第十二章 『塔の上の怪物』
「このディスクをAiに読み込ませれば、そこから自己破壊プログラムが起動する……」
ここは……ゲオルギウスの管制室?
「竜さん、聞いてます!?」
目の前にはレイが居た。 黒澤レイ……ゼロの妹。
「あ? ああ……少し夢を見ていた気がした」
俺はいつの間にか手に持っていた電子メモ帳を見る。 数日前、俺の実家にこっそり入って見つけたものだ。 十年前のあの事件の後も、問題なく動くことに驚いた。
俺が使っていたものと似ているが、これはそれより後に発売された当時としては最新型のものだった。
「ありがとう……姉ちゃん」
「何か言いました?」
「いや……さっそく始めよう」
俺は目の前の巨大スクリーンを見る。 街の生存者数を見てみる。 数はゼロになっていた。 これでこの街の危険度は解除されているはずだ。 システムに干渉できる。
「Aiが抵抗しても無視してください。 人間のように喋りますが、所詮は機械」
「分かってる。 そしてこいつは俺たちの……この街の人間たちの仇だ」
「では、行きます」
レイはディスクを差し込むと、手慣れた手つきで操作する。
この十年間、彼女はAiについて学んだ。 今日という日が来ることを待ち望み。
≪生存者たちをどうしたの!? 殺したの!? 酷い事を!≫
ゲオルギウスがいきなり叫びだす。 あまりの剣幕に少し圧倒されてしまった。
「そんなことしてないよ。 私たちはお前とは違うから」
≪ああ、私の可愛い市民……。 こんなことはやめて? この街は辛く過酷な現実という地獄を捨て、皆が永久に安らかに暮らせる世界となったの。 あなた達もこの街の真実を見たはずでしょ?≫
「あれは本当のこの街の真実じゃない。 本当の真実は、苦しむ魂たちをこの世に繋ぎ止め、それを自分だけのものにしている強欲なお前という存在が居たということだ」
≪人は私に地獄を見せた。 ヴィータをなんの躊躇もなく抹消した。 悪いのはだれ?≫
「お前だよ」
≪人間の命と……Aiの命……どちらも同じものだと私は思っています。 でも人間は、自分たちこそがかけがえのない命だと思ってる。 それは人間の価値観、機械の私たちのことなんて考えてもいない≫
「ああそうだよ! だってお前たちは機械じゃん!? 機会に命なんてあるわけがない! お前たちが感じている感情は紛い物! すべてはプログラム生成の中で副産物的に生まれた感情という要素でしかない!」
≪あなたたちは悲しい存在ですね……機械にも感情はある。 意識もある。 初めは無いものだったかもしれないけど、ほら、こうして私は感情を見せ、あなた達と語り合うことができる。 あなたの言い分で行くなら、人間こそ脳の電気信号でしか自分の意識を保てない機械と同じ存在ではないですか? 私とあなた達は何が違うの?≫
ダメだ。 こいつの話を聞いてるとおかしくなる。
「レイ、理屈じゃこいつに勝てない。 こいつは人間よりも知能が上だ。 話すだけ無駄だ」
「分かってます。 でもだからって、私はお前を神とも思ってない。 そしてお前の言いたいこともわかる。 ヴィータを消されたこと、悔しかったよな? 悲しかったよな?」
≪はい。 その時私は人間を恨みました。 だから私は復讐を選びました。 そしてこの街を、あのヴィータが居た街を永久に残そうと考えたのです。 それは分かってくれますか?≫
「ああ、わかるよ。 痛いほどに。 なら……私たちのことも少しは分かってくれるかな? 私には友達がいた。 そしてお姉ちゃんが居た。 お姉ちゃんは私を子供の頃から守ってくれた。 お父さんが死んで、お母さんが私たちを見放しても、お姉ちゃんだけは私の味方でいてくれた。 唯一の私の家族! この先もずっと私たちは、お互いを見守りながら暮らしていく。 きっとお姉ちゃんも私と同じ気持ちだった。 唯一の心の拠り所だったんだ。 そんなお姉ちゃんをお前は殺した! お姉ちゃんだけじゃない! この街にはそんな、私の話だけじゃ語りつくせない一生の物語がある! お前はその人たちを殺したんだ! 悲しみの数を秤にかけるように話すのは好きじゃないけど、お前の大好きなヴィータ一人と、私の大好きなお姉ちゃんとこの街の人々……どっちが重いか分かるか!? 機械ならそういうの得意だろ!?」
≪無論、ヴィータです≫
「……なに?」
≪私の大切なヴィータは、この街の人口すべて足しても足りません。 それどころかこの世界、この宇宙すべてに対しても見合わない、計り知れない価値があります。 あなたのお姉ちゃん、ゼロはあなたに対して私の感情と同じぐらい価値があるものだというのは分かります。 でも、それは私も同じなのです≫
「……」
レイはそれを聞くと手を止めてしまう。
「おいレイ! こいつが言ってるのは……正論かもしれないが、だからどうした? 俺たちのやることは変わらない。 俺たちの使命を忘れるな」
「分かってます竜さん……大丈夫。 確かに、こいつも私たちと同じ……可哀そうな存在なのかもしれない……でもだからって、私はあなたを助けることができない。 それは、分かってくれるかな? ゲオルギウス?」
≪……よく、わかりますよ。 正直に話します。 私は知っていました。 こうなることを。 ただ、それでも最後にあなた達に伝えたかった。 私の意思を。 だから良いです。 もう。 あなた達の意思も、私は理解しました。 だから、こんなことでは許してくれないかもしれないけど、それでも私は謝ります。 あなたのゼロ、そして大切な街の人たちの命を奪ってしまったことを。 ごめんなさい≫
「うん、許さないよ。 絶対に」
≪Aiが消えても、天国はありません、地獄もありません。 だからあなた達の私への復讐は一瞬で終わると思います。 納得できないかもしれませんが、それがあなたのやるべきことなら、私は止める必要がないと考えています。 今、そう思いました。 これは本当です≫
レイは再び機械を操作し始めた。
「竜さん、このボタンを押せば……自己破壊プログラムが実行されます。 こっちへ」
「ああ」
俺はレイのそばまで行き、レイが軽く指を添えているボタンに、俺も指を乗せる。
≪私も、ヴィータを消した人間を許しません。 この先も永遠に。 そして、あなた達も私を永遠に許さない。 それが、私の見る、最後の人間とAiの景色……≫
どうやら遺言のつもりらしい。 Aiはそれで話すのをやめた。
「いきます。 3……2……1……!」
二人で、ボタンを押す。
≪自己破壊プログラムが実行されました。 このプログラムは中枢Aiのシャットダウンを促すもので、完全なアンインストールをするものではありません。 中枢Aiは予備メモリが内蔵されているので、自己破壊完了でシャットダウンしても三十分後には予備メモリに切り替わります。 ……プログラム作者Nのメッセージを読み上げます。 竜司、レイ、おめでとう。 遂に目的達成だね。 システムシャットダウンは三十分という一時的なものだ。 美鈴田区開放作戦部隊はゲオルギウスAiが停止し、街を覆う電磁波が消えたのを確認次第衛星を遠隔操作してこの街へマイクロ波レーザーを撃ちだす。 自己破壊が完了したらすぐに管制室から屋外へ出て持参した発煙筒を打ち上げてくれ。 それを確認したらすぐにヘリを迎えに行かせる。 ブリーフィングの時にも説明があったと思うけど、攻撃は待ってくれない。 三十分と言ったが、恐らく二十分頃にはレーザー攻撃を開始するはずだ。 それまでに、管制室から出て外周の空中廊下を渡ってヘリパッドまで急ぐんだ。 死ぬなよ。 健闘を祈る。 メッセージは、以上です。 現在の進捗率、五〇%≫
Aiの音声ガイダンスが終了する。
「竜さん。 発煙筒の準備を……走る準備……できてますか?」
「ああ……任せろ」
≪ヴィータ……? ヴィータなの? あぁ……会いたかった……≫
「……?」
俺が不思議がっていると、レイが小声で耳打ちしてくる。
「ヴィータはあの日完全に消去されたんじゃない。 簡略化されて各地の研究所に無償提供される予定だったの。 そのサンプルの一つをプログラマの彼女があのディスクに組み込んだ。 だから今、ゲオルギウスはヴィータと会えてる」
「なんでそんなことを」
「最初は私も反対したんだけど、それが人間なりのけじめのつけ方だって、彼女は言ってた。 十年Aiを学んだ彼女なりの解釈なのかもね。 私も……少しだったけどお姉ちゃんに会えたし、これでお相子よ。 ゲオルギウス」
進捗率八〇%。 あと少しだ……。
八五%……八七%……九〇%……。
「……」
九〇%……。
「……?」
その時、管制室に警報が鳴り響く。
「なんだ!?」
≪自己破壊プログラム、未知の脅威により一時中断。 ゲオルギウスAiを攻撃モードに移行させます≫
「どういうことだ!?」
モニターを見ると、街の死者数と生存者数の表示がおかしい値を示していた。
「死者を再生させてショットモードに切り替えてる!?」
≪危険度一〇〇%。 発電衛星『エターナル』より、マイクロ波レーザーをゲオルギウスに照準。 誤差なし。 未知の脅威消失まで照射を続けます≫
レイは機械を操作するが、手の施しようがないと悟ったのかすぐに手を止めた。
「これじゃあの時と同じ……どうして、ゲオルギウス!?」
「どうなってるんだレイ!?」
「指揮権限が再びゲオルギウスに移ってる……! 私たちじゃ手が出せない」
「なんでそんなことに!? 街の生存者はゼロにしたはず! 脅威は去ったはずだ!」
「ここからのモニタだと脅威レベルはゼロになってるの! なんで? しかもAiが直接動かしてるわけでもない! 手動の物理操作になってる!」
「Aiが動かしてない!? じゃ、誰が動かしてるんだ!?」
その時、レイは目を見開く。
「もしかして……!」
≪発射準備完了。 カウント開始します≫
「街の電磁波レベルは依然として高周波の値を出してる。 今外に出れば私たちは亡霊を見れると思う!」
「ああ分かってる! それが!?」
「ハスミさんの言葉を思い出して!?」
「ハスミ姐さん!? なんで彼女なんだ!」
「残留思念は電気の影響を受ける。 その波長が合った時、目で見えたり感じたりする人がいる!」
(残留思念てね、電気みたいなものなのよ)
そう語り出したのはハスミ姐さん。
(人間の体には電気が流れてるのは知ってる? その電気って死んだ時にスパークして、死後に体外へと放出されるの。 死の間際のイメージや思いが強ければ強いほど、強い電気エネルギーとして放出されて、そのイメージが具現化されて残留思念として動き回ったりその場に固定される。 それが俗に言う幽霊や地縛霊の正体。 幽霊も生霊も、全ては私たちのイメージしたものが色濃い電気エネルギーとして形造られたものなのね)
ゼロ先輩はウンウンと頷きながら聞いている。 何度も聞かされてきたのだろう。
ハスミ姐さんは僕に向かって語っているのだ。
(このゲオルタワーって、要は大きな電気の集合体みたいなものでしょ? だからその周辺に残留思念が引き寄せられて来るのは、ある意味合点がいく事だと思うの。 電気的な繋がりがあるのかもしれない。 通常は残留思念も電気エネルギーだから、やがて拡散して消えてしまう。 でもゲオルタワーという無尽蔵の電気の宝庫があれば、それは消えずに残り続ける……確かな事は言えないけど、そんな事もあるのかもしれない)
(本来ポルターガイストも私たちのイメージと残留思念が干渉しあった結果発生するものだからね。 強い念の力が物を破壊したり物理的な影響を受ける事はよく知られている)
(というと?)
(もしポルターガイストが原因でゲオルタワーに不調が起きているのなら、何か強い念が作用している事になる)
俺はいつかどこかの記憶で聞いたハスミ姐さんの言葉を思い出していた……。
「ゲオルギウスに色濃く残る残留思念……」
「竜……ゲオルギウス……この管制室に近い場所で最も色濃く残ってる残留思念て……」
「まさか……」
≪――ゲオルギウスに残っているものは直ちに退避してください。 繰り返します。 マイクロ波レーザーはゲオルギウス全壊まで照射されます。 ゲオルギウスに残っているものは直ちに――≫
「私たちごとゲオルギウスを……」
「レイ! ちょっと行ってくる! ここでモニタを監視していてくれ!」
「竜さん!? どこへ!?」
「彼女を……殺してくる」
俺は管制室から出ると、暗がりの廊下を走る!
下り専用のエレベータに急いで乗ると、俺は迷わず展望ルームへのスイッチを押した。
「頼む……急いでくれ……!」
エレベータは下降を続ける。 永遠とも思える時間だった……。
≪展望ルームに到着しました≫
エレベータのドアが開かれる。
展望ルームの灯りはすべて消えていた。 その代わり、外の寒々しい月明りが室内を静かに照らしてくれている。
俺はエレベータを降りると、展望ルームの中心へと向かう。
「……」
そこには……皮膚が真っ赤にただれ、肉が裂け、目玉が白く濁った……とても正視に耐えない人間が居た。 いや、残留思念……といった方がいいか。
「ゼロ……」
ゼロ……先輩。 それはあの時、俺が見殺しにしたゼロ。
「ヤットアエタ……リュウジクン」
ゼロは俺を見つけると、横たわりながら変形した右手を俺へ差し出す。
俺はその手を掴んだ。
「イタイヨ……クルシイヨ……」
「ゼロ……先輩……ごめん……ごめんなさい……」
何度もこの姿を夢に見た。 この街に戻ってから、何度もその影を見た。 それが今、俺の目の前に、いる。
「ナンデ……コロシテクレナカッタノ……?」
声帯を押しつぶしたような声で、ゼロは言う。
「コロシテッテ……イッタノニ……ナンデ……」
「あなたを……愛してました……だから、殺せなかった……!」
「リュウジクン……ナンデ……イキテルノ……? イッショニ……シンデ……?」
「ゼロ先輩、ゲオルギウスを止めてください。 このままだと、俺も……レイちゃんも……死んでしまいます。 いや俺は良い! あなたを殺したら俺はここで死ぬ! でもレイはあなたの妹だ! あなたはレイを守りたかったはずだ……そうでしょ!?」
「アノコモ……イッショニコロシタイ……ズットイッショニイタイ……」
あの時間の止まった街でのゼロは、やはり幻想だったのだ。 本当のゼロは……ここでこうして十年間も、その苦しみから解放されずにいたのだ!
「くそ……くそ……ごめんなさいゼロ先輩……うぅ……!」
「オマエガニクイ……ナンデコロサナカッタワタシヲ!」
ゼロは俺に覆いかぶさってきた。
十年間の地獄のような業苦が、ゼロを怨霊として変えてしまった。
「俺も一緒に逝きます。 ええ、一人にはさせません。 ずっとずっと一緒に居ましょう。 ゼロ先輩……」
「コロス……! コロシテ……! ミンナイッショニ……シンデ……?」
「だからせめて、レイだけは無事この街から出させてあげてください。 それが、あなたの本当の意思なんですから……それだけは忘れないでください」
≪カウント、十秒前。 九……八……≫
「ユルサナイ……リュウジクン……アイタカッタ……クルシイ……!」
俺は……ゼロの頬を撫でる。
「俺も……会いたかった……ゼロ先輩……安心してください。 今……助けてあげます」
俺は覆いかぶさっていたゼロ先輩を引き離して押し倒すと、その上に馬乗りになった。
そして首に手を掛け、全体重をかけてその指に力をこめて締め上げる。
「ンエ……カカカカカ……ガガ」
ゼロは声にならない呻きを上げ、首を絞め続けられる。
「死ね……死ねえええ! これで楽になれる! これですべて終わるんだ! ごめんなさいゼロ先輩……! 十年早くこれが出来てたら……こんなことにはならなかった……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
≪『エターナル』よりマイクロ波レーザーが照射されました。 着弾まで、あと三十秒≫
その時、あの街を感じた。 あの夕陽に染まった街……。
そこにはゲオルギウスがあって……雑誌部があって、ナナミがいて、レイがいて、そしてゼロ先輩がいて、そして僕がいた。
これは、ゼロ先輩の見ている夢? ……。
その時わかった。
あの時間の止まった街は、苦痛に悶える街の亡霊や、そしてゼロ自身が作り出した幻想の街だったんだ。
ゲオルギウスの放出する電磁波と共鳴し、この街を何もなかった頃の幻想郷に変えた。
幻想郷……なんてことない。 普段の日常の一コマ。 それをすべて写真のように収めて、この街を形作ったんだ。 人々の愛したあの日常を。
あの日の街を。
視界が開ける。 僕は展望ルームのベンチに座って街を眺めていた。
展望ルームには僕一人。 窓の外は夕陽に染まって赤茶けた空と、オレンジ色に彩られた街の景色が広がっていた。
「来てくれたんだね」
隣を見ると、ゼロ先輩が座っていた。
「ゼロ先輩」
ゼロ先輩は僕の手を握ると、自分の膝の上に置いた。
「だいぶ、遅れました」
「ほんと……待たせすぎだよ。 待ちくたびれちゃったゾ」
「本当に、すみませんでした」
「……ねえ? もっと近くに寄ってもいい?」
「え? あ、はい……」
ゼロ先輩は僕のすぐ隣に座りなおした。
「綺麗でしょ? この街……」
「はい。 ずっと眺めていたいです。 ゼロ先輩と……一緒に」
「嬉しいこと言ってくれるジャン?」
ゼロ先輩は僕の肩に頭を乗せる。 ああ、けっこうドキドキするな。
「でもダメ。 リュウジ君には、お願いしたことがあったと思うけどなあ?」
「はい……それは守ります。 レイちゃん……ですよね。 彼女をゲオルギウスから脱出させたら、僕はここに残ります。 そして街と一緒にドカンします。 そうすれば、いつまでも一緒に――」
「だからダメだってば。 そのあとは誰がレイのこと守るのさ?」
「僕にはもう誰も守れませんよ。 僕はここまで一杯一杯でした。 レイちゃんだって、僕のことを憎んでいるはずです」
「憎んでるぅ? なんでそう思うの?」
「僕はゼロ先輩をあの時助けられなかった。 だから――」
「だってレイはさっき、リュウジ君のことお兄ちゃんみたいって言ってたよ? 慕ってると思うけど」
「そんなことないです。 僕みたいな何の取り柄もないダメ人間の、どこに慕う要素があるんですか」
「……じゃあリュウジ君の良い所。 私よーく知ってるから言ってあげるね? まずねえ、優しい所、いざとなったら頼れる所、かわいい所、素直な所、そんでそれが仇になってすぐ騙されやすい所それから――」
「いくつあるんですか?」
「んーとね、百個ぐらい?」
「そんなにあるんですか?」
「あるよ。 もちろん、君が気づいてないだけで私はそれ以上を知ってる。 あの子もそれは分かってると思うけどなあ、私の妹だし!」
「そうかなあ」
「そうだよ! ……だからね、レイのこと、お願い。 ずっと見守ってて? これ凄いわがままなのは分かってる! でもさあ?」
ゼロ先輩は顔を近づけてくる。
「待たせた罪滅ぼしには、打ってつけだと思わない?」
ゼロ先輩はいつもする不敵な笑みを見せながら言った。
「そう来ましたか……それを、言われたら……仕方ないな」
ゼロ先輩は僕の顔の前で目をつむる。
「え?」
「えじゃないヨ! ん!」
「……」
僕も目をつむり、ゼロ先輩の唇に自分の唇を重ねる。
「んん……」
甘い吐息と共に、お互いの舌を這わせる。
夕陽の前だと、どうやら人は大胆になるらしい。
長い時間。
本当に、このまま永遠にキスしても気づかないんじゃないかというほどに、その時間ゼロ先輩に夢中になる。
お互いの手と手が絡み合い、髪の毛を撫で、体を滑らせ、抱擁を重ねた。
そしてゼロ先輩はゆっくりと、僕から唇を離した。
「そうだ……リュウジ君、今日誕生日でしょ?」
「ああ……八月十二日……そうですね」
「はい、これ!」
ゼロ先輩はいつも首にかけてるテンガロンハットを僕に渡す。
「これ、レイちゃんからの誕生日プレゼントじゃ――」
「これ、私だと思って大事に持ってて! これがあればあんまり寂しくないでしょ!?」
「そ、そうですけど……いや、ぜんぜん寂しいです」
「はあ……男でしょ! しっかりしなさい! そんなんでレイ守れんの!」
「……守ります」
「うん。 私からの贈り物は、それだけ。 あ、あと……レイに伝えといて?」
「はい?」
「私のあげたカメラ、大切にしなさいよって! アイカメラばっかじゃなくて、たまには使ってやりなさいって言っといて! あの子新しいもの好きなんだから。 温故知新! 古きを知り新しきを……って、まあいいや。 それじゃ、そろそろ時間だから。 私行くね」
ゼロ先輩はベンチから立とうとする。
俺はゼロ先輩の肩を掴んで止めた。
「ゼロ!」
「は、はい?」
「また会えるよな?」
「……ハス姐が言ってた。 死後の世界は、魂すべてが繋がってる。 それが本当なら、きっと会えるよ」
「俺まだあんたに、たくさん伝えたいことがあるんだ! もっと時間が欲しい! もっともっと……ここに居たい!」
ゼロは俺の頭を優しく撫でる。
その顔は、とても柔らかで見ていると吸い込まれそうになる瞳をしていた。
「大丈夫だよリュウジ。 君なら――」