第52話「素顔を露わ」
サトゥーは回答に悩んだ。
アルタコがした説明のうち、『ヤウーシュが凶暴』と言う点については間違っていない。何一つ間違っていない。極めて正確である。
その一方で、常時嘘つき全開で全然約束守らねぇ天然ファッキン詐欺師のガショメズを『親切で友好的』と説明している点については、心当たりがあった。
「何というか……」
一言で言えば、アルタコはガショメズに騙されていた。
武力衝突をしても勝てない相手であるアルタコの前では、ガショメズは『誠実な商人』として振る舞っている。
それはジャイアンの前でのみ清廉で、真摯に尽くす小心者めいたムーブだった。そしてこのジャイアンは純朴であるが故に、まんまと欺かれてしまっている。
きっとガショメズは笑っているのだろう。
アルタコは簡単に騙せる『マヌケ』だと。
「説明が難しいんだけど……」
しかしサトゥーは、そんなアルタコの事を『マヌケ』とは形容したくなかった。
例えるなら、前世の地球において。
日本人が海外旅行へ赴き、楽しい観光の最中で財布を掏られてしまったとする。
盗んだ財布を片手に、犯人がこう嘲笑するのだ。『日本人は警戒心の薄いマヌケ』だと。
だがサトゥーは思う。
――それの何が悪い!――
確かに不用心だった。現地の治安を考慮すべきではあった。
だが日々の生活が安全であるが故に、悪意に晒されていなかったが為の、それに備える必要すら無かった事の、一体何が『マヌケ』なのかと。
絶えず怯え、絶えず備える生活の、そのどこが文明社会か。その必要がない社会と、どちらが素晴らしいのか。それを実現している事が、どれほど素敵な事なのか。
アルタコがそうだった。
この親愛なる隣人は極めて理知的で、そして理論的だった。
彼らは嘘を吐かない。何故なら長期的に見て利益にならないから。誠実で善良であった方が、最終的により多くの利益を生むと知っているから。
そしてそれを実践出来ていた。確かに彼らは誠実で、そして善良だった。
だからアルタコはガショメズを疑わない。
これからも騙され続けるのだろう。しかしサトゥーにとって、アルタコとはそう在ってほしかった。これからも純朴でいて欲しかった。悪意に晒されて疑り深くなったアルタコなど、見たくは無かった。
閑話休題。
「まぁ……どの種族にも、色んな奴が居るって事です」
≪そうですか……≫
「とは言え"傾向"ってのは有りますねぇ!
暴れん坊ヤウーシュは粗暴だし、ガショメズはあいつらマジ嘘つきモンスターのネイティブ詐欺師なので注意してくださいね!
あぁもうガショメズなんて1体見たら詐欺師が3万匹居ると考えるくらいで妥当なんです警戒心なんてなんぼあってもいいですからね!」
≪そ、そうですか……≫
あまりガショメズを下げると、アルタコの評判まで下がってしまう。
サトゥーは忠告を程々で止めると、ローディエルちゃんに移動を促した。
「さ、行きましょう。大通りはもうすぐですよ」
≪……そうですね≫
再び歩き始める二人。
やがて喧騒が近づき、ビカビカ電飾と往来のある大通りへと出た。
サトゥーは片方向を指さしながら説明する。
「あとはこの通りを真っすぐ行けば、トラム降車駅に着きます」
≪真っすぐ行けば良いのですね。助かりました…ヤウーシュ≫
ここまで来れば、もう心配ないだろう。
サトゥーはローディエルちゃんに会釈だけ返し、その場を後にしようとした。
≪……ニューフェ≫
「へっ」
不意に声を掛けられ、思わず振り返る。
≪私の名はニューフェです、ヤウーシュ≫
ガスマスクのレンズ越しに、少女の金色の瞳がじっとサトゥーの事を見つめていた。
サトゥーは姿勢を正し、左の握り拳を胸に当てながら答える。
「サトゥー。シフードの戦士、サトゥーだ」
≪……サトゥー殿。
シュンネペイア教第六枢機卿ニューフェ・ネクテルナ・ノー・ヴィリディア・カッ・アルルシャハナ・ヴィ・オルキナス・オルトドクス・シュンネペイアとして、貴殿のご高配に最大限の感謝を申し上げます。
助かりました……ありがとう。縁があればまたお会いしましょう……優しい戦士さん≫
そう言うと、ローディエルちゃん――ニューフェは踵を返し、駅を目指して歩き始める。
その背を目で追いながらサトゥーは……少しだけ思う。
(マスクの下……気になるなぁ)
サトゥーの中では、ニューフェちゃんはスレンダー系美少女という事になっている。
しかしそれは観測された事実では無い。マスクの下は未だ無明。
かと言って『ねぇ~良いでしょ~? マスク取ってよ~減るもんじゃないし~』とお願いする訳にもいかなかった。
そのお願いがローディエルにとっては非常に無礼な行為――例えば地球で言う『スカート捲ってパンツ見せてよ』に相当する様な――かも知れず、予備知識のないサトゥーでは判断を付けられない。
そんな事を考えている内に、ニューフェちゃんの後ろ姿は雑踏の中へと消えてしまった。
「……帰るか」
人助けも完了。
サトゥーもホテルへと戻る事にした。
◇
思いがけず時間を食ってしまった。
早く戻ってさっさと寝なくてはならない。
「急いで帰るよ!」
サトゥーは早歩きでグングン進み、『ホテル・ドロワーズ』を目指す。
しかしホテルへ近づくにつれ、何か奇妙な音が聞こえ始めた。したぁん、したぁん、と何かを叩くような音がビルの間で反響している。
何の音だろうか。首を傾げながらホテルに辿り着いたサトゥーが見たのは――
「アイエッ!?」
≪お帰りなさい、サトゥーさん≫
――仁王立ちしているサメちゃんだった。
サメちゃんがホテルの正面玄関前で仁王立ちしながら、尻尾で地面を叩いていた。奇妙な音の正体はこのスタンピングだった。
サトゥーの姿を認めたサメちゃんは表情こそ笑顔になったが、むしろスタンピングのビートが加速し始める。
「サメちゃん!? サメちゃんナンデ!?」
≪部屋に様子を見に行ったら姿が無かったので、心配してたんですよ。ドコに行ってたんですか?≫
「さ……」
≪さ?≫
消え入るような声でサトゥーが答える。
「さんぽォ……」
≪こんな時間に?≫
「……クゥーン」
≪クゥーンじゃないです≫
この後サメちゃんにめちゃめちゃ監視されながらサトゥーは部屋に戻って、そして寝た。
色々あって物凄く疲れたので、スッコォーーーンと眠りに落ちる事が出来た。
◇
往来の激しい雑踏の中を、トラム降車駅を目指してニューフェが歩いている。
やがて周囲に少しづつ祝福が漂い始めた。近くに仲間が居る証拠だった。
程なくして、祝福を経由して声が届く。
≪――さまぁ! ひぃさまぁぁぁぁぁぁ!! どこに居られますかぁぁぁぁぁぁぁ!!≫
ニューフェのお目付け役である爺やの声だった。
その必死な叫び声に思わず苦笑いと、そして安堵を感じながらニューフェも声を飛ばして答える。
≪……爺や、聞こえてます≫
≪どこに居られ……ひぃ様ァ!!?? ごごごごご無事ですかぁーー!!??≫
≪無事ですよ。今そちらに行きます≫
程なくして爺や以下、深緑色のローブの集団――ローディエル使節団の皆に迎えられ、ニューフェは無事に帰還を果たした。
そしてその直後始まったのは――
「大変……ご迷惑をお掛けいたしました」
――関係各所への謝罪行脚だった。
当たり前だよなぁ?
ローディエルの皆にごめんなさい。
警備してたアルタコにごめんなさい。
案内してたルンブルク商会にごめんなさい。
しかし夜も更けている。
謝罪の続きは翌日に回すとして、一先ずニューフェも宿泊先のホテルへと向かう事になった。
引き出しではない普通のホテルの廊下を、ニューフェともう一人のローディエルが歩いている。
そのローディエルもガスマスクを装着し、ベルト増し増しのボンデージ風パンクレザー系ファッションに身を包んでいたが、175cmを超えるその体格はがっしりとして筋肉質。
やがて割り当てられた部屋――最上階にあるゆったりとした高級客室――に辿り着くと、二人は中へと入る。
長身のローディエルが最初にしたのは、部屋の中央のテーブルでランプを燈す事だった。
それは照明器具ではなく、部屋を祝福で満たす為の装置であり、ローディエル側が持ち込んだもの。
程なくして部屋の中が祝福で満ちる。
それを合図に二人はガスマスクを外し、目深に被っていたフードも脱ぐと、その素顔を露わにした。
Q:ニューフェの名前クソ長いな?
A:シュンネペイア教オルトドクス宗派の神父オルキナスから洗礼を受けたアルルシャハナという洗礼名を持つヴィリディア出身のネクテルナ家のニューフェちゃんだよ!
だけどこの設定が生かされる予定はないよ!悲しいね!




