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閑話「病院から迫る魔の手」

時系列で言うと『閑話「酒と肉」2』のあたりです


「あ、そうだサトゥーさん」


交易ステーションを目指し、ワープ航法中のサトゥーの宇宙船。

その操縦席に座っているサメちゃんが突然、声を上げた。


≪はいはい≫

「ちょっと職場に連絡を入れたいのですが、回線をお借りしてもいいですか?」

≪はっ!? まさか重力波通信を……≫


サトゥーの宇宙船は現在、通常空間から切り離された『オレコレスキー場』の中にいる為、通常の方法では外部と連絡を取る事が出来ない。

しかしそのままでは目隠し状態のまま車の運転をしているような状態なので、目的地に到着した事すら分からなくなってしまう。

そんなワープ航法中に使える唯一の通信手段が、時空の歪みを『波』に見立てて情報を交換する『重力波通信』だった。

大気中で空気を振動させる『声』を使って意思疎通するのと同様に、時空の泡に包まれている『オレコレスキー場』の中からでも『時空の波』ならば、その影響を通常空間にも及ばせる事が出来る。

しかし泡のカーテンが音波を減衰させてしまうのと同じで、明瞭な信号として外部とやり取りするには相応の『波』を起こす必要があった。

その為、『重力波通信』の利用料は大分お高い事になっている。サトゥーが日頃使用していない程度には。


そんなサトゥーの憂慮に気づいたサメちゃんが即座にフォローする。


「あ、私の職場のアカウントでログインするので大丈夫です! 事業者用のお得パックなので定額なんですよ」

≪なーんだそれなら安心! どばーっと使っちゃってください≫

「ありがとうございます。あ、あとリモート会議もしたいので、仮眠室もちょっとお借りしますね」

≪ほーい。ここには俺がいるね≫

「はーいお願いします」


ワープ航法で移動する際、非常時に備えて最低一人は操縦席に残る必要がある。

その役をサトゥーに任せると、サメちゃんは仮眠室へと移動した。


自動扉を閉め、仮眠室とロビーを遮断する。

ツナギを脱いでインナーだけになると、サメちゃんは肩の力を抜いた。


「……ふぅ」


そして徐に振り返る。

自動扉に張り付き、覗き窓からロビーを観察。

サトゥーが操縦室に居て、ロビーには居ない事を確認してから――


「……えいっ」


――サメちゃんは仮眠室のベッドへダイブした。


そのままボイーン、ボイーンとスプリングの反発で無意味に跳ねまわる。

次にベッドの上でゴロゴロと転がり回って、自分をシーツでグルグル巻きにした。

そして顔を押し付けるとクンクンとシーツの匂いを嗅ぐ。


「……」


悪臭はしない。

しかし普段ベッドを使用している者がいる以上、どうしても種族由来とも言うべき臭気が微かに残っている。


「えへへへ……」


シャルカーズの母星は地表の殆どを海洋が占め、彼女たちの祖先も海の中で生活していた。

故に主な捕食対象は海産物であり、そういう点ではヤウーシュの臭気に対しても嫌悪感はなく、むしろ美味しそうとすら――


「って、こんな事してる場合じゃない。職場に連絡しなきゃ」


――我に返ったサメちゃん。


荒らし散らかしたベッドを大慌てで元に戻すと、ツナギを身に着け――流石にインナー姿だとマズイ――、部屋備え付けの机に着席する。

そして懐から手乗りサイズの、銀色の球体のようなものを取り出した。

目玉のようなペイントがされているそれはドローンであり、この撮影機材は自在に空中を浮遊させる事が出来る。


生体電装制御(BCC)で起動させると飛翔させ、自分と向き合うような位置で固定。

そのまま重力波通信を介して超EX-(エキ)C-I-(サイ)T-ING(ティン)ネットに同期させる。

繋ぐ先はヤウーシュ母星、ヒッジャ記念宇宙港の整備班が使用している業務用の回線。


サメちゃんは職場のメンバーに対してリモート会議開催の通知を出してみた。

しかし残念ながら、現在時刻は宇宙港側の定時を過ぎてしまっており、やはり集まりは悪い。


「えーと突然ですが」


尤も、日常的な業務であれば日々のルーチンで回していける。

職場にはサメちゃんが突発的に『急な出張』で宇宙港を離れられる程度には、業務的な余裕があった。

整備の各班に対して現状を報告し、特に『決して遊びに行く訳じゃない』事については念を押しながら説明を重ねていく。


「私が戻るまでは各班、所定の作業をお願いします。何か質問はありますか?」


そして会議の参加者に質問の有無を尋ねていた時。

ピロン、と新しい文章が表示された。



 23. Maintenance team 3 0079/6/29(藻) 17:35:28.11 ID:Midori

  サトゥーさんとお泊まりするんですか?



(!?)


思わず質問者を確認するサメちゃん。

整備3班の『ミドリ』からだった。


「……仕事の! 仕事に関しての質問です。何かありますか」


質問を却下してサメちゃんは会議を続行する。

しかし今度は別の質問が飛んできた。

同じく3班の『アカ』からだった。



 24. Maintenance team 3 0079/6/29(藻) 17:35:40.26 ID:Aka

  せっくすするんれすか?



「しないよ!?」


思わず否定してしまったサメちゃん。

しかし刹那、内なる自分が問いかけて来た。


(本当にしないの? このままなら泊まりなら――)


「あ、イヤしなくはない」


思わずそう呟いてしまい――


「って違う! そうじゃなくて! し! ご! と! 仕事の! 質問!」


――会議が不埒な方向に脱線しかけているので軌道修正を図る。

しかしそこへさらに『ミドリ』が質問を重ねてきた。



 25. Maintenance team 3 0079/6/29(藻) 17:35:52.85 ID:Midori

  サトゥーさんとセックスするんですか?



「……ミドリ、チャット禁止ね」


サメちゃんは素早く管理者メニューを開くと、ミドリのアカウントを発言禁止にする。

これで一安心、と思いきや――



 26. Maintenance team 3 0079/6/29(藻) 17:36:01.85 ID:Aka

  せっくす!


 27. Maintenance team 3 0079/6/29(藻) 17:36:02.62 ID:Aka

  せっくす!


 28. Maintenance team 3 0079/6/29(藻) 17:36:03.27 ID:Aka

  せっくす!


 29. Maintenance team 3 0079/6/29(藻) 17:36:04.96 ID:Aka

  せっくす!



――今度は『アカ』が連投をし始めた。


「……アカ、アクセス禁止ね」


管理者権限でサメちゃんは『アカ』のアカウントを追い出すと、しばらく参加できない様にする。

今度こそ一安心。


「はい……今度こそ、他に何かありますか?」


問題児が消えた事で、リモート会議は滞りなく進む。

必要なやり取りを終え、会議は(つつが)なく終了した。


「ふっふ~ん」


業務連絡を終えたサメちゃんは整備班のチャンネルから退出。


次に接続したのは『ヤウーシュ母星で働いているシャルカーズ』が集まる掲示板だった。

こちらは参加制限もない上に、参加者の所属が多岐に渡っている為、どちらかと言うと――



 455名前:シャルカーズの名無し

  あ゛ーーーーもう今日最悪ーーー!! 1145は宇宙で遭難しろーーー!!


 456名前:シャルカーズの名無し

  宇宙港乙。臭くて草


 457名前:シャルカーズの名無し

  水草生やすな。根流しするぞ


 458名前:シャルカーズの名無し

  止めなされ止めなされ……


 459名前:シャルカーズの名無し

  今日は職場で無限鳥さんパーティーがあってたのしかった


 460名前:シャルカーズの名無し

  勤務中に遊ぶな焼き鳥にするぞ


 461名前:シャルカーズの名無し

  焼かれるのはヤウーシュなので出来上がるのは焼きガニ定期


 462名前:シャルカーズの名無し

  ここでラフィドをひと絞りww


 463名前:シャルカーズの名無し

  大皿に掛けるな死ね


 464名前:シャルカーズの名無し

  今日、職場の上司が『お土産のサトゥー』に誘拐されて草生えた



――職場という枠を超え、シャルカーズの母星から遠く離れた職場で、苦労している少女たちが愚痴を言い合う場所と化していた。

サメちゃんも肩の力を抜きながら憩いの場へと参加する。



 465名前:シャルカーズの名無し

  >464

  呼んだ?



生体電装制御(BCC)で文章を生成し、掲示板へと投稿する。

反応はすぐに返って来た。



 466名前:シャルカーズの名無し

  >465

  本人乙


 467名前:シャルカーズの名無し

  え、なになに、何かあったの?


 468名前:シャルカーズの名無し

  キターーー!!


 469名前:シャルカーズの名無し

  >465

  サトゥーさんどんな味だった? 詳しく!


 470名前:シャルカーズの名無し

  誰が何食べたって?


 471名前:シャルカーズの名無し

  >465

  子供は何人作る予定ですか!!



サメちゃんの書き込みに対し、次から次へと質問が書き込まれ始める。


シャルカーズばかりが集まっているこの掲示板で、ヤウーシュという種族に対する評価はかなり低い。

職場を問わず横柄で、暴力的で、そして臭いから。

そういった愚痴はもはや、鉄板を通り越した鋼鉄のあるあるネタと化している。

そんな中で相対的に『親切で』『紳士的で』『身嗜みに気を付け』ているらしいヤウーシュ『サトゥー』なる個人の、この掲示板内で評価はかなり高かった。

もはや『サトゥー』と言えば『あぁ、お土産のサトゥーね』と個人識別され、曰く『うちの職場にも欲しい』だとか『こっちのヤウーシュと替えて』だとか、賛美の言葉は枚挙に(いとま)がない。


「ふふふふ……」


その“人気者”を今、自分が独占している。自分が今一番近くにいる。

そんな優越感はえも言われぬ甘美な痺れとなって、サメちゃんの背筋をゾクゾクと駆け上がっていく。


サメちゃんは返信を書き込んだ。



 472名前:シャルカーズの名無し

  え~教えようかな~どうしようかな~



そして即座に反応が飛んでくる。



 473名前:シャルカーズの名無し

  >472

  勿体ぶるなブチのめすぞ


 474名前:シャルカーズの名無し

  >472

  早く教えろー間に合わなくなっても知らんぞー!


 475名前:シャルカーズの名無し

  >472

  開示! 開示! さっさと開示! しばくぞ!



どこまで話そうか、どこまで焦らそうか。

ニチャアと邪悪な笑みを浮かべながら、サメちゃんが脳内でこの後の作戦を考えていた時だった。



 476名前:SuperHyperElite

  サトゥーって、シフードのサトゥーか?



突然現れた固定ハンドルネーム(コテハン)

掲示板の利用者は基本的に『名無し』なので、そうでない場合は相対的に『この掲示板を初めて利用する』ケースである事が多い。



 477名前:シャルカーズの名無し

  あれ? 初見の人かな?


 478名前:シャルカーズの名無し

  いらっしゃい! ここはヤウーシュ母星で働くシャルカーズの掲示板だよ!


 479名前:シャルカーズの名無し

  どこで働いてる子~?



新たな来訪者を歓迎すべく、掲示板利用者たちがコテハンの書き込みに反応する。

しかしコテハン――『SuperHyperElite』から返って来たのは、自己紹介では無かった。



 480名前:SuperHyperElite

  サトゥーはクソザコ戦士www


 481名前:SuperHyperElite

  俺のが強いしアイツまじ雑魚www


 482名前:SuperHyperElite

  サトゥーはうんこうんこうんこうんこ



突然の荒らし行為。

掲示板利用者たちは困惑した。



 483名前:シャルカーズの名無し

  え、ちょ、何?


 484名前:シャルカーズの名無し

  誰? 何がしたいの?


 485名前:シャルカーズの名無し

  荒らしやめてください



しかし『SuperHyperElite』は応じない。

最終的に――



 486名前:SuperHyperElite

  うんこ


 487名前:SuperHyperElite

  うんこ


 488名前:SuperHyperElite

  うんこ


 489名前:SuperHyperElite

  うんこ



――『うんこ』連投BOTと化してしまった。


「こ、このコテハン何!?」


突然現れてサトゥーをうんこ扱いしだした『SuperHyperElite』。

せっかくの優越感全開な愉悦タイムを邪魔されたサメちゃんは激怒した。


そして気付けば、連投で『SuperHyperElite』に対抗してしまっていた。



 490名前:シャルカーズの名無し

  サトゥーさんはうんこじゃない


 491名前:SuperHyperElite

  >490

  サトゥーはうんこうんこうんこ


 492名前:シャルカーズの名無し

  うんこじゃない


 493名前:SuperHyperElite

  うんこ


 494名前:シャルカーズの名無し

  うんこじゃない


 495名前:SuperHyperElite

  うんこ


 496名前:シャルカーズの名無し

  >490

  490さん、荒らしに反応しないでください


 497名前:SuperHyperElite

  うんこ


 498名前:シャルカーズの名無し

  うんこじゃない


 499名前:SuperHyperElite

  うんこ


 500名前:シャルカーズの名無し

  うんこじゃない



殺伐とする掲示板。


古今東西、宇宙広しと言えど普遍的な大原則がある。

それは『荒らし』に反応する者もまた『荒らし』であるという事。

程なくしてアクセス禁止にされたのか『SuperHyperElite』の発言はピタリと止み、同時にサメちゃんのアカウントもまた発言禁止処置となってしまった。


その事に気が付いたサメちゃんが叫ぶ。


「あ゛ー!?」

≪あ、サメちゃん?≫

「ってハイ!? ななな何ですかサトゥーさん!?」


天井のスピーカーから突然聞こえてきたのは、操縦席から内線で話しかけてきたサトゥーの声だった。


≪……? 何かあった?≫

「な、何でもないです!」

≪もうすぐ交易ステーションに到着するから、そろそろ戻れる?≫

「あ、ハイ! すぐ行きます!」


『SuperHyperElite』に邪魔されたせいで、せっかくの愉悦タイムが台無しになってしまった。


(こんにゃろー!)


サメちゃんは心の中で悪態をつきながら、ドローンを懐にしまうと仮眠室を後にした。


『SuperHyperElite』……一体何者なんだ……

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ・・・?確か種族の匂いはおしっこ由来のもので臭すぎて誰も近寄らないのでは・・・
[良い点] え、あいつこんなことできるだけの知能、脳の容量あったのか。 というか脳ミソあったのか
[良い点] サメちゃんはヤる気か!? [一言] まさかネット出来る知能が有ったとは。それはそれとしてコテハンからしてお馬鹿臭がw
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