第57話「あんな奴」
新年明けましておめでとうございます。
今年も佐藤以下略をよろしくお願いいたします。
誤字報告もありがとうございます
『ああああああ総合展示会』の会場。
科目ごとに区分けされている各ブースの隙間は通路を兼ねており、来場者が行きかっている。
その中に――
「てっんじかい! てっんじかい!」
≪てっんじかい! てっんじかい!≫
――奇妙なコンビが居た。
先頭を行くのはヤウーシュで、何が嬉しいのかピョンピョンとスキップしている。
さらに不可解なのが、その後ろに続く青目のシャルカーズだった。何が楽しいのか尾を左右にプンプン振りながら、同じステップを踏みつつヤウーシュの後に続いている。
中々他所ではお目に掛かれない珍しいそのコンビは、通路の分岐に差し掛かると先頭のヤウーシュが右へ、そして後ろのシャルカーズが左へと曲がった。
≪――あれ?≫
後ろのシャルカーズは足を止めると、右に曲がってしまったヤウーシュの背へと声を掛ける。
≪サトゥーさん! 武器のブースこっちですよ?≫
「……ん? あぁ、こっちで合ってるよ」
≪あれ、そうなんですか?≫
振り返り、そう答えるヤウーシュ。
問い掛けたシャルカーズは、己の曲がった通路の先――武器ブースの方へと目を向ける。
そこでは多くのヤウーシュが――
「ノコギリだぁ? 何で木工用具が……ヒャア! 変形して鉈ァ!」
「暗い井戸から発掘された片刃の実体剣だぁ? ふーん、エッチじゃん」
「えーとこの武器……トルトニス? トルニトス? トトニルス? え、何?」
――楽しそうにワイワイとやっていたが、どうやら目的のブースでは無いらしい。
キラキラとした目で、説明するヤウーシュは己の進行方向を指し示す。
「見たいのはあっちのブースなのぉぉぉ!!」
◇
『ああああああ総合展示会』の兵器ブース。
会場のかなりのスペースを占有しているそこでは、主に宇宙空間で運用される各種『機動兵器』が展示されている。
その中でも特に目を引くのが、全高が5mから10m前後の『人型兵器』だった。
それら展示物の前で今まさに、ゼロバッド会長から案内を任された【4A07】がナルテクスにセールスを掛けていた。
≪Vテックはガショメズで生まれました。
アルタコの発明品じゃありません。我が種族のオリジナルです。しばし後れを取りましたが、今や巻き返しの時です≫
「ふむ……興味深い……」
説明を受けているナルテクスが、下から照明で照らされている金属製の巨人達を見上げる。
基本的な造形は『人間型』ではあるものの、ガショメズのそれは左右非対称であったり、体の各所から大型の増設物が生えていたりと何とも異形感が強い。
この場にサトゥーが居れば『某バイオのクリーチャーみたい!』と小学生並みの感想を漏らしただろう。
【4A07】がセールスを続ける。
≪Vテックがお好き? ではますます好きになりますよ! さぁどうぞ――≫
展示されている内の1機は片膝を突いた『駐機姿勢』を取っており、下腹部に位置する操縦席が開放されている。
【4A07】はタラップを用意して、ナルテクスを操縦席へと誘導した。
折角の機会だからと、ナルテクスはVテックとやらの操縦席に座ってみる。
≪――我が商会のニューモデルです! 快適でしょう?≫
「……」
操縦席へと納まったナルテクス。
目の前には数えきれない程の計器類と、見た事も無いインターフェース群が並んでいる。
そして悟ってしまった。
――己に問いかけてみる。
ローディエルは、コレを作れるかと。
不可能だった。
見ただけで分かる。
精度が違う。根本的な技術が違う。
自分たちは精巧な機械式時計を創り出せるが、全くそんな事は役に立たない。
中身は当然として、今のローディエルでは見掛け倒しの外側すら造る事が出来ないだろう。
「……」
目の前の光景が、どこまでも無慈悲な『文明格差』を突きつけて来る。
呻き声を堪えたのは、種族長としてのせめてもの意地であろうか。
≪――んあぁ、仰らないで!≫
だがその沈黙を、【4A07】は別の意味で捉えた。
≪確かに動力が核融合……でも反物質エンジンなんて見かけだけで夏は熱いし、よく漏れるわすぐヒビ割れるわ、ろくな事は無い!
積載量もたっぷりありますよ! どんな大型兵装でも大丈夫! どうぞご覧になってください!≫
【4A07】がナルテクスに紙媒体を渡してくる。カタログ表だった。
だがそれに目を通しても、視線が滑ってナルテクスの頭に入ってこない。
(……カクユウゴウ? ……ハンブシツ?)
未知の単語で今、ナルテクスの頭はパンクしている最中。
それに気づかない【4A07】は一生懸命に説明を続ける。
≪良いスペックでしょう。余裕の数値だ、設計が違いますよ!≫
「一番気になるのは……」
≪何です?≫
再起動したナルテクスが、辛うじて疑問点を絞り出す。
「……建造費だろうか。如何ほどであろうか」
≪そうですね……あぁ勿論、まとめて発注いただければ価格の方は勉強させてもらいますが……標準で、この程度でしょうか≫
「……」
ナルテクスの目の前に示された、電卓めいた計算機。
その値段表示の小窓には『1億コム』と表示されていた。
思わず意識が飛びそうになるナルテクス。
(1億コム……1億コム……1億コム……)
比較として脳内に浮かび上がったのは、昨年竣工したばかりの最新鋭の宇宙船。
栄えあるローディエル宇宙艦隊の旗艦にして、今回の視察で自分が乗っている座乗艦『グローリア・ヴィリディアエ』の建造費だった。
銀河同盟の通貨に換算して、その額……約『200万コム』。
無論、ガショメズとローディエルで貨幣価値や経済規模などが異なる為、単純な比較は出来ない。
しかしシュンネペイア教のお財布を相当に痛めつけてくれた『グローリア・ヴィリディアエ』を、自分が今座っている『Vテック』1機の値段で果たして、何隻造れるだろう。
「好奇心で尋ねるのだが――」
声が震えない様に、気を強く持ちながらナルテクスは問いかける。
「――ガショメズでは、『Vテック』をどの程度保有されているのかな?」
≪そーですねぇ……。
ガショメズ全体となると、統計が出ていないので推測となるのですが……各企業や商会を全部足して、それでも100万は超えない程度でしょうか≫
「……」
ナルテクス、再度絶句。
文字通り桁が違う。
ローディエル宇宙艦隊は、練習艦や戦力外の旧型艦を全部足しても200隻に及ばない。
勢力圏に惑星1つしかないローディエルと、銀河を跨いで活動しているガショメズ。
文明とは『質』において、上も下も有りはしない。しかし『数』という点においては、両者を隔てている溝はこの上なく深かった。
「ふぅー……」
思わず溜息をつくナルテクス。
ガスマスクを着用していなければ、強張った目元を解きほぐしたい気分だった。
と、その時――
≪おほーー!!≫
「ん?」
――突然、奇声が聞こえてきた。
何事かと視線を向ければ、隣にあるシャルカーズ企業の展示エリアで何やら騒いでいる輩が居る。
それはヤウーシュだった。
≪すげぇ! モビルフォート・ガンガムだぁ!≫
(ヤウーシュか……)
何と無しにその様子を眺めているナルテクスの脳裏に、『ヤウーシュ』という単語で、ふと朝の会話が蘇る。
ニューフェから説明された『迷子の間に何があったのか』についてだった。
どうやらニューフェは迷子になっている最中、ガラの悪いガショメズから何と『喝上げ』にあってしまったらしい。
しかし既のところで『正義感溢れるヤウーシュ』が割って入ってくれたらしく、難を逃れたとの事。
だとすれば『野蛮で不潔』なヤウーシュなる種族にも、中には開明的な個体だって居るのかも知れない。
≪やったー、本物だ格好良いゾーーーー!! ヒト型ロボット見れるとかテンション上がりますねェ!≫
(まぁ、だとしても……)
騒がしくピョンピョンと飛び跳ねているヤウーシュを見ながら、ナルテクスは思った。
(あんな奴じゃあ……無いだろうな)
【核融合エンジン】
ガショメズが好んで利用している動力源。
重水素等の軽い原子核を超高温・高圧下で融合させエネルギーを取り出す技術。
簡単に言えば小さい太陽を作り出す技術であり、SFで有名な某ガンダムもこの原理で動いている。
【反物質エンジン】
シャルカーズが一般的に採用している動力源。
物質(陽子)と反物質(反陽子)の消滅反応からエネルギーを取り出す技術。
極めて高効率のエネルギー源ではあるものの、反物質の生成と保存に高い技術を必要とする。
地球人類も反物質の生成には成功しているが、極めて少量かつ極短時間の為に具体的な利用には至っていない。




