第4話「問題は別にあった」
「こちらヤウーシュ族、シフード氏族の戦士サトゥーです。
救助要請を出したアルタコ民間船乗組員の方、応答願います」
惑星チッチチチッチッチチッチに到着したサトゥーの宇宙船。
砂嵐に覆われるオレンジ色の惑星を眼下に、衛星軌道を漂いながら通信を試みる。
《…………》
「くそ、応答なしか。
機能が生きてる不時着船の中で篭城してくれてれば、一番話は簡単だったんだが……そうもいかないな」
次いでサトゥーは宇宙船の機能を使用し、惑星表面にスキャンを掛けていく。
ESS粒子を使用する特殊な装置で地表を走査し、砂漠を思わせる広大な面積の中から目的のものを検出した。
「あった……緯度24.2867、経度153.9807に宇宙船の反応を確認。
動力反応なし。形状の一致を確認。これだな」
サトゥーは宇宙船を降下させていく。
惑星チッチチチッチッチチッチの大気圏に突入し、成層圏を抜け、対流圏に差し掛かったあたりで砂嵐の影響下に入った。
吹き荒れる砂嵐で操縦席から望める視界がオレンジ色に染まっていく。
さらに高度が下がるにつれて恒星からの光が届かなくなり、やがて深海を思わせる暗黒の世界へと変貌していく。
時折り稲光が暗雲を引き裂き、世界を一瞬だけ紫色に照らした。
「……凄い天気だな」
外部マイクが届ける絶え間ない突風と雷鳴の音を聞きながら、サトゥーはひとりごちる。
やがて宇宙船が海の底、ではなく惑星の表面へと到達した。
「はぁー…………行くかぁ」
クソでかい溜息をつきながら、サトゥーは操縦席から船内後部へと移動する。
パネルを操作し、後部ハッチを開放。
防御フィールドが起動して船内の気圧を保持し、同時に外部から砂の侵入を阻害した。
「マスクよし」
金属質な民族的デザインのフルフェイスマスクを装着する。
これはヤウーシュにとっての正装であり、また必要な情報を視界に投影する戦術バイザーでもある。
「ベルトよし」
各種ガジェットが装着されたベルトも装着する。
サトゥーが今身に付けているのはこのベルトと、身嗜みとしての腰布、そして簡単な胸当てのみ。
外骨格生物であるヤウーシュにとって、着衣の習慣は希薄だった。
「スピアよし、リストブレイドよし」
両端が伸びる伸縮式の槍をベルトに提げ、右前腕の籠手に格納された鉤爪の展開ギミックを再確認する。
白兵戦大好き種族の基本装備だった。
「プラズマキャノンよし、レーザーサイトよし」
左肩には展開式のプラズマキャノンを装着し、マスクから照射される照準用レーザーサイトを動作確認。
連動しているこれらは、ロックオンも出来る優れもの。
「ガントレットよし、全部よし」
左前腕にはガントレット型のウェアラブルコンピューターを装着しており、宇宙船と通信リンクさせる事で大体の機能を使用出来る。
「……では出発」
後部ハッチを降りて、防御フィールドを通りぬける。
そして惑星チッチチチッチッチチッチの大地へと降り立った。
暗闇で視界はゼロ。
時折り上空の稲光で一瞬だけ世界が照らされるが、砂嵐で見通せるのは精々数m先まで。
何より大量の砂が、300km/hを超える突風に乗って全身に叩きつけられる。
そして水深900メートルに相当する90気圧の大気は、気温約460℃。
「地獄かここは」
まさしく地獄のような環境だが、ベルトに装着しているデバイスの機能により対環境バリアが形成され、呼吸の補助も含め身を守る事が出来ている。
ただし、あくまで身を守れるのは環境からのみであり、例えば原生生物等からの攻撃には対応していない。
急激な圧迫や切創等は遮断するものの、逆に言えば丸呑みや連れ去りに対しては無力だった。
あくまで自分の能力で脅威を排除しなければならない。
武装していないアルタコにはそれが困難であり、これが救助が必要な要因だった。
視界ゼロの為、サトゥーは周囲の地形にスキャンをかける。
スキャン結果は可視化され、拡張現実としてマスク越しの視界に投影された。
その映像を頼りに歩みを進めていく。
歩き続けるサトゥーの前に、目的のものが現れた。
「不時着したアルタコの宇宙船か」
その外見を前世的に例えれば、昭和に発売されていそうなレトロフューチャーな宇宙船だった。
動力は落ちており、サトゥー側からの通信に反応が無い。
「……後部ハッチが開いてるな」
開きっぱなしの後部ハッチへと近づく。
防御フィールドは消失しており、船内には大量の砂が入り込んでいた。
サトゥーは身を屈めて船内へと入っていく。
「せ、せまい」
船内は体高1m程度しかないアルタコ基準の為、酷く窮屈だった。
何とかハッチを潜り抜け、ロビーであろう空間に出る。
照明は落ちており、物が散乱していた。
そしてアルタコの姿は無い。
「だ、れ、か、い、ま、せ、ん、か」
《チッチ チチ チッチッチッ チチッチチ チチッ チッチチチッ チチッチッチッチ チチッチチッチ チチッチチ》
翻訳アプリを起動し、拡声機能を使ってアルタコ語で呼びかけてみる。
「…………」
返答なし。
念の為にスキャンをかけるが、やはり船内にアルタコと思しき反応は無かった。
「これは調べないとダメか」
サトゥーは左腕のデバイスを操作し、船内を重点的にスキャンしていく。
スキャンで計測されたESS粒子をコペンパーン解釈でヒカラ・ビヤウ多様体化させ、余剰六次元からカッツ・ムーディー・ヤマー代数を得る事で、過去にこの場で何が起きたのかを明らかにしていく。
流石にガントレットだけでは荷が勝つ為、あくまで中継に専念させ、宇宙船のコンピュータで計算を行った。
尚、この解析技法についてはミンメーン出版『宇宙開拓とその基幹技術』に詳しい。
閑話休題。
やがてサトゥーの視界に、過去の光景が半透明で投影され始めた。
10時間遡った段階で、ロビー内に5名のアルタコの姿が現れる。
しかし――
《翻訳不能、翻訳不能》
《翻訳不能、チチチチッ、翻訳不能》
《翻訳不能、翻訳不能、翻訳不能、チチチィー!》
――既に彼らはパニック状態に陥っていた。
そしてロビー内を滅茶苦茶に走り回った後、全員で後部ハッチを開けると船外へと飛び出して行く。
「何でやねん! 船内にいろや!」
慌てて後を追うサトゥー。
窮屈なハッチから飛び出すと、触手を振り回しながら一列になって走っていくアルタコ達に続く。
その様子からして、一先ず彼らの対環境スーツは問題なく機能しているようだった。
アルタコにとっては全力で、サトゥーにとっては歩く早さで、砂嵐の中を移動する事しばし。
サトゥーのセンサーが地中での動体反応を検知した。
地中に拡張現実として投影されたそれは、全長10mの巨大なミミズを思わせる生物。
「チッチチチッチッチチッチリアン・デス・ワームか」
一瞬だけサトゥーの動きに反応するような素振りを見せたが、やがて停止すると、そのまま動かなくなる。
襲ってこないのであれば、手を出す必要はない。
サトゥーも無視して先に進んだ。
やがて進行方向に別の反応が現れる。
それは又しても不時着した宇宙船だった。
ただしサトゥーのそれでも、アルタコのそれでもない。
やや大きめなそれは、全長で数百m規模のサイズがあった。
外観は特徴的で、生物の内臓を無理やり寄せ集めて作ったかのような醜悪なデザイン。
サトゥーはそれについての見識があった。
「……このデザインはガショメズか。何でこんなトコに」
首を傾げるサトゥーを他所に、再現映像であるアルタコ達は船体に入っている亀裂から内部へと入っていってしまう。
サトゥーも亀裂からガショメズ船内部へと入る。
船は老朽化が進んでおり、かなりの年代物だと思われた。
再現映像を一度停止させると、サトゥーは船の内部をスキャンする。
入り組んだ内部構造が明らかになり、そしてその一箇所に複数の反応が固まっていた。
疲れたようにへたり込んでいる、5名のアルタコだった。
「いた」
サトゥーは通信機を起動して語りかける。
「こちらヤウーシュ族、シフード氏族の戦士サトゥーです。
救助要請を出したアルタコ民間船乗組員の方、応答願います」
《……!》
スキャン映像の中で、アルタコ達が一斉にワタワタし始めた。
《戦士サトゥー!? あなたは救助に来ましたか!? 私はそれを望んでいます!》
「そうです、救助として来ました。皆さん無事ですか?」
《解析不能、解析不能、私たちは無事です! ありがとう! 早めの出会いが必要です!》
「えーと、それなんですが……」
サトゥーは船内を見回す。
スキャンした結果、船の主だろうガショメズの姿は無かった。
そもそも、とっくの昔に船を捨ててこの星を去っているのだろう。
問題は別にあった。
「船内にゼノザードが居まして……私がそちらに行くので、一先ず待機していてもらえますか?」
《理解しました! 私たちはここで待機!》
「すぐに行きますので」
一旦通信を終えるサトゥー。
サトゥーの視界には、船内の端の方で寄り添い合うようにして眠りについている複数のゼノザードが映っていた。
特定星系外生物『ゼノザード』。
銀河同盟内で『特定星系外生物による惑星環境等に係る被害の防止に関する法律』によって飼育、繁殖、運搬、保管、放出、譲渡が禁じられている危険生物だった。
かつては辺境の惑星に棲んでいる原生生物の一種に過ぎなかったが、生物資源としての価値に目を付けたガショメズによってあちこちの銀河へ輸出され、運び込まれた先で脱走し、当然の権利の様に野生化。
驚異的な環境適応能力と異常なまでの繁殖能力で、在来生物を殺しまくって惑星の環境を当然の権利の様にめちゃくちゃに。
瞬く間に銀河同盟内で特定星系外生物に指定されると、発見次第殺すべしの精神で害獣扱いされ、今ではヤウーシュに『ゼノザード退治』の仕事を大量にお届けしてくれるありがたい、いや迷惑な存在だった。
サトゥーの前世的記憶で言うところのサソリとトカゲを混ぜたような、生理的嫌悪感を抱かせる異形の怪物ゼノザード。
それが船の片隅でスヤスヤと眠りについていた。
サトゥーは嘆いた。
「この船、ガショメズの密輸船じゃねーか!!!」
【敵の潜水艦を発見 粒子】
極めて特殊な素粒子の一種。
次元の膜に対し垂直方向に移動する性質があり、3次元空間内ではワープを思わせる挙動を示す。
その様が海面に現れては消える潜水艦に似ていた為、最初に観測した研究者が『敵の潜水艦を発見!』と叫んだ事が名前の由来