閑話「整備主任の憂鬱」3
下世話な話があります
食事中の方はご注意ください
ミドリが苦笑しながら答えた。
「流石に無理だけど、出来るよ」
「どっちだよ」
「自然には無理。全く別の生物だし、そもそも方法が異なるし」
「ほ、方法って……」
頬を赤らめるピンクに、ミドリが意地悪そうな笑顔で続ける。
「おセックスの作法が異なるからね!」
「じゃあ出来ないじゃん」
アカの正論に、何故か得意げにミドリが答えた。
「出来るよ? そう……アルタコの病院ならね!」
「あー、遺伝子工学ってやつか?」
「そうそう、何かこうアルタコ驚異の科学力で、異種族の夫婦でも子供が作れるんだってさ。流石に母親の種族がベースになるらしいけど。
例えばシャルカーズだと、相手はアルタコか、ヤウーシュか、ローディエルだね。ガショメズは流石に無理みたい」
「ガショメズは……確かに無理そうだ」
アカはガショメズ、その鎧の中身を想像して呟いた。
”アレ”は確かに生物として異次元だった。
「とういかアルタコもいけるのか……ん? ローディエルって何だっけ?」
アカの疑問にピンクが答えた。
「ローディエルは五大種族のひとつだよ、銀河同盟の……」
「そういや居たな。でもあたし、見た事ないぞ?」
「そりゃあ無いと思うよ。あの宗教種族、基本的に星系に引き籠って出てこないから。
銀河同盟懇親会ぐらいじゃない? 会えるの」
「はー、じゃああたしにゃ無縁も無縁か」
「それにしても……種族を超えた結婚……何か素敵だね……」
うっとりとした表情で虚空を眺めるピンク。
一体どんな光景を幻視しているのか。
ミドリが窘める様に言った。
「ちなみに遺伝子編集で、父親の種族特性を引き継がせるか選択出来るらしいけど。
引き継がせると親と子の関係が悪化して、引き継がせないと夫婦の離婚率が高まるって統計が出ちゃってるみたい。現実は厳しいね」
「そりゃまた何でさ?」
アカの疑問に、苦虫を嚙み潰したような表情でミドリが答える。
「想像してみてよ。
例えば私たちがヤウーシュを旦那に貰ったとして……遺伝子編集で、子供がおしっこする様になるんだよ? 頭から!」
「あー……」
「で、でも、そこは自分の子供だし……」
擁護を試みるピンクに、ミドリが続けた。
「母親は良いんだよ。辛いのは子供の方。
友達がみんな股からおしっこしてるのに、どうして私だけ頭から、って。
やっぱり異質過ぎて、シャルカーズ社会に馴染みにくくなっちゃうみたい。かといってヤウーシュ社会で過ごすには『シャルカーズ過ぎ』て、こっちも難しい。
そんな境遇に対する怒りは、やがて異種族結婚した両親へと……っていう事例が多いんだって」
「なら父親の種族特性なんか引き継がせなきゃいいんじゃね?」
アカがぶっきらぼうな意見を述べる。
ミドリが答えた。
「そうすると今度は、父親が”自分に似ていない”我が子に距離を感じちゃって夫婦仲がだんだんと――」
「何か面倒くせぇな異種族結婚!?」
「ミンメーン出版の『異種族交際のすゝめず』によると、引き継がせる父親の種族特性は”機能を省いた外見的な特徴”に留めるべき、だってさ。
今回の例で言うと”髪型をヤウーシュに似せたドレッドヘアー風にする”とかかな?
兎に角、種族間の遺伝子は科学力で乗り越えられても、精神的、文化的な壁を超えるのは難しいって事だね。
まぁ一番の懸念は――」
ミドリがサメちゃん――遠ざかる戦士サトゥーを未だに見送り続けている――から視線を外す。
そしてその場――宇宙船脚部の陰――に座り込んだ。
「――サトゥーさんが私たちの、シャルカーズのアレを受け入れてくれるかってトコかな」
「アレか……」
ミドリの横にアカ、そしてピンクも腰を下ろす。
頬を赤らめながら、ピンクが言った。
「私たち……食べちゃうもんね……その……あの時に……あれを……」
恥じらいもなく、アカとミドリが続く。
「そうだね、食べちゃうもんね。タマキン」
「セックスの時、ガブっといくもんな! キンタマ!」
「ちょ、二人とも……声が大きいよ……」
シャルカーズの交配手段、それは。
女性がその立派な歯でもって、男性の睾丸を根元から噛み千切り、丸呑みにする。
そうして受け取った精子で受精し、妊娠するという手段を取っていた。
◇
シャルカーズという種族は、基本的に女性の方が体が大きくなる。
女性の身長を小学校の高学年に例えるならば、男性のそれは小学校の低学年程度にしかならない。
そして性格も行動的で社交的な女性に比べ、男性は気弱で内向的な場合が多い。
その為に男性が母星の外へ出るのは稀であり、またシャルカーズ社会でも『男は安全な場所で女に守られているべきである』という考えが一般的だった。
そして『性』に対しても、女性は積極的で男性は消極的。
その関係性をサトゥーが見たならば『前世で言う貞操逆転世界やんけ!』と叫んだに違いない。
恐らく『何でワイはシャルカーズに転生しなかったんや!!』と悔しがっただろうが、その場合サトゥーのショタふぐりは……。
閑話休題。
ヤウーシュの場合、性衝動は攻撃本能と結びついている。
そしてシャルカーズの場合は、『食欲』と深い関わりがあった。
つまりシャルカーズにとって『愛する事』とは『食べる事』であり、パートナーへの『噛みつき』が『前戯』。
無論、立派な牙で行われるそれは流血が絶えず、ふたりの気分が盛り上がって来るとベッドの上には凄惨な光景が広がる事になる。
その極致にあるのが妊娠の為の、『男性の睾丸を食べる』行為だった。
その為、シャルカーズの母が年頃の娘へと送るプレゼントは噛み方教本『安全な異性の噛み方』が定番。
どこをどう噛めば良いか。動脈は、静脈はどこに。
あるいは満足出来ない二人の為の、痛みの強い部位はどこか。
シャルカーズの少女は、こうして大人への扉に手を掛ける。
そしてたとえ『安全な噛み方』だとしても、睾丸を失うのは大怪我も大怪我。
しかし問題は無かった。
性にオープンな女性が主体となっているシャルカーズ社会では、至る所にラブホテルが建っている。
そしてその隣では大抵、病院がセットで営業しており、事を終えたシャルカーズ男はストレッチャーに乗せられそのまま救急搬送。
場所によっては病院の中でラブホテルが営業しており、逆もまたしかり。
ラブホテル単体の場合でも、病院への搬送は無料サービスだった。そうでないと客が来てくれない。
現代においては安全な医療が確立されている為、子作りでの死亡率はほぼゼロに近い。
しかし古代の文献によると、医療が未熟だった時代には子作りの結果、3割の男性が感染症により命を落としたとされる。
愛する人との子供は欲しいが、だが故にその人を失うかもしれない。
そんなジレンマは今も変わらずシャルカーズ女の心を捉えて離さない、創作物での鉄板テーマだった。
また『食べる』『食べられる』という関係上、シャルカーズの女性は『サド』で、男性は『マゾ』な事が多い。
女性が男性を体格差で押し倒し、無理やりその体へと噛みついていく。
抑えつける腕が奮えているのは、恐怖か、痛みか。
しかし潤んでいる瞳を覗き込めば、そこに湛えているのは歓喜であり――
といった流れが、街中に溢れているポルノの、シャルカーズ女にとって牙にクる定番シチュエーションのひとつ。
つまりは――
◇
ミドリが言った。
「サトゥーさん、食べさせてくれるかな?」
【睾丸】
シャルカーズ男の場合、地球人よりも大きく、また多い。
個人差もあるが、陰嚢の中に3個から5個程度備わっている。
一度に食べるか、複数回に分けるかは夫婦次第。
言うまでもなく、弾切れの時点で生殖能力を喪失する。
現在では再生医療で装填可能。俺のリロードはレボリューション。




