閑話「整備主任の憂鬱」4
「あ、でも……」
ピンクが記憶を手繰り寄せながら言った。
「ヤウーシュのセッ……性行為って、すごい暴力的なんじゃなかったっけ……?」
「暴力的って、具体的には?」
「何かこう……お互いを激しく攻撃しあうのが前戯で……それで愛を確かめる……的な……」
「うーん、ヤウーシュ」
納得するアカの隣で、ミドリが考え込む。
「となるとやっぱり、サトゥーさんも下手に噛みつこうとすると反撃してくるのかな?
これがヤウ流、拳の前戯! とか言いながら」
「うーーん、どーだろーなーー」
「日頃のサトゥーさんからは想像出来ないよね……だって凄く優しいもん……」
「分からないよォ?」
ニチャア、と笑みを浮かべながらミドリが続ける。
「あの紳士的なサトゥーさんも、ひと殻剥けば力と暴力を信奉するヤウーシュで、夜は”激しい”のかも……。
逆に押し倒されちゃって、力で勝てないから抵抗出来なくて……そんで体中噛まれちゃうの、あの牙で」
「私は……嫌じゃないかも……」
「えっ」
友人の思わぬ性癖を前にミドリ、硬直。
眉を顰めながら答えた。
「そ、そう……。私は咬まれるの嫌だなぁ……やっぱり咬む方がいいよ……」
余談となるが。
シャルカーズの女性にとっての『咬まれても良い』とは。
地球人の男性が言う『挿入されても良い』というニュアンスが近い。
受け。または右。あるいはネコ。これもまた多様性。
閑話休題。
「問題は――」
真面目くさった表情で、アカが会話を引き継いだ。
「――主任がどこまでヤウーシュの癖に付き合えるか、ってトコか」
すると突然、アカが立ち上がる。
そしてミドリの手を取り――
「わっ」
――力強く引くと立ち上がらせ、抱き寄せると同時にミドリの上半身を仰け反らせる。
後ろへ倒れそうになったミドリの腰へ右腕を回すとその体を支え、左手を使って『顎クイ』をした。
そしてミドリの目を覗き込みながら、芝居がかった口調で囁く。
「サメちゃん……実は僕も、お前のことが好きだったんだよ」
「あぁそんな、サトゥーさん……ダメです、私たちは種族の異なる身……」
突然始まった即興劇。
サトゥー役のアカと、サメちゃん役のミドリ。
そして何故かふんふんと興奮しだす観客。
「種族なんか関係ないさ……。
僕の夜の情熱、ヤウヤウぱんち……受けてくれるかい? 朝までいっぱいヤウヤウしよう」
「嬉しい……サトゥーさん実は私、被虐嗜好があって……いっぱいヤウヤウしたい。でもその代わりサトゥーさんのキャンたま……私にパクパクさせてね?」
「いいとも、僕のたまキャンで良ければ幾つでもパクパク……うん?」
アカが顔の向きだけ変え、ピンクへと問いかけた。
「そういや、そもそも論でヤウーシュってたまキャンあるのか?」
「ハァ……ハァ……あ、え、何?」
「ヤウーシュのたまキャンだよ。あんの? それとも卵生とか?」
「ああ、ヤウーシュの繁殖形態はね――」
ピンクがそこまで言ったところで、アカが突然ミドリを解放した。
地面にべしゃりと背中から落ちるミドリ。
「い゛で゛っ! 後頭部打った! 何すん――」
ミドリの抗議をスルーして、何故かその場から走り去っていくアカ。
「「……?」」
突然の奇行で呆気に取られる二人。
そんな二人の肩に突然、ポンと優しく手が置かれた。
「「……ッ!!」」
二人の肩が跳ねる。
そしてゆっくりと、ギギギという油切れしていそうな動きで振り返った。
「……」
そこに居たのは、サメちゃん。
彼女たちの上司で、整備主任が。笑顔で。
笑顔のまま、サメちゃんが口を開く。
「何か楽しそうだね……お仕事サボって何のお話をしていたのかな?」
「あ、え、あの……えっと……その」
しどろもどろのピンク。
その横で直立不動になったミドリが、左から迂回させた自分の尾びれを、右手を使って胸元へと押し付ける。
シャルカーズ式の『敬礼』だった。
そして軍人めいた口調で答える。
「はっ! 異種族間結婚における、健全かつ健康的な夜の夫婦生活について議論、及び考察をしていただけであります! 」
「ふーん。それ仕事に関係ある?」
「あると言えばあります!
主任が戦士サトゥーを情熱的に見送っていた時間と同程度には、有意義であったと自負するものであります!」
「――!」
う、っとサメちゃんが眉を顰めた。
そしてミドリを睨みつけるが、ミドリは虚空を眺めて視線を合わせようとしない。
「「……」」
しばらくの沈黙。
サメちゃんが続けた。
「朝までヤウヤウ」
「うっ!?」
ミドリの肩が跳ねる。
敬礼のまま、冷や汗をかき始めた。
サメちゃんが追撃する。
「……ふたりとも今日、残業ね」
「なんでーー!?」
「……」
頭を抱えるミドリと、項垂れるピンク。
そして。
「あとそっちの隠れんぼさんも。3人で2班の手伝いお願い」
「ぎゃー!」
目から電弧を放ちながら言ったサメちゃんの指示に、離れた場所にある別の宇宙船脚部、その陰から悲鳴が返って来た。
◇
サトゥーが宇宙港を離れ、3バカの残業が決定してからやや後。
サトゥーの宇宙船の周りでは、3班の少女たちが動き回っていた。
サメちゃんがサトゥーに説明した通り、定期メンテナンスの真っ最中。
「外すよー」
「いいよー」
一人の少女がパワーローダーと呼ばれる人型重機を巧みに操作して、船体外部に取り付けてあった樽状の装置を外す。
「取れたー」
この装置は敵との交戦時に、船体を覆うように展開されるバリアの発生装置だった。
基本的に銀河同盟内には戦争が無いので、宇宙は平和な場所と言える。
しかし交易ルートによっては略奪を行う宇宙海賊がいたり、星系によっては動くものを見つけると攻撃してくる宇宙怪獣がうろついている為、自衛の為に大抵の宇宙船は戦闘用バリアを搭載していた。
そのバリア発生装置が、パワーローダーによってゴロンと電動台車の上に載せられる。
「新しいのお願い~。……ん?」
ふとパワーローダーを操作していた少女が、視界の隅で何かを捉えた。
その方向を見れば、荒野を何かが走っている。
ピッチ走法で土煙を上げながら。19番ポートの方へと。
それは必死の形相で全力疾走している――
「あれ……サトゥーさんじゃない?」
閑話終わり
お待たせしました、次から本編再開です




