかり。
然もありなん。サメちゃんはスクリーン上の戦況図を注視してみる。
(……赤ばっかり)
勿論、仮想戦闘エリアに実際の敵性V-TECHは存在していない。
データ上だけに存在するそれを、各V-TECHのインターフェースに出力させ、搭乗者は実戦と同じように攻撃――実際には発砲せず、判定だけを飛ばす仮想の――を加えたり、または放たれた攻撃を回避したり、という形式をとっている。
問題はその敵性V-TECHの『湧き速度』だった。完全に試乗組の殲滅速度を超えており、エリアが敵性V-TECHを示す赤マーカーで埋まってしまっている。
一定ラインを超えてこそ来ないのの、試乗組は手前側の本陣に押し込まれ、エリア中央へ進出出来なくなっていた。
スクリーンの近くには、展示会スタッフだろうガショメズが2名居る。
しかし片方が片方を激しく叱責していた。
≪どうすんだよこれぇ!
これじゃ皆さん気持ちよく試乗出来ないじゃん!! 俺の教育が疑われるじゃんこれ!≫
≪申し訳ありません! 申し訳ありません!≫
≪教育……教育教育教育教育教育教育教育教育死刑私刑死刑私刑死刑教育教育教育教育教育教育教育教育教育教育!!≫
≪何度もチャンスを頂いているにも関わらずセンセンシャル! センセンシャル! センセンセンセンセンセンシャル!≫
どうやら上司ガショメズが、仮想戦闘エリアの設定をした部下ガショメズを詰めている最中らしかった。
ああいうのは、人前ではやらないで欲しい。そんな事を思いながら、サメちゃんはふとサトゥーの方へと視線を移してみる。
≪……≫
しょんぼりと、シャルカーズ側の試乗エリアを眺めている最中だった。
残念ながら直近で乗ろうとする希望者が居ない為、見上げる様な位置でV-TECHの起動シークエンスを見学する事が出来ない。
その事が残念でならないと、哀愁漂うサトゥーの背中がそう語っている。
……様に、サメちゃんには見えた。
だから、思った。
見せてあげたい。
見てもらいたい。
何より。
久しぶりに、乗りたい。
サメちゃんはサトゥーに近づくと、背中をつんつんしながら声を掛けた。
「あのー、サトゥーさん」
◇
異形感が際立つガショメズ製V-TECHは良い。
だがやはり王道かっこいいシャルカーズ製V-TECHの方が、何かこう、今はまだ癌には効かないがそのうち効くようになりそうな格好良さがある。
まるでF1マシンの様な、美しい流線型を取り入れた、それでいて片膝をついている駐機姿勢はまるで、叙勲を受ける騎士のような荘厳さがあって――
≪あのー、サトゥーさん≫
――等と取り留めのない事を考えていたら、後ろからサメちゃんにつんつんされたサトゥー。
「え、あ、何?」
≪……ちょっとここで待ってて貰えますか?≫
「いいけど……」
サメちゃんはそれだけ言うと、てててーとシャルカーズ側試乗エリアへと速足で駆けて行く。
その背中を『?』と見送るサトゥーだったが――
サメちゃんは試乗エリアのスタッフと何やら話すと、ヘルメットを受け取り、ハーネスの様な物を装着して、タラップを駆け上がった。
シャルカーズ製V-TECHは操縦席が胴体にあり、人間でいうと"うなじ"の位置から乗り込む必要がある。
頭上に『?????』を浮かべているサトゥーを他所に、サメちゃんはこちらに一回手を振ってから、そのままするりと機体内部へその身を躍らせた。
搭乗の為に開かれていた装甲板が閉ざされ、稼働状態に入った反物質エンジンの駆動音が音響制御を越えて響きだす。
全身各所のノズルから排熱が始まり、まるで眠っていた巨人が目を覚ましたかの様に、頭部の光学センサーがギョロギョロと周囲を睥睨し始めた。
そして片膝をついていたシャルカーズ企業『ダイナーシュ社』製の新型V-TECH『フェルムネブラ』は、ゆっくりと直立状態へと移行していく。
その光景を見上げながらサトゥー、ようやく――
「ア、アイエエエエエエ!? サメちゃん!? サメちゃんナンデ!?」
――我に返った。
慌ててウェアラブルデバイスを立ち上げると、サメちゃんとの直通回線を開く。
「サ、サメちゃんアイエエエエ!? V-TECH乗ってアイエエエエ!?」
≪ふっふっふ……サトゥーさん!
実は私、V-TECHのライセンスも持ってるんです! だからちょっと行ってきますね!≫
「ア、アイエエエエエ!? V-TECHのヒヤシンスアイエエエエ!?」
やがて天井から巨大アームが降りて来ると、サメちゃんが搭乗してしまった『フェルムネブラ』が吊り上げられていく。
天井のレールに沿って動き、開口部のバリアを超えると『フェルムネブラ』は宇宙空間へと飛び出して行った。
サトゥーは慌てて巨大スクリーンの方へ目をやる。
新たな機体反応が『No.9』として、戦況図に追加されたところだった。
≪どすんだこれぇ!≫
≪もしゃもせん!≫
≪えーと、この子は――≫
≪どすんだこれぇ!≫
≪もしゃもせん!≫
≪――"フェルムネブラ"かな?≫
≪どすんだどすんだどっすんだこれぇ!≫
≪もしゃーももしゃーももしゃーもせん!≫
≪じゃあ……フェルムネブラ、行っきまーす!!≫
上司ガショメズと部下ガショメズがスクリーンの横でラップバトルを繰り広げる中、マップを埋め尽くす赤い波へと『No.9』サメちゃんの"フェルムネブラ"が突撃していった。
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