第48話「電流走る」
誤字報告ありがとうございます
話を聞いてくれないと相手をブッコロす平和の使者。
平和って何だよ。
兎も角、追加の叫び声でようやくガショメズがサトゥーの存在に気が付く。
≪位置で特定! 屋上にあそこ!!≫
ガショメズの一体がサトゥーを指さし、広場に居た全員の注目がサトゥーへと集まる。
幾つもの視線を感じながら、サトゥーは改めて広場を見下ろした。
毒毒しく輝くモノアイでこちらに注視しているガショメズ達と、同じくこちらを見上げているローディエルがひとり。
(む……!?)
ガスマスクらしきものを着用しているせいで、残念ながらローディエルは人相こそ分からないものの、体の輪郭は地球人とほぼ同じ。
そして、はだけているローブの下に見えているのは――
(ボンデージ風パンクレザー系ファッションだと!?)
――すらりと長く美しい女性的な体つき。
とは言えこの宇宙において、前世由来の地球的常識がどこまで通じるか不明。
しかしながら素顔が見えない分、期待も高まろうというもの……。
既にサトゥーの脳内において、眼下のローディエルは『美少女』という扱いになっていた。
つまり今目の前にあるのは、『悪い奴らが美少女を取り囲んで悪さを働こう』としている状況――スーパーヒーローとして人助けをせんとしていた側からすれば、この上なく美味しい――という事になる。
……他者の窮地を美味しいと形容する輩にヒーローの資格が有るかはさて置き。
サトゥーはその身に受ける視線を、どこか心地よく感じながら逡巡する。
嗚呼、果たして。
果たしてようやく巡って来たのだと。
普通は転生したら、最初に人助けイベントと遭遇する筈なのだ。
それはゴブリンに襲われた女冒険者だったり、盗賊に襲われる伯爵令嬢の馬車だったり、あるいはドラゴンに襲撃される騎士団と王女一行だって良い。
そういった美少女の窮地に、転生によってスゥパパァワを手に入れた主人公が颯爽と駆けつけ、遂には助ける。
果たして大いに感謝され、お礼をしたいので一緒に街まで……。
そんな展開が用意されている筈だったのだ。
(……だ゛け゛ど゛な゛か゛っ゛た゛!゛)
でも無かった。
サトゥーにはそんなもの!
サトゥーに有ったのは、カニとエビと暴力だけ。
おまえの苦労をずっと見ていたぞ。
本当によく頑張ったな? 遂に苦労が報われ、俺TUEEEE展開が来る。
襲撃ばかり気にして怯えて暮らし、将来の希望も無く疲弊する日々……そんな現実から抜け出す好機が来た。
美少女に囲まれたチーレムな人生にしたいだろ? 散々苦しんだのだ……もう楽になれ。目の前のチャンスに飛び込むのだ!
「ひと~つ! 人の世の善意をすすり……」
≪ヌ!?≫
サトゥー、ここにきて大一番。
広場の観衆に向けて、ここはビシっと決め台詞を決めなければならない。
「ふた~つ!! 不心得な悪行三昧……」
≪≪≪ム、ムゥ!? アイツらは!!?≫≫≫
「み~っつ!!! 皆を欺くガショメズを、退治してく……ん?」
刹那、サトゥーに違和感。
「アイツ……ら?」
等。
どうして複数形なのか。
サトゥーは思わず周囲を見回した。
『……』
隣にヤウーシュが居た。
ビルの屋上に、サトゥーの隣に、どうしてかヤウーシュが立っている。
そのヤウーシュは何故か完全武装で、頭上に機工槍を掲げていた。
「えっ、あっ」
間抜けな声を出すサトゥーの周囲に直後、次々と新たなヤウーシュ戦士が紫電を纏いながら現れる。
瞬く間に十数人の集団になると、戦士達は各々が手にしている武器を頭上に掲げ――
『『『うおおおおギョカイン最強ぉぉぉぉぉ!!』』』
――そう、気炎を揚げた。
それは勿論『ギョカイン氏族宣伝』の立体映像で、ちょうどサトゥーの立っている場所へ被さる様に出力されていた。
どうやらサトゥーの立っている屋上には映像装置が設置されていたらしい。
「あっあっあっ」
サトゥー、慌てて眼下を確認。
先ほどまで警戒の目線を向けて来ていたガショメズ達が、折角こちらに注目していたローディエルちゃんが、『スンッ……』と視線を戻すところだった。
どうやら宣伝映像の一部だと思われたらしい。
今この瞬間、サトゥーの大一番は誰の目にも映っていない。
サトゥーは叫んだ。
「違います!!
僕は広告じゃないんです!!
こっちを見ろ! いや見てください! 今大事なところなんです!! コッチをミ――」
『 い や ~ 流 石 は 若 ! 』
「――わっツァ!?」
サトゥーの声を掻き消すように、屋上に大音響。
『 こ れ だ け 安 価 に 氏 族 の 広 告 を 打 て る と は ―― 』
「静かにしろぉぉぉぉぉ!!」
立体映像が次へと切り替わった。
ギョカイン戦士団の代わりに、巨大な老ヤウーシュの顔面が屋上を覆いつくしている。
サトゥーはその内側に居た。
テレビゲームで、視点を3Dのキャラクターモデル、その内側に潜り込ませたかの様な状況。
空中に浮いた眼球モデルが2つ、目の前でギョロギョロと不気味に動いている。
『 ―― 交 渉 上 手 で す な ~ ! 』
「黙らっしゃい!!」
『 だ ろ ~ ~ ~ ? 』
「だからぁぁぁぁ!!」
今度は『若』の内側が出現。
目の前で口腔内のモデルがモゴモゴと重なり合いながら動いている。
『 任 せ と け よ な ~ ~ ~ ! ! 』
「だから騙されてんだよギョカインさぁぁぁん!!」
笑顔なのが余計に心へ沁みるね。
やがて『若』の顔(内側)が消えると、最後にバリア発生装置の紹介シーンへと切り替わった。
――ギョカイン氏族が愛用! バリア発生装置『ルンブロF』絶賛の発売中!――
装置の外観は『豆腐めいた箱』であり、表示座標が丁度サトゥーの立っている位置だった。
サトゥーの姿と『ルンブロF』の立体映像が重なっている。
そこに有ったのは、ヤウーシュの顔面と手足が生えた高さ2mの巨大な豆腐だった。
ゆるキャラ『ルンブロ君』爆誕の瞬間である。
「……」
ルンブロ君はよろよろと眼下を確認した。
≪――商品の入荷を開始! 商品は速やかにこの梱包を装着すル、しなさい!!≫
≪お断りします≫
事態が進行している。それも悪い方向に。
首輪らしきものを手にしたガショメズが、ローディエルちゃんにジリジリと近寄っている最中だった。
もはや一刻の猶予もない。
いつスーパーヒーローになるのか。
「サトゥー……悪事の現場を確認。武力介入に移行する」
……今でしょう!
豆腐の立体映像を置き去りにし、屋上の縁を蹴るとルンブロ君……否、戦士サトゥーが空中へとその身を躍らせる。
一瞬の浮遊感の後、スタンフォード・トーラスの回転によって生じている疑似的な重力によって自由落下を開始。
手足をまっすぐ伸ばし、体の捩じりによって縦横に回転する、五輪の飛び込み競技めいた華麗なる降下姿勢。
心は日本人だが、体はヤウーシュ。
生まれ持った鋭敏な平衡感覚と優れた運動神経により、落下軌道の制御は万全。
研ぎ澄まされた集中力により時間が引き延ばされ、激しく回転する世界がその速度を落としていく。
水平方向に目をやれば、遠方の闇の中で、数々の電飾が星屑の様に輝いているのが見えた。
サトゥーは真下に視線を落とす。
鉄板を貼り合わせて床としている広場の一角で、包囲網を狭めるガショメズと、追い詰められているローディエルちゃん。
狙う着地場所はそのど真ん中。
手足の角度を変えてモーメントを操り、足から着地出来るように回転を調整する。
口上を言っていない。
決め台詞だって無かった。
だがそれが何だ。誰かを助けるのに理由など居るものか。
ヒーローだから助けるんじゃない。誰かを助けるのなら、もう立派にヒーローなんだ。
時間の流れが早さを取り戻す。
ローディエルちゃんが見ている前で、サトゥーはガショメズとローディエルちゃんを隔てる様に、スーパーヒーロー着地。
刹那、サトゥーは悟る。
(あ、この床、薄い!)
鉄板の床が大きくたわむ。
最低限、歩行者の体重を支える為だけに敷かれている鉄板に、ビルの上から自由落下してくる三桁kgの重量物を受け止められる剛性は無かった。
限界までたわみ、轟音。
鉄板は派手に断裂した。
「あボボボボボボボ! 助けて! サメちゃ――」
サトゥー、悲鳴を上げながら隕石めいて地中に突入。
有り余る運動エネルギーで地下の構造物を粉砕しながら、瞬間的に目蓋の裏で飛び交っているお星さまの中に、サトゥーはおかしな光景を幻視した。
赤と青に明滅する禍々しい光の中で、黄色いネズミ(?)を連れた赤いキャップの少年が楽しそうに走っている。
やがてその少年はこちらを指さすと、何か叫んだ。
――け! ――チュウ! ――マン――だ!
声に反応したネズミが息を吸い込んで体を膨らませる。
サトゥーがその光景を幻視するのと、地下を走っていた配線を断ち切って電流を浴びるのとは、同時だった。
その時サトゥーに電流走る。
サトゥーは叫びました。
「ピ゛カ゛ピ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛ィ゛――」
焼きガニ
次回、ニューフェvsガショメズ!
魔法と科学の対決は果たして!




