第45話「裏路地へ」
大変お待たせしました。
更新再開します
前回までのあらすじ:
地球旅行の途中で宇宙船のパーツを購入する為に、ガショメズの宇宙ステーションを訪れたサトゥーとサメちゃん。
食事も済んだので宿へと向かったが、サトゥーがカプセルホテルとチョイスしたら怒られた。どうして……
「お水飲むんゴ」
ヤウーシュ母星基準で夜中。
サトゥーは“自分の部屋”を抜け出すと、搬送機に乗ってロビーへと降りた。
結局、二人は『ホテル・ドロワーズ』に宿泊している。
ただし何故かサメちゃんの機嫌が急降下してしまい、割り当てられた部屋に『知りません!』と怒った様子で早々に引き籠られてしまった。
「うーん……サメちゃんどうして怒っちゃったんだろう?」
悩むサトゥー。
だが閃くものがあった。
「ハッ……!? サメちゃん……まさか……」
帰って来た『恋の名探偵』サトゥー。
再び挑め、乙女心のラビリンス。
「……閉所恐怖症だったのか!? 何か悪い事しちゃったな~」
やはりダメだった。
的外れな考察をしながら、サトゥーはロビーの自販機――防犯の為の対爆重装甲型――で経口補水液を購入する。
商品名『超純水! 混じりけの無い』なる透明な液体が紙コップに注がれて出てきたが、紙コップには『注意! 完全なる純水ではない』という注意書きもしてあった。どっちだよ。
味のしない『超純水! 混じりけの無い』をチビチビ飲みながら、サトゥーは何となしにホテルの外へ出てみる。
相変わらず頭上から降り注ぐ光量が乏しい為、『ああああああステーション』内は夜のまま。
他の種族にとっても就寝時間なのか、チェックイン前に比べて周囲は閑散としていた。
そびえ立つビルの壁面は電飾看板で埋め尽くされており、相変わらずギラギラと目が痛い。
それらを流し見するサトゥーの視線の先に、ふとヤウーシュの姿が現れた。
ビルの屋上に、何故か完全武装のヤウーシュがひとり立っている。
不動のそのヤウーシュが、手にしている機工槍を徐に頭上へと掲げた。
直後、そのヤウーシュの背後に次々と新たなヤウーシュの戦士が、まるで作動させていた光学迷彩を解除したかの様に、紫電を纏いながら現れ始める。
瞬く間に十数人となったその集団は、それぞれが手にしている武器を頭上へと掲げると――
『『『うおおおおギョカイン最強ぉぉぉぉぉ!!』』』
――そう、一斉に気炎を揚げた。
それを見たサトゥーが、独り言ちる。
「ギョカイン氏族の宣伝か……」
それはビルの屋上に設置されていた映像装置から出力される、宣伝目的の立体映像だった。
表示されている映像が、『大勢のギョカイン戦士たち』から別のものへと切り替わる。
頭と顎に多くの棘を生やした、初老のヤウーシュの『顔面ドアップ』だった。
その老ヤウーシュが、満面の笑みを浮かべるとこちらへと語り掛けて来る。
『いや~流石は若! これだけ安価に氏族の広告を打てるとは、交渉上手ですな~!』
映像が更に切り替わる。
今度は若いヤウーシュ――恐らくはたった今”若”と呼ばれた――の顔面ドアップだった。
誇らしげに笑っている”若”が、こちらへと答える。
『だろ~~~? 任せとけよな~~~!!』
やがて立体映像は、何らかの装置を宣伝するページへと切り替わっていった。
一般的にヤウーシュは、他の種族から『傭兵の様に雇用』される事で生計を立てている。
では雇用主はヤウーシュを雇う際、一体何を基準に選んでいるのか?
実のところ、選んでなどいない。
他種族から見てヤウーシュとは等しく野蛮な存在に過ぎず、氏族ごとの区別などついていなかった。
その為必然的に、依頼が知名度の高い大氏族へと集中してしまう傾向にある。
よって認知度の低い中小氏族は仕事を得る為、積極的に他種族へ向けて存在アピールの為の広告を打つ必要があった。
ビルを見上げ、たった今サトゥーが目にしていたのは、正しくギョカイン氏族のそれ。
ギョカイン氏族の営業努力を目の当たりにしながら、サトゥーは考える。
大氏族の元に生まれ、サトゥーが今『仕事』に困っていないというのは――
「――ある種、不幸中の幸いって言えるのか? それにしても……」
サトゥーが見上げる先で、立体映像の内容が次のループへと入った。
再度ビルの屋上に、戦士がひとりだけ立っている。
やがてその周囲に次々と戦士の姿が現れ、彼らは一斉に武器を掲げて気炎を揚げた。
『『『うおおおおギョカイン最強ぉぉぉぉぉ!!』』』
ギョカイン氏族の宣伝映像を見ながら、サトゥーが感じるのは憐れみだった。
それは見下している訳でも、優越感に由来しているものでもない。
ただ純粋に――
「ギョカイン氏族さん……騙されてますよ~~!!」
――被害者に対する憐憫だった。
ギョカイン氏族の発している音声は勿論ヤウーシュ語であり、ヤウーシュ語話者であるサトゥーは問題なく聞き取れる。
しかし宣伝映像を届けたいのは未来の雇い主なので、映像にはガショメズ語の字幕が付いていた。
問題はその字幕にあった。
字幕にはこう書かれている。
――ルンブルクスルベルス商会のバリア装置は最高です!――
と。
映像が老ヤウーシュの笑顔へと切り替わった。
そして『いや~流石は若! これだけ安価に氏族の広告を打てるとは、交渉上手ですな~!』という発言に対し、
――私たちは臆病! だけどこのバリアは最高で、私たちは安心する!――
という字幕が付いている。
次いで嬉しそうな”若”が登場し、『だろ~~~? 任せとけよな~~~!!』と発言した。
それに対する字幕は、
――魅力的なバリア! 私たちに必需品!――
となっていた。
映像が切り替わる。
最後にバリア発生装置の紹介画像が挿入され、
――ギョカイン氏族が愛用! バリア発生装置『ルンブロF』絶賛の発売中!――
そう、締め括られた。
交易種族ガショメズが利益の為に生きているとすれば、戦闘種族ヤウーシュとは名誉の為に戦っている。
そんなヤウーシュが、自分たちを臆病呼ばわりする宣伝を許す筈がない。
「つまりこれ……詐欺られてるやんけ!!」
ギョカイン氏族は、恐らくルンブルクスルベルス商会に氏族の宣伝を依頼したのだろう。
そして契約は相場よりも安価に締結され、ギョカイン氏族は『安くて得した』と喜んだに違いない。
しかし実際に打たれた広告は商会のバリア発生装置『ルンブロF』の宣伝であり、ギョカイン氏族はその広告塔として利用される事になってしまった。
その上、内容が氏族の名誉を著しく傷つけてすらいる。
本来なら相当額の報酬を用意されたところで出演を断る様な、侮辱的な内容の広告。
それに対し無許可で映像を利用された上に、その事へ報酬の支払いをすらさせられている。
ウ、ウソだ……こんなことが。こんなことが許されていいのかぁっ。
「あぁ……お労しやギョカインさん……野郎この野郎ガショメズ許せねぇ!」
自分の事の様に激昂するサトゥー。
これが標準的なヤウーシュであれば、特に関心すら持たなかったであろう。
あくまで名誉が汚されたのはギョカイン氏族であって、自分達ではない。
氏族単位で行動するヤウーシュにとって、他の氏族の事など文字通り他人ごとに過ぎなかった。
だがサトゥーは仕事を通じ、幾度となくガショメズの悪行に悩まされてきている。
とても他人事とは思えなかった。
「うーん……とは言え……」
しかしそれはそれとして、残念ながらサトゥーに出来る事は無い。
本来ヤウーシュに対し、この様な名誉を汚す真似をしたら即”戦争”である。
にも関わらずガショメズ側が詐欺を働いたという事は、たとえギョカイン側に事態が露呈して”戦争”が起きたとしても、『問題なく撃退出来る』という前提が有るからに他ならない。
少なくともあの強欲な商人たちが、その辺りの計算をしていない筈が無かった。
そしてそれは恐らく正しいのだろう。
ギョカイン氏族はヤウーシュの『三大氏族』には含まれず、中氏族の中では最大手、という評価に留まる。
それなりの兵力を動員出来る大氏族ならいざ知らず、中氏族が単独で種族間闘争を引き起こしても、望む結果は得られないだろう公算が大きい。
そんな状態で部外者に過ぎないサトゥーが通報を入れてしまえば、逆にギョカイン氏族は『対外的な名誉』を守る為に立ち上がらざるを得なくなる。
そして起こる結末に対し、サトゥーが責任を取れる筈も無かった。
「よくも憐れなギョカイン氏族を騙したな……許せん!」
よってサトゥーに取れる行動は、ひとつ。
広告映像の真実さえ知らなければ、ギョカイン氏族の皆さんは『得をしたぜ!』というウキウキ気分のまま日々を楽しくお過ごしの筈。
箱を開けるまでシュレディンガーの猫は元気だし、バレなきゃ犯罪にはならないし、種族内でギョカイン氏族が臆病扱いされる事だってない。
だから祈る事しか出来ない。
事の顛末がギョカイン氏族の元に届かない事を祈って、目を逸らし、見なかった事にする。
それが最善だった。
「テーテテー、テテテ、テッテテー、アーー⤴!」
――が、それはそれとして非常に腹立たしい⤴。
『ホテル・ドロワーズ』の前で、ひとり悪徳商人たちに対して憤慨するサトゥー。
そんなサトゥーの前を――
『……』
「きみーは鍋、きーみーは鍋ー、戦い続ける農家いのちを……ん?」
通行人が一人、横切る。
サトゥーは思わず、その人物を目で追っていた。
身長が約170cm程度で、深緑色のローブを羽織っている。
フードを目深に被っていたせいで人相こそ分からなかったが、その後ろ姿はやはり地球人とそっくり。
(使節団の人……?)
確実に、宇宙港で見かけた『ローディエル使節団』のひとりだった。
サトゥーは周囲を見回す。
少なくとも見える範囲に他の『ローディエル使節団』の姿はおろか、宇宙港での厳重な警戒と打って変わって警備員の姿すら見る事が出来ない。
(……迷子?)
そんな事を思いながら、その後ろ姿を目で追うサトゥー。
やがてその『はぐれローディエル』は、周囲をキョロキョロと見回してから近くの裏路地へと入っていった。
その直後に今度は複数のガショメズが現れ、ゾロゾロと『はぐれローディエル』と同じ裏路地に続いていく。
ガショメズの『体』は機械のパーツで構成されており、用途に合わせて四肢を専用のそれへと換装する事が出来る。
その為ある程度、外観から用途を推察する事が出来た。
大型のサーボモーターや高出力のアクチュエーターを内蔵しているであろうその四肢は太く、それでいて細い末端は土木目的ではなく戦闘の為のそれ。
明らかに荒事の為に集められた集団なのは明白だった。
「……」
サトゥーは残っていた『超純水! 混じりけの無い』を飲み干すと、紙コップを近くのゴミ箱へと投げ捨てる。
一般人に過ぎない前世の佐藤ユウタだったならば、今の光景を見たところで何をするでもなく自分の部屋へ戻っていただろう。
だが今は佐藤ユウタではなく、戦士サトゥーである。
「我ヤウーシュぞ!」
誰かのピンチに駆けつけるスーパーヒーロー、その廉価版くらいにはなれる筈だ。
サトゥーは駆け出すと、ガショメズを追って裏路地へと入っていった。
【カニ江】第一ヒロイン@ヤウーシュ
【エビ美】第二ヒロイン@ヤウーシュ
【サメちゃん】第三ヒロイン@シャルカーズ
【???】第四ヒロイン@ローディエル ←今ココ
【???】第五ヒロイン@???




