第29話「呆けた顔」
誤字報告ありがとうございます
【前回までのあらすじ】
母星から逃れたサトゥーを、カニ江とエビ美が宇宙船で追撃してきた
デバフと火力を分担する即席連携プレイに追い詰められたサトゥーは、果たして
「ま……まだだ! まだ終わってなァァーーい!!」
サトゥーは諦めずに宇宙船を加速させ、母星から離れる方向に移動する。
追跡してくる2隻の宇宙船を一気に引き離す方法が、まだサトゥーには残されていた。
(ワープ航法! ワープ航法しかない!!
ワープ航法にさえ入ってしまえば、流石にカニ江とエビ美でも追ってこれない!)
◇
ひとつの文明が宇宙開拓を試みるにあたり、必ず立ち塞がる障害がある。
それが宇宙の圧倒的な『広さ』。
寿命が来れば果ててしまう生命体が探検するには、無限にも等しい宇宙という場所は余りにも広すぎた。
例えばヤウーシュが楽しく遊びに来る惑星、アルカルⅢ――地球という星は太陽系に属しており、太陽系は『天の川銀河』に属している。
さて、車で少し隣町まで。
そんなノリで天の川銀河から、隣にある『アンドロメダ銀河』を目指すとする。
ものごっつ頑張って『光に近い速度を出せる宇宙船』を用意したとしても、到着までは何と250万年以上も掛かってしまう。
”お隣さん”でこれなのだから、より遠くの銀河となれば言わずもがな。
では『光よりも速い宇宙船』を開発出来れば、移動時間を短縮出来るだろうか。
残念ながらこの試みも上手くはいかない。
遍く宇宙には『光速度不変の原理』という”速度規制”が敷かれており、あらゆる物体は光の速度を超える事が出来ない。
たとえどんなに凄いブースターを搭載しようとも、光速に近づいた宇宙船は質量だけが増大するようになり、決してそれ以上のスピードを手に入れられないと、地球の天才アインシュタインおじさんが『特殊相対性理論』で証明してしまっている。
ならば宇宙開拓とは、宇宙船の中で飼育している『サル』の末裔が、やがて『ヒト』へと進化出来てしまう程の時間をただ待つしか出来ないのか。
銀河同盟の種族、アルタコ、あるいはシャルカーズ、またはガショメズはこの問題を『ワープ航法』を編み出す事によって解決していた。
ワープ航法とは空間を飛び越える様に移動する技術であり、”速度規制”を破る事なく何百光年もの距離を一瞬にして移動する事が出来る。
その”超光速”の移動速度は、もはや通常推力とは比較にならない。
そしてシャルカーズ製であるサトゥーの宇宙船にも、ワープ航法の為の装置は備わっている。
それを使用すれば、一瞬にして追っ手を撒く事が可能だった。
もし仮に同じワープ航法で追跡されたとしても、複数の宇宙船が同じ目的地に到着する為には、事前の緊密なデータリンクが必要不可欠。
超々長距離を移動する関係上、航路が僅かでもズレていれば、到着地点が文字通り天文学的な距離で離れてしまうからだ。
◇
「ワープ航法で一気にブッちぎってやる! 勿論データリンクなんてしない! これでオサラバだ!」
サトゥーはコンソールを叩き、ワープ航法に向けた手順を開始する。
「ジェネレーター出力上昇! ESS粒子の安定還流開始!
『ヤーン=マテー効果』による『対称性破れ』の低下を確認……船体周囲に空間縮退を確認! 時空キャビテーション発生!」
サトゥーの宇宙船を包み込むようにして、無数の”白く輝く光の泡”が出現し始める。
しかしそれらは前進し続ける宇宙船の動きに追従出来ず、次々と剥がれ落ちていった。
「よしいいぞ、順調だ! スーパーキャビテーション状態に……なってない! エラー発生!」
サトゥーはコンソールの表示を2度見してから叫んだ。
「エラー!? どうして時空キャビテーションが不足してるのぉぉぉ!?」
≪バリアが無いからですね……≫
「え、どういう事!?」
慌てふためくサトゥーに、サメちゃん――副操縦席でグターっとしている――が理由を説明してくれる。
≪ワープ航法は宇宙船を通常空間から切り離して、『空間ドリフト』をする事で目的地まで超光速移動するんですけど、その際に船体を無数の時空キャビテーション……つまり”時空の泡”で包み込むんです。
この”時空の泡”は1次バリアの表面に沿って展開させるので――≫
「バリアがないから……展開出来ない!?」
≪はい、そういう事です……≫
それを聞いたサトゥーは静かに目を閉じる。
1次バリアは未だ冷却中であり、起動出来ない。
そしてバリアがなければ、ワープ航法は使えない。
ワープ航法が使えなければ、この窮地を離脱出来ない。
しばらくの沈黙の後、サトゥーが口を開いた。
「……分かった。サメちゃん、ありがとう。
サメちゃんだけでも脱出してくれ。このままだと俺と一緒に爆撃を受けてしまう」
それを聞いたサメちゃんは、『宇宙港は?』と聞き返そうとした。
しかしどこか諦めたような、覚悟を決めたような達観した表情のサトゥーを見て、言うのを止めた。
そして代わりに尋ねる。
≪……ワープで逃げたいんですよね?≫
「そうしたかったんだけど……もうダメだぁ……お終いだァ……」
そう答えて、サトゥーが頭を抱えた。
その様子を見たサメちゃんは溜息をひとつ付いてから――
≪もう、しょうがないなぁ……! 私が何とかしてあげます!≫
――そう、サトゥーに告げた。
「えっ」
≪サトゥーさんはもう一度、ワープ航法を!≫
「えっ、でも、バリアが!」
≪整波出来ないので量でカバーします! 急いでください! Ebimy機のリチャージが終わったらまた牽引光線撃たれちゃいますよ!≫
「イ、イエス! マム!」
落ち込んだ様子から一転、サトゥーが慌ててコンソールを操作し始める。
その横で、座席に座り直したサメちゃんが再度、目から大量の電弧を放ち始めた。
サトゥーがパネル表示を確認しながら声を張り上げる。
「ジェネレーター出力上昇! ESS粒子の安定還流を開始!
『ヤーン=マテー効果』……船体周囲の空間縮退を確認! 時空キャビテーション発生!」
宇宙船の周囲に再び、無数の”白く輝く光の泡”が出現し始める。
しかし本来はそれらを導き、整える為の1次バリアが存在していない為に、またしても宇宙船から剥がれ落ち始めた。
そこにサメちゃんが生体電装制御で介入を開始する。
≪SMLモジュール全点接続。エネルギータービン全開、出力80……90……緊急弁全閉鎖、リミッター解除! 100……110……115、ジェネレーター最大出力!≫
「時空キャビテーションの発生量増加……!? いける! スーパーキャビテーション状態へ移行!!」
出現する光の泡は、生成された直後に宇宙船から剥がれ落ちていってしまう。
しかしサメちゃんが宇宙船のジェネレーター出力を無理やり引き上げた事で、光の泡の発生量そのものが増大。
サトゥーの宇宙船全体が、無数の『時空の泡』によって包み込まれ始めた。
そのタイミングで、通信機から声が飛び込んでくる。
『時空の泡』の影響を受け、その声はノイズ混じりになっていた。
≪ロックオン完了だし! サトっち、今度は外さないしー☆≫
≪再装填完了……さ、サトゥー君。これで終わりよーー♡≫
同時にロックオンアラート。
後方のEbimy機からは牽引光線が、Kanye機からは分裂ミサイルがそれぞれ飛来する。
もはや被弾は許されず、回避の選択肢も無い。
サメちゃんが叫んだ。
≪最後のチャンスです! サトゥーさん!!≫
サトゥーも叫ぶ。
「『オレコレスキー場』形成確認! 『空間ドリフト』開始! 跳べよォォーーーーっ!!」
サトゥーの宇宙船は今、無数の光の泡によって完全に包まれていた。
この光の泡――時空キャビテーションは、言わばそれ自体が『小さなひとつの世界』であり、それらで囲われた状態になると周辺空間との物理的連続性が失われ、”隔離された領域”『オレコレスキー場』が形成される。
この『オレコレスキー場』は通常空間との連続性を持っていない為、宇宙空間の”隙間”を縫うようにして進行方向へと漂流してしまう。
あらゆる物質と重なる事なく、何百光年もの距離を漂流した『オレコレスキー場』は、やがて時空キャビテーションが剥がれ落ちる事で自然崩壊し、内部に抱えていた宇宙船を通常空間へと放り出す。
宇宙船そのものは『光速度不変の原理』を破っていないが、結果として何百光年もの距離を”超光速”で移動した形になる。
それが『空間ドリフト』によるワープ航法の原理だった。
尚、この技術についてはミンメーン出版『宇宙開拓とその基幹技術』に詳しい。
真っ暗。
サトゥーは目を瞑っていた。
(……あれ?)
来るかと身構えていた牽引光線の被弾音も、分裂ミサイルの着弾音も聞こえてこない。
むしろ操縦室の中は静かだった。
「……?」
サトゥーはゆっくりと目を見開く。
「おぉ……」
そして思わず感嘆の声をあげた。
目の前の操縦室のキャノピー、その向こう側が数えきれない程の”白く輝く光の泡”で埋め尽くされていた。
現れては消え、現れては消え、まるで宇宙船全体が輝く炭酸水に包まれているかの様に、しゅわしゅわと弾け続けている。
それ自体は見慣れた『空間ドリフト』中の光景だった。
「……綺麗だなぁ」
しかし今回はどうしてか。
その美しさには、非常に心に”沁みる”ものがあった。
「助かったぁ……」
助かった。
今度こそ。
しみじみとそう実感する。
サトゥーは思わず脱力し、シートにもたれ掛かった。
非常に、非常に危なかった。
それでも何とか切り抜けられた。
それもこれも――
「サメちゃんのお陰だね! ありが……」
――ジト目。
サメちゃんにお礼を言うべく、横を向いたサトゥーが見たのは、ジト目で見つめてくるサメちゃんだった。
「ありが……とう」
≪それで、ワープ航法入っちゃった訳ですけど≫
「はい」
≪私、サトゥーさんに誘拐されちゃったんですか?≫
「はい。いや、あの……はい」
サトゥーは叫びたかった。
俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ!
しかしよく考えると。
よく考えなくても。
サメちゃんを乗せたまま離陸したのはサトゥー。
ワープ航法で逃げようとしたのもサトゥー。
そして追われているのもサトゥー。
全部サトゥーのせいだな! ヨシ!
サトゥーは謝った。
「すいません許してください! 何でもしますから!」
≪……何でもしてくれるんですか?≫
「な、何でもするとは言ったけど、何でもするという事は、何でもするという事なんです」
サトゥーの何でも宣言に対し、しばし思案したサメちゃんが答える。
≪それなら……サトゥーさん、アルカルⅢ行くんですよね? 私も連れてってください。そしたら許してあげます≫
「え、あの、実は、持ってるチケットがひとりしか使えなくて……」
≪オペレーター枠なら、もうひとり行けましたよね?≫
「そうなんですけど……、なんか何たら保護士って資格が必要らしくて……」
それを聞いたサメちゃんが、徐に左腕の袖をまくる。
そして手首に着けていた”スマートウォッチ”を操作した。
手首の上にボワンと、立体映像が投影される。
表面に何かアルタコ語の書かれた、薄い板チョコめいた四角柱”モノリス”が空中に現れ、ゆっくりと回り始めた。
それをサトゥーに見せながら、サメちゃんが続ける。
≪わたし『モノリス情報保護士』の資格持ってるので、オペレーターとして同伴出来ます!≫
「えっ」
≪楽しみですね! アルカルⅢ!≫
笑顔で同伴を宣言したサメちゃんに、呆けた顔でサトゥーが言った。
「えっ」
サトゥー、サメちゃんと地球行くってよ
【空間ドリフト】
ワープ航法の為の超光速移動技術。
ワープアウト時は宇宙船が通常空間を切り裂く様にして出現する為、他の船や惑星、恒星など移動先に”障害物がない”事を確認しなくてはならない。
『アキナー星系』ではこの空間ドリフトによる星系内最短走破時間を競い合うスピードバトルが日夜行われており、惑星の表面ギリギリのコース端を鋭利に攻めるレース参加者たちは『端利屋』と呼ばれている。




