第82話「見積り無料」
広大な宇宙を移動する為の、重要な移動インフラである『ハイパーレーン』。
アルタコのそれに便乗する形で展開している『ガショメズ線』の、とある区画でその日。十人委員会同士が睨み合う、全面抗争一歩手前の緊張状態が発生していた。
原因にして震源地は勿論、『ああああああステーション』。
ジュズイ興行が宇宙港で起こした騒動と、突然の通信障害。本来は無関係でありながら、何故か某一般通過ヤウーシュが両方に関わっていた事で同時発生してしまったこの二件を、ゼロバッドが『十人委員会からの策謀』だと誤認。結果として『ああああああステーション』は完全な戦闘態勢へと移行していた。
交易の為の商業施設に、どうしてこんな武装が?
――とは、ガショメズの誰も思わない。有事に備えるのは当然の話で、誰だってそうする。ウチだってそうする。
とは言え『建前』は大事である。
お客様に安心してお買い物していただける様、武装の類は巧みに隠ぺいされているし、兵器群は立ち入り禁止区域で厳重に保管されている。だって商業施設なのだから。
だが『ああああああステーション』は一度外したら戻せないステルスパネルをパージして対空砲を露出させ、魚雷発射管を開き、V-TECHの射出を始めてしまった。
一度切ってしまったら、決して手元に戻せない切り札。それをルンブルク商会があっさりと切ってきた。
――驚いたのは、同じ宙域に交易ステーションを浮かべている他の十人委員会のメンバー達である。
『ど、どういう事でおーじゃ!?』
『――困惑。是、予測……不能……!』
『ぜ、戦争でぼおっ始べる気だがや゛!?』
『ゼロバッドすんは気でも触れたであんとすか!?』
ルンブルク商会の反発は、メンバー達にとって予想外だった。
確かに今回、九人がかりでルンブルク商会を追い詰め、ローディエルとの商談を剥ぎ取っている。
しかし商会が築いたであろう人脈までは奪えないし、更には初回の取引など様子見であってそこまで期待出来ない。だから今回はゼロバッドも大人しく引き下がるだろう。
――そう考えていたところに、この苛烈な反応である。
『ま、いいでおーじゃ』
『――愚昧。対処、容易……』
『九人で掛がでば、鎮圧ぼ簡単だべや』
『まっこと、短気は損気であんとすなぁ。ゼロバッドすんらしくもない……』
メンバー達の反応は最初、嘲りだった。
何せ九対一である。勝てる筈もない戦いを、無謀にもルンブルク商会が始めた。そう捉えた。
――だがその時、彼らの脳裏に電流走る。
『……本当でおーじゃ?』
『――疑念。我必要、検証……!』
『本当じ……一対九だどに仕掛げでぎだんだべが?』
『あん商人が、勝てない取引をする訳があんとせん……』
基本的に十人委員会は、互いを『利益を奪い合う敵』だと認識している。
だがその一方で他種族を相手取る時などは、利益最大化の為に協力する『頼れる仲間』だという側面もあり、そういう意味では一定の信頼を置いていた。
だからこそ疑問が湧きたつ。
あのゼロバッドが、本当にそんな愚かな選択をするだろうか?
そしてメンバーそれぞれが、ほぼ同時に同じ結論へと辿り着く。
『……罠でおーじゃ!』
『――結論。是即ち、陽動……!』
『十人委員会ん中に、裏切り者がいるべや……!』
『最初から仕組まれていた……そういう事であんとすな!?』
――そう、全ては策略だった。
ルンブルク商会が無謀な戦いを始めた。
九対一で鎮圧するのだから、楽勝だろう。
――等と考えて油断している、本当の獲物の背中を後ろから刺す。それが本当の筋書!
何たる卑劣であろうか。
思えば、最初から違和感があったのだ。
ローディエルの重鎮を招いた視察で、迷子なんて出る筈が無い。
そんな間抜けなローディエル、居る筈が無い! つまり迷子騒動自体が、今回の為に演出された狂言!
『勿論知ってたでおーじゃ』
『――笑止。我、初手看破』
『当然、最初っがら知っでだど』
『こんな稚拙な作戦で騙そうとするなんて、舐められたもんであんとす』
――しかし見破ってやった。
問題は相手の数だろう。
この謀略に、十人委員会の過半が協力しているとは考えずらい。
同じ目的の元、こんな奴らが半分以上も団結出来る可能性はゼロ――間違いなく仲間割れが発生――だと断言できる。
その一方で、囮役であるルンブルク商会が相当の見返りを求めている事は想像に難くない。だとすれば、ルンブルク商会が見返り回収を強行出来るだけの人数――つまり多くても三~四人であると推測できる。
だとすれば――
『まだ商機はあるでおーじゃ!』
『――商機。未だ我、是失わず!』
『ばだ商機ば……残ざれでいるだべ!』
『ゼロバッドすん……戦いはここからであんとす! 商機は我に有り!』
――商人は『舐め』られたら終わり。
最初に背中を刺そうとしてきた企業を潰す。刺し違えてでもブッ潰すッ!
その気概こそがこの浅はかな陰謀に加担している襲撃者達を、一歩後退させるだろう。そしてその一歩が戦いの流れを変えるのだ。そしたら十人委員会の中立派や日和見陣営、あとアルタコだってきっと味方について形成逆転の一転攻勢である。勝ったな。
そうと決まれば善は急げ。
各交易ステーションは抗争に備え、一斉に戦闘準備を開始した。
『デンボー砲、発射用意でおーじゃ!』
『――指令。空間縮退砲、発射準備……!』
『オーバードーズレールキャノン発射準備だで!』
『例のアレ起動するであんとす! 格納庫開放、カタパルト準備!』
それぞれに付き従うオペレーターが、所定の手順を履行していく。
『了解! エネルギー弁閉鎖、充填を開始!』
『レールキャノン発射シーケンス開始! RADモジュール全点接続!』
『指令確認……ステーション、空間縮退砲モードへ移行。エネルギーライン全段連結』
『……修正プログラム……最終レベル。全システム……チェック終了。戦闘モードを起動……』
各交易ステーションが、秘匿していた兵器類――当然の権利の様にそれぞれが隠し持っていた――を一斉に起動。
周辺宙域を瞬く間に緊張状態が支配していく。
『……』
『……』
『……』
『……』
しかし静かだった。
誰も撃たない。撃ちたくはない。
出来れば相手に先に撃たせ、『止むを得ず反撃した』という大義名分が欲しかった。
『……』
騒動の中心にいるゼロバッドも、他の十人委員会も。
問答無用で先制攻撃しないだけの、最後の理性を残していた。
それはギリギリの――。
例えば表面張力、その限界まで水が注がれたコップだった。
あと何かの刺激。
もう一滴の水か、または振動か。
何か加わるだけで溢れ出す、そんなギリギリの緊張状態。
『……』
『……』
『……』
『……』
だが動かない。
破滅的な勝負など誰が望むだろう。
もしかして、もしかしたら……。このまま何事もなく終わるのでは――。
誰ともなく、そんな希望的観測に縋りつき始めた、その時だった。
突然『ああああああステーション』の宇宙港メインゲートが開き始めた。
≪チチチチーー!≫
≪うああああ逃げろォォーー!!≫
≪こんな処に居られるか! 俺は母星に帰らせてもらう!≫
≪あ、しもしも~? ハローしーきゅー管制室~?≫
そして飛び出してきたのは無数の民間船。
何やら慌てた様子で、一斉に宙域から離脱するコースを取り始める。
『!?』
『!?』
『!?』
『!?』
突然の事態に困惑する十人委員会。
――それだけならば良かった。無数の民間船がただ逃げ出すだけならば、まだ問題は無かった。
≪うおおおおーー!! 我こそはァァァーーー!≫
だがその中に、一隻。
シャルカーズ製の円盤型で、恐らくヤウーシュが搭乗しているだろう一隻が。
オープンチャンネルで奇声を発しながら、宙域中心部に向けて突撃してくると――
≪デヴァーン氏族最強のエースパイロット、コレダァケーなりィィィ!! 今ならお見積り無料ォォォ!!≫
――突然、一発のミサイルを発射した。




