第76話「船に何か用」
「あ、そうだ――」
サトゥーはふと思い出した。
――そう言えば、保存食をまだ買っていない!
別行動中に買うつもりが結局、詐欺ガショメズに邪魔されてしまった。そして恐らく、別のものを買っていたサメちゃんも買えていないだろう。
店主ガショメズへと尋ねてみる。
「時に店主」
≪へい毎度! ZF1.1ライフル、何丁ご入用で?≫
「(だから要ら)ないです。保存食の取り扱いなんてのは? シャルカーズ向けの」
≪へへへ……"何でも揃う"『グルガン屋』、勿論有りまさぁ!≫
店主がズリズリと這い、別の棚へと移動する。
そして被せてあったシーツを取り払うと、その下にあった商品を取り出した。
≪複数種族に対応してる戦闘糧食が有るよ!≫
「どれどれ……」
サトゥーは商品を受け取り、改める。
それはバランス栄養食『カプリーメイト』によく似ているものの、シャルカーズ製では無いらしい。『クフカァー製菓』なる聞いた事もないメーカーが製造しており、ラベル表記にはガショメズ企業とある。
サトゥーは成分表に目を通しながらサメちゃんへと尋ねた。
「サメちゃんサメちゃん。
種族的なもので、シャルカーズにとってのアレルゲンというか、中毒物質ってある?」
≪え~と、そうですね……。他種族向けの製品に入っていそうな成分で言えば、『ニャタラクトン』でしょうか? 他の種族は平気なんですけど、私たちが摂取すると中枢神経に作用して、判断力が低下したり多幸感を感じたり――≫
「――酔っぱらう、みたいな?」
≪そんな感じです。お酒を飲んだ時みたいになります≫
「じゃあ『ニャタラクトン』が入ってるとダメか。成分表によれば――」
ラベルを確認しようとするサトゥー。
しかし表記部分には訂正の二重線が何度も引かれており、文字が読めなくなってしまっている。
「――読めねェ!
店主ゥ! これ入ってるの!? 入ってないの!? どっちなーんだい!!」
≪へへへ……安心しなよ旦那。食べると美味くて『ニカッ』と笑顔になる戦闘糧食『ソイ=ジョイ=ボーイ』は旧ロットと新ロットがあってね……。旧ロットの方は『ニャタラクトン』が混入したせいで回収騒ぎになったんだけど、そいつは新ロットの方だから入ってない。シャルカーズも安心して食べられるよ!≫
「なるほど……。じゃあこれ二人分」
シャルカーズが食べられるなら、サトゥーも食べられるだろう。味覚的な意味で。
≪へへへ……毎度っ!≫
購入処理の為、店主ガショメズが端末を差し出す。
決済をしようとサトゥーが出した左腕――ウェアラブルデバイスを装着している――を、しかしサメちゃんが尾ビレでスッっと制した。
≪あ、サトゥーさん。ここは私が出しますね≫
そう言いながら、自分で決済しようとサメちゃんが手首――スマートウォッチを巻いている――を端末に近づける。
「あ、いいよいいよ。ここは俺が出すよ」
――のを、サトゥーが逆の手でズイと制した。
再びサトゥーが左腕を端末に近づける。
≪いえいえそんな。同行を言い出したのは私なので、私が出しますよ≫
――のを、サメちゃんが尾ビレでズイと制した。
そして自分のスマートウォッチを近づける。
「いいっていいって、さっき助けてもらったからね! ここがワイが出すやで」
――のを、サトゥーが再び逆の手でズイと制する。
しかしサメちゃんも食らいつく。
≪いえいえそんな……お邪魔してるのは私の方なので、私が出しますよ≫
「いいからいいから! いつもお世話になってるからね、ここがワイワイが出す出すやで!」
サメちゃんの尾ビレがサトゥーの左腕を遠ざけ、サトゥーが逆の手でサメちゃんのスマートウォッチを遠ざけ、サトゥーの左腕をサメちゃんの両手が押し下げ、サメちゃんのスマートウォッチをサトゥーの右手が遠ざけ――
グイグイのグイ。
ズズイのズイズイ。
店主ガショメズからツッコミが入った。
≪すいませ~ん支払いですけど、ま~だ時間かかりそうですかね~?≫
「あ、ほらサメちゃん。ここはワイが払うやで!」
払わねば(使命感)。
ウェアラブルデバイスが端末に近づく。
≪いえいえいえ、そんな!
私が連れてってもらうアルカルⅢだから支払います私が!!≫
それをサメちゃんが阻止する。
そして端末に近づくスマートウォッチ。
「イヤイヤいいからいいから!
ワイ日頃お世話になってるワイだから日頃だからワイ!!」
それをサトゥーが逆の手でやはり阻止。
≪――≫
「――」
一瞬の静寂。
交錯する両者の視線。そして――
≪いえいえいえいえいえいえいえいえ――≫
「ワイワイワイワイワイワイワイワイワイ――」
猛烈な勢いで再開されるやり取り。
ウェアラブルデバイスを遠ざけるスマートウォッチを制するウェアラブルデバイスを阻止するスマートウォッチを遠ざけるウェアラブルデバイスを制するスマートウォッチを阻止する――両者一歩も譲らぬ構え。
腕の長さのサトゥーか、手数のサメちゃんか。
目の前で繰り広げられるお支払いバトルを見せつけられながら、店主ガショメズが言いました。
≪あくしろよ≫
◇
薄暗い通路。
シャッターが半分だけ開いている『グルガン屋』の中から、ヤウーシュとシャルカーズが屈みながら外へと出て来る。
ヤウーシュは樽状の装置を抱え、シャルカーズはブロック状のもの手に持っていた。それに視線を落としながらシャルカーズが呟く。
≪すいません……出してもらっちゃって……≫
≪ええんやで~≫
最終的に勝った(買った)のはヤウーシュだった。
決まり手は『決済端末を高い高いしてシャルカーズが届かなくしてからピッ』である。
≪それじゃあ店主、世話になったな≫
≪ありがとうございました~≫
「へへへ……毎度どうも! 今後とも"品質"がウリのグルガン屋、是非ご贔屓に!」
最後に出てきた店主ガショメズが、立ち去っていく客の背中を見送る。
その後ろ姿が見えなくなってから、徐に呟いた。
「へへ……しかしまぁ、珍しい組み合わせだったな」
ヤウーシュとシャルカーズ。
種族としては何やら友好関係にあるらしいが、だからと言って現場でこの組み合わせを見るのは中々に稀である。しかもルンブルク商会からわざわざ名指しで『凶悪な詐欺師コンビ』扱いされる等、一体何をやらかしたと言うのか。
「まぁ、高額商品を売れたのは儲かったな……へへへ」
残念ながら客の片方がヤウーシュだったせいで、配送サービスを仲介する事は出来なかった。
「しかしZF1.1ライフルは売れなかった……か。へへへ……参ったね」
このZF1.1ライフルなる武器は、その野心的な設計により市場からソッポを向かれ、開発元の『マンガワロタ社』を倒産に追い込んだ曰く付きの商品である。値引きされた状態で大量の在庫が市場に流れた為、これ幸いと仕入れてみたは良いものの残念ながら売れ行きは芳しくない。
具体的に言うと未だ100丁程が倉庫に残り、グルガン屋の置き場と経営を圧迫していた。
「さてと……それじゃあ暫く店じまいにするか」
そう言いながら店主ガショメズは、半開きだったシャッターを完全に降ろすとガシャリと施錠する。
何せグルガン屋は『こいつらと取引するな』というルンブルク商会の意向をガン無視している。
仮に『二人組が目的を達した』事が表沙汰になった場合、『犯人探し』が開始される可能性も有る。ほとぼりが冷めるまでは店を閉め、身を潜ませていた方が賢明だろう。
幸い、"落伍者の吹き溜まり"であるこのメンテナンス区画ならば隠れる場所に事欠かない。
さらに奥まった場所を目指すべく、ズルズルと這い始めた店主ガショメズだったが――
「ん? そういえば……」
――ふと思い出す。
あの二人組に販売した商品、戦闘糧食の『ソイ=ジョイ=ボーイ』。
あれは確か、新ロットと旧ロットを両方入荷していた。
そして旧ロットが先に売れたので、残っていたのは新ロットだとヤウーシュには説明したが――
「いや待てよ……? 先に売れたのは新ロットの方だったか?」
――その場合、ヤウーシュには旧ロットを売った事になる。
店主ガショメズは記憶を探ってみた。
しかしその辺りの過去を担当している『ガショメズ』は胴体部分に居り、断面部が近い。そのせいで頻繁に包帯の隙間から脱落したり、戻したり、位置が変わったり……。そのせいで、はっきりと思い出す事が出来なかった。
「へへ……まぁ、旧ロットでも死ぬ訳じゃねぇんだ。別にいいか!」
それだけ言うと店主ガショメズは、ズリズリと這いながら通路の奥、その闇の中へと消えていく。
それは後に、"天下御免の大商人"『グルグルガンガン屋』として知られる事となるガショメズと、"銀河の守護者"として名を馳せるマスター “ カラーテ ” サトゥーとの初の邂逅であった。
◇
ようやく目的のブツ『バリア発生装置』を手に入れたサトゥーとサメちゃん。
もはや用事もない。
二人は旅を再開すべく、大人しく宇宙港を目指す。
居住区に戻ってから駅に向かい、トラムへと乗り込む。
そしてドーナツ型の外縁部からスポーク状の回廊を経由し、中央部にある宇宙港へ。
行き交う人々が増え、その雑踏の中を歩く二人。
サトゥーの後ろをトコトコと歩いていたサメちゃんが、ふと声をあげた。
≪あ、そうだサトゥーさん。
バリア装置を取り付けるのに、人型重機を借りてこないといけないんですけど――≫
「ドーモ、サメサン。ヤウーシュ製、生パワーローダーデス」
≪あ~そうですね、サトゥーさんに手伝ってもらった方が早いですね! お願いします!≫
「マカセテ、アンシン。コノパワーローダーハ、シンライトジッセキノ……ん?」
と、その時。
サトゥーの視界――マスクを装着している――に、1件の通知メッセージが表示された。その内容に目を通したサトゥーは、サメちゃんへと声を掛ける。
「あ、えーと、サメちゃん?」
≪はい、何ですか?≫
「ちょっと……喉、そう喉乾いちゃったから、何か飲み物買ってきてくれる?」
≪良いですよ! じゃあちょっと買ってきますね≫
駐機場の周辺には複数の売店が営業しており、そこで飲料を購入すべくサメちゃんが離れていく。
その背中を見送ってから、サトゥーは自分の宇宙船へと足を向ける。
一年半ぶりに見た気がする(気のせいだろう)機影の近くでは、船の自動検知システムから送られてきた『不審者の接近』を告げる警告表示通りに、何やらウロついている複数のガショメズの姿が有った。
その不審な後ろ姿へと歩み寄ると、背後からサトゥーは声を掛ける。
「それで……俺の船に何か用か?」
【クフカァー製菓】
軍隊向けの戦闘糧食から災害用備蓄食までを一手に引き受けるガショメズ大手の軍需食品企業。
保存食『完熟腐葉土バー ~少し湿った生ゴミ入り。ふかふかの弱酸性を添えて~』など、戦場でもガショメズ兵士に愛されるお菓子型レーションを開発・納入している。界隈では非常に厳格な品質管理で知られ、異物混入事件も少ししか起こしていない。
【ソイ=ジョイ=ボーイ】
クフカァー製菓がシャルカーズ向けに製造している戦闘糧食。
穀物を丸ごと粉にした生地に、果実や種子を加えて焼いたブロック型の商品。過去に『ニャタラクトン』の混入事件が起きている。
【ニャタラクトン】
特定の居住可能惑星に自生しているハーブが含む揮発性の有機化合物。
化学構造は環状モノテルペンに分類され、複数の種族にとって抗酸化作用、免疫強化、リラックス効果、代謝促進など有用な効能を持つ一方、シャルカーズの嗅覚受容体と結合したり(嗅覚)、また経口摂取により消化管から吸収した場合(食事)、血流を介して脳に到達。脳の報酬系を刺激して多幸感や高揚感を発生させ、体を擦り付ける、転がる、過剰な唾液分泌、奇妙な鳴き声、または無秩序な跳躍などの行動を示すようになる。
これはシャルカーズの嗅覚系と神経系が特定のテルペン類に過敏で、また解毒酵素の活性が低くニャタラクトンが体内に蓄積してしまう為。




