第44話「足を蹴って」
夜市の一角。
テーブルが用意されているそこは、利用者が自由に使えるフリースペースになっている。
そのうちの一つにサトゥーとサメちゃんは対面で座り、テーブルの上にはあれこれと購入した料理がところ狭しと並べられていた。
不思議な力が働いて周囲のテーブルには誰も座っておらず、通りすがりのシャルカーズ達が遠巻きに『ヤウーシュと二人で食事? えぇ……』という視線を向けて来るが、サメちゃんは『シャアアー!!』と眼力でこれを黙らせる。
「い、いっぱい買っちゃったね……食べきれるかな……?」
≪じゃあ食べましょう!≫
でっかいフォークを持ったサメちゃんが、ウキウキで料理に手を付けようとした時だった。
たまたま近くを、ひとりのヤウーシュが通りすがる。
そしてテーブルの上に並べられている料理を目にし、ボソっと呟いた。
「よくあんなの食えるな……」
それだけ言うと、そのまま遠ざかっていった。
それは別に悪意があった訳では無い、ヤウーシュから見た“料理への感想”に過ぎない。
しかしそれを耳にしたサメちゃんが、遅まきながら気が付いた。
≪あっ!?
あわわわ……サ、サトゥーさんごめんなさい!! 私自分の事しか考えてなくて……!!≫
突然、サトゥーに謝るサメちゃん。
その理由はテーブルの上に並んでいる料理にあった。
屋台で購入したそれらは全て、サメちゃんが食べたかった『シャルカーズ料理』ばかり。
隣に居たサトゥーが断らなかったのを良い事に、シャルカーズのスタッフが調理していた屋台で購入した、食材を刻み、混ぜ合わせ、焼き、ソースで味付けをしていったそれら。
しかしその工程をヤウーシュが見たならば――
『シャルカーズさぁ……どうして食材を殺すんだい?』
『しかも遺体を切り刻む? 獲物に対する敬意とか無いのかな?』
『何でわざわざ焼くかなぁ!? 命に対する冒涜だよそれは!!』
『あげく植物を腐らせた液体を掛ける、と。極めて何か生命に対する侮辱を感じます』
――という感想になる。
サトゥーから見れば、そういった侮辱の結果が目の前に並んでいる。
と、サメちゃんは思っている。
そして勿論、それらは全て杞憂に過ぎない。
サトゥーが動いた。
腰のベルトから『小さな槍』を引き抜く。数は2本。
どれほど小さいかと言うと、もはや手乗りサイズ。
それらをクルクルとフィンガリングさせながら、右手の所定の位置へ。
何たる事か、これは『お箸』の構え!
サトゥー、右手を顔の横に持ち上げると、お箸をカチカチ(マナー違反)。
そして言った。
「何の問題ですか?」
獲物目掛けて急降下する猛禽類めいて箸が炸裂する。
淀みなき箸捌きによって、購入した料理のひとつ『どう見てもタコ焼き』を摘まみ上げると、的確に口の中に放り込んだ。
そしてカブリと躊躇なく齧りつく。
≪あ、それは!≫
「アチャア!!」
舌を火傷した。
◇
「美味しいね~」
モグモグとサトゥーがテーブルの上の料理を食べ進めていく。
『箸』はこの日の為に作ってあったと言っても良い。
日本人的感性を色濃く残すサトゥーにとって、『ヤウーシュ料理』はとても食べられたものではない。
しかるにヤウーシュ母星での食事とは、サトゥーにとって『カプリーメイト』などの代用食で凌ぐものに外ならず、この『箸』はいつの日か『これは美味い!』と思える食事と巡り合えた時の為に用意しておいたのだ。
そしてそれは今日だった。
屋台での調理風景と、漂って来るかぐわしき香りの時点で、サトゥーには半ば『あ、これ美味いやつだ』という確信があった。
幸運な事にシャルカーズ達の味覚が作り上げた料理体系は、地球のそれと非常に近いものがあったらしい。
≪おくちに合ったみたいで良かったです~≫
サトゥーの対面では、満面の笑みのサメちゃんが『もっちゃもっちゃ』と料理をもりもり食べていた。
どれくらいもりもり食べているかと言うと、ドングリをほっぺ一杯に詰めているリスくらい。
口の周りをソースで汚しながら、でっかいフォークで料理の山をどんどん崩していく。
せっかくなので、サトゥーも購入した品をあれこれ食べてみた。
「これは何て言うの?」
≪トパ焼きです~!≫
(ほぼタコ焼きだな……)
「こっちは?」
≪ブルート焼きです!≫
(腸の肉詰め……?)
「これは?」
≪鳥さん焼きです~!≫
(焼き鳥か……)
「これは」
≪クラムフーヘンです!≫
(ピザ的な奴か……)
「こっち」
≪メポスです! ソースいっぱい絡めて食べてくださいね≫
(フライドポテト……? でも芋っぽくないな……)
全部美味しい。
まさしく久しぶりに食べたマトモな料理で、箸も進もうというもの。
2本の細い棒で器用に食事を進めるサトゥーの様子を見て、サメちゃんが疑問を口にする。
≪もぐもぐ……そのカトラリー、初めて見ます。ヤウーシュのですか?≫
「これは、まぁ……特殊というか、何というか――」
アルカル星人の食器です、とは言えない。
そもそも世界線が異なり、箸が存在していない可能性すらある。
とりあえず話題を変える事にした。
「――と、ところでシャルカーズ料理だけど、性に合ってるみたい。何ならもっと早く出会いたかったな~」
≪わぁホントですか?! 気に入っていただけて嬉しいです!!
私もまさか、ガショメズの交易ステーションで食べられるとは思ってませんでした~!≫
シャルカーズ料理、美味しいは美味しい。
しかしサトゥーには少し残念な事があった。
(ちょっと味付けが薄いな……。いや違うか。
味は付いてるけど、ヤウーシュの舌は味蕾が乏しくて味を感じ切れてないんだな……)
ヤウーシュ料理において『味』なんて概念は重視されない。
そんな環境で世代を重ねてきたヤウーシュは、恐らく味を感じる能力自体が低くなっているのだろう。
その様な事を考えていると、サメちゃんが料理の最後の一口を飲み込み終えた。
そして巨大サイズ――前世の映画館で見かけるポップコーン容器めいた――の『甘口炭酸飲料』をストローで飲み干して、ふぅと一息付く。
≪もうちょっとあっても良かったですね……。サトゥーさんは足りましたか?≫
「え、あぁ、うん。もう充分デス」
サメちゃんは健啖家であった。
◇
食事もひと段落した為、サトゥーは食後のお茶を飲みながらガントレットを操作し、周辺の地図を参照する。
今日一日色々とあり過ぎて、正直疲れた。
『バリア発生装置』は逃げないので、調達は明日でも良いだろう。
周辺の施設データを検索しながら、サトゥーはサメちゃんに提案した。
「バリア発生装置なんだけど、工業区画に行かないとダメみたい。結構距離があるから……今日はもう近場で宿取らない?」
≪そうですね……もう休みましょうか!≫
テーブルの上を片付けてから、サトゥーが先導して宿に向かって歩き出す。
何だか妙にソワソワし出した様子のサメちゃんが、サトゥーに尋ねる。
≪……それで、どこに泊まるんですか?≫
「実は……泊まる場所はもう決めてあってね」
≪え、それって……≫
サトゥーは躊躇する事なく人気のない裏路地に入っていく。
辺りの雰囲気はどんどん如何わしいものへと変わっていった。
『あらお兄さん、私とどう?』と声を掛けて来るヤウーシュ美女(ヤウーシュ基準)が居たり、サメちゃんに『へっへっへ、どう? うちの店でひと咬み』と入店を勧めて来る客引きが居たり。
流石に不安になったサメちゃんがサトゥーに声を掛けようとしたところで、目的地に辿り着いたサトゥーがその足を止める。
そして振り返ってサメちゃんに言った。
「今日泊まる宿はここです! 『ホテル・ドロワーズ』!」
≪……へ?≫
サトゥーが素早くチェックインを済ませ、ホテルのロビーへと入る。
そこは巨大な『自動倉庫』だった。
広大な空間を仕切る様に幾つもの巨大な棚が並び、その間を無人の搬送機が走り回っている。
当然、搬送機が運んでいるのは宿泊客であり、割り当てられた“部屋”まで運ばれた客は、目の前にある小さな扉を開けて棺桶めいた『一人用個室』へと入り、就寝する。と言うかスペース的に寝る事しか出来ない。
これぞ利益を追い求めるガショメズ謹製、最大効率のお宿『ホテル・引き出し』である。
尚、サトゥーはこれと同様のものを前世で知っている。東京出張でお世話になったカプセルホテルって言うんですけど。
≪……≫
「いや~やっぱりガショメズの交易ステーションで宿泊って言ったらコレだよね!
他では味わえない圧迫感って言うか、効率全振りの潔さって言うの? もはや一種の機能美すら、あれ、サメちゃん? どうして足を蹴ってくるの?」
≪……≫
「止めてね! 無言でローキックするの止めてね! 意外と芯に響いて痛いよ!」
≪……≫
「止めてね!! カーフキックはもっと止めてね!! サメちゃああああああああ――」




