閑話「父と娘」3
退院しました
2週分更新するゾー!
シフード氏族評議会の一員、特級戦士ダディーエ。
『剛腕』の二つ名を持っている彼について、ひとつだけ確かな事がある。
それは彼が『娘を愛して』いるという事。
彼が戦うのも、彼が任務を果たすのも、全ては愛する娘カニィーエの為。
そしてそんな彼が、だからこそ許せない事があった。
ダディーエは娘に向かって叫ぶ。
「中級戦士との結婚など許さん!」
娘の結婚相手には特級戦士が望ましい。
それがダメなら最低でも上級戦士。中級など論外だった。
「そんな男とは別れなさい!
お前にはパパがちゃんとした相手を連れて来てあげるから!」
それは間違いなく、父親としてカニ江を思っての発言だった。
だが……それが逆にカニ江の逆鱗に触れた!
――刹那、異音。
食堂に響いたそれは、パキャンという聞きなれない音だった。
音の発生源はカニ江の胸元。
カニ江が脇を広げ、両掌を胸元で重ね合わせる様にしている。
サトゥーが見れば『合掌』の様だと言うだろう。
そしてその『合掌』からは、白煙がシュウシュウと立ち上っていた。
徐にカニ江が呟く。
「……ないで」
「何だと?!」
威圧的にダディーエが聞き返す。
カニ江が『合掌』を解いた。
カランと音を立てて掌の間から転がり落ちたのは、圧縮された金属製のお煎餅。
先ほどまでフォーク代わりに使用していた食事用の槍、その成れの果てだった。
「こんな時だけ父親ヅラしないで……」
「な、何!!?」
「いつも家に居ないくせに……私の事に興味なんか無いくせに!
こういう時だけ父親ごっこするのなんか止めてよ!!」
「な……!!?」
「お、お嬢様……! だ、旦那様……!」
檻の外でアタフタする使用人たち。
そして娘からの言葉に、思わず絶句してしまったダディーエ。
正直、耳の痛い話ではあった。
彼が普段家に居ないのは事実だし、娘の面倒を使用人たちへ丸投げしていたのもまた事実。
カニ江の母『カニス』は産後の肥立ちが悪く、カニ江を生んで間もなくこの世を去っている。
面倒見の良い使用人に囲まれているとは言え、母の愛も知らぬ幼い我が子が『寂しい』『行かないで』と懇願するのを、断腸の思いで何度無視して任務へ赴いた事か。
だがそれも全ては我が子の為であり、雇っている使用人たちの生活の為。
ダディーエ家の当主が稼がずして、誰が彼らの面倒を見ると言うのか。
何故ならば。
ダディーエは『家族』を愛しているから。
「お……お前という奴はァァーーー!!!!」
それを『興味が無い』と言うのか。
『父親ごっこ』だ等と言ったのか。
「Gruuuaaaahhhhhhh!!!」
気付けばダディーエは立ち上がり、そして吼えていた。
腰を落とし、やや前傾で、両腕を大きく開きながらの伝統的な咆哮スタイル。
『決闘』の合図だった。
「Ghooooooaaaaahhhh!!!」
カニ江も即座に返吼する。
そしてここに『決闘』は成立した。
『親子喧嘩』である。
「「「あわわわわ……!!」」」
使用人たちが一斉に檻を分解し、親子を隔てていた長テーブルを横へと退けるとスペースを確保していく。
ダディーエ家のNo1とNo2の怪獣大決戦である。
使用人たちに止める術は無かった。むしろ介入すると余波で死ぬ危険すらある。
「Gruuuaaaaahhhhhh!!」
先手を取ったのはダディーエ。
咆哮しながらカニ江へと突撃を仕掛けた。
◇
(カニス……!)
ダディーエは娘に突進しながら、今は亡き妻の名を心の中で呼ぶ。
そして同時に決意を新たにした。
(戦士の園から見ていてくれ!
私たちの子供は……私が立派に育てて見せる!!)
ダディーエは父親――カニ江にとっての祖父――である『ディディーエ』から戦い方を教わった。
それは敵を倒す技術であるとか、宇宙空間での戦闘方法だとか、監視の目を掻い潜って潜入する為の技など多岐に渡る。
しかし残念ながらディディーエが教えてくれたものの中に……『娘との付き合い方』までは含まれていなかった。
だからダディーエは知らない……こんな時、娘にどう接すれば良いのかを!
(こういう時は……娘を殴り飛ばすのだ!!
ニィーエが不安になっているのは、私の強さに不安を持っているから!
だから安心させる! 圧倒的な強さによる勝利で、“強い父親像”を再び確立して娘を安心させるのだ!
そしたら仲直り出来る……!!)
ダディーエには子育てが分からぬ。
ダディーエはシフードの特級戦士である。
敵を殴り、スペース犯罪者を粉砕して暮らしてきた。
けれども娘に対しては人一倍の愛を持っている。
だから殴る。
それがヤウーシュの愛であるが故に。
至近距離――
「ふんぬぁ!」
「むん!」
――お互いが万歳めいて頭上に掲げた両手をハイタッチするかの様に叩きつけ合い、握り込み合う。
そのままパワー比べが始まった。
両者の身長はダディーエの方がやや高く、上を取れる分だけダディーエが有利。
(このまま圧し潰してくれる!! ぬおおおおおお!!)
ダディーエは己が『全盛期を過ぎている』事を自覚している。
だが未だ娘に負けるつもりは無いし、何なら手加減をしようとすら思っていた。
しかし竜はグ ㇷ゚ジヮを狩るにも全力を尽くすと言う。
ひとまずダディーエは全力で娘を潰しに掛かり、そして――
(おおおおおぉぉぉ……お?)
――気づいた。
押せない。
押す事が出来ない!
(ば、バカな!?
この私がパワー負けだと!? そんな事は有り得ん……有り得んぞぉぉぉーー!!)
ダディーエは全力で拳を握り込み、カニ江を押し潰すべく全体重を掛けていく。
そして……ピクリとも押し込む事が出来なかった。
その様を間近で見ていたカニ江が不意に、そして不敵に微笑む。
「それで……終わり……かしら……!?」
「何……!?」
そう告げる、カニ江の声は震えていた。
『剛腕』の二つ名を持つダディーエ、そのパワーを正面から受け止めているカニ江に、事実としてそこまでの余裕がある訳では無い。
だが受け止めていた。
受け止める事が可能だった。
かつては不可能だった、偉大で、そして圧倒的だった父の膂力を、その『剛腕』を今、カニ江は確かに受け止める事が出来ていた。
「なら……こっちから……行くわよォォォ!?」
「ぬおおォォォォ!!??」
ゆっくりとカニ江が押し返し始める。
ダディーエは渾身の力で抗った。
だが対抗出来ない!
「バカなぁぁぁぁ!!??」
ゆっくりと押し込まれ始める。
ダディーエの姿勢が後ろに崩れ始めた。
負けている。このままでは負けてしまう。
(カニス! 私に力を貸してくれェェーー!)
負ける訳にはいかない。
妻の為にも、娘の為にも。あと我が子と仲直りしたい自分の為にも。
ぴたりと後退が止まる。
偉大☆父パワーを発揮したダディーエは、何とか拮抗状態へと持ち直してみせた。
しかしそこで、往年の堅牢さを失いつつあるダディーエの外殻が限界を迎えてしまう。
ダディーエの両手首、両肘、両肩。
強度で劣る関節部分が一斉に異音を奏でた。
無数の亀裂が入り、高まっていた内圧によって蛍光色の体液が『ぶしゃー!』と噴水の様に吹きだす。
「ぐわぁぁぁぁ!!?」
「終わりよぉぉぉ!!」
ダディーエ、両腕大破。
関節という関節を逆方向に折り畳まれながら、カニ江に上方向から押し込まれて片膝をついてしまう。
両者の視線が交錯した。
見下ろしているカニ江と、それを見上げている父親。
どちらのパワーが上か……たった今証明されたのだ。
「ハァ……ハァ……それで? 降参かしら……?」
「……何を言っているのだ……ニィーエよ」
「えっ」
まだお互いに、お互いの手の平――ダディーエのそれは潰されてしまっているが――を握り込み合っている。
その状態でダディーエは、カニ江による抑え込みを無視しながらゆっくりと立ち上がり始めた。
既にズタボロ状態の両腕が捩じれる事で、さらに破壊されていく。
「何をして――」
「決闘に……“降参”は無いのだァァーーー!!」
「――なっ!?」
刹那、ダディーエが跳んだ。
ダディーエは今、自分の両手を掴まれる事でカニ江に拘束されている。
だから脱出した。
体を回転させながら跳躍し、自分の両腕を引き千切る事で、カニ江の束縛から逃れる為に。
そして自らブっこ抜いた両肩から体液を吹きだしながら――
「チェオリャァァァァ!!!」
放ったのは、飛び後ろ回し蹴り。
熟練の戦士による狙いすましたその一撃は、すくい上げる軌道で過たずカニ江の顔面を捉える。
――轟音。
生体鉱物形成作用による堅牢な外殻同士の激突。
大量の火花が飛び散り、白煙が立ち込める。
(――殺ったァ!!)
手応え、いや足応え有り。
並みの戦士ならば首から上が無くなっているだろう強烈な一撃。
想像を超えて逞しく成長していた娘ではあれど、これを受けて無事では済まないだろう。
そして煙が晴れ、姿を現したカニ江は――
「ケホケホッ、もうやだ咽ちゃう」
「何ィィィィィーーー!?」
――無傷♡
思わずダディーエは自分の右足を見る。
足首が割れていた。
感じた足応えは……自分のダメージだった!
「じゃあ次は私の番ね……?」
「ぬっ!?」
カニ江が握ったままだった『父の両腕』を床に置くと、攻撃動作に入る。
拳を握りしめ、ダディーエに背を晒すほど体を捻り、右ストレートの態勢へ。
それを見たダディーエ、足首の割れた右足を天高く掲げると、そのまま床へと叩きつける。
そして脚を広げ、腰を落とし、胸を突き出しながら叫んだ。
「来いやァァァ!!!」
「流石はパパ♡……行゛く゛わ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛!゛」
「き――」
カニ江の全力全壊右ストレート、ダディーエの胸に着弾。
最大強度を誇る胸板が粉砕され、娘からの熱烈な運動エネルギーを受け取ったダディーエは後ろへ水平に吹き飛んだ。
「――が゛ぬ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛!゛」
「「「だ、旦那様ー!!」」」
食堂の壁に穴を開け、そのまま屋外に飛び出すと地面の上を滑走していく。
使用人たちは壁の穴を通ると慌ててダディーエを追いかけていった。
【戦士の園】
勇敢に戦ったヤウーシュの戦士が死後に招かれるとされる場所。
地球人が考える『天国』『極楽』『死後の楽園』に相当する。
空は雷雲で覆われ、酸性雨が降り注ぎ、何か落ちてきたかと思えば火山弾で、川かと思えば重金属が流れている風光明媚(※ヤウーシュ基準)なところらしい。
その地では先に招かれている『歴代の勇者たち』が終わらぬ闘争を繰り広げており、死後の世界であるが故に死ぬ事もなく、その輪に加わって存分に自らの腕を試す事が出来る。




