回想
これは二年前の夏の記憶。
私たちは二人で寄せては返す波をなんの目的もなく、見ていた。
あの子は私に体を寄せてその波を見つめている
あの子のにあたり素肌が私の肌にあたり体温は私を照らしている日光よりも
暖かく感じられた。
潮の匂いがするあの子の長い髪は海水で湿っている。
「ねえ、海ってさ。なんか懐かしいね。」
海を見ながら彼女は落ち着く声で言った。
「私って今日初めて海に来たはずなのに、そう思ったんだよね。」
彼女は海を見つめている。
「みもりちゃんはさぁ、今日海来てどう思った?」
(しょっぱいかな)
「あは、私は海水は塩辛いと思うな。」
綺麗な顔であの子は笑った。
「私ね、昔。海水ってどんな味か気になって、水に食塩混ぜて飲もうとしたの。
そしたら、すごい甘かったの。塩じゃなくて砂糖を入れてたんだよねー」
「私っておかしいでしょ?」
(うん)
「あはは、否定してよぉー」
私は気になって、なぜ海に来たことがないのか聞いた。
「...わかんないね。15年間も生きてきてなんで一度も来たことないんだろう。」
「なんかおかしいよね、名前の中に海って字が入っているのに一度も海に来たことないなんて。」
「でもさ、今日初めて海に来れたからこの名前を誇りに思えるね」
そう言った後、あの子は私の胸に耳を当てた。
「君の心臓、こんな音だったんだね。」
「好きだよ、落ち着くし」
さらに体を密着させて彼女は私の音を聞いた。
左手は私の腰を囲み、右手は私の肩に置いていた。あの子の体温がより強く感じられて、私の胸の奥は熱くなった。
「妙な音がしてくるね。」
「落ち着いて」
そういうとあの子は私の背中をさすった。
「私さ、前にもこんな感じで海を見てた気がする。」
「あんまり覚えてないんだけど、こんな風に誰かの音を聞いていた気がするの。」
今度は抱きしめるように私に体を密着させた。
「君といるとなんか落ち着くなぁ。ずっとこうしていたい。」
(私も)と言いたかったが私は何も言えなかった。
私にはあの子がなぜこんな風に接してくるのかわからなかった。私たちは女同士であるのに、こういう風に体が触れ合っても気持ち悪いという感情は湧かなかった。
私はずっと、こうしていたかったけど、なぜか少し罪悪感を感じた。
(ねえ、ちょっと近すぎじゃない?)
「私のこと嫌い?」
私から少し離れ、私の目を見て震えた声であの子はそう言った。目を見ると思わず私は息を呑んだ。
(嫌いじゃないよ)
「じゃあ好き?」
私にはその好きということの意味がわからなかった。友達として好きかという意味で私に聞いているとは思えなかった。だから、私はなにも答えられなかった。好きと答えたかったけど、答えたら、自分の中のなにかが壊れそうで答えられなかった。
「そうだよね。答えれないよね」
あの子は弱い声でそう言った
「ごめんね。」
間を置いてあの子が発した声は悲哀に満ちていた。それは私が覚えているあの子が発した最後の言葉。あの子は次の日から行方不明になった、部屋からは遺書が見つかった。一部の人は殺されたとか誘拐されたとか言っていたけれど、私にはあの子が死んだという事自体が信じられなかった。いや、わかっていたけれども、信じたくなかったたんだ。今でも私は海に行くと思い出すあの子との思い出を。そのたびに私の心の中の何かが私に穴をあける。私はいつも心の中であの子を探している。あの子は死んでない。そう信じ続けている。