第28話「結論を呟いた」
サトゥーが驚いて聞き返した。
「え!? 今からでも入れる保険があるんですか!?」
≪今から入れる保険? ……は無いですけど、今から張れるバリアーならあります≫
「あ、そういえばさっき言ってた『デブリ防御用』ってやつだね! それで何たらビーム防げるの!?」
≪防げないです≫
それを聞いたサトゥーは右手を操縦桿から離すと、斜め上に振り上げた。
「防げるか防げないか、どっちなんだい! ふせげ~……ない!! 防げない!! パワー!!」
そして『パワーパワー』と叫びながら右腕を振り回し始める。
明らかに奇行。
大分、精神的に参っているんだな。
そんな事を思いながらサメちゃんが続けた。
≪デ、デブリ防御用は『一次バリア』って言って、発生装置が船内にあるんです。まだ手を付けてなかったのでそのままですね。こっちを使います≫
「パワーパ……でも、戦闘用じゃないんでしょう?」
≪そうですね、牽引光線を防げる程の出力はないです≫
「うわっ……私の生還率、低すぎ……?」
項垂れるサトゥー。
サメちゃんが励ますように言った。
≪あ、でも、それは船体を覆うために範囲を広げてるからなんです。だから出力範囲を絞れば、牽引光線を防御出来ます!≫
「そ、それは本当か!?」
≪任せてください!≫
サメちゃんが視線を上げ、目からバチバチと大量の電弧を発生させる。
生体電装制御を介し、本来は複雑で煩雑なコマンドを必要とする操作が高速で処理されていった。
≪防御フィールド生成範囲、自動設定項目を全解除。全エネルギーを待機処理、コンデンサへの充填開始。
生成範囲の直接指定……牽引光線照射位置の……グリッド892から894に固定≫
人工的に発生した、サイズを問わない宇宙ゴミの事を『スペースデブリ』と呼ぶ。
ただのゴミ、と侮るなかれ。
衛星軌道を漂うそれは、1秒間に3km移動という猛烈なスピードで飛び交っており最早、砲弾とも言える代物に近い。
運動エネルギーは速度の2乗に比例する為、たとえ数mmという極小の物質であっても破壊力は銃弾のそれに匹敵する。
それらを防ぐ為にサトゥーの宇宙船を覆っていた薄い光の膜は、しかし牽引光線の出力には勝てず貫かれていた。
しかしサメちゃんからの指令をうけて一旦、解除される。
そして牽引光線の照射を受けている箇所――機体前方下部あたり――に、チャージしたエネルギーが一斉に叩きつけられた。
≪コンデンサ全解放……スポット防御開始! いっけーー!!≫
今度は船体全部ではなく、サメちゃんが指定した箇所のみに範囲を絞っての展開。
これにより瞬間的に牽引光線の出力へ匹敵した1次バリアが、緑色の極太ビームを断ち切った。
「うおっ!?」
ガクン、という浮遊感と共に拘束から解放される宇宙船。
≪サトゥーさん今です!≫
「はいだらぁぁーーー!!」
サトゥーはその場で宇宙船を回頭させると再度、上昇コースを取る。
サメちゃんの為に宇宙港は目指す。
しかし今はEbimy機から距離を取らねばならない!
≪あぁ~~ん! サトっちどうして牽引切っちゃうし~!≫
「重力の井戸の底で魂が死ぬんだよぉぉぉーー!!」
再度、大気圏を離れ衛星軌道へ戻ろうとするサトゥー。
だがEbimy機とダンスをしている間に、上昇して来るKanye機との距離が詰まっていた。
サメちゃんが声を荒げる。
≪Kanye機からレーダー照射……ロックオンされました!!≫
「どぼじでカニ江もエビ美も当たり前にロックオンしてくるのぉぉぉぉ!!?」
再び操縦席に響く警報音。
サトゥーは通信機に怒鳴った。
「俺を殺す気かてめぇコラェェーーー!?」
≪あらヤダ、そんなに慌てなくても良いじゃない。大丈夫よ、私のは特別製だから☆≫
「特別製だから☆じゃねぇぇーーー!」
サメちゃんがさらに声を張り上げる。
≪Kanye機……機体全周に何か増設物が……ミサイルモジュール!? あぁ、弾頭が露出! Kanye機、ミサイルを発射しました!!≫
「ぎゃあああああ!!!」
≪発射されたミサイル4発! トラックナンバー1から4を割り当て! 着弾まで30秒!!≫
「ほげえええ!! サ、サメちゃん!! ミサイル防いでぇぇぇ!!?」
2次バリアが無い今、サトゥーに操縦席で出来る事は無い。
サメちゃんの生体電装制御に頼る他なかった。
≪4発なら……いけます! 何とかします!!≫
「やったぁ~!! 勝ちもいた!」
余裕をぶっこくサトゥー。
頑張って目から電弧をバチバチ放出しているサメちゃん。
再度、通信機からカニ江の声が聞こえてきた。
≪サトゥー君の宇宙船、ちょーっと船体が壊れちゃうかも知れないけど……安心して? 漂流しても私がしっかり救助してあげるから!
そしたら二人は私の宇宙船で……ンフッ!! あ、いけない! ベッドルームにお花活けておかなきゃ☆≫
「スゥゥゥーーーー。……ハッ!?」
その時、サトゥーに嫌な電流走る。
(待て……何だあのカニ江の余裕は!? まるで命中する事を確信している様な……まさか!!)
≪着弾まで15秒……コンデンサ充填完了! 4発ならエネルギーも何とか……それにしてもあのミサイル、妙に大型ですね……その割には遅い…………あッ!?≫
突然大きな声を出すサメちゃん。
「どどど、どうしたの!?」
≪敵ミサイルが分割して……トラックナンバー1から4が脱落……違う! 中から小型目標多数出現……分裂ミサイルです!!
トラックナンバー再割り当て……1から16! 小型分裂ミサイルが16発接近! 速い!? 着弾まで5秒!!≫
「ぎゃああああああああ!!」
サトゥー、恐怖で手足ピーン。
出来る事もなく、操縦席で置物と化す。
一方でサメちゃん。
≪な……舐めるなァァァーー!!≫
ピョンと座面の上に立ち上がると、万歳をするように両手を頭上に掲げる。
そして虚空を眺めたまま、目から放たれる電弧が大幅にその量を増やした。
≪トラックナンバー1から16、弾道計算、着弾箇所を特定!
バリア偏向設定最大……極スポット防御!! 生成範囲全手動制御! 来るなら来い!!≫
直後、ズドドドンという連続した衝撃が船体を襲った。
「きゃああああ!!!」
≪1から3迎撃! 4から7迎撃! コンデンサ状態注意!≫
「いやあああ誰か男の人呼んでぇぇぇ!!」
操縦席で身を丸め、情けない悲鳴をあげるサトゥー。
横の席で立ち上がったままのサメちゃんが、苦しそうに表情を歪めている。
≪8から13迎撃! コンデンサ状態危険! お願い持って! 14、15迎撃! 16迎撃!
ミサイル全弾インターセプト! ……コンデンサ状態停止!≫
「お……終わった!?」
恐る恐る頭を上げるサトゥー。
その横でサメちゃんがべちゃりと座面に座り込んだ。
背もたれに寄りかかりながら、電弧の止んだ目元を痒そうにぐしぐしと搔いている。
≪ミサイルは防げました……でも過負荷で1次バリアが強制冷却開始……再起動完了まで300秒です……≫
「ああああ、ありがとう! ありがとう! 今すぐ退避するよ!」
サトゥーは操縦桿を握り直し、船体を再び操る。
直線的に加速させる事で、何とかKanye機と距離を取ろうと試みる。
(幸いカニ江の宇宙船は、重武装だからなのか加速が悪い! このまま距離を取って――)
しかし再度、ロックオン警報が鳴り響いた。
「――ホワッツ!?」
サトゥーが慌てて回避機動を取る。
直後、サトゥー機の傍らを緑色の極太ビームが通り過ぎていった。
Ebimy機の牽引光線だった。
≪あぁ~ん、どうして避けるし~!≫
「避けるだろ常考ェェェーー!!」
≪サトゥーさん……≫
「あ、何、どうしたのサメちゃん」
サトゥーの横から、何だか元気のないサメちゃんが声を掛けてくる。
その目からはパチパチと少しだけ電弧が出ていた。
≪Kanye機……ミサイルモジュールの射出ハッチが動いてます……恐らく再装填中……1次バリアの再起動間に合わないです……次は防げません……≫
「あわわわわ……!」
サトゥーは頭の中で算盤を弾いた。
(まずは直線的に最大限加速しないとカニ江からミサイルを撃たれる。次は防げないからアウト。
ただし直線的に移動するとエビ美に牽引光線を撃たれるから動けなくなって、やっぱりアウト。
だけどカニ江に追われてるから直線的に加速しないと追いつかれて……おや?)
サトゥーは結論を呟いた。
「詰んでね?」
まだ助かる……マダガスカル!




