第58話「推しガール」
急にうたうよ
誤字報告ありがとうございます
『ロマン回路』と呼ばれるものがある。
"ロマン"という不確かなエネルギーを受け取るとギュンギュン回り出してしまうそれは、しかし触れず、目にも見えず、けれども性別や年齢を問わずに誰の心の底にも備わっていると言う。
そのエネルギー源たるものの一つとして著名なのが、『巨大な人型ロボット』だった。
デカくて、強い。
余りにも単純で明快な"ロマン"を供給してくれるソレはある時、とある世界の果てにある小さな島国で、ひとつの概念として結実する。
『鉄人2〇号』に始まり、『マジ〇ガーZ』や『ゲッター〇ボ』……神秘的で、圧倒的で、世界の平和を守ってくれるそれ等を人々は『スーパーロボット』と呼び、その魅力に酔いしれた。
だがその概念は歩みを止めなかった。
変化し、進歩し、やがてスーパーロボットは『リアルロボット』へと進化していく。
それまで『とにかく凄いパワー』で稼働していた『超兵器』は、『説明可能な動力』を搭載した『量産される兵器』に。
『正義の味方vs悪の秘密結社』という対立軸は、組織や国家による観念形態の衝突へと置き換わり、補給や整備、政治闘争や人間ドラマなど戦場外での要素も包括した『リアルな物語』として生まれ変わっていく。
この新たなリアルロボットが齎らす『新たなロマン』を人々は歓迎し、熱狂を以て迎えた。
だがある時、彼らは気付いてしまう。
『リアルさ』こそが売りのリアルロボットに、ひとつだけ『リアルじゃない』ものが含まれている事に。
そう――
――『人型兵器』ってリアルじゃないですねェ!!
Q:どうして足が必要なんですか?
A:そ、走破性があってェ……
Q:接地圧とかご存じでない?
A:んにゃぴ……
Q:どうして手が必要なんですか?
A:武器を換装できてェ……
Q:指欠けたら終わりですよね?
A:んにゃぴ……
Q:細い手足の強度とか考えたことある?
A:う、うるさいですね……
Q:構造の複雑化は製造コストと整備性の悪化を招くんだが?
A:うるさいですね……
Q:人型兵器作る技術で戦車やヘリ作れば上位互換だよね?
A : う っ せ ェ わ ! !
正確さとは、危うさとは、それが何か見せつけてやる
設定初期では優等生、気づけば幻想になっていた
ナイフの様なリアリティ、備えている訳もなく
でも考証が足りない、何か足りない
困ったぞこれはトミノのせい
当てどなくただ混乱する現場
それもそうか、SFの流行は当然の把握
リカオの検証も通勤時チェック
単純な計算で設定しマース、ライトSFじゃ当然のルールです
Q:人型兵器作る技術で戦車やヘリ作れば上位互換だよね?
A : は ぁ ぁ ぁ ぁ ! ?
うるせぇ!
う る せ ぇ !
う る せ ぇ な ! !
あなたが思うより幻想です
一切合切堅実な、あなたにゃ分からないかもね
嗚呼、その通りだ、その加もなく負もない計算式
Q:人型兵器はリアルじゃないよね?
うるせぇ!
う る せ ぇ !
う る せ ぇ な ! !
A : 二 足 歩 行 は ロ マ ン ゆ え 問 題 は ナ シ ! !
◇
「すげぇ! モビルフォート・ガンガムだぁ!」
あったよ!
人型兵器あったよ! 宇宙世紀でかした!
「やったー、本物だ格好良いゾーーーー!! ヒト型ロボット見れるとかテンション上がりますねェ!」
前世においては終ぞ、人型兵器を目にする事が無かった宇宙人・サトゥーの見上げている目の前にその威容は在った。
『ああああああ総合展示会』の兵器ブースはシャルカーズの企業エリアで、巨大な人型の機動兵器が複数鎮座している。
まさにテレビで、あるいはゲームの中でしか見た事のない金属製の巨人を前にして、テンションがぶち上がるサトゥー。
「うおおお燃え上がれ~燃え上がれ~燃え上がれガンガムー! 君よー! 裂け……むっ」
思わず前世で視聴していたテレビアニメのOP曲を口ずさんでいた時、ふと気づく。
人型兵器は隣のエリアにも並んでおり、外観の特徴から異なるメーカー製である事が窺える。
流線型を多用したヒロイックなデザインが多いシャルカーズ製に対し、隣のエリアは――
(某バイオのクリーチャーみてぇだな! でもヴィラン感あって味わい有りますねぇ!)
――どうやらガショメズ製らしい。
ふと、駐機姿勢の一機が目に留まる。
下腹部の位置にある搭乗席が開放状態となっており、誰かが試乗していた。
(ん? ローディエル?)
しかも珍しい事に、乗っているのはローディエル。
刹那――
「「……」」
互いの目が合った。
――様な、気がした。
だが次の瞬間にはそのローディエルは近くのガショメズに向き直っており――どうやら会話をしていた最中らしい――、最早こちらを見ていない。
会話は勿論、会釈もしておらず、何処の誰さんなのか、サトゥーには分からない。
だが何か引っかかるものがあった。
(最近会った……?
イヤ、そんな訳ないか。ローディエルに会ったの初めてだし。あぁ違う。昨日会ったか)
ローディエルには昨夜、出会っている。
そう、ボンデージ風パンクレザー系ファッションのスレンダー美少女(願望)と、既に。
(……だからか)
似ている。
目元の雰囲気に、どことなく通じるものがあった。
(でも別人だしなぁ……)
しかし同一人物の訳はない。
ガスマスクで人相こそ分からないが、たった今目が合ったのはガッシリとした体格の、恐らくはローディエルの男性で、昨夜出会ったのはスレンダーな美少女(願望)である。
ならば、どうして目元に似た雰囲気を感じたのか。
(もしかして親子だったとか? ハハハ、まさか!)
偶然目の合ったローディエルの男と、昨日偶然出会ったローディエルの美少女(願望)が実は親子でした。
(ハハハ、ないない! どんな確率だっての!)
そんな偶然……ある訳ないよねぇ!
(あ、でもローディエルも展示会に来てるなら、もしかして昨日の、暴漢から助けてあげた――)
暴漢から助けた(大嘘)。
名をニューフェ・ネクテルナ・ノー・ヴィリディア・カッ・以下略。
(――名前は確か、ニュ、ニュ……ニュートリノちゃん!)
サトゥー痛恨のミス。
ニューフェは素粒子だった……?
(ニュートリノちゃんも会場に来てるのかな? もしかしたら会うかもね! まぁそれはそれとして、僕はガンガム鑑賞に戻るよ!)
サトゥーは気を取り直して、人型兵器鑑賞に戻ろうとする。
と、その時。
後ろにいるサメちゃんから声を掛けられた。
≪サトゥーさん、Vテックお好きなんですか?≫
◇
怒っていたサメちゃんだが、実のところそこまで怒っていなかった。
昨夜は確かにプンスコしたが、一晩寝たので今はプンスコしていない。
でもプンスコした以上はプンスコの落としどころが必要で、しかし意外とこれが無い。
なので本当はもうプンスコしてないが、プンスコを継続中で、つまりファッションプンスコだった。
でも――
≪この『ああああああ総合展示会』っての見に行こぉぉぉ!!≫
≪てっんじかい! てっんじかい!≫
――楽しそうにスキップしながらブースへ向かうサトゥーの姿を見て、継続プンスコは自然と消えていた。
そして気が付けば、釣られてサメちゃんもスキップをしている。
――サトゥーさん! 武器のブースこっちですよ?――
――……ん? あぁ、こっちで合ってるよ――
サメちゃんはてっきり、他のヤウーシュがそうである様に、サトゥーも武器ブースが目当てなのだと思っていた。
だがどうやら違うらしい。
兵器ブースを見回したところで、ヤウーシュの姿など数える程しかない。
そしてその中で――
≪すげぇ! モビルフォート・ガンガムだぁ!
やったー、本物だ格好良いゾーーーー!! ヒト型ロボット見れるとかテンション上がりますねェ!≫
――まるで子供の様に、本当に楽しそうに見学しているのはサトゥーだけ。
サメちゃんは以前、何かで読んだ事がある。
巨大兵器に対するロマンとは、つまるところ強さに対する羨望であり、故に生まれつき強大であるヤウーシュとはそれを感じない傾向にあるのだと言う。
事実、殆どのヤウーシュは兵器ブースに見向きもせず、武器ブースへと殺到している。
しかしサトゥーが真っ先に目指したのは兵器ブース。
サメちゃんは改めて思う。
あぁ、この人は本当に変わり者なんだなぁと。
でも楽しそうに燥ぐサトゥーの姿を見ていると、サメちゃんも自然と笑顔になっていた。
だって――
「サトゥーさん、V-TECHお好きなんですか?」
≪ぶいてっく?≫
初めて聞く単語なのか、サトゥーが問い返してくる。
サメちゃんは説明した。
「はい、V-TECHです!
正式名称を『排除及び協働の為の前衛人型端末(Vangaurd Terminal for Eliminate and Collaboration type Humanoid)』と言って、V-TECHはシャルカーズで生まれたんですアルタコの発明品じゃありませんシャルカーズのオリジナルです! ちょっと後れを取ってますけどすぐ巻き返すと思いますよだからますます好きになりますね! あぁ言わないでください動力が反物質を使ってますでもアルタコの特異点エンジンなんて夏は熱いしよくオカルト効果で精神汚染が発生するわすぐひび割れるわ碌な事がないですデザインもいいですよね私このミヤザキ重工のV-TECH好きなんですけどあぁちなみに知ってましたかV-TECHは元々移動砲台として開発されたんですよそもそも宇宙空間の戦闘と言うのは超遠距離から宇宙戦艦が砲撃し合うんですけど基本的にはバリアの削り合いになるのでそうなるとどちらかのエネルギーが尽きるまでの長期戦になり易いんですが兎に角時間が掛かるんですそこで砲台だけ飛ばして敵戦艦のバリアの内側から砲撃すれば良いじゃんという事で開発されたのがV-TECHの初期型にあたる――」
サメちゃん急に早口。
だって――
――だってサメちゃん、V-TECH推しガールだった……!
【特異点エンジン】
アルタコが実用化している動力源。
内部で現在の宇宙とは異なる物理定数を成立させる事により、理論上は無限のエネルギーを取り出せる技術。
(エンジン内部で1+1=3を成立させ1を取り出した後、残った2でまた1+1=3を行う)
シャルカーズとガショメズでは前提技術の研究にようやく取り掛かった段階であり、実質的にアルタコの専売特許となっている。
制御に失敗するとエンジン周辺の知的生命に幻聴、幻覚、記憶障害等の症状が発生し、これは『オカルト効果』と呼ばれる。
補遺1:オカルト効果症例(記憶障害)「シャルカーズ女性研究員に対する聞き取り」
「擬似体験って、どういう事です……?」(女性研究員
「つまり結婚も離婚も全部、偽の記憶で夢みたいなものなんです。貴女はオカルト効果によって記憶障害を起こしているんですよ」(カウンセラー1
「そんな、まさか?」(女性研究員
「あんたのアパートに行ってきた。誰もいやしない。独りもんの部屋だ」(カウンセラー2
「だから、あの部屋は別居の為に借りたアパートで……」(女性研究員
「あんたあの部屋でもう10年も暮らしてる。旦那さんなんか居ないし、結婚も離婚もあんたの頭の中だけに存在する出来事なんだ」(カウンセラー2
「ご覧なさい。貴女が同僚に見せようとした写真だ。誰が写ってます?」(カウンセラー1
「確かに写ってたんです……私の旦那が笑って……まるで悪魔みたいに……」(女性研究員
「その旦那さんの名前は? 離婚理由は何です? 貴女は旦那さんに慰謝料をいくら払う事になっていましたか?」(カウンセラー1
「じゃあ……してもいない浮気で私有責の離婚になりクソ男に慰謝料を奪われる辛い現実は、全部嘘……?」(女性研究員
「はい。そんな事実はありませんし、アルタコの好意でトラウマ記憶消去療法も無料で受けられますよ良かったですね」(カウンセラー1
「ヤッター!!」(女性研究員




