第53話「苦悩の日々」
年末ってマジ?
ニューフェがフードを脱いで髪留めを外し、首を振る。
結われていた金髪のロングヘアーが自由になり、ふわりと広がった。
「ふぅ……」
金色の長いまつ毛と、その下から覗く双眸もまた金色。
通った鼻筋と、整った顎のラインに桜色の唇。そして白く透き通るような肌は陶磁器の様に滑らか。
ニューフェの外見は極めて地球人に似て、いや地球人以上に地球人をしていた。むしろ――
もしこの場にサトゥーが居て、そんなニューフェの素顔を目撃したとしたら、きっと。
――カン、カン、カン、カン!!
木槌の音が響き渡る。
法壇の中央に座っているサトゥー裁判長が、厳粛に述べた。
『判決……美少女!!』
「「「美少女! 美少女! うおおおおお美少女!」」」
傍聴席の外人4コマなサトゥーAとBとCとDも大盛り上がり。
『勝訴』と書かれた紙を持って駆けだそうとするサトゥーDを、しかしサトゥーAが引き留める。
『待て!』
『何だよ!?』
『あれを見ろ』
『『『!!??』』』
その声にサトゥーBとCとDと、そして裁判長サトゥーも目を剥く。
ニューフェの髪、金髪ロングの下から現れるものがあった。
髪をピンと跳ね上げる、肌と同じ色をした、長く尖ったもの。
耳だった。
斜め上に伸びている、長く尖ったニューフェの耳。それは俗にいう『エルフ耳』だった。
『エルフ耳ィィィィ!!!』ガンガンガンガン(ガベル乱打16ビート)
『『『『うおおおおおおお!!!』』』』(盛り上がる外人4コマ)
辛抱堪らずサトゥーAが『勝訴エルフ』と追記された紙を持ってテンションMAXに『ほうとうイエー!』と走り出すが、廊下の床にいたグヶゼンォプを踏み潰して滑ってコケて死んだので、残念ながら量子トンネル的な効果『虫の知らせ』によって観測結果がサトゥー本体に届く事は無かった。
閑話休題。
「よっと……」
ニューフェは外したガスマスクをごとり、とテーブルの上に置く。
ローディエルは祝福に満ちた環境で生まれた為、祝福の存在していない場所での活動に適していない。
酸素の薄い場所では地球人が呼吸の補助を要する様に、このガスマスクも呼吸補助の為のものだった。
ニューフェは部屋にいるもうひとりの人物へと向き直る。
下ろしたフードの下は、刈り上げのくすんだ金髪。
整えられている顎髭には白髪が混じっており、日頃の苦労を物語るかの様に、顔に刻まれている皺は少なくない。
しかし鍛えられた体躯と、強い意志の光を宿す鋭い目付きをしている壮年の男性。
もしこの場にサトゥーが居たならば、手をヒラヒラさせながら『はいはいイケおじイケおじ』と述べていたであろう。落差。
ニューフェは一呼吸をしてから、両腕を自然に開いて手の平を前に向ける。
次いで左足を引きながら頭を下げ、やや前傾姿勢になった。
そして視線を足元の絨毯――上等な赤色の――に落としながら、目の前の人物に対して口火を切る。
「本日は……私の軽率な振る舞いにより、多くの皆様方に多大なるご迷惑をお掛けしてしまいました事……このニューフェ、第六枢機卿アルルシャハナとして深く――」
地球の『カーテシー』に似たこれは、ローディエルが謝罪をする時の作法。
視線を下げたままニューフェが続けた。
「――深く、お詫び申し上げます……教主猊下」
全ての『ローディエル』は、『シュンネペイア教』の信徒という事になっている。
内部は複数の宗派にこそ分かれているが、それらを束ねるのがトップの『教主』であり、ニューフェから謝罪を受けているこの人物がまさにシュンネペイア教の現教主、その人だった。
名前をナルテクス。銀河同盟においては事実上の『ローディエル種族長』として認知されている。
「……」
「猊下?」
反応がない。
怪訝に思ったニューフェが顔を上げようとしたタイミングで、ナルテクスがおもむろに動く。
ニューフェに歩み寄り、そのまま彼女を抱きしめた。
「げ、猊下……?」
「あまり――」
強く、しかし相手に慮った抱擁。
「――親に心配を掛けるものではない、我が娘よ」
「申し訳ありません……父上」
抱きしめられながら、ニューフェもナルテクスの背へと腕を回し、抱きしめ返す。
静かな部屋の中で、しばらく無言で抱き合う二人。
親子の絆をしっかりと確かめてから、ニューフェは抱擁を解いて父から離れる。
「……?」
そしてふと気づいた。
ナルテクスが何故か残念そうな表情をしている。
「……父上?」
「今は部屋に誰もいないからパパって言ってもいいんだよ、ニューちゃん」
「……」
幼い頃、ニューフェはナルテクスから『ニューちゃん』と呼ばれていた。
そして当時、ニューフェは父を『パパ』と呼んでいた。
だがどちらも昔の話だった。子供を脱したと自認している今、そんな事は恥ずかしくて出来ない。
「いつの話ですか。父上」
「父上という響きも悪くはない……悪くはないのだが。だけどパパは、やっぱり『パパ』の方が好きだな! また昔みたいにパパの事はパパって呼んでくれると――」
「そうもいきません、父上」
「ぐぬぬ……どうしてダメなんだい? パパの方が響きが可愛くて素敵――」
「そうですか、父上」
「ぬぬぬぬぬ……! 昔みたいにパパって呼――」
「父上」
「……昔みたいにパ――」
「私にも立場というものがあります、父上」
「ぐぬぬ……!」
しばらく粘ったが、諦めたナルテクス。
肩から力を抜くと、傍らに在った椅子を引いて座った。
「立場……立場か……そうだな。
ならば私もオルトドクス宗派の長として、尋ねる事がある。精霊筒を3本消費したそうだな。……何に使った?」
「……うっ」
思わず押し黙るニューフェ。
彼女はまだ、迷子になった最中の顛末を詳しく報告していなかった。
そして勿論、『誘拐されそうになった』だとか『制圧の為に攻撃を受けた』だとか、事実を報告すれば大問題になるだろう。
それはそのまま、不始末の責任として己に返って来ることになる。
幸いにも無傷で帰還出来たのだから、出来れば過少な報告をして騒動を小火に収めたい。
――というのが、ニューフェの目論見だった。
うーんコイツ反省してねェな? そこに自省はあるんか?
「そ、それは――」
「爺からも、捜索中に大きな霊術の鳴動があったと聞いたぞ。何か……ゴホッ、何か高位の霊術を使用するような、危険な目にあったんじゃあるまいな?」
「そそそそ、それは、えーと、何と言いますか」
「言っておくが、ファウロス宗派からは既に『テオフィニアにご迷惑をお掛けしたのではないか』と突っ込まれていて、ゴホッ、何と説明したものかと、ゴホッ」
「確かに問題は起きたのですが、協力者の存在もあり、平和裏に解決出来たと言いますか――」
「ゴホッ、それにしてもファウロスの奴等め、ゴホッ、これ幸いに私への、ゴホ、攻撃材料に、ゴホッ、ゴホッ!!」
「――ち、父上? 大丈夫ですか?」
会話の最中に咽込むナルテクス。
ニューフェは慌てて駆け寄ると、父の背に手を当てながら霊術を詠唱した。
「第四幕、『隠された栄螺』、"手を洗え"」
ガショメズに襲われた路地裏とは異なり、部屋の中には祝福が潤沢に満ちている。
回復の為の霊術を行使するのに何の障害もない。
柔かな白い光が部屋の中を照らし、それが消える頃にはナルテクスの咳も収まっていた。
「――ふぅ。済まない、助かった」
「お加減が優れないのですか? 医者は何と?」
「……療養する様には言われているが、この情勢だ。そうもいくまい。手のかかる娘もいる事だしな」
「そ、それは……善処します……」
宗教種族であるローディエル。
彼らの社会は今、揺れている最中だった。
◇
シュンネペイア教では、ローディエルは『偉大なる創造主によって生み出された』と教えている。
強大にして神聖なる霊術が使えるのも、『我々が創造主から祝福されているから』という理屈になっていた。
しかし宇宙進出を果たした今、その信仰は根本から揺さぶられてしまっている。
偉大なる創造主探しの為に始まった『星渡り』は、念願叶ってとある存在との邂逅を果たした。
初の出会いを果たしたローディエルが、対面の相手へ震える声で問いかける。
――おぉ……御君が……御君が、我らの偉大なる創造主でありましょうや……?――
そこへ至るまでの宇宙開発において、既にローディエルは多大な犠牲を出していた。
だから我らは星の海の果てで、遂に創造主の元へ辿り着いたに違いない。
きっとそうあって欲しい、そんな思いを込めた問いかけに、眼前の異形はこう答えた。
――こんにちは! 私たちは友達になる事が可能です!――
アルタコだった。
そしてこの歩く脳みそとの出会いは、ローディエルに深刻な疑念を抱かせる。
QOWIのない銀河から来たアルタコは当然、その身に『祝福』など宿していない。
祝福無きものに価値を見出さないシュンネペイア教において、にも関わらず自分達よりも遥かに進んだ技術を持つ『優れた存在』アルタコは、理解の埒外にあった。
祝福された我々こそ、優れた存在ではなかったのか?
ならば祝福とは何なのか?
それは現在に至っても解決していない、ローディエルにとっての苦悩の日々の始まりだった。
【ビローン】
正しくは『びろーん』。公的な正式名称はない。
注目の裁判等の結審後に、裁判所から駆け出してきた人が『勝訴』とか掲げる紙の事。
裁判所が行う公的なシステムではなく、観衆やマスコミ向けのアピールとして弁護士サイドが行っている。




