第74話「巻き方が雑」
誤字報告ありがとうございます
「な……何ですかコレ!?」
サトゥーが見せてきた情報、それは写真だった。
写真の中では『青いワンピースを着たシャルカーズの少女』が満面の笑みでスキップしている。
というか映っているのはサメちゃんだった。そして画角の奥ではマスクの両目を怪しく目を発光させたヤウーシュが、火花を散らしながら床の上をニースライドしている。
完全に先程の『写真撮影会』の場面だが、サトゥー自身が映り込んでいる事、そして画角からして恐らくは、天井の監視カメラで『盗撮』されたものだろう。しかし問題なのは――
「というか……何で私たちが恐喝犯なんですか!?」
――写真についているキャプションだった。
写っているのは凶悪な『詐欺師二人組』であり、よって"公正な取引"を掲げているルンブルク商会は麾下の商店・施設に対し、この二人組との一切の取引、及びサービスの提供はこれを禁じる……と記されている。
テクテクと歩きながら、サトゥーが説明を続けた。
≪恐らくだけど……。
さっき自分が露店商のガショメズに絡まれてたのを、サメちゃんが助けてくれたでしょ? あの時、逃げるガショメズが『ゼロバッド会長』がどうとか言ってたのが気になったんだけど……ちょっと調べてみたら、この宇宙ステーションの経営者の通り名が『ゼロバッド』らしくて。まさか本人だとは思わないけど……もしかしたら関係者だったのかも≫
「って事は……露店で詐欺するのに失敗したから、その報復で私たちを詐欺師扱いしてるって事ですか!?」
≪……だと思う。修理店の態度が急に変わったのは、その通知を受け取ったから……って考えれば、辻褄も合うしね≫
「む……むーーーー!!」
サメちゃん、歩きながらプンスコ。
尻尾が今日イチのスタンピング。びたーん!
「何ですかソレ!?
悪いのは最初に詐欺をしようとした向こうじゃないですか!? それを私たちが悪いみたいに……もぉーー!! だから私ガショメズって嫌いなんです!!
あ、ちょっと待ってください!? じゃあもしかして『ああああああステーション』内だと、そのゼロバッドって人のせいでバリア発生装置を買えないって事ですか!? そんなのって――」
――と、ここでサメちゃんはひとつ思いつく。
この事態が先程のガショメズの報復なのだとしたら、具体的には"誰"の責任であろうか?
「……あっ」
詐欺ガショメズを追い払った『決定打』は、他ならぬ己の介入だろう。
だとすれば、バリア発生装置が手に入らなくなったのは自分のせいではないのか? 自分が余計な事をしなければ……例えばサトゥーならもっと上手く問題を解決出来て、そもそもこんな事態になっていなかったのではないか?
……と、そんな考えが頭を過った。
サメちゃんの足が止まる。
「ご、ごめんなさい……サトゥーさん。わたしのせいで……」
≪ん……?≫
思わずサメちゃんの口から出た謝罪の言葉。
少し先を歩いていたサトゥーが振り返った。
≪ファ!? 何の謝罪!? サメちゃん全然悪くないでしょう!?≫
「でも……私が余計な事をしなければ、サトゥーさんならもっとスマートに――」
≪無理……! それは無理……!! 正直詰んでた……! サメちゃん来なかったらアウツ……! だから感謝……! 圧倒的に感謝してる……! ほんとだよ?≫
「だけど、私のせいでバリア発生装置が買えなくなっちゃって……」
≪……ん? あぁ、大丈夫……! そこは圧倒的大丈夫……! 確かに修理店には『売るな』って指令が来てるみたいだから買えないけど……実は買えちゃうんだな、これが≫
「え……?」
ゼロバッドという大物の機嫌を損ねたらしく、『ああああああステーション』内ではバリア発生装置が『買えなく』なった。
――筈なのに、サトゥー曰く『買える』らしい。
「……どういう事ですか?」
≪さっきの話……『約束を守らない文化圏』の件覚えてる?≫
サトゥーが話をしながら、再び歩き始める。
サメちゃんも後に続いた。
≪誰々に何々を売るなっていう指令も、詰まるところ上との『約束』。
それで『約束を守らない文化圏』では、儲かるなら約束なんて守らない……つまり『売るな』っていう指令も――≫
「儲かるなら……守らない?」
≪そういう事! んで、ちょうどここら辺に――≫
サトゥーが周囲を見回す。
歩いていた二人は今、先程の詐欺ガショメズを撃退したあたり――メンテナンス区画まで戻って来ている。
薄暗く、手足の欠けたガショメズばかりが徘徊する退廃的なエリア。
自分ひとりなら間違いなく訪れない――サメちゃんがそんな感想を抱く雰囲気の、さらに奥まった通路を満たしている闇の中。
その中に、1体のガショメズが居た。
そのガショメズには下半身がなく、上半身だけで床の上を這いながら、モノアイを弱弱しいピンク色に光らせている。
そのガショメズが手を振りながら、声を掛けてきた。
≪おーい、こっちだ≫
≪――そら来た。さぁ、サメちゃん行こう!≫
「え、え……?」
呼びかけに応じ、サトゥーがズンズンと通路の奥へ入って行ってしまう。
止むを得ず、それに続くサメちゃん。
這いずっていたガショメズは、半開きになっていたシャッターの前まで来ると、それを潜って中へと入っていく。
体を大きく屈めてサトゥーもその中へと入り、サメちゃんも少し屈んでそれに続いた。
入ったそこは、倉庫のような部屋。
商品の陳列された棚が所狭しと並べられ、物品が置かれた床は足の踏み場も無い。
上半身だけのガショメズはその中央で振り返ると、手を広げながら誇らしげに言った。
≪へへへ……。
"何でも揃う"『グルガン屋』へようこそ! それで、客人……何を探してるんで?≫
店内を見回しながら、サトゥーが答える。
≪二次バリア発生装置を探してる……シャルカーズ製だ。店主、有りそうか?≫
≪いやぁ……最近うちの通信機器は調子が悪いから、外のニュースはてんででね……。おっと、在庫の話だったな。二次バリア発生装置……へへへ、有るよ! うちは"何でも揃う"がウリでね……奥の棚だ。悪いが旦那、取って来てくれないか?≫
≪いや、何で俺が≫
≪おっと、そりゃそうだ。じゃあちょっと待っててくれ≫
そう言うと上半身だけのガショメズ……改め『店主ガショメズ』は、這いながら店の奥へと向かい始める。
しかし物だらけの店内。一度這っては物を退け、物を退けては這って進み……その歩みは遅々としたものだった。
≪……分かったよ俺が行くよ! この奥だな?≫
≪へへへ……悪いね旦那≫
焦れたサトゥーに取りに行く役を任せた店主ガショメズは、ズルズルと這いながらサメちゃん――所在なさげに立っている――の近くまで来ると、横にあった机の上へとよじ登る。
そうしてからペン立てに挿してあった煙管を手に取り、サメちゃんに尋ねてきた。
≪喫んでも?≫
「あ、ハイ。どうぞ」
店主ガショメズはその煙管をソケット――下顎の位置にある――にブスリと挿すと、人差し指の先にあるライターで点火。
頭部にある小型ファンで内部に負圧を作ると煙を吸い込み、頭頂部にある排出口から吐き出し始めた。
≪ふぅ~≫
「……」
サメちゃんはチラリと横目で店主ガショメズを観察する。
その体は上半身のみで下半身が無い。
胴体の断面部は雑に巻かれた包帯――茶色い染みで汚れている――で塞がれているものの、隙間だらけなので内部で蠢くミミズが露出してしまっている。
不意にその塊が一部、ボロっと剥がれて机の上に零れ落ちた。
「あっ」
≪おっと……≫
気付いた店主ガショメズはその塊を掴むと、包帯の隙間から体内へと強引に押し戻す。
≪……これで良し。
へへへ……悪いね嬢ちゃん、気持ち悪いもの見せて≫
「あ、いえ……」
≪……ふぅ~≫
頭頂部からプカプカと、噴煙めいて紫煙をくゆらせる店主ガショメズ。
その視線の先――店の奥では、サトゥーが『散らかりスギィ!』と荷物と格闘している最中。
その作業が終わるのを待っているサメちゃん。
だが同時に、どうしても横に居る店主ガショメズ――の胴体に巻かれている包帯が気になった。巻き方が雑なせいで、またしても隙間からミミズが零れ落ちそうになっている。
不意に店主ガショメズが声を発した。
≪へへへ……どうして体を直さないんだ、って顔だな?≫
「え、あ、そういう訳では――」
≪装置があるのは一番奥の棚だからな、旦那ももう少し掛かるだろ。まぁ嬢ちゃん、ちょっと話に付き合ってくれや≫
そう言うと、そのグルガン屋の店主は静かに語り始めた――




