第47話「話聞けや」
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広場へとガショメズ達がやって来る。
そして横に広がると、壁際近くにいるニューフェを半包囲する様な位置で立ち止まった。
ニューフェは他種族の言語を知らず、またローディエルに翻訳ガジェットを製造する様な技術力は無い。
己を取り囲んだガショメズ達に対し、彼女は普段通りにローディエル語で話しかけた。
「こんにちは。私に何か御用ですか?」
「「「……」」」
問われたガショメズ達は互いを見合ってから、代表者らしい一人が歩み出てくる。
そして片言のローディエル語で答えた。
≪こんにちワ。
ワレラは貴女を迎えに来タ、ました。だからワタシ達は一緒に帰ル、ましょう≫
「あぁそうでしたか、助かります。
実は道に迷ってしまい、ちょうど難儀していたところなのです」
≪もう安全デ、安心です。なので貴女は一緒に来ル、してください≫
「そうですね、安心しました。ところで――」
一旦区切ってから、ニューフェが続ける。
「――あなた方を寄越してくれたのは、この宇宙ステーションで我らを歓待してくださっている『トビズ商会』さんでしょうか?」
≪同意。同意。私たちは『トビズ商会』から派遣です。
よって一切の問題は無イ、です。だから貴女は安心して私たちと一緒に来ル、ましょう≫
「なるほど、なるほど、『トビズ商会』さん。
あぁ、ところで今思い出したのですが……歓待をしてくれているのは『ルンブル何たら商会』さんではありませんでしたか?」
≪……≫
それは関係者なら間違える筈のない、ニューフェによる簡単な誘導尋問だった。
しかし呆気なく引っかかったガショメズ達。
その直後――
≪……冷凍!≫
――答え合わせ。
問答をしていたガショメズが、突然ニューフェに対し右腕を向ける。
その前腕部がパカりと開くと、中から現れたのは銃身。攻撃用のビームガンだった。
呼応する様に、半包囲状態のガショメズ達が一斉に同様の体勢へと移行する。
≪お前は凍る! 停止! 沈黙と降伏!
お前は弱く、私達はお前の手足を簡単に破壊! だが治療可能! つまり攻撃は容赦ない! 降伏がお前の最善の行動!≫
「はぁぁぁ~~」
ニューフェはクソデカ溜息をついてから、聞き返す。
「一応聞きますけど……私を誘拐か何かしようという事ですか?」
≪それは正しい理解! お前は商品! 私たちはそれを高く売る! 私たち嬉しい!≫
「そうですか」
そう答えながらニューフェは、着ているローブの内側で腰のベルトへと手をやった。
そしてそこに挿している数本のシリンダーボトル、その1本の栓を抜き放つ。
霊術使いは『祝福』が無ければ霊術を行使出来ないが、『祝福』は霊術の連続使用によっても環境から枯渇してしまう場合がある。
そういった事態に備え、大抵の霊術使いは祝福の『急速充填』手段を用意しており、彼女がたった今栓を抜き放ったシリンダーボトルもそのひとつだった。
ボトルの内部から不可視の『祝福』が溢れ出すと、周囲へと広がっていく。
このシリンダーボトル『精霊筒』は緊急事態に対する備えであり、能動的に使節団を離れて迷子になった上、戻った際に『精霊筒を使用した』事が露呈すればより騒ぎが大きくなってしまう。
それを避ける為に使用を躊躇っていたニューフェだったが、明確な害意を前にすれば使わない理由は無かった。
――周囲に祝福が満ちる。
しかしその事を知覚したのはニューフェだけで、ガショメズ側はこの場に祝福――『QOWI』を探知出来る機器を持ち込んでいなかった為、それを知る由もない。
既に霊術は使用可能となった。いつでもやり合える。
ニューフェを取り囲んでレーザーガンを突きつけているガショメズ側と、霊術を用いて対抗せんとするニューフェとの間で戦端が開かれようとした、その時だった。
≪ちょーっと待ったァァーー!!≫
広場に突如として大音声が響き渡った。
◇
「今度ボルダリング始めてみようかなぁ……」
ビルの壁面をよじ登りながら、サトゥーはひとりごちる。
サトゥーは今、『はぐれローディエル』を追っている『荒くれガショメズ』達を追跡していた。
前世ならば二次元的に追跡するしか出来ないが、今は文字通りの地球人離れした身体能力のお陰で三次元的に動き回れる。
配管に掴まって体を支え、僅かな突起があれば爪を引っかけて登る事が可能。
あっと言う間に壁面を登り終えたサトゥーは、ビルの屋上から屋上へと『ヤウーシュ跳躍力、とう!』と飛び移り、荒くれ達を頭上から監視しつつ追跡を続ける。
ビルからビルへと飛び移りつつ、サトゥーはガントレットの画面を操作。
現在装着しているマスク『ザ・カブキ』はスキャン機能が故障しており、周辺の地形を把握する際には外部からマップデータを取得する必要があった。
サトゥーは現在地の『2B9S地区』のマップを取得する為、宇宙ステーション側が提供しているネットワークサービスへと接続する。
そして視界の端に『2B9S地区』のマップデータ名が複数、一覧として表示された。
どうやらリストの中からひとつ選び、開くらしい。
サトゥーはその一覧に目を通す。
・(最新)2B9S地区マップ
・2B9S地区マップ(最新版)
・2B9S地区マップ_new
・2B9S地区マップv2
・最新2B9S地区マップ - コピー
・修正済み2B9S地区マップ
・2B9S地区マップ3
見終えたサトゥーは思わず呟きました。
「最新のファイルどれ……? これ?」
イヤどれやねん。
「か……管理者は……管理者はちゃんと古いデータ消しといてね!
"更新日時の新しいのが最新"方式とか好きじゃないし嫌いだよ!!」
止む無くサトゥーは荒くれ達を追跡しながら、データをひとつづつ開いて中身を見比べていく。
しかし半分ほど確認したところで、眼下に変化が起きた。
広場に差し掛かったあたりで『はぐれローディエル』が追いつかれ、荒くれたちに囲まれてしまったのだ。
「あわわわわ!
ま、待ってね! まだ確認してる途中だよ! 勝手に話進めないでね!」
サトゥーは眼下で起きている出来事の事情を知らない。
しかし雰囲気からして、穏やかな話でない事は確かだろう。
良からぬ流れ――例えば暴力沙汰――になりそうなら介入しよう、そう考えて屋上――現在いるビルの――の縁に足を掛け、広場を見下ろすように身を乗り出したサトゥーだったが――
「……」
「……」
――場を支配していたのは、沈黙だった。
(あれ、何で皆さん静かなんだ? あ、もしかして――)
サトゥーがその理由に思い至った刹那、『ピロン!』という通知音が耳元へ響く。
そして視界の隅に、通知ウィンドウがポップアップした。
そこにはこう書かれていた。
『ローディエル語を検出しました。翻訳しますか?』
(はいやっぱりー! まーた非音波言語かよー!!)
サトゥーは心の内でごちる。
ヤウーシュは空気振動、つまり『音声』で会話する種族だが、実は銀河同盟において、会話に『音波』を用いているのは少数派だった。
ヤウーシュは声帯で、アルタコは触手の鳴筋で空気を振るわせるが、シャルカーズの場合は電磁波を用いるし、ガショメズに至っては進化の過程で会話を外部ツールへ依存する様になってしまっている。
そして件のローディエルの場合、『QOWI』を経由して体内の電気信号を相手に伝達する方式で意思疎通を行っていた。
つまりシャルカーズと同様に、ローディエルという種族は会話の際に『声』を出す事がない。
その為本来はQOWIを探知可能な機器が無い場合、ローディエルとは会話出来ない事になるが、シャルカーズやガショメズの翻訳ガジェットは電気信号によって生じる『磁場の変化』を探知する事でこの問題を解決していた。
尤も『影を観察して本体の動きを予想』するかの様な運用である為、精度が低下する関係上、母国語話者からすれば文法が怪しくなるという欠点は克服できていない。
(ほんやーく! ほんやーく! さっさと翻訳! シュバルゴ!)
サトゥーは翻訳機能をONにする。
やがて視界下部に、無音の会話が字幕として表示され始めた。
≪……たちは『トビズ商会』から派遣です。
よって一切の問題は無イ、なのです。だから貴女は安心して私たちと一緒に来ル、ましょう≫
≪なるほど、なるほど、『トビズ商会』さん。
あぁ、ところで今思い出したのですが……歓待をしてくれているのは『ルンブル何たら商会』さんではありませんでしたか?≫
一体何の話なのかはサトゥーには分からない。
だが一先ずひっ迫している様子はない、と安心した矢先。
≪……冷凍!≫
(ほわっ!?)
急転直下。
いきなり冷凍庫の話をしたかと思えば、突如としてガショメズ側が攻撃態勢に入ってしまった。
≪お前は凍る! 停止! 沈黙と降伏!
お前は弱く、私達はお前の手足を簡単に破壊! だが治療可能! つまり攻撃は容赦ない! 降伏がお前の最善の行動!≫
(いきなり物騒!?)
どう見てもワードが穏やかではない!
サトゥーは介入の意思を決めると、ベルトから機工槍を引き抜いて展開。
屈めていた体を伸ばし、槍を振り上げ、そして叫んだ。
「ちょーっと待ったァァーー!!」
≪≪≪誰ダ、です!?≫≫≫
広場に響く大声。
ガショメズ達が一斉に反応した。
サトゥーは続けて叫ぶ。
「誰だ誰だと聞かれたら……答えてあげるが世の情け!」
≪目撃者を検出!! 要、口封じ! 位置の特定が必要!!≫
「誰かの笑顔を守る為……銀河の平和を守る為!」
≪音源特定中! 音源を特定……特定中!≫
「暴力反対、話し合いで解決しよう! ラブリーチャーミーな平和の使者――」
≪周囲の環境で音波が反響中!≫
≪音源の特定が困難! 位置を特定出来ズ!≫
「ラ、ラブリーチャーミーな平和の使者――」
≪目撃者は不味いダ、です! 直ちに特定が必要!≫
≪特定出来ズ! 特定出来ズ!≫
≪増援が必要! 救援要請! 余剰戦力投入の検討を開始!≫
「へ、平和、平和の使者――」
≪作戦時間の超過は問題! 速やかな事態の解決が必要!≫
≪反響! 反響! 音源特定出来ズ! 音源が反響!≫
サトゥーは叫びました。
「話聞けやブッコロすぞ!!!」
次回サトゥー、悪漢を千切っては投げ、千切っては投げ――
主人公の活躍を見逃すな!




