第46話「のっぺりとした」
『ああああああステーション』の内部。
明ける事のない常夜の繁華街を、ひとりの少女が歩いていた。
茶色い革を思わせる素材で出来たジャケットとズボンを身に纏い、タイトなそのデザインがすらりと長い手足をより際立たせている。
ジャケットの各所には幾分、過剰とも思えるベルトや金具が装飾として取り付けられており、仮にサトゥーが見たならばボンデージ、或いはパンク的なファッションだと評するかも知れない。
胸元には大きなベルトが、斜めに横断する様に取り付けられている。
生地に縫い付けられているそれは完全なファッション目的であり、何かを締め上げる様な機能を持たされていない。
少女の。
その胸元の。
慎ましき『まな板』を強調している以外には。
ジャケットの上には深緑色のローブを羽織っており、その背中には大樹を思わせる意匠が描かれている。
そして目深に被ったフードの下には、更にガスマスク――吸収缶がひとつのシングルタイプ――を装着しており、人相は窺えない。
カツカツと高いヒールの音を夜の街に響かせながら歩く、ガスマスクの少女。
彼女は『ローディエル使節団』のひとりであり、名をニューフェと言う。
彼女は今――
(こ……困りましたね……)
――困っていた。
(完全に……迷いました)
――道に迷っちゃっていた。
◇
前回『銀河同盟懇親会』が開催されたのは、ローディエル母星基準の暦で4年前の事。
ニューフェは種族を代表する一人として参加を熱望していたが、残念ながら年齢を理由に断られている。
だから今回。
あちこちに根回しをし、アレコレと裏から手を回し、立場を固めて。
彼女はようやく周囲を説き伏せる事に成功し、懇親会出席者のひとりとして今回の使節団に参加していた。
初めての『銀河同盟懇親会』。
最上位の『神獣』に乗り込んだのも初めてだし、『星渡り』をしたのも初めて。
話にだけは聞いていた他種族とやらに出会ったのも当然初めてで、見るもの、触れるもの、全てが新しく刺激的。
だからそんな旅の中で、浮かれていなかったと言えば嘘になる。
故に――
『ひい様、これはいけません』
『ひい様、あれは危のうございます』
『ひい様、それをなさってはいけません!』
――お目付け役として傍らに付き添っていた"爺や"からの諫言を、彼女は我慢する事が出来なかった。
安全の為に、心配をしてくれての発言である事は分かる。
凄くよく分かる。理解は出来る。だけれども――
(少しくらい自由にやったっていいじゃないですか!?)
――納得出来るかは別。
だからニューフェは、少しだけ冒険をする事にした。
丁度、ガショメズの宇宙ステーションで防衛・安全保障に関しての『ああああああ総合展示会』なる催しが開催されているらしく、ローディエル使節団も視察として立ち寄る予定となっていた。
無事に『ああああああステーション』へと到着し、トラムの降車駅から居住区へと降り立ったタイミングで。
ニューフェはこっそりと、使節団から抜けだした。
元々『ああああああ総合展示会』へ行く前に、複数の小グループに分かれて繁華街を散策する事になっていた為、入り組んだ地形を利用して”お目付け役の爺や”から逃れる事自体は簡単だった。
少しばかり自由を謳歌し、好きに散策したら、ニューフェは『うっかり逸れてしまった』体でグループのもとへと戻るつもりでいた。
たとえ初めての場所であろうと、土地勘が無かろうと、彼女は道に迷う事なく、確実に目的地へと辿り着く事が出来るのだから。
そう、『祝福』が有る限り。
(あ……あれ?)
ただ問題は――
(祝福が……無い!?)
――『ああああああステーション』内部に、肝心要の『祝福』が無い事だった。
◇
銀河同盟の五大種族に地球を加えた6文明で『科学力競争』をした場合、順位はどのようになるだろうか。
まず1位は不動のアルタコで揺るがない。
次いで2位の座をシャルカーズとガショメズで争う事となるが、では最下位はどの文明か?
未だ星系脱出の叶わない、銀河同盟から途上惑星として保護されている地球……とはならない。
最下位はローディエルだった。
ちなみにシャルカーズから技術提供を受けているヤウーシュが4位――以前の石器文明状態なら断トツのビリ――で、地球文明が5位となる。
ローディエルの科学力は、地球の歴史に準えるならば『大航海時代』の水準でしかない。
つまり未だ『産業革命』すら成し遂げていなかった。
彼らが手に持つ武器は剣や弓に過ぎず、身分制度が未だ健在である後進的な社会。
そんな科学力6位の彼らが、どうして5位の地球を差し置いて銀河同盟に参加しているのか?
その理由が、ローディエルの扱う特殊な技術にあった。
アルタコの調査により、ローディエル母星が所属している銀河で、とある星間物質が観測されている。
その物質は現象に対し、観測者の意思を伝達するかの様に量子的な干渉を行い、結果を任意の状態へと誘導してしまう特殊な性質を持っていた。
量子観測者意思影響体(Quantum Observer Will Influencer)、略してQOWIと命名されたそれは、特定の星系において宇宙空間で活動可能な異形『宇宙怪獣』を生み出し、またとある惑星へと降り注いで知的生命体――種族としての『ローディエル』を誕生させる契機となった。
生まれつきQOWIと共にあったローディエルは、自分たちを生み出したその特異な物質の扱いに長ける様になり、やがて不可思議な超常現象を能動的に引き起こす技術体系を作り上げる。
アルタコはその技術体系を解析し、コグニティブ・トランスミューテーション……『認知的錬成』と名を付けた。
サトゥーが知るところで言う"魔法"である。
ローディエルはその魔法の力で文明を発達させ、やがて大気圏にまで侵入してきた宇宙怪獣と戦ったりして宇宙の事を知ると、頑張って捕まえた宇宙怪獣を『使役獣』に仕立て上げ、大勢の犠牲を出しながらも何とか宇宙開拓を進め、時間と空間を操ったりしてどうにかこうにか、もう何とかギリギリで銀河同盟の一員として名を連ねる事となった。
その過程でアルタコとの間に紆余曲折があったものの、それは別の機会で語る事とする。
尚、『QOWI』と『認知的錬成』とはアルタコ側の呼称であり、ローディエルはそれぞれ『祝福』と『霊術』と呼んでいた。
そう、『祝福』。
この物質を観測出来るのはローディエル星系周辺のみであり、ひとたび離れてしまえば途端に見かけなくなってしまう。
霊術の使用者を『霊術使い』と呼び、彼らが霊術を使うには『祝福』が必要不可欠だった。
「ど……どうして……」
ローディエル使節団の一員であるニューフェが気兼ねなく使節団を抜け出したのも、彼女が霊術使いだったから。
彼女には己が卓越した霊術使いであるという自負があり、それは実際に正しい。
若くして使節団のひとりに抜擢される程度には、彼女は優秀な霊術使いだった。
『祝福』がある限り、霊術によって己の位置を正確に把握出来る霊術使いが道に迷う事はない。
「どうして祝福がないんですか!?」
だからニューフェは生まれてこの方、迷子というものになった事がなかった。
そして"道を覚える"という事もした事が無い。
だって全部、霊術で解決出来るのだから。
「あわわわ、道が分からない!? どこですかココは!?」
そんなニューフェが。
暗くて、しかも入り組んでいる『ああああああステーション』の内部で、帰り道を見つけられる筈も無かった。
『 はじめて の まいご 』
作詞:ニューフェ 作曲:ニューフェ
だーれにも内緒で、お出かけしよう!
ドーコに行こうかな! (OK! You are lost!)
だーれにも頼らず、視察に行こう!
なーにを見ようかな? (Flat! Are you kidding me?)
たーまにゃー自由に、干渉もなーくー、こーこーろ行くまで、ドナドナドーナードーナー!
(You know, your breasts are out of control!)
「マママママズイです!
このままでは爺やに、いや父上に叱られて……ん?」
その時ニューフェの顔の前に、突然小さな光が現れた。
まるでホタルの様なそれは、ニューフェの動きに合わせて顔の前をフヨフヨと漂い、そして消える。
「……分かりました。ありがとう」
ニューフェは独り言のようにそう返事をすると、そのまましばらくまっすぐ歩いた。
道が分からずに当てずっぽうに彷徨っていた彼女は、いつの間にか奥まった細い路地へと入り込んでしまっている。
そのまま歩くとやがて四方をビルに囲まれた広い空間に辿り着いたが、正面には壁があって行き止まりになっていた。
左右を見れば複数の細い路地が続いている為、広場から出ていくこと自体は出来る。
しかしニューフェはくるりと振り返ると、自分が今歩いて来た路地を睨みつけた。
乏しい光量により、路地の先には闇が広がっている。
その闇の中に、上下に揺れている複数の赤い光が灯っていた。
やがてその赤い光が正体を現す。
それはロボットの様な外観をした複数人のガショメズ達で、そののっぺりとした無貌の頭部には毒々しい赤色のモノアイが輝いていた。




