閑話「竜虎相搏」2
ヤウーシュ族の伝統的な家屋は、逆さにしたお椀めいた形状をしている。
砕いた植物の繊維を泥に混ぜ、それを乾燥させながら積み上げる様にして造られる。
その外見をサトゥーが見れば、モンゴル遊牧民の家『ゲル』を連想するだろう。
「む……朝か」
その内部、ベッドで寝ていたヤウーシュの男が目を覚ました。
「ふぁ……、さて起きるとしよう」
起き上がって洗面台でうがいを済ませてから、まずはお茶を入れる。
『ピギー!』と叫んでいる紫色の小さいウニめいた生物をティーポッドに入れ、沸かしたお湯を注ぐ。
『ギエピー』という断末魔を確認し、しっかり蒸らしてからティーカップへ。
ドロリと注がれる液体は粘度が高くて紫色、かつ刺激臭を漂わせている。
飲むと粘膜をやられる、これは『ギエピー茶』。
「ガツンと喉奥を焼く刺激……やはり朝はこれに限る」
そう言って朝の一杯を堪能しているのは、シフード氏族の特級戦士にして『シフード戦士団』を率いる戦士長『イツキ』。
その体つきは身長こそあるものの、シフード氏族にしてはやや痩身。
そして外殻のあちこちには”鱗”がまだらに生えていた。
痩身なのはカイセーン氏族の特徴であり、外殻の鱗はウミノサーチ氏族の特徴。
戦士イツキはやや複雑な出自を抱える混血であり、それでいて純血ではないという逆境をはね除けて戦士長へと登りつめた実力者でもある。
椅子でリラックスしながらギエピー茶を堪能しつつ、装着したガントレットを操作して朝のニュースを空中へと投影。
それを流し見しながら、イツキはこの後の予定に考えを巡らした。
「久しぶりの休日だが……何をしたものか。私も何か新しい趣味でも……む?」
その時、新着メールが来ている事に気が付いた。
すぐさま内容を確認する。
「何々、『アルカルⅢチケット当選のお知らせ』……? な、何だと……!!?」
戦闘種族ヤウーシュとは須らく強敵との死闘を欲している。
異能闘争体という存在によってその機会を提供してくれるアルカルⅢは、即ち全ヤウーシュにとって是非とも遊びに行きたい場所ではある。
しかし『途上惑星保護条約』によって守られているアルカル星系には、発行される希少なチケットを入手しなければ立ち入る事は出来ない。
せっかく抽選制のそれを手に入れたというのに――
「よ、よりにもよって何故今回当たるのだ……!!!」
――イツキには喜べない理由があった。
「明日から『氏族の親睦を深める会』の準備をしなくてはならない……! ぐぎぎ……!!」
近く銀河同盟では、五大種族が交流する為の『銀河同盟懇親会』が開催される。
ヤウーシュ内ではそれに先立ち、種族内での”氏族同士の交流”を促進する為の『氏族の親睦を深める会』が催される事になっていた。
そしてシフード氏族内では代表者的な立場であるイツキは、『氏族の親睦を深める会』に向けて準備を進めなければならない。
残念ながらアルカルⅢへと遊びに行く時間など無く、また代表としての責務から解放される頃にはチケットの有効期限は切れてしまっているだろう。
「せっかくチケットが当選したというのに……!」
がっくりと項垂れるイツキ。
だが脳裏に閃く事があった。
「いや……せめてオークションサイトで売却するとしよう。コムに変えれば無駄にはなるまい」
◇
≪アルカル星系かと思われます、お嬢様≫
大気圏上層。
衛星軌道を目指して上昇を続けているカニ江のドゥ・ラークに通信が入った。
実家の執事であるトゥジーからだった。
「サトゥー君の目的地はアルカルⅢ……という事かしら?」
≪その可能性は高いかと。
シフード氏族内の交流用SNS『しふーど☆ねっと』に、サトゥー様の動向についてと思われる書き込みを発見いたしました。
どうやら宇宙港に移動する直前まで、本拠地オフィスにてご友人と『アルカル星系進入許可証』についてご歓談されていたようです。
詳細は不明ながら、女性と思われる複数のアカウントから会話の様子が書き込まれておりました≫
「あら……チケットがない私を振り切るつもり……?」
依頼していた調査報告を聞きながら、カニ江はキャノピーの先、衛星軌道を見つめる。
加速に劣るドゥ・ラークではサトゥーの宇宙船に振り切られ、ワープ航法で一気に引き離される危険があった。
場合によっては”先回り”が必要になるかも知れない。
その為にトゥジーに情報を集めて貰ったのだが――
「……あの女、少しは私の役に立ったわね」
――怪我の功名とでも言うべきか。
衛星軌道でサトゥーの宇宙船が、エビ何たらの船から牽引光線を打ち込まれてワチャワチャやっていた。
お陰で。
「追いついたわ!」
ドゥ・ラークはサトゥーの宇宙船をその射程に収める事に成功した。
カニ江は通信機を使ってサトゥーへ呼びかける。
「待ちなさぁぁぁーーーい!!」
≪出たぁぁーーー!!≫
「聞いたわよサトゥー君……アルカルⅢ行くんですって? それならぁ……私と結婚してから新婚旅行で行けばいいでしょぉぉぉーーー!!?」
≪あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛≫
カニ江はミサイルの弾頭を変更する。
装填するのは多弾頭ミサイル。
目標に接近するとミサイル内部から4発の子弾が射出され、それは低威力故にサトゥーの宇宙船を壊し過ぎる事もない。
装填完了。
カニ江は迷わずサトゥー機をロックオンした。
≪俺を殺す気かてめぇコラェェーーー!?≫
ロックオンを検知したサトゥーの声が通信機から聞こえてくる。
焦ってて可愛い。
「あらヤダ、そんなに慌てなくても良いじゃない。大丈夫よ、私のは特別製だから☆」
≪特別製だから☆じゃねぇぇーーー!≫
発射する4発の多弾頭ミサイルは計16発の小型ミサイルとなってサトゥーの宇宙船を襲い、その外側を効率よく破壊して機能不全へと追い込んでくれるだろう。
あとは無防備になった宇宙船へと横付けし、逃げ場のないサトゥーを――
夢がひろがりんぐ!
カニ江は操縦桿のトリガーを引き、多弾頭ミサイルを――
「発射♡」
――発射♡した。
◇
「再装填完了……さ、サトゥー君。これで終わりよーー♡」
カニ江は再度、多弾頭ミサイルを斉射する。
最初に放った一斉射目は何故か防がれてしまった。
少なくとも2次バリアは沈黙していたようだが、1次バリアに何かしらの改造、改良が施されていたらしく破る事叶わず。
だが流石に無理があったようで、今はその1次バリアすら消失している。
二斉射目は防ぐ手立ては、今度こそ存在しない。
サトゥーもそれを理解しているのか、時空キャビテーションを発生させてワープ航法で逃げようとしている。
「んふ……でも間に合わないわよサトゥー君!」
カニ江とて航宙戦はそれなりに経験している。
このタイミングならば、ワープインよりも先に多弾頭ミサイルが命中するだろう。
「着弾まで……5秒前、4、3、2……着弾、今!」
カニ江のミサイル、着弾――
「しない!? 通り抜けた!?」
――せず。
そればかりか、同じタイミングで発射されたエビ何たらの牽引光線まですり抜けていた。
カニ江の見ている前で、光り輝く無数の時空の泡――サトゥーの宇宙船を包み込んでいた――が散らばり始める。
それらが晴れた時、もうそこに宇宙船の姿は無かった。
「ワープインされた!? おかしいわね……当たると思ったのに……もう!」
≪お嬢様、少しよろしいでしょうか≫
不意に通信機から執事の声。
緊張の糸が切れたカニ江は、肩の力を抜きながら応える。
「ふぅ……。えぇいいわ、何かしら?」
≪オークションサイトに1点、アルカル星系チケットが出品されております≫
「……!」
≪確保いたしますか?≫
頼れる執事からの提案。
通信機越しのサトゥーの反応からして、目的地がアルカルⅢなのは間違いなかった。
つまりそれを追跡する為には、カニ江もチケットを用意する必要がある。
婚闘決着の場はアルカルⅢ。
異能闘争体たちと激しくやりあいながら、同時にサトゥーとも決着を付ける……。
……”有り”。
それはそれで、非常に”有り”!
「流石よトゥジー!!! 幾ら掛かっても良いわ!! すぐに落札して――」
その時、カニ江に電流走る。
「――……違う。……罠」
≪お嬢様……?≫
「トゥジー……そのチケット、出品はいつかしら?」
≪出品でございますか? お待ちください……先ほどでございますね。出品者は”ギエピースキー”となっております」
出品されたばかり。
それを聞いたカニ江はほくそ笑んだ。
「んふふ……サトゥー君、見破ったり!
”ギエピースキー”、これはサトゥー君のサブアカウントよ!
”ギエピースキー”のギエピーは明らかにギエピー茶のギエピーだけどサトゥー君がギエピー茶を飲んでいるところなんて見た事ないから一見ギエピースキーはサトゥー君とは無関係に思えるけどそれこそがサトゥー君の狙いでサトゥー君はこのギエピースキーというサブアカウントを使ってオークションサイトにわざとアルカルⅢチケットを出品した! 勿論第三者に落札される恐れがあるけどそこは私がきっと落札するだろうというある意味での信頼! そしてまたしても私は『自分で判断した』と思考を誘導されて見事にアルカルⅢまでサトゥー君を追う事になって降下したアルカルⅢでサトゥー君は二重三重の仕込みを用意して私との決着を狙っているのねあぁもうゾクゾクしちゃう異能闘争体たちに囲まれながら交差するサトゥー君のカラーテと私のカラーテ返しでもうガチガチガチガチガチガチ(牙の音)」
≪あ、あの……お嬢様? チケットは如何なさいますか?≫
やや狼狽しながら訪ねる執事に、カニ江が自信満々で答えた。
「それを私に落札させるのが、戦場を支配するサトゥー君の……言うなれば『戦略級カラーテ』の計画!
だけど『戦略級カラーテ』破れたり! 落札は……しない! しなぁぁーーい!!」
≪承知いたしました≫
カニ江、地球来ないってよ




