第56話「紳士的な」
誤字報告ありがとうございます
天井を見上げ、黄昏れるニューフェ。
と、そこへ一人のガショメズが歩み寄って来る。
≪いや~、良い『伝票の仁義』やったでぇ!≫
そう褒めるガショメズの目は七色にビカビカと光っていた。
これはガショメズにおける賞賛のジェスチャーであり、地球で言う『拍手』に相当する。
『ああああああステーション』の所有者にして、『ああああああ総合展示会』を開催しているルンブルク商会の会長、その人(?)だった。
「ありがとうございます。ハプロタキシダ【0BAD】さん」
型番ハプロタキシダ型のシリアルナンバー【0BAD】、それが彼の個体識別名であり、他種族でいう名前だった。
ハプロタキシダの【0BAD】が返す。
≪あ~固いでぇ! もっと気楽に"悪くない"って呼んだってくれや!≫
「わ、分かりました、ゼロバッドさん……」
シリアルナンバー【0BAD】は16進数であり、10進数に変換すると『2989』となる。
しかし『0+悪い』とも取れる為、彼は"悪くない"と名乗り、周囲にもそう呼ばせていた。
≪この仁義覚えたら、もう商人としてガショメズ世界でもやって行けるでぇ!
ニューフェはん!≫
「「「ッ!!」」」
ニューフェの事をニューフェと呼んだ"悪くない"の言葉で、今度はローディエル陣営に動揺が走る。
言われたニューフェも『あ、えっと……』と困惑していた。
訂正すべきか、それとも流すべきか。逡巡する刹那、ニューフェの前に一人の男が割り込んでくる。
「はっはっは、お気をつけください、【0BAD】殿」
ナルテクスだった。
「公の場では洗礼名の方で呼ぶのが我らが流儀。我が娘の洗礼名、まさかお忘れで?」
≪いやいや憶えてますで猊下! アルルシャハナ第六枢機卿ですわ! いやーウッカリしてましたわ!≫
「ははははそうですかそうですか。
名前の方で呼ぶのは相当に近しい間柄か、そうでなければ立場に差がある場合を除いてかなりの侮辱に当たりますからな。
確か最初に説明したと記憶しているのですが……これはこの後の予定も、再度打ち合わせした方がよろしいですかな?」
そう告げるナルテクスは笑顔である。
着用しているガスマスクのレンズ部分から覗ける、彼の眼はニコニコしていた。
だが言外に告げている。『舐めてんのか? こっちは視察キャンセルしてもええんやぞ?』と。
【0BAD】は答える。
≪いやいやいやそれには及びませんて!
電子メモ取ってたの忘れてましたわ! もうバッチリですからによって!≫
言外に言っていた。『チッ、うるせーな。反省してまーす』と。
視察先を選ぶ権利はローディエル側にある。
しかし初となる大規模視察の最中で、視察先とトラブルを起こして物別れに終わりました、という結果を残すのも面白くない。
どこまで詰めるか、どこで妥協するか。
「思うに――もう少し段階を――どうです、他の商会も――」
≪それはマズイで――十人委員会の奴ら――碌な事に――保証させて――≫
ニューフェの見ている前で、ローディエルの種族長と、ガショメズの文字通り十指に入る実力者とが、表面上は穏やかに談笑している。
しかしその水面下では、お互いがお互いの足をドコドコと蹴り合っている最中だった。
ドロドロとした政治闘争。
ニューフェは天井の照明を見上げながら思う
(面倒くさいなー)
そもそもからして、ローディエル代表として『伝票の仁義』を切る大役を、ナルテクスが直々にニューフェへと託した。
これ自体が既に、内外に向けた政治的メッセージを含んでいる。
ニューフェは白い光を見つめながら思う。
(面゛倒゛く゛さ゛い゛な゛ー゛……ん?)
ふと見れば、何やら慌てた様子のガショメズがひとり走って来る。
そして悪くない会長へ耳打ちする様に告げた。
≪ご、ご歓談中失礼します! ……ゼロバッド会長、先ほど十人委員会の方から――≫
≪――何やて!?
あんクソど……あぁエライすんまへん猊下! ちょっと中座させてもらいますわ! 案内の方は【4A07】にしっかりさせますからによって!!≫
言うか早いか、悪くないは伝令に来たガショメズを伴って何処かへと走り去っていった。
その背を見送るニューフェの元へ、ナルテクスがやって来る。
「さっきは『伝票の仁義』ご苦労様。格好良かったよ!」
「あ、ありがとうございます? それと、あの、助かりました」
「うん? あぁ……」
ナルテクスは中空を見上げながら、顎髭――は触れないので、ガスマスクの顎部分を撫でながら続ける。
【0BAD】がニューフェをニューフェ呼びした件についてだった。
「あそこは指摘しても良かったかな。仁義とやらで向こうの流儀に合わせたのだから、向こうにも合わせてもらわねば」
「で、ですが、融和の空気を壊すのもどうかと思いまして……」
「一方の我慢で演出されるのは融和とは異なる。
仮に指摘して険悪になったら……まぁその時は私の出番だ。安心して投げてくれれば良い」
「そ、その辺りの境はどのように判断したら……?」
「境……境か。簡単だ」
「簡単?」
頭を悩ませるニューフェの肩へ、ナルテクスは手を置いて告げた。
「場数を踏めばそのうち分かる」
「えぇ……」
「何事も経験という事だ。さぁ、色々見て回ろう!
とは言えあまり時間も無いが……爺、班分けはどうなっている?」
「ハッ!」
ナルテクスの傍らに控えていた人物が威勢よく応じる。
低身長で、しかし横幅のあるがっしりとした体格。
ナルテクスとニューフェを長身のエルフとするならば、その背格好は『ドワーフ』を連想させた。
ニューフェのお目付け役である、『爺や』こと神父のオルキナスだった。
「猊下は1班として兵器ブースへ! ひい様は3班として武器ブースを見て回る予定となっております!」
「そうか。……そうか」
ふとニューフェは、マスク越しにナルテクスがじっとりとした視線を向けてきている事に気が付いた。
「父上……何か?」
「……大丈夫?」
「だ、大丈夫です! もう問題は起こりません!」
「ほんと?」
「本当です!」
娘がまた迷子になるのではないか?
心配するナルテクスに対し、その分厚い胸板をドンと叩いてオルキナスが請け負った。
「猊下、お任せください!!
このオルキナス、もはや二度とひい様を見失いませぬ! 見失いませぬともォ!!」
「そうか……任せる。では行くとするか」
ナルテクスのその言葉を合図に、ローディエル視察団は幾つかの班に分かれ、案内のガショメズに先導されながら各ブースへと散っていく。
ニューフェは3班の一人として武器ブースへと向かった――
「……」
「……」
――のだが、歩くニューフェの後ろにピッタリとオルキナスが付いてくる。
思わずニューフェは苦言を呈した。
「……爺や、近くない?」
「ひい様……。
爺やはもし今一度ひい様を見失いましたら、母星に戻り明光期が明け次第、カラカラ砂漠へと赴き『入滅の儀』を執り行います所存。
どうかこの老いぼれを憐れと思いなさるなら、軽挙な振る舞いは何卒、自重なさいます様……」
「わ、分かりましたって……居なくなりませんから大丈夫ですよ……」
「絶対ですな……? 絶対に絶対ですな……?」
「だから絶対に……あ、ほら、もう着きましたよ爺や」
武器ブースへと辿り着いた3班。
展示エリアには、様々な個人携行用火器が陳列されていた。
その中で、何故か人口密度の高い箇所がある。
≪オラァ! 邪魔だァ!≫
≪邪魔はオメーだ死ねェ! あ、これ良いじゃーん!?≫
≪もっと出力上がンねーのォ!? これカスタマイズ幾らよォ!?≫
ヤウーシュが群がっている『近距離格闘武器』コーナーだった。
『銃器』が登場して幾星霜。
兵士は数キロの距離で打ち合い、宇宙戦艦が数万キロの距離で殴り合う宇宙開拓の時代を迎えて尚、手の届く範囲しか攻撃出来ない『白兵戦用装備』の需要は途絶えていなかった。
それは外壁を破壊してしまう為に高出力ビームを使用出来ない宇宙ステーション内部の戦闘であるとか、宇宙船同士による移乗攻撃の結果生じる閉所の戦闘であるとか、むしろその重要性は増しつつすらある。
そうした目的の為に開発された『白兵戦用装備』群。
それはエネルギーソードであったり、バリア装置であったり、罠用ギミックであったり……。
そんなもの……嗚呼、そんなもの――
≪ヒャア! 月光の"赤"じゃんコレェ!≫
≪このヒートパイルさァ! 弾数1でいいから炸薬量3倍にしてよォ!≫
≪銃剣についてるこのバズーカ何よォ!? オマ製?! これ取ってくんねぇ!?≫
――THE・蛮族のヤウーシュが捨て置く筈がなかった。どいつもコイツも、目を血走らせながら殺到していた。
やいのやいのと、何とも騒がしい。
「……」
ニューフェは何と無しに、その喧噪を眺めていた。
特に誰かを探していた訳でもなかった。
「……おぉ、これは失礼。気が付きませんで」
しかし、その視線を誤解したオルキナスが霊術を詠唱する。
「第六幕、『終わりゆく世界』、――」
発動したのは風を操る霊術で、素早くヤウーシュの集団との間に『風の壁』を形成すると、臭いを遮断する。
「これで良し、と。
全く……『ヤウーシュ』なる連中は野蛮極まる! あのような輩が銀河同盟に居ては、我らの品位まで下がるというもの!」
「……」
プリプリと怒った様子でヤウーシュの事を蔑むオルキナス。
ニューフェはそれを黙って聞いていた。
ローディエルは今、必死だった。
歌や踊りではアルタコに優る自信があるし、指先の器用さならばシャルカーズにだって負けない。
確かにヤウーシュは武勇に優れるだろうが、ならば遠距離から霊術で圧殺してしまえば良い。
どこが劣っているか、逆に優っている点は何か。
自尊心を保つ為にローディエル社会では今、他種族のあら捜しをするのがトレンドだった。
だからオルキナスの発言に、特段の悪意がない事をニューフェは理解している。
でも、だから少し、反論したかった。
「たぶん全員が全員、そういう訳じゃないと思うよ」
「? はぁ……」
気の抜けたオルキナスの返事に、さらにニューフェは続けた。
「紳士的なヤウーシュも、居たよ」
【入滅の儀】
かつてシュンネペイア教で行われていた古い儀式。
一切の水分を取らず、太陽光を浴び続けてミイラ化する行為。勿論死ぬ。
日本における『切腹』に相当。




