第43話「何か食べて」
誤字報告ありがとうございます
ワープ航法で移動している宇宙船が通常空間へと復帰する際。
ワープアウト先に他の宇宙船、あるいは宇宙ステーション等があった場合は当然、衝突事故が起きてしまう。
それを回避する為、ワープ航法中の宇宙船は通常空間に向けて『自分ここ通ります』という通知を出さなくてはならない。
逆に通常空間に居る宇宙船や宇宙ステーションは、ワープ航法中の宇宙船に向けて『ここ来ると事故るよ』という警報を出す事になっている。
仕組みとしては、『ここ陸地だからな!』という合図を夜の海に出している灯台が近いだろう。
宇宙ステーションの場合、ワープ航法中の宇宙船が相手では電波を使えない為、空間を振動させる事で『空間スキール音』を発生させ、その波を伝える事で『こっち来るなよ!』という合図を送っている。
◇
「空間スキール音を確認……交易ステーション到着。ワープアウトするよー」
≪はーい≫
スターゲイト019によるワープ距離の大幅延伸『ハイパー空間ドリフト』を終えたサトゥーの宇宙船が、無事に目的地に到着して通常空間へと復帰する。
キャノピーからの視界を覆っていた時空の泡が剥がれ落ち、見慣れた黒一色のそれへと戻った。
≪わ……いっぱいありますね≫
「物流の合流地点だからね」
現在地を宇宙地図で見た場合、巨大なスターゲイトや宇宙ステーションが狭い宙域に密集している……様に見える。
ところが実際はそれぞれが数十万キロ、あるいは数百万キロ単位で離れている為、肉眼で見ればお互いは豆粒サイズにしか見えない。
しかしキャノピーからの視界ではそれぞれの施設がハイライトされた上で、補足説明が拡張現実として表示されている為、情報が所狭しと並んで視界を狭めている程だった。
≪どこの交易ステーションに寄るんですか?≫
「そこまでは決めてなかったな……どこにしようか?」
サトゥーは宙域情報から利用可能な交易ステーションをリストアップする。
そして並んだ名前を見て顔を顰めた。
「……何だコリャ?」
≪『ああああああステーション』に『他で買い物すると損するでええんか?ステーション』……『安い安い安い安いステーション』……何か変な名前ばっかりですね……≫
宙域情報によると、それぞれの交易ステーションはガショメズの所属になっている。
アルタコ所属の交易ステーションも散見されたが、今回の目的は『シャルカーズ製のバリア発生装置』なので選択肢からは除外された。
「ガショメズの命名センスェ……」
≪ど、どこにしましょうか……? 皆目見当も付かないんですけど……≫
「じゃあ……この『ああああああステーション』にしよう……か……」
≪はい……≫
サトゥーは適当にリストの一番上にあった『ああああああステーション』を選択する。
宙域情報によると、『ああああああステーション』の運営者欄には『ルンブルク商会』という名前が載っていた。
◇
ガショメズ線とアルタコ線が交差している宙域。
ガショメズによる恣意的なハイパーレーン敷設の結果ではあるものの、ヒト(?)とモノの経路が重なったそこは、今日では物流の一大拠点と化している。
無論そんなビジネスチャンスを“商人”たちが見逃す筈もなく、ガショメズという種族内における事実上の統治組織『十人委員会』を構成している商会も複数進出していた。
そんな商会のひとつである『ルンブルク商会』が所有している交易ステーション『ああああああステーション』。
地球においては『スタンフォード・トーラス』を称されるその形状は、回転で発生させた遠心力を重力代わりに利用するドーナツ型の居住区と、その中央に位置して外部との玄関口になっているハブ部との2つで構成されている。
サトゥーは宇宙船をハブにある宇宙港へと進入させる。
開放部の広いそこではあったが、利用者が多いせいで『入庫待ち』の渋滞が発生していた。
待つ事数分。
ガイドビーコンに従い、ようやく駐機可能なエリアへと着陸する。
「とうちゃ~く」
≪ついた~≫
ハブ部は回転軸上にある為、本来は低重力区画となっているが、搭乗者が乗り降りする宇宙港部分だけは人工重力装置の範囲内となっている。
(居住区で遠心力を利用しているのはガショメズ特有の節約精神)
宇宙港から居住区に向かう場合、スポーク状の回廊を通って中心部からドーナツ型である外側へ移動しなければならない。
宇宙船から降りたサトゥーとサメちゃんは、回廊を目指して宇宙港をテクテクと歩く。
≪何か凄い混雑してますねー≫
「ヒトもモノも多いなぁ……」
宇宙港は全体的に雑然としていた。
ロビーには隙あらば荷物やコンテナが並べられており、通路は銀河同盟を構成している各種族でごった返している。
そんな雑踏の中で一番目立っているのがヤウーシュだった。
割合としては最も少ないながら、彼らの行く先は『モーセの海割り』めいて群衆が道を空けていく。
そしてそのスペースの只中を、当人(?)たちは『かぁ~! これが戦士の醸し出すオーラってやつか~!?』と得意げに、肩で風を切りながら悠然と歩いていく。
言うまでもなくオーラの正体は悪臭であり、他にも喧嘩っ早いヤウーシュと肩ドンでもしようものなら超面倒が確定する為、誰も彼もがヤウーシュを避けている。
そしてヤウーシュが作り出した雑踏の空隙をしめしめと移動しているのがガショメズで、その外見は『昭和っぽいデザインのロボット』であったり『中世ヨーロッパの全身鎧』めいた姿などかなり個人差がある。
彼らはヤウーシュの臭気を『探知する』事は出来るが、その生態故に『臭い』という感情に結びつく事がない。
荷物を運んでいたり、または何かお土産的なものを売り歩いていたり等、それぞれが思い思いの行動をしていた。
サメの様な尻尾をフリフリしながら集団行動しているのがシャルカーズで、集団によって眼の色に差異がある。
緑色だったり、あるいは紫色だったり、それらは出身地による違いだった。
他にも同じように集団行動しているのがアルタコで、彼らは専用の乗り物に乗って移動している。
それは『頭部のない人型ロボット』の様な形状をしており、首の部分が座席の様になっていた。
そしてその座席の上に『頭』としてアルタコが搭乗する仕組みとなっており、複数種族が入り乱れる宇宙ステーションにおいて、体高の最も低いアルタコが他種族の邪魔にならない為の配慮でもあった。
「……ファ!? 何だありゃ……」
≪サトゥーさん? 何かありまし……あ!?≫
雑踏を歩いていた二人が、あるものに気が付く。
駐機場の一角に、仕事であちこち飛び回っているサトゥーでも初めて見る『ヘンテコな宇宙船』が泊まっていた。
全長数百メートルサイズのそれは宇宙船というよりも生物に近く、一見すると巨大な『クジラ』に見える。
しかし頭部は複数の眼球を備えた『ナメクジ』の様でもあり、至る所から生えた太くて長い触手がフワフワと空中を漂っている――海中を彷徨う海藻めいて――様は、もはやサトゥーの知る如何なる生物とも合致しない。
唯一、連想できるのは――
「――怪獣?」
≪あ、よくご存じですね! あれ“宇宙怪獣”です!≫
「って怪獣かーい!! ……え、いやその前に宇宙港に怪獣いて大丈夫なの?」
≪んー……多分あれ、ローディエルの『使役獣』じゃないですかね?≫
サメちゃんの説明に、サトゥーが尋ね返す。
「しえきじゅう?」
≪ローディエルの捕まえた……あ、ローディエルって知ってますか?≫
「銀河同盟を構成してる五大種族のひとつ、でしょ? 会った事無いけど」
≪そのローディエルです。ローディエルはあの宇宙怪獣を宇宙船にしてるんですよ≫
「うちゅうかいじゅうをうちゅうせんに」
≪ローディエルは宇宙怪獣を捕まえて、調教して『使役獣』にするんです。そしたら中に乗り込んで、宇宙空間を移動する訳ですね≫
「ははは、そんなことできるわけ……え? マジで?」
≪運用にかなり制約がある上、結構危ないらしいですけど……あ、あそこ、ローディエルの人たちじゃないですか?≫
「……ん?」
ローディエルの『宇宙船』は交易ステーションにおいても珍しいらしく、見物客が取り囲むようにして人だかりが出来ている。
しかし『頭部のない人型ロボット』に搭乗しているアルタコが警備員となって見物客を寄せ付けず、『宇宙船』の周囲には空白地帯が出来ていた。
その空白地帯の中央部分には警備関係者だろうアルタコ数人と、十数人の人影がある。
サメちゃんが指さしたのは、その十数人の人影だった。
ヤウーシュほど巨大でもなく、シャルカーズほど小さくもなく、アルタコほど異形でもない。
そしてその姿を見たサトゥーは思わず心の中で叫んでいた。
(……人間!?)
身長は平均して約170cm前後。
全員が深緑色に統一されたローブを羽織っており、残念ながら目深に被ったフードのせいで人相までは分からない。
しかし体の輪郭は完全に地球人のそれであり、角も翼も尻尾も生えてはいなかった。
(いや、人間……ホモ・サピエンスの筈がない。
銀河同盟で“地球人”ってのはアルカル星人の事であって、アルカル星人はまだ銀河同盟に参加してないからな。
宇宙規模の収斂進化で偶然見た目が似てるって事か……? 近くで見れないかな……)
≪皆さんは後退する! この先に進む許可は全員が不所持! ありがとう!≫
野次馬根性全開でローディエル?に近づこうとしたサトゥーだったが、残念ながらアルタコの警備員に阻まれてしまう。
どうやら厳重な警備体制が敷かれているらしく、関係者だろうアルタコ以外は誰も近づけてはいなかった。
「う~ん、気になるなぁ……」
≪……今、ニュースで確認したんですけど≫
「ん?」
手持ちの通信端末と電弧でやり取りしているサメちゃんが続ける。
≪やっぱりあの一団、ローディエルの『使節団』みたいですね。銀河同盟懇親会の為に、遥々ローディエル星系からやって来てるみたいです≫
「はぇ~。じゃあ今は観光、いや視察の最中かな? なら野次馬が近づける訳ないか」
どうやらここに居てもローディエルに会える訳でもないらしい。
サトゥーとサメちゃんは人垣から離れると、大人しく宇宙港の出口を目指した。
◇
宇宙港のある中心部と、ドーナツ型の外縁部とはスポーク状の回廊で繋がっている。
そしてそこには利用者を運ぶ為のトラムが走っていた。
それに揺られる事数分、重力方向の変化に注意しながらサトゥーとサメちゃんはトラムの降車駅に降り立つ。
そこを抜けた先が『ああああああステーション』の居住区エリアだった。
「おぉ~」
≪おぉ~≫
思わず歓声を上げる二人。
そしてお互いの顔を見ながら、同時に感想を述べた。
「暗いね!」
≪暗いですね!≫
――暗い。
頭上を見上げると、居住区の天井は透明な素材で出来ており、回廊で繋がっている中心部と居住区の反対側、そして宇宙空間の星々を直接望む事が出来る。
本来は中心部に設置されている巨大かつ大量の鏡で恒星の光を反射させ、透明な天井を通して居住区を照らす、という設計になっている。
――筈なのだが、肝心の鏡の角度調整がかなり杜撰なものとなっており、降り注ぐ光量が明らかに足りていない。
そのせいで居住区の明るさは、地球で言うところの『夜』になっていた。
しかし居住区は『暗い』訳では無い。
むしろ――
「眩しいね!」
≪眩しいですね!≫
――明るかった。
二人の目の前には、サトゥーに言わせれば『アジア風サイバーパンク』な世界が広がっている。
『暗いなら光れば目立つやんけ!』の精神で、ありとあらゆる看板がビカビカと大量の光を放ち、狭い道路で無秩序に行き交うヒトとモノをギラギラと照らしていた。
道路を挟んで上に伸びている違法建築めいた建物の壁面には『今すぐ高級腐葉土!!』『新鮮な群体は気持ちいい!』『筐体各種あり! つるつる関節!』等の意味不明な宣伝文句がネオンカラーめいて光り輝いており、サトゥーには全く解読出来ない。
雑踏の中へと足を踏み入れる。
途端にむわっとした生活臭に包み込まれた。
サトゥーはその匂いを前世で嗅いだ事がある。
(……何だっけこの匂い。
あれだ、レストランでバイトした時の厨房の匂いだ。
綺麗に掃除しても消えない、何かが発酵したようなすえた匂い。
悪臭、とまではいかないけど、良い匂いでもない、そんな感じの……)
無秩序に乱立する建物の隙間、迷路めいた通路を二人で歩く。
本来は中々に混雑しているそこは通り抜けるのも一苦労だが、先頭を行くサトゥーが『ヤウーシュ』なので皆が道を譲ってくれる。
何たる親切か。
後ろをトコトコ付いて来るサメちゃんがサトゥーへと尋ねた。
≪それでサトゥーさん、どうしますか?≫
「えーとね、とりあえず――」
サトゥーがそこまで言ったところで、二人は通路を通り抜けて広場へと辿り着く。
そこは無数の屋台がひしめく『夜市』のような場所だった。
手前に見えている屋台では、シャルカーズの店員が鉄板の上で海産物……の様なものをジュージューと焼いている。
その香ばしく美味しそうな香りに刺激され、サトゥーの腹が『グゴゴゴ』と物凄い音を立てた。
「そういえば……」
そして思い出す。
今日はまだ『昼食』を食べていない。
売店でおばちゃんに貰った『弁当C』はアシューに押し付けてきたし、せっかく購入した『カプリーメイト』は、そういえばデスクの上に置いてきてしまった。
その後はすぐに追撃を受けながら母星を脱出したし、スターゲイトではひと騒動あったし、昼を抜いたまま現在に至っている。
母星基準で言えば時刻は既に夜で、そりゃあ腹も空くだろう。
サメちゃんが苦笑いしながら提案した。
≪私もお腹空いたので、先に何か食べていきましょうか!≫
「賛成!」




