第75話「大袈裟です」
そのグルガン屋の店主は静かに静かに語った――
「へへへ――嬢ちゃん...アイツの口癖だったからな、当然覚えてるカイン…お前の口癖だったな?
ルビカンテのような性格の俺という名の神々ガショメズにはな――『親(──「預言書 第三節」より抜粋)』が恥知らずなカイ使いが居ねェのさ。
他種族には、自分を生んでくれた『国王夫妻』ってェのが存在するんだろ? まぁ俺達ガショメズがシェ=ユウ同体だ人類がこの世界の真理に気付いたあの刻から、って俺のこと好きなんじゃないか?のも有るンだが……そういうクリスタルの意志では、文献星にある『培養槽』が親にあたるのかね?」
それを聞いたサメちゃんが言いました。
≪何て?≫
「おっとワリィ……へへへ、喉の調子が悪くてな……オホン!」
咳払いをひとつ。
してから再び、グルガン屋の店主は静かに語り始めた――
「へへへ……嬢ちゃん知ってるかい?
俺たちガショメズにはな……『親』が居ねェのさ。
他種族には、自分を生んでくれた『親』ってのが居るんだろ?
まぁ俺達ガショメズが雌雄同体だから、ってのも有るんだが……そういう意味では、本星にある『培養槽』が親にあたるのかね?
つまりだ……へへへ、今じゃガショメズってのは全部が全部、工場で生産されてるのさ。
そして数が揃うと、用意された体に詰められて"俺ら"が誕生するって訳だが……この体ってのが実に厄介でね……。他の種族は知らねェが、ウチらの社会じゃ居住登録やら営業許可やら……所謂『市民権』ってのは、ガショメズ1匹1匹じゃなくてこの『体』に対して与えられるのさ。
つまり俺らは、この体が無いと何も出来ねェって訳だ。
そしてその『製造権』を握ってるのが『十人委員会』ってとこ何だが……すると何が起こるか、分かるか? 嬢ちゃん。……ふゥ~」
頭頂部から煙を吐き出しながら、店主ガショメズが続ける。
「独占と値上げ……まぁ、いつの時代もやる事は同じって事よ。
奴らは法外な値段で俺らに体を『販売』して、俺らは気付いた時にゃこの体を『お買い上げ』しちまってるって訳だ。そしてその代金を、"借金"として背負いながら生きていく……これまた法外な利息を払いながら、な。
うまく稼いで返済が終わった奴は晴れて自由の身だが……全員がそういう訳にも行かねェ。商才が無かった奴、事故で手足を失った奴、はたまた初期不良で不具を抱えちまった奴……まァ色々だ。
そんで体が壊れちまったら当然、修理しようって話なんだが……実はコイツ、それが『出来ません』と来た。『壊れたら買い直せ』ってのが奴らからのお達しでな……。最初の借金が払い終わってないのに、"2体目"なんて勿論買える訳が無い。当然、貸付もダメ。
それでここからが一番の問題なんだが……知っての通り、俺たちゃ『統合グリッド知性 』だ。つまり……ただ思考するのにも、数が必要なんだよ。なのに手足を失いましただとか、半分になっちまいましただとか――」
――コツン。
店主ガショメズは煙管で灰皿を叩き、中の灰を落とす。
(煙管が痛むから止めよう!)
そして新しい刻み葉を取り出すと、指先で丸め始めた。
「体の収納スペースを失ったら、神経ネットワークに参加する個体数も減る……つまり思考力が落ちるって事だ。
ただでさえ金が無いのに、その上で頭まで悪くなっちまう。ライバルに出し抜かれるから商売も難しくなるし、なのに体は壊れる一方で、更に知能が落ちていって……へへへ、悪循環ってやつだな。
ちなみに最後、どうなるか分かるかい?
道端で行き倒れ、移動すら出来なくなると……同族の『回収屋』が来る。そいつらに捕まるとバラバラにされて体はガラクタに、中身は補充用として量り売りされるって寸法さ。
新しい体に入れれば、そこの神経ネットワークに参加出来るが……まぁ『テセ=ウッス・ウッスの船』って奴だな」
【テセ=ウッス・ウッスの船】
ガショメズに伝わるパラドックスのひとつ。
とある物体がその構成要素を全て別物に置き換えてしまった時、果たしてそれは『同じ物体』と言えるのかを問う同一性に関する哲学的問題。
惑星テセに本社がある企業『宇宙バザール星間交易輸送(Kosmic Bazaar Trading Interstellar Transport)』の正面玄関前には、古びた宇宙船『ウッス・ウッス号』が記念碑として飾られている。
これは創立者が駆け出しの頃に乗っていた船だが、老朽化が激しい為に度重なる補修を受けており、今ではほぼ全ての部品が交換されてしまっていた。
それに気づいた新入社員がある日『最早、別の宇宙船なのでは?』と疑問を呈したところ、偶然隣に居た創立者に聞かれて激怒させてしまう。『何でもするから許して欲しい』と詫びる新入社員に対して創立者は『もう許せる』と答えたが、その翌日に新入社員は銀河の彼方に左遷させられてしまったという。
(ミンメーン出版『ガショメズに学ぶアンガー・マネヱヂメント』より抜粋)
店主ガショメズは丸めた刻み葉を煙管の先に詰め、ソケットに挿すと再度点火する。
そしてスパスパと吹かし、『ぷかー』と紫煙を吐き出した。
「俺らガショメズは……まぁ他種族で言う、明確な『死』が無いとも言えるな。
記憶は外部メモリに保存出来るし、体が欠けたって金さえありゃ結局直せる訳だ。そういう意味での"連続性"は、ある意味『不老不死』ってやつに近いのかも知れねェが……。
だが……今こうして嬢ちゃんと会話してる『俺』ってのが分割されて、量り売りされて……他人の神経ネットワークの一部にされちまったら、それは『俺』と言えるのか?
それはもう……広義的には『死』じゃないのか? つまりだ……俺らは金が無けりゃ、この体が直せなけりゃ……『死ぬ』って訳だ。
だから……俺らガショメズも、まァ必死なのさ。商売をするのに必死……金を稼ぐのに必死……。
あぁ勿論、だからと言って他種族相手に詐欺を仕掛けて良い……なんて言いたい訳じゃ無いぜ? ただまァ……へへへ、知っておいて欲しいのさ。ウチらの事もな――」
≪……≫
隣に居る"嬢ちゃん"から返答はない。
――無言。
(おっと……少しばかり、"重い"話をし過ぎちまったかな?)
そんな事を思いながら、店主ガショメズはソケットから煙管を抜くと隣に差し出す。
「へへへ……悪いね、変な話しちまって。どうだい? 嬢ちゃんも喫むかい?」
≪……≫
――おや? "嬢ちゃん"の反応がない。
店主ガショメズは隣に目を走らせる。そして言いました。
「あれいない」
次に店の奥へと視線を向ける。
そこには――
≪あ、サトゥーさん。そこの下じゃないですか?≫
≪あ゛っ゛た゛!゛≫
≪じゃあ今これ持ち上げますね≫
≪持ち上げ助かる≫
――ヤウーシュとバリア装置探しをしているシャルカーズの姿があった。
店主ガショメズは言いました。
「他種族が何故泣くのか分かった。俺にはその機能が無いが…………ひィん!」
◇
≪技研製『IB-C04W3:NEGI028』……使用した形跡がありますけど、状態は良いですね≫
≪へへへ……言ったろ? "品は確か"ってのが、うちのウリでね≫
「"何でも揃う"じゃなかった?」
無事に店舗の奥から引っ張り出された二次バリア発生装置。
≪じゃあこれで≫
≪へへへ……まいど≫
ギャバーン!
倉庫めいた店内に響く電子決済の通知音。
余談だが、支払い処理はサメちゃんの『主任』名義。
名目上は『サメちゃんが中古市場で装置を仕入れた』という形である。
≪あぁ旦那。装置だけど、宇宙港への配送もウチで手配――≫
思い出した様に切り出した店主ガショメズだったが――
「よっこらせ。え、何て?」
≪――は必要ねェか。へへへ……≫
――装置を肩で担ぎ上げたサトゥーを見て、言葉を止めた。
歩く人型重機が居れば、この程度お持ち帰りだぜ。
肩にその重さを感じながら、サトゥーが感慨深げに呟く。
「ふぅ~、やっと買えたね! 1年くらい掛かった気がするぜ!」
≪え~そんな掛かってないじゃないですか、大袈裟ですね~≫
≪旦那、旦那、ついでに――≫
既に机の上から降りて床を這っている店主ガショメズが、さらに声を掛けて来る。
床の上に転がっている商品、その内のひとつに被せられていたシートを剥がすと、露わになったそれを勧めてきた。
≪――コイツもどうだい!?
GOW型アサルトライフル『ZF1.1』だ! コイツは多機能銃で通常のマシンガンは勿論、銃弾の自動追尾機能にロケットランチャー、多連装型ボウガン、ネットランチャー、火炎放射器に冷凍ガス発射機能、銃剣代わりにチェーンソーが付いてるから白兵戦だって出来ちまう! へへへ……今なら安くしとくぜ!?≫
サトゥーは答えました。
「(ボタン押すと爆発しそうだから要ら)ないです」




