第42話「別の物語」
誤字報告ありがとうございます
「ふー、酷い目にあったんゴ」
≪……≫
タオルで頭の棘をゴシゴシと拭きながら、サトゥーが宇宙船の操縦席に入って来る。
『虹』と共に自由落下してきたマサコを無事にキャッチしたサトゥーだったが、勿論全身がレインボー。
必然的に“無料ヤウーシュ! 格納庫で鳥さんフェスティバル!”はお開きの流れになった。
宇宙船備え付けのシャワールームへと駆け込んだ――サメちゃんに距離を取られながら――サトゥーは、同時に『放熱』も済ませて、全身をサッパリと洗い流す。
そして今、経口補水液パックをストローでチュウチュウしながら、操縦室の右席に座ったところだった。
「ぷはぁ。あ~生き返る~」
≪……≫
操縦席である左席にはサメちゃんが座っており、宇宙船は生体電装制御によって離陸しようとしている最中だった。
キャノピーから船外を見て見れば――
≪≪≪また来てね~!!≫≫≫
――赤目の少女たちが遠巻きに、警備部、整備班の区別なく見送りで手を振ってくれている。
サトゥーもそれに手を振って応えた。
やがて宇宙船は加速し、格納庫から宇宙空間へと飛び出していく。
スターゲイトを利用する際、宇宙船はドーナツ型である同施設の“リングの中”を通る必要がある。
既定の進入コースへと入る為、サメちゃんが宇宙船を操っていく。
その間、右席にいるサトゥーにはやる事がない。
「……」
≪……≫
会話無し。
操縦室には気まずい沈黙が漂っている。
「げ、ゲート長は大丈夫だったのかなぁ?」
≪さぁ?≫
「……」
≪……≫
禁断の奥義『マサコ・リバース』を放ってしまったマサコはあの後、担架で医務室へと運ばれて行った。
最後まで『サ、サトゥー様オハナシヲ……』と呟いていたが、残念ながらシャワールームを目指すのに忙しかったサトゥーには届いていない。
「……」
≪……≫
キャノピーからは、宇宙船の移動によりゆっくりと回転している様に見えるスターゲイト019が見て取れる。
それを眺めながらサトゥー、沈黙に耐えきれずサメちゃんへと声を掛けた。
「……もしかして怒ってる?」
≪別に……怒ってませんけど!?≫
(これ怒ってるやーつー!!)
別に怒ってない(怒ってる)。
対応を間違える訳にはいかない!
サトゥーは慎重に言葉を選びながら続けた。
「ま、待たせちゃってゴメンよ~」
≪別にそれはいいんですけど!!
ただサトゥーさん女の子に囲まれて!? とっても嬉しそうでしたね!?≫
(なるほどサメちゃん……そういう事か)
サメの心と秋の空。
恋の名探偵サトゥー、解けるか恋の迷宮。
(サメちゃんも……『たかいたかい』して欲しかったのか!!)
事件は迷宮入りした。
(もぉ~、中身はまだまだ子供なんだから~!
でもそれを言うと淑女が怒る事くらいワイも知ってるで!
年下の子は年上の様に! 年上の女性は年下の様に、ってやつやー! ワイにまかしときー!)
サトゥーのシャルカーズに対する印象は、前世の記憶がある故にどうしても『子供』に対するそれとなっていた。
サメちゃんに対しても、また然り。
≪北洋の子たちに囲まれて!! 楽しかったですか!!?≫
「あぁ~、楽しかった、か~」
感想についてどちらかと言えば、全然『楽しく』なかった。
ただツラかった。キツかった。
しかしながら――
「――むしろ、懐かしかった……かなぁ?」
≪懐かしかった……ですか?≫
「あぁ、うん。親戚の子によくやってあげていたなぁ、って……」
サトゥーが『たかいたかい』で思い出すのは――
――おじさん彼女できた?――
――ぐはぁ!――
無邪気な精神的ボディーブローでサトゥーの胃を苦しめて来る系女子である、親戚の小学生の事。
(レナちゃん元気かなぁ)
≪親戚の子ですか……。
最近会ってないんですか? 最後に会ったのは?≫
「……どうだったかな」
サトゥーはこれから地球へと向かう。
しかしレナちゃんと、それどころか両親や親戚、それ以前に『ニッポン』が存在しているかすら分からない。
遥か過去の時間軸かも知れず、遥か未来かも知れず、そもそも別世界かも知れない。
『会える』と期待して望みが断たれるよりは、最初から『会えない』と覚悟して向かった方が、心の傷は少なくて済む。
サトゥーは自分に言い聞かせるように答えた。
「たぶん……いや、もう会えないんだと思う」
≪あ……≫
サトゥーが答えたのは確かに『親戚の子』についてだったが、あくまで前世の話。
そして当然サメちゃんは今生――という表現もおかしいが――の話だと思っている。
シャルカーズからの先進的な技術の提供により、ヤウーシュ社会は死のリスクからかなり解放されている。
しかし解明されていない『種族特有の難病』は未だ多く、他にも突発的な事故による死など、事例がない訳ではない。
サトゥーの親戚には『幼いヤウーシュの子』が居たが、そういった事例のひとりになってしまった。或いはなっている。
先ほどまでの鳥さんでサトゥーが思い出していたのは、その子の事だった。
――そう、サメちゃんは受け取っていた。
そうだけどそうじゃない。
部分的にそう。
≪あの、私……ごめんなさい≫
「ん? あぁ、いや別にいいんだよ! 気にしてないから!!」
≪ごめんなさい……≫
思わずしんみりしてしまった操縦室。
サトゥーは空気を変えようとテンションを上げながら話しかけた。
「そ、そういえば次の航路なんだけど!!」
≪え、あ、はい≫
「ここのアルタコ線に合流しようと思ってて」
≪アルタコ線……ですか?≫
サトゥーはキャノピー上に『宇宙地図』を表示させ、移動経路の一つを点滅表示させる。
地球への最短経路はこのままスターゲイト019からのハイパーレーン移動だが、そこから少し逸れてアルタコ線に合流するコースだった。
≪アルタコのスターゲイトだと、シャルカーズ製のバリア発生装置は置いてないと思いますけど……≫
「そこは御心配なく。
この宙域はガショメズ線との合流地点だから、交易ステーションが結構あって、そこで船体パーツの買い物も出来るってワケ」
安全快適に超長距離を移動出来るアルタコ線を『新幹線』に例えるなら、ガショメズ線は『路線バス』のような立ち位置になっている。
つまり目的地が遠方の銀河だった場合、まずはアルタコ線でその銀河まで向かい、あと細かい宙域へはガショメズ線を使用する。
……というのがガショメズ側の謳う『効率的な』利用方法だったが、これはガショメズがアルタコ線の近くに勝手にハイパーレーンを設置してアルタコ線の輸送力へ便乗しているに過ぎない。
一方でアルタコは、その技術力を以ってすれば宇宙のどこであろうとハイパーレーンを敷けてしまうものの、そうするとシャルカーズやガショメズの活躍する余地が無くなる為、敢えて隣人の為にガショメズの振る舞いを許している、という側面があった。
お優しい智の巨人である。
≪なるほどー。あれ? でもその宙域にシャルカーズの交易ステーションなんて有りましたっけ?≫
「ガ……ガショメズゥ……の、交易ステーショォーン……」
≪大丈夫ですか? それ……≫
「し、質はともかく品揃えは豊富だから……」
震えた声で答えるサトゥーに、怪訝そうな様子のサメちゃんが尋ねる。
≪確かにガショメズの交易ステーションならシャルカーズ製の部品でも扱ってそうですけど……何か不良品ばっか売ってそう……≫
「そ、そこはほら……サメちゃん大先生に見極めていただくという事でひとつ……」
≪も……≫
「も?」
尾が邪魔になるので、操縦席に浅く座っているサメちゃん。
その背中と背もたれの間の空間で、サメちゃんの尾が左右にプンプンと振れだした。
≪も~~~!!! しょうがないですね~~~!!≫
(やったぜ)
『困ったなぁ』という表情をしつつも嬉しそうなサメちゃんが、目から出す電弧の量を増やす。
ちょうど宇宙船が、スターゲイト019のリングへの進入コースに入ったところだった。
≪それじゃあ目的地、その交易ステーション近くに設定します!≫
「よろしゅう頼んます」
スターゲイト側とデータリンクを行って航路を設定し、宇宙船を加速させながらリングの中へと突入していく。
やがてキャノピーから見える視界が、大量の『白く輝く光の泡』によって塞がれ始めた。
≪時空キャビテーション発生……スーパーキャビテーション状態へ移行します≫
「あいあい」
大量の『時空の泡』に包まれたサトゥーの宇宙船が、通常空間との連続性を失って進行方向へ『空間ドリフト』を開始する。
ただし今回は前回のワープと異なり、スターゲイト019から超大量の『時空の泡』が追加で“添付”されている為、移動距離が宇宙船単独のワープに比べて3万倍も延伸される『ハイパー空間ドリフト』になっていた。
≪ 『オレコレスキー場』形成されました……強度3万倍を確認、ハイパー空間ドリフト開始します!≫
「イエス、マム!」
その場に光の尾だけを残し、サトゥーの宇宙船は通常空間から消失するとワープ航法を開始した。
◇
医務室へと運び込まれたゲート長、マサコ。
彼女がその後どうなったのかについて、少し記す。
再交渉の間もなく戦士サトゥーが旅立ってしまった事を聞いた彼女が最初にした仕事は、停止していた各部門予算の再開だったと言う。
その後しばらくは塞ぎ込みがちになり、執務室に籠る事が多くなったようだ。
『ヤウーシュ』『シフード』という単語を聞くと何故か酷く怯えた為、警備部長が冗談で『あ、シフードだ!』と叫んだ事があったが白目を剥いて気絶してしまい、このイタズラの2回目が行われる事は無かった。
その後は時間経過により、少しづつ調子を取り戻していく。
そして遂に『NGC-1612事件』発生の日を迎えた。
銀河同盟崩壊の危機とまで言われた同事件において、解決を主導した『銀河の守護者』マスター“カラーテ”サトゥーが、あの日自分を鳥さんした『シフード氏族の戦士サトゥー』である事を知った彼女は――
――おほほほ! わたくし、あの『銀河の守護者』マスター“カラーテ”サトゥー様に鳥さんしていただいた事ありますのよ! しかも4回!!――
――と、全方位ロビー活動を開始する。
その成果かは不明だがゲート長から区間長、さらに悲願のレーン長への昇進を果たした。
しかし野望はそこで留まらず、レーン長を足掛かりに次は政界へと進出していく事となるが……それはまた別の物語である。
銀河の守護者……一体何者なんだ……




