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ゲオルギウスの怪物  作者: 異伝C
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第十一章 『記憶にない思い出』



食卓……。

「今日は竜司の大好きなカレーライスだよ。 たくさん作ったから、お代わりもしていいからね!」

 僕のお母さんだった。 横には親父、隣には姉ちゃんが座っている。

「あっ……」

 ここは、僕の家の食卓だった。 

食卓には、お母さんが僕の誕生日にと作ってくれた大好物のカレーライス。

「リュウジ、誕生日おめでとう」

 親父が拍手でお祝いしてくれる。

あ、そうか……今日は、八月十二日……僕の誕生日だ。

「お父さんまだ早いってば」

お姉ちゃんがケーキを机の上に置き、ろうそく一つ一つに火を着けていく。

「みんな……」

そうだった。 毎年、こうしてお祝いしてもらったっけ。 

もう随分遠い過去の記憶だったから忘れていた。

みんなは誕生日の歌を歌ってくれて、僕が火を消して……毎年この流れだ。


「十七歳の誕生日おめでとうリュウジ!」

「……ああ。 ありがとう……」

「やだ、何泣いてるの? 誕生日は今日で終わりじゃないんだからぁ。 来年も、再来年も、あなたにはこの先ずっと誕生日がやってくるんだから、ちゃんとお祝いしてあげるのよ?」

「うん……うん……」

「母さん、リュウジも一人前の大人になったんだから、毎年自分の誕生日になんか構ってられないよ。 父さんなんて毎年誕生日が来る度に憂鬱なんだ。 ああ、もうこんなに歳取っちまったのかあ……なんてな」

「でもさ、永遠に二十歳とか羨ましくない!? ま、アタシのことだけどー!」

 みんなが笑う。 温かい。 なんて温かいんだろう。

「ほらリュウジ、なーに泣いてんの! カレー冷めちゃうよ! 熱々のまま食べな?」

「うん」

 僕は一口カレーをすくい、口に運ぶ。 口の中に広がる中辛と辛口のルーをブレンドした濃厚で刺激のある味わいと、少し大きめのジャガイモの触感。

 いつか食べたあのカレーライスの味だった。

「美味しい……」

「久々に食べるでしょ? いっぱい食べなあ!」

「美味しいよ……お母さん……」

「泣くほど美味いってか! わっはっは!」

 親父が豪快に笑う。 姉ちゃんがそれを見て「下品な笑い方しないでくれる?」と不機嫌な声で言う。 お母さんが「まあまあ」となだめる。

 何度となく見た光景。 

今では心の奥底の遠い記憶の中にあるだけの光景が、そこにはあった。


 僕はカレーを、僕の誕生日を、時間の許す限り堪能した。


席を立つ僕に、親父はとても優しそうな顔で語り掛ける。

「行くのか? リュウジ」

「ああ、待ってる人が居るんだ」

お母さんも席を立ち、僕に駆け寄って抱きしめてくれた。

「リュウジ、頑張りなさい! なぁに、辛い事があってもね、なんとかなっちゃうんだから。 それで、良い人見つけて、自分の幸せってやつを探すのよ! わかった!?」

「ああ……分かってるよ……!」

「ふん」

姉ちゃんが笑う。

「その顔は分かってない顔! あんたいっつも口だけなんだから、そういう所直さないと良い人見つけても逃げてっちゃうからね?」

「分かってるよ! うるっせえな……」

「俺たちはなリュウジ。 いつもお前のこと見守ってるからな。 見えないけど、お前の心にしっかり居るからな? お前は一人じゃないんだ。 父さんの息子で、母さんの息子で、お姉ちゃんの弟だ。 それを忘れるなよ!」

 親父はそう言って、頭を力強く撫でてくれた。

「ああ……ああ……うぅ……うぁあぁああ……」

 涙が止まらなかった。 家族がこんなにも温かく感じたことは無かった。 それは当たり前に日常にあるものだと思っていた。 なんの特別感も無かった。 でもそれこそが特別だったのだ。 気づいていないだけで、特別はすぐ近くに……いつもあったんだ。

「ほらリュウジ、時間ないんでしょ?」

 姉ちゃんが不機嫌そうに言う。

「ああ、行かなくちゃ」


玄関先で、僕は親父とお母さんに、「ありがとう」と言って、手を振った。

 そして――。

「さようなら」

 と言って、僕は家を後にした。

 道すがら、僕は何度も自分の家を振り返ろうと思った。 でも、振り返ったら、きっとずっとそこに居てしまう。 前を見るんだリュウジ。 僕は、赤井竜司! 立派な姿を、どうか見ていてくれ、みんな。

 でも、目から出る涙は全然止まらなかった。 思わず立ち止まり、涙を拭く。

 はあ……おかしいな……拭いても拭いても、全然、止まらねえよ……。


「リュウは昔から泣き虫だったからなあ」

 隣から声がして振り返ると、突然抱きしめられ、胸に顔をうずめられた。

「姉ちゃん……?」

「リュウ……辛かったらあきらめていいんだからな。 大丈夫、そんときゃ全部アタシたちのせいにしろぉ。 こんな甘えん坊に育てたアタシたちのせいにな。 でもな……」

 姉ちゃんの頭に回した腕の力が、次第に強くなる。

「誰かを守るって決めた時は……ぜってぇあきらめんな! その人はお前のこと頼ってんだ! それって嬉しいことじゃねえか。 そんな人の期待を裏切るんじゃねえ!」

「するかよ……!」

「あきらめないであきらめないで、それでも無理だった時は、許してやるよ。 でもやる前からあきらめんな」

頭にぽたぽたと何かが垂れて……俺の髪の毛を濡らしていく。

「リュウ……! でもこれだけは何があっても忘れるんじゃないよ! アタシはずっとリュウの味方だから! これから先リュウがどんな大人になっても、アタシら家族はずっとお前の味方だ……!」

「ああ……ありがとう……姉ちゃん……忘れない……」

「あと、これ」

 姉ちゃんは僕を抱きしめたまま、手に何かを持たせた。

「誕生日プレゼント。 あの時渡せなかったから」

 僕は顔をずらして手の中のものを見た。 それは――。

「姉ちゃん……僕これ……もう持ってるよ」

「ばーか。 よく見ろ。 最新型だぞ?」

「十年前でも最新型っていうのかな」

「お前口だけは達者だなあ! ホレホレ!」

「いた! 痛てえよ姉ちゃん! いたた!」

 姉ちゃんは僕の頭を拳骨でぐりぐりすると、満足したように僕を突き飛ばした。

「うわあ!」

 危うく転びかけたが、なんとか踏ん張った。 振り返ると、姉ちゃんはもう後ろを向いていた。

「じゃあな、リュウ」

「……」

「じゃあな!」

「……ああ! 姉ちゃん、ありがとう」

 姉ちゃんはそれを聞くと、家へと戻っていった……。



 夕陽が照らす街を、必死で走る。

 行かなくちゃ……! あの人の所へ!


 しばらく走り、市街地へと入る。

 車に乗っている人から、「頼んだぞ!」と声を掛けられた。


 道行く通行人たちに、「がんばって!」「応援してる!」と声援をもらった。


 目の前に一人の女子高生が居た。 それはあの津田絵里だった。

「この街を救って! 頑張れ!」

そう手を振られ、僕は手を振り返す。


やがて佐竹と、新聞部の部員たちが僕と並走するように走りながら声を掛けてくる。

「アイツはずっとお前を待ってるんだ! 遅れるなよ!」

 佐竹は僕の腕に軽く一発パンチをする。 新聞部の部員たちも「急げ!」「雑誌部魂見せてみろよ!」と、叱咤激励の言葉を掛けてくる。

 僕はさらに走る速度を上げ、並走する彼らを追い抜き進んでいく。


「はあ……はあ……」

しかしものには限界というものがある!

 僕はそこで遂に立ち止まってしまう。 息が……足が……限界だ……。


「リュウジ」

 その時、目の前から僕の名を呼ぶ声がした。 顔を上げるとそこに居たのは……。

「ナナミ!?」

「あれれ? 元陸上部じゃなかったっけ?」

 ナナミは意地悪そうな顔で笑っている。

「元だよ! 元! 練習が嫌であきらめたんだ僕は!」

「はいはい、言い訳乙。 手、貸してほしい?」

 ナナミは僕に手を差し出した。

「いや、大丈夫だ。 これは、俺の問題だ!」

 俺は、走り出す。

「もっと走れ! もっと早く! 竜のように飛んでみな!」

「やってやるよぉお!」


「私たちの分まで……」


 くそ……畜生! 腹が痛い! 足もガクガクだ! 息ももう切れてる……!

 それでも俺はふらふらになりながらも歩みを止めない。 足を止めない。 

ここで立ち止まったら、永遠にあの人に会えない。 そう思ったから。

「リュウジ君!」

後ろからバイクの音が聞こえてくる。 

――振り返ると、そこに乗っていたのはあのハスミ姐さんだった。

「ハスミ……姐さん!?」

「乗って! リュウジ君!」

「でも……!」

「ごちゃごちゃ言わない!」

 ハスミ姐さんは僕の腕を掴み無理やりバイクの後ろに乗せる。

「しっかり掴まっててね!」

 急発進し、バイクは市街を疾走する!

 風が気持ちいい。

街の至る所から歓声が聞こえる。

「あの子のこと助けられるのはリュウジ君だけ。 だから、この街の人たちはあなたを応援してる」

「ちょっと大げさじゃないですか?」

「そんなことない。 あなたはこの街の救世主。 あの子を助けることはこの街を救ってくれるってことになる。 だからあなた今英雄よ?」

「ははは……僕が英雄……」

「後悔してることなんて、私にもいっぱいあるわ。 でも、後悔する人生なんて、死んでいった人たちに失礼。 人生ね、死ぬ気で頑張れば、何でもできるんだから。 私やっとわかった。 だからこれは私からの一つのアドバイスとして受け取ってほしいんだけど。 死んだらみんなまた会えるんだから、生きてる人がすることは、精一杯生きて、土産話を天国に持っていくことだと思うの。 それが私からのアドバイス。 肝に銘じて!」

「……はい」

「ちょっと前までリュウジ君。 顔死んでたからさ。 今の顔、すごくいいよ」

「ありがとうございます」

「ほら! ゲオルタワー! 入り口が見えてきた! 飛ばすよ!」



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