閑話「華麗なる上級戦士」3
クァマーセの乗る宇宙船がヤウーシュ母星へと辿り着く。
そのまま大気圏へと突入し、ヒッジャ記念宇宙港を目指した。
すると通信が飛び込んでくる。
≪こちらヒッジャ宇宙港管制塔。接近する所属不明機に通達する。識別コードを送信せよ。繰り返す、識別コードを送信せよ≫
「おう、俺様だ。どこ降りんだ」
≪……識別コードを送信せよ≫
クァマーセが声を荒げた。
「何番だっていいだろ! 空いてる発着場はどこだって聞いてんだ!」
≪ふざけるな手順を守れ! 敵性機体として処理されたいか! さっさと識別コードを送信しろ!≫
「ちっ面倒くせぇな……ちょっと待ってろ!」
操縦席に座っているクァマーセは目の前のメモ――コンソールに乱雑に貼られている――を見つけ、とりあえずそれを読み上げた。
「3643だ! これでいいか!」
≪識別コード確認……戦士サトゥー……おい待て! これは戦士サトゥーのコードだ! お前どうせクァマーセだろ!!≫
「どうせって何だテメェ!? 分かってんなら聞くんじゃねぇ!」
≪はぁぁぁぁ何回目だこのやり取り! お前の識別コードは1145だ! それと接近前に送信しろ!! 何回言わせれば気が済む!?≫
「やかましい!! さっさと空いてる発着場を教えやがれ!!」
≪18番だ!! 本当に問題児だなお前は! 少しは戦士サトゥーを見習え!!≫
「うるせェェェェ!!」
通信機を叩いて終了させるクァマーセ。
クイーンゼノザードのトロフィーを手に入れて高揚していた精神が、急速に悪化していく。
「クソが! 気分悪ィ!!」
宇宙船の高度が下がっていく。
18番ポートに接近し、そして。
「あらよっと!!」
ドーンと、衝撃と轟音。
不十分な減速による、墜落にも等しい着陸だった。
バリアを展開している宇宙船自体に被害はないが、激突によって18番ポートの地面には無数の亀裂が生じてしまっている。
「よっしゃ、行くか! ピーちゃん!!」
「ウン、イコウカ! クァマーセクン!!」(裏声)
操縦席には座席が二つあり、助手席の方に安置させてあった『ピーちゃん』を担いだクァマーセは、船体後方へと移動する。
そして後部ハッチを開放し、18番ポートへと降り立った。
すると――
「お?」
――格納庫の方から、ひとりの少女が大急ぎで向かって来るのが目に入った。
普段はクァマーセが着陸しても、整備員たちが出迎えてくれる事は殆どない。
だが今回に限ってという事は……考えられる理由は唯ひとつ。
ニチャア、とクァマーセが相好を崩した。
「やれやれ……流石の魚どもでも、ピーちゃんの価値なら判るって事か? ……おう、出迎えご苦労!!」
走り寄って来た少女――シャルカーズにクァマーセが声を掛ける。
「へへっ、どうだ凄ェだろ? このトロフィーな、氷の惑星で――」
≪ちょっとクァマーセさん!! 着陸は静かにやってくださいってお願いしてましたよね!!?≫
「――あァ?」
シャルカーズが発着場の地面――亀裂が入っている――を指さしながら続けた。
≪前も! 説明したと! 思いますけど!!
発着場の地面の下ってケーブル通ってるんです!! 壊されると直すの私たちの仕事なんですけど!!?≫
「……」
ピーちゃんの事を褒められると思っていたクァマーセの気分が、またしても急速に悪化していく。
≪それと! クァマーセさんってトロフィーの加工作業、ロビーでやってますよね!?
掃除するのが凄く大変なんです!! 工作室使ってください! ポスター見ませんでしたか!?≫
「……るっせェェェ!!」
≪わっ!?≫
大声で怒鳴り、シャルカーズを無視して歩き出すクァマーセ。
シャルカーズが後ろからトコトコ付いてくる。
≪うるさいって何ですか! 氏族長さんから通達行ってますよね!?
他の戦士さんはちゃんとルール守ってくれてます! サトゥーさんなんか工作室すら綺麗なんですよ、少しは見習ってください! って、臭い!?≫
シャルカーズが鼻を摘まみ、足を止めた。
クァマーセの通り道に漂っていた激臭、その範囲に立ち入ったからだった。
≪……まさか!?≫
シャルカーズがクァマーセから離れると、宇宙船の方へと向かっていく。
後部ハッチを駆け上がると、その姿が船内へと消えた。
そして――
≪に゛ゃ゛ーー!!≫
――悲鳴。
よろめきながら脱出してきたシャルカーズが、クァマーセに抗議しようとする。
しかしその時既に、クァマーセは18番ポートの敷地から出てしまっていた。
「あーうるせーうるせーうるせーうるせー」
ピーちゃんを担いだまま、荒野を歩いて本拠地へと向かうクァマーセ。
その道中、何人かのヤウーシュとすれ違った。
「お、見るゾ。クイーンのトロフィー担いでるゾ~」
「やりますねぇ!」
「凄いですね……一体どういうルートでしょうか……」
ヒソヒソと噂話。
羨望、あるいは嫉妬。
そんな視線が前から、あるいは後ろから突き刺さってくる。
(魚どもはアレだったが……くぅ~!! やっぱヤウーシュならこの価値が判っちまうかァ~!!)
クァマーセの機嫌が急速に回復していく。
見せつけるようにピーちゃんを何度も担ぎ直しながら、本拠地前の広場へと辿り着いた。
ますます増えるギャラリー。
クァマーセいよいよ絶好調。
ふと、広場にひとりのヤウーシュ女性。
「おっ、カニィーエじゃねぇか!」
そこに居たのはシフード氏族屈指の強者、カニ江。
クァマーセも憎からず思っている、ヤウーシュの美の体現者。
何やら腕組をして、目を瞑ったまま広場の中央に立っていた。
クァマーセは歩み寄りながら話しかける。
「俺の出迎えか?! やっとお前も、俺の女としての自覚が出てきたって事だな!!」
「……」
クァマーセの軽口に、カニ江無反応。
「おま……無視すんじゃねェ!」
「……」
カニ江が一瞬だけ目を開き、クァマーセの方を見た。
が、溜息。
そしてまた目を瞑ってしまう。
「て、てんめェ……優しくしてりゃ付け上がりやがって!」
激高するクァマーセ。
その反応を受けて、ようやくカニ江は腕組を解くとクァマーセに向き直った。
「……何か用かしら? 私が待っているのは貴方じゃないのだけれど」
「待つ……!? 待つって、誰をだ!?」
「貴方には関係ないでしょう?」
「うるせェ! 誰だ、教えろ!!」
――嫉妬。
スーパーハイパーエリートを歯牙にも掛けないカニ江が、いったい誰を待っているというのか。
自分が、その相手に劣っているとでも。
溜息と共に、カニ江が答えた。
「……サトゥー君よ」
「はァァァァァ!!? 何であんな奴待ってんだ!!?」
思わず叫んでいた。
何であんな奴を。
俺より小さくて、弱くて、ランクの低い奴を。
「うるさいわねぇ……もっと落ち着きなさいな。サトゥー君を見習ったらどうかしらぁ?」
「なっ……!!?」
クァマーセの頭の中で、この短時間に言われてきた言葉が反芻する。
――本当に問題児だなお前は! 少しは戦士サトゥーを見習え!!――
――サトゥーさんなんか工作室すら綺麗なんですよ、少しは見習ってください!――
――もっと落ち着きなさいな。サトゥー君を見習ったらどうかしらぁ?――
「う……うるせェェェェェェ!!!」
絶叫。
「どいつもこいつもサトゥーサトゥーサトゥー!! あの中級戦士が一体何だってんだ!! もう我慢ならねぇ!!」
クァマーセはカニ江を指さし、叫んだ。
「婚闘だ! 今この場で!! おめぇを俺の女にしてやる!!」
婚闘。
その宣言に広場がザワついた。
カニ江が深い、本当に深いため息と共に答える。
「いい加減うるさいわね……クァマーセ君。いいわ、婚闘。受けてあげる」
広場のザワめきが大きくなった。
本来、婚闘は周囲の理解が無ければ成立しない。
外堀を埋めていないクァマーセが言っても無効の筈だったが、カニ江の承諾によって効力が生まれてしまった。
クァマーセがニチャア、と粘度の高い笑みを浮かべる。
「へっ、上等だぜ……さっさと終わらせて、サトゥーが来たらアイツの目の前で公開種付けプレイをしてやる! 覚悟するんだな!!」
サトゥーの目の前で、”サトゥーの女”を自分のものにする。
その時のサトゥーの表情を想像すると、クァマーセの精神は大いに高揚した。
尤もその想像は極めて不正確であり、むしろサトゥーは『え!? 引き受けてくれるの!?』と喜ぶであろうが、その事をクァマーセは知る由もない。
「……本当に品性下劣ね、貴方。
嫌になっちゃう。さ、時間ないからさっさと来なさい」
「Gruaaahhhh!!」
クァマーセ、婚闘の開始を告げる咆哮。
「Grrrruuuuuaaaaahhhhhh!!!!」
カニ江、返吼。
スーパーハイパーエリート上級戦士のクァマーセと。
シフードが誇る、美と武と武と武の四輪駆動蟹モンスター、カニ江。
この婚闘。
勝つのは、果たして。
【魚】
一部のヤウーシュが、シャルカーズを揶揄する際に使う別称。
人間同士で言う猿扱いに当たる。
ちなみにシャルカーズ側がヤウーシュを蔑む際は『幼生体』と呼ぶが、ヤウーシュ側が意味を理解していないので通じていない。




