閑話「父と娘」4
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「ハァ……ハァ……」
使用人に支えられながらダディーエが食堂へと戻ってくる。
ダメージは深刻だった。胸には穴が空き、両腕は捥げてしまっている。
椅子に座ったダディーエに、使用人たちが手早く応急処置を施し始めた。
腕の断面を繋ぎ合わせ、胸の穴もろとも修復ナノマシンスプレーが吹きかけられていく。
カニ江が聖クーテン病院で使ったものに優るとも劣らない品質のそれが、直ちにダディーエの傷を修復していった。
治療を受けながら、無言で椅子に座っているダディーエの目に涙が浮かび始める。
そして絞り出すように言った。
「ニィーエ……お前という奴は……お前という奴は……!」
「……」
食堂の中、カニ江はダディーエから離れた位置で所在無げに立っている。
決闘とは言え、胸に穴を開けられ両腕を粉砕されてしまった父親が、娘に対し続けた。
「いつの間にそんなに強くなったんだパパは嬉しいぞおおぉぉぉぉ~~~!!」
「もぉ~パパまで私の事を子供扱いして! もう自立した大人なんだからね!」
ヲイヲイと嬉し泣きを始めるダディーエ。
そんなダディーエに褒められ、内心とても嬉しいものの照れくさいので視線を外しながら答えるカニ江。
自立した大人は実家のお金を使い込む事などしないが、それを指摘する人(?)はこの場に居ない。
同時に『今しかない!』と感じたカニ江が父へと切り出した。
「それに言ったでしょ?
私の怪我、婚闘で受けたの。つまり私は……サトゥー君に負けちゃったの!」
「パパは嬉しい! パパはうれ……何だと!?」
ダディーエが驚愕し、カニ江へと聞き返す。
その反応にある種の高揚感すら感じながら、カニ江が続けた。
「サトゥー君はね……私を投げ飛ばしちゃったのよ!?」
「何ィィィ!!? それは本当か!?」
ダディーエはカニ江にパワーで押し負けた。
そのカニ江を投げ飛ばしたという事は……戦士サトゥーは『ダディーエ以上のパワー』を持っている事になる。
「それだけじゃないわ!
サトゥー君はね……私の首を一撃で蹴り砕いちゃったの!!」
「何だとォォォォ!!? そ……そんな事が!!?」
ダディーエ渾身の飛び後ろ回し蹴りは、カニ江の防御力を貫く事が出来なかった。
だがサトゥーはそれを成したという。
ダディーエよりカニ江の方が強く、カニ江よりサトゥーの方が強い。
つまりサトゥーは中級戦士なのに、特級戦士のダディーエよりも強いという事になる。
「せ、戦士サトゥーは……それ程までの剛の者だと言うのか……!?」
「そう、サトゥー君はとっても強いんだから! そうじゃなきゃ私だって婚闘なんてやってないわ!」
「むむむむ……」
特級戦士ダディーエは良くも悪くもパワー至上主義者であり、また単純に『デカければ強い』のが当たり前だと考えている。
そんな彼が、娘の話を聞いて想像する“強者”サトゥーはつまり――
◇
――パパ、紹介するわね!――
ダディーエが待っている応接間に、カニ江が入って来る。
その日はカニ江が結婚相手を連れて帰って来る日だった。
カニ江に促され、ダディーエにとって義理の息子となる戦士が応接間へと入って来る。
現れたのは――
――ドーモ、お義父サン。サトゥーデス――
「き、君がサトゥー君かぁ! ……巨大い!!」
でかぁぁい!! 説明不要!!
シフード氏族の中でも上から数えたほうが早いダディーエよりも、戦士サトゥーはさらにデカい!!
そしてデカいという事は――
「……強い!!」
思わずそう呟いてしまったダディーエに、戦士サトゥーが自信満々で応えた。
――ハイ、お義父サン。オレはツヨイデス――
「おっほーーーー!! ……ん、いや待てよ?」
ダディーエは想像する。
自分よりも強い娘、そして娘よりも強いサトゥー。
もし二人に子供が出来たら……
◇
――お義父サン、紹介シマス。息子デス――
ダディーエが待っている応接間に、娘夫婦が入って来る。
その日は娘夫婦が子供を連れて帰って来る日だった。
サトゥーに促され、ダディーエの初孫となる戦士が応接間へと入って来……ようとして、ドアの入り口で閊える。
ヤウーシュでも楽々通れる巨大なドアなのに、デカすぎて顔がドアの上の部分に隠れてしまっている!
ヌッっと屈むようにして、応接間の中に“孫”が入って来た。
そしてまっすぐ立つ。ゴツンと天井に頭がブツかっていた。
己の肉体美を誇示するかのように、『モストマスキュラー』をしながら“孫”が自己紹介した。
――ドーモ、お爺チャン。マゴデス――
「お……おほーーーーーー!」
その堂々たる雄姿を前に思わず叫ぶダディーエ。
腕が、脚が、腰が、首が……全てが太い!
そして巨大い……圧倒的に巨大い!! そして巨大いという事は――
「……超強い!!」
思わずそう呟いてしまったダディーエ。
『サイドチェスト』に移行しながら孫が答える。
――ハイ、お爺チャン。ボクは超ツヨイデス――
「まごーーーーー!! ……ん、いや待てよ?」
その場で振り返って『バックラットスプレッド』をしている孫の立派な背中を眺めながら、ダディーエは考えた。
孫は巨大い。今まで見た誰よりも。
それは当然、現『ヤウーシュ種族長』であるタスマよりも巨大という事になる。
という事はつまり……。
「孫は種族長よりも強い……ってコトぉ!?」
ダディーエの家系では過去に『氏族長』を輩出した事はある。
しかし『種族長』にまで上り詰めた者は未だかつて居なかった。
だが……この立派な……この立派な孫ならば……!!
孫がポーズを『フロントダブルバイセップス』に移行させながら、自信満々に宣言してみせる。
――ボクハ種族長ニナリマス……お爺チャンノ為ニ!――
「まごーーーーーーー!!」
感極まるダディーエ。
思わず飛び上がると孫に駆け寄り、孫コールをしながら周りを回り出した。
「まーご! まーご! まーご!」
その後をサトゥーとカニ江も『まーご! まーご!』と叫びながら続く。
孫を中心に3人がぐるぐると回る姿は、宛ら邪神像の周りで踊り狂っている邪教徒めいていた。
満面の笑みのダディーエが、腕を振り上げながら高らかに叫ぶ。
「まごーーーーー!!」
◇
「――ぁごーーー!!」
「……顎?」
未来の時間軸を彷徨っていたダディーエの意識が現実へと帰還した。
壁に穴の開いた食堂。
そこで治療を受けている自分。
そして突然叫んだ自分を怪訝そうに見ている周囲。
居ても立っても居られず、ダディーエはカニ江へと声を掛けていた。
「ニィーエ、許してくれ! パパが間違っていた!」
「えっ!?」
「「「!?」」」
驚愕するカニ江と使用人たち。
ヤウーシュには負けず嫌いが多く、なかなか己の非を認めない事が多い。
にも関わらず突然、娘へと謝罪した父。一体何事かと視線が集まる中、ダディーエがさらに続ける。
「サトゥー君との結婚、パパも賛成しよう!
いや違う、結婚するならサトゥー君がいい!
いや、サトゥー君しかいない! いや、サトゥー君とするべきだ! と言うかサトゥー君しか有り得ないィィィ!!」
突然の翻意。
一瞬面食らったカニ江だったが、すぐに再起動する。
「も、勿論よー! もう対策だって考えてあるの! 次こそは絶対勝ってみせるわ!」
「その意気だ! パパも全力で応援するからなぁぁぁ!!!」
そう意気込んでいるカニ江の顔は笑顔だった。
カニ江はダディーエの事を嫌っていた訳では無い。
むしろ父親の事は大好きで、戦士として尊敬すらしている。
だからこそ『自分を認めてくれない』事が不満で、故に衝突していたに過ぎなかった。
だが今回の決闘を通じて、そんなダディーエが自分の事を、何より『サトゥーの戦士としての優秀さ』を受け入れてくれた。
それがカニ江にとっては何よりも嬉しい事だった。
「――どうやら話はまとまったようですな」
と、そこへクィーバラが戻って来た。
ガラガラと押しているキッチンワゴンの上には、三皿目の料理が乗せられている。
何やら元気にガリガリと、中の料理が丸蓋を内側から引っかいていた。
「おぉクィーバラ殿。これはお恥ずかしいところを……」
「失礼、盗み聞きするつもりはなかったのだが……外で聞こえてしまいましてな。
ニィーエちゃんもいよいよ結婚か……。ならばこの席はさしずめ前祝い。
このクィーバラ、秘蔵の特性お注射を使った至高の料理にて寿がせていただきましょう」
「秘蔵のお注射!? 嬉しい! おじ様ありがとう!」
「娘の為に……クィーバラ殿、かたじけ――」
ダディーエが礼を述べようとした時、『ぐごごご!』とその腹の虫が大きな音を立てた。
ナノマシンによる急速治療は肉体を修復するが、その際に体内の養分を使い果たしてしまうという副作用がある。
治療したばかりのダディーエは今、まさに空腹状態だった。
「ぬぅ、腹の虫め……至高と聞いて辛抱堪らんかったと見える」
「もぉ~パパったら~!!」
「ふふふ……これは料理人冥利に尽きるというもの。全身全霊を賭して寿がせていただこう!」
「何の、全力でお相手させていただく!」
「もう! 私へのお祝いなのよ!?」
「おぉそうだったそうだった! いやーすまんワッハッハ!」
「もう! うふふふふ!」
「はっはっはっは!」
笑顔が溢れる食堂。
その様子を壁際からにこやかに眺めている使用人たちの中に、ひとりだけ涙を流している者が居た。
隣の使用人が声を掛ける。
「……良かったですね、トゥジーさん」
「あぁ……! 良かった……! 本当に良かった……!!」
泣いている使用人――トゥジーは取り出したハンカチで目頭を拭いながら、感慨深げにそう呟く。
己の雇用主とその娘の確執を、彼はずっと心配し続けてきた。
しかしその問題は今、目の前にで急速に氷解しつつある。
それもこれも、たったひとりの戦士のお陰だった。
「後はサトゥー様をお迎えすれば……ダディーエ家は安泰だ!」
「そうですね、お嬢様の実力なら結婚なんてすぐですよ!」
「あぁ……! 我々使用人一同、全力でお嬢様をお支えせねば……!!」
「はい!」
ダディーエ家の救世主、その名はサトゥー。
本人(?)の与り知らぬところで、彼にとっての脅威は増幅しつつあった。
◇
「ダァァァァァァ!!?」
「わっ!?」
ヤウーシュ母星から距離にして約数百万光年彼方。
スターゲイト019を旅立ち、交易ステーションを目指してワープ航法中のサトゥーの宇宙船、その操縦室にいるサトゥーが突然奇声を発した。
隣でビックリしてしまったサメちゃんがサトゥーへと尋ねる。
「きゅ、急にどうしたんですか!? サトゥーさん」
「あ、いや……何か突然、嫌な予感がして……」
「嫌な予感?」
「何かこう……恐ろしいもの同士が繋がり合って巨大化したような……具体的に言うと母星に帰った途端、ハチャメチャが押し寄せて来るような感じの……」
「何か凄い具体的ですね……気のせいですよ!」
何の話か全く分からなかったので、サメちゃんはとりあえず励ましておく事にした。
「気のせいかな……?」
「そうです! 気のせいです!」
「そうだね、気のせいだね!」
「はい! 気のせいなんです!」
「ヤッター! 気のせいだ! わーい!」
「気のせいです! ふふふ!」
サトゥーは無邪気に喜んだ。
「わーいわーい! キノセイダー!!」
気のせいかな……?




