第50話「残り1本」
ローディエルが妙なキーワードを呟いた、その直後だった。
ローディエルが沈んだ。
まるで沼にそうする様に、立っていたその足元へ、頭のてっぺんまでトプンと。
「「「は……?」」」
唖然とするガショメズの面々。
目の前に空いている穴に飛び込んだ、訳ではない。
(ちなみに穴の底では何やら電気がスパークし、『ほげー!』という悲鳴が聞こえて来る)
ローディエルの姿が完全に消えていた。
足元に敷かれている鉄板そのものへ、吸い込まれる様に消えてしまった。
各種センサーにも反応は無い。完全に見失ってしまった。
「「「う、撃てぇーーー!?」」」
もしかして何らかの方法で『鉄板を柔らかくして埋まった』のではないか。
そう考えてガショメズ達はビームガンを一斉発射する。
しかし放たれた重金属粒子の奔流は、その全てが鉄板の着弾地点を赤熱化させて終わった。
これはつまり、鉄板が硬いままである事を意味していますよねぇ。
「あ……あかーーーん!!」
慌てるガショメズ一行。
どんな方法で沈んだのか。攻撃は届いたのか。逃げられたのか。
アルタコの新装備なのか。逃げられたのなら距離は。探知は出来るか。追跡は。
様々な思考が乱れ飛ぶ中、最も深刻なのは――
(――当事者に逃げられたのが一番マズイ!)
『被害者本人』から通報がいけば、信用を傷つけられて怒り狂ったルンブルク商会が殴り込んでくるのは想像に難くない。
もはや成果どうこうの話ではなく、可及的速やかに『ああああああステーション』から脱出する必要があった。
そう考えつつもダメ元で、感度最大で必死に周囲を探っていたセンサーが――
「……おった!?」
――再び、ローディエルの反応を拾う。
右前方、約5m。
広場の隅に打ち捨てられている金属製の箱――高さが1m程の立方体――の陰に、先ほどと同一の生体反応が突如として出現した。
「「「そこやーーー!!」」」
ガショメズが一斉に牽制射撃を再開する。
広場の片隅を覆いつくすように赤く輝く光線が放たれ、着弾点から大量の火花が飛び散った。
空中に舞い散るそれらを、スローモーションで高感度カメラに収めながら、ガショメズが最初に感じたのは安堵。
(……脅かすなや! 逃げられたと思ったやんけ!)
まだ商品を入荷するチャンスは残されていた。
まだ逃げの一手を打たなくて良い。
しかし同時に考える。どうしてローディエルを再び捉える事が出来たのか?
(探知も出来ない、攻撃も届かない移動手段は確かに脅威や! せやけど――)
未だ広場の中に居るという事は、長距離を移動出来ない。
わざわざ遮蔽物に隠れたという事は、短時間での連続使用が出来ない。
(――って事やな!?)
つまり今、ローディエルがしているのは再発動に向けた『時間稼ぎ』。
流石に猶予までは分からない。1秒か、3秒か、あるいは1分か。
しかし『仕入れ担当』としての対応はひとつだけ。
(再使用前に制圧や!)
(了解やで!)
(任しときー!)
通信ネットワーク経由で思考を共有すると、ローディエルの最寄りに居た3人が一斉に行動に移った。
普段は消耗抑制を第一にしているアクチュエーターや駆動モーターをブン回し、全力ダッシュで三方向からローディエルへと突撃する。
その間も仲間によって牽制射撃は継続されており、相変わらず火花が飛び散り続けていた。
中空を漂うそれらを体で押しのけながら、ローディエルが隠れている金属製の箱、その陰へと踏み込もうとして――
「「「……?」」」
――3人は足を止めてしまった。
再び目の前に現れた、超常的な光景のせいだった。
火花が、空中を泳いでいた。
牽制射撃で飛び散った火花が何故か消えずに、空中をふわふわと浮かび続けていた。
それはまるで海中を漂っているマリンスノーだった。
≪第三幕――≫
声がした。
箱の陰から、ニューフェの詠唱によるそれだった。
≪『星屑の旅路』、"灼熱の前腕"≫
詠唱が完了する。直後、火花に変化。
まるで虫めいて自発的に動き出し、火花同士が集まり始める。
幾つもの小集合体となったそれらは、全てが同じ形状を取っていた。
「蝶……」
蝶だった。
赤く輝いた、火の粉で形成された蝶。
ビームガンの弾幕が生み出した大量の火花が、そのまま大量の『火の蝶』へと置き換わり、ガショメズの見ている前で空中をパタパタと飛び交っていた。
≪……焼いて!≫
ニューフェが続いて指示を出す。
すぐさまそれは履行された。意思を持っているかの様な軌道で、蝶が一斉にガショメズに向かって移動をし始める。
「「「う、撃てやーー!!」」」
ガショメズは直ぐ様、蝶の迎撃を試みた。
本物の動きを模しているからなのか、幸いに飛翔速度自体は大したことがない。
彼らの射撃システムは十分に蝶を捕捉し、撃ち抜く事が出来た。
しかし――
「「「増えたで!?」」」
――撃ち抜いた蝶は1匹が2匹となり、逆にその数を増やす。
照準システムを飽和させる事で蝶は弾幕を突破し、次々とガショメズの体に取りつき始める。
「「「せやかて駆動!」」」
それでも彼らにはまだ余裕があった。各々が装備していたバリア装置を駆動させる。
何とこのバリア装置……ギョカイン氏族も愛用している、あの『ルンブロF』!
ルンブルク商会謹製の防御バリアが展開し、ボディパーツに取りついて来た『火の蝶』を完全にシャットアウト――
「「「……アチッ!!?」」」
――しなかった。
ルンブロFは対環境バリアとしての機能も有している為、本来は急激な温度変化を旨とする『火の蝶』も防げる筈だった。
『量子的熱制御(Quantum Heat Nullifier)』と呼ばれる、バリアが受け取った分子運動、つまり熱エネルギーを量子トンネル効果を用いて制御し、電気へと変換してしまうシステムは正常に作動していた。
だがこの機序へ、QOWIによる認知的錬成が"割り込み"を起こし、本来は発電素子へと運ばれて電気に変換される筈だった熱エネルギーを、何と『脱走』させてしまう。
『ルンブロF』はQOWIによる量子トンネル効果への干渉を想定しておらず、また『脱走』した熱エネルギーを再収容するための機能も備えていなかった。
その為バリアを通り抜けた様に、熱エネルギーがガショメズ達のボディへと到達してしまっていた。
「警告ビー!?」
「表面温度ビービービー!」
「ラジエーター負荷限界突破! 熱暴走発生ェェあンマイハァァァー!!」
ガショメズ達は視力や聴力など、多くの生理的機能を外部ツールへと依存している。
体温調整もそのひとつであり、蝶に取りつかれたボディパーツは表面が赤熱化し、受け取った熱量により排熱が間に合わなくなり始めていた。
このままでは『中身』が茹で上がってしまう。
(アッツィーー! もうワイ帰る!)
(ダメや!! 成果も無しに帰れるわけ、アッツェーー!!)
(ほならね、お前がローディエルの"呪い"止めてみろって話でしょ? 私はそ、熱ヘェアアアア!?)
(そもそも何でルンブロFのバリア突破されてんねん!! 不良品やろこれェ!!)
(あかーーーーーーん燃えるーーーーー!!)
商品の仕入れを続行するのか。
続行するにしても、成功する可能性は。
商品が更なる抵抗を繰り出した場合、突破は出来るのか。
短時間ではあったが、ネットワークを経由してそれらを相談した彼らは――
「「「きょ、今日はこの辺で勘弁しといたるーー!!」」」
――『損切り』を選択。
商品の自衛力が予想を超えていた事。
仕入れを継続した場合に想定される被害と得られる成果。諸々を勘案して、ガショメズは退却をチョイスした。
全身の関節、あちこちから立ち上る白煙で空中に線を描きながら、『次覚えとけやー!』と捨て台詞を吐きつつ広場から這々の体で逃げだして行く。
≪……≫
程なくして、金属箱――ビームガンの着弾痕が無数にある――の陰からニューフェが姿を現した。
その視線の先では、裏路地の角を最後尾のガショメズが曲がるところだった。
頼りない街灯の光が空中に残っている白煙を照らしていたが、やがてそれも霧散する。
残心。
しばし間を置いて――
≪ふぅぅぅー…………≫
――ようやくニューフェは肩から力を抜いた。
銀河同盟の歴史において、恐らく初めて勃発したであろう科学と魔法の衝突。
一先ず魔法の徒たるニューフェが勝ち星を拾いはしたものの、実のところそれは薄氷の上の勝利だった。
◇
ニューフェが装備していた精霊筒は全部で4本。
そのうち彼女は既に3本を消費していた。それでいて周囲に残っている祝福は残り僅か。
それだけ最初に行使した霊術『黒い安息日』の消費が重かった。
ガショメズ側の技術と、そこから来る火力を予想出来なかった為、ニューフェは防御ではなく回避を選択。
影の中へと身を潜め、ほぼ無敵状態になってしまう『黒い安息日』は確かにビームガンの攻撃を無力化したものの、ガショメズが予想した通りに、移動距離と連続使用に燃費的な制約があった。
その気になれば影に潜んだまま広場を脱出し、近くにあったビルの、しかも屋内へと逃げ込む事が出来はしたものの、その際は精霊筒を殆ど使い果たしてしまう。
それでいてガショメズ側が何らかの手段で追跡してきた場合、祝福を失った状態で追いつかれてしまう危険があった。
(ガショメズ側の装備なら多少逃げられてもニューフェの位置を再補足出来た為、無力になったところで捕まった公算が大きい)
よって安全策の為にニューフェは広場の隅にあった金属箱、つまり視線を切れる位置への短距離移動で祝福を温存。
幸運だったのは、ガショメズ側の攻撃手段が『ビームガン』であった事。
祝福の残量的にニューフェがガショメズを殲滅するのは非常に困難だったが、二つ目に行使した『灼熱の前腕』は炎を生み出してそれを操る霊術だった為、ビームガンの弾幕が生み出した火花をありがたく再利用。
無数の『火の蝶』に変え、首尾よくガショメズ側全員を撃退する事が出来た。
(完全に火の気が無かった場合、炎を発生させる段階から始めるので全員撃退には祝福が足りなかった)
選択を幾つか違えていれば、ニューフェは商品になっていたかも知れない。
何とか窮状を切り抜けた事に安堵する少女だったが――
≪……≫
――ふと顔の、ガスマスクの眼前を小さな光が通り過ぎる。
ホタルの様にフヨフヨと漂ったそれは、彼女に『声』を届けるとやがて消えた。
「そうですか……どうもです」
その『声』は最初にニューフェへと追跡者の存在を知らせ、そして今、更なる警戒を呼び掛けている。
――穴の底に、まだ脅威が残っていると。
ニューフェは穴へと振り返り、声を張る。
その穴は荒事の最初に、屋上から突然『体験型広告』が落ちてきて穿った穴だった。
「いつまで隠れているつもりですか? 出て来なさい、ヤウーシュ!」
≪こんにちわ!≫
穴からヒョコっと、ヤウーシュが顔を出した。
頭部に生えている棘からシュウシュウと白煙が立ち上っており、周囲に香ばしそうな香りが漂い始める。
その、美味しそうな焦げヤウーシュが続けた。
≪僕の名前はサトゥー!≫
「聞いていません」
≪クゥーン……≫
精霊筒は残り1本だが、それでもやるしかない。
気を奮い立たせながらニューフェは返した。
「次の相手は貴方ですか? かかって来なさい!」
【量子トンネル効果】
量子力学において、波動関数がポテンシャル障壁を超えて伝播する現象。
極小のミクロ世界では物体が「粒子と波の性質を併せ持」っている為、例えば箱の中に粒子を閉じ込めても『自分、波でもあるので音みたいに外に出てもいいっすかぁ?』とか言いながら、出る穴も無いのに外へ漏れ出すという訳の分からない現象が起きる。
この上なくSFっぽいが、現実世界でも『フラッシュメモリ』等はこの効果を利用して情報を記憶している。
つまり『漏れ出るのを阻止出来ないなら、便利に利用してやれ』という理屈である。強い。




