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夕闇の帳は甘く

作者: 高岩 唯丑

 暖かな光が降り注いでいた。花に囲まれている東屋に佇んで、私はそれを眺めていた。婚約者レオルと、ここで待ち合わせをしている。彼が来るまでいつもこうやって、ここからの景色を眺めていた。


「レオル様」


 少し高めの植木の陰から、レオルが姿を現す。穏やかな笑みで手を振ってこちらに近づいてきた。いつもの風景。私も微笑んで手を振り返す。なんて幸せな時間だろう。結婚してしまえば、こういうのは無くなってしまう。それは少し寂しいと思いつつ、早く結ばれたいという気持ちもある。贅沢な悩みだろうか。私は少し笑ってしまった。


「遅くなってすまない」


 レオルがあと数歩という距離まで、近づいてきていた。レオルは少し遅れてやってくる。これもいつも通り。いつもと違う所があるとすれば、今日は剣を腰に下げている事。その剣にレオルは手をかけて、勿体ぶる様に少しゆっくり抜く。そしてさらに数歩歩み寄ってきて、その剣を私のお腹に突き立てた。意外とすんなり剣の中間まで刺さり、背中から剣が突き出るのを感じる。痛みはあとからやってきた。


「な……なんで」


 本当に分からなかった。意味がわからない。怒らせてしまったとしても、さすがに剣で刺してくるような頭のおかしい人ではなかったはず。私がレオルの顔を見つめると、今まで浮かべていた笑顔が、雲った表情に変わる。


「すまない……君は危険な存在なんだそうだ」


 誰かから言われた様な物言いに、私は嫌な予感を感じる。頭に過った人物がいた。レオルはその人物に、ほとんど言いなりだ。


「昨日、聖女様の預言があった、サミュ、君はこの国を脅かす、夕闇の令嬢という人物になるだろうという事だ……だから殺すべきだとも」


 私が口を開こうとすると、それを遮るかの様にレオルは一気に剣を引き抜く。私の言葉は痛みの叫び声に変わってしまう。


「どうして、愛し合って……」


 地面に這いつくばりながら何とか痛みに耐え、そう口にしたけどそれも背中に突き立てられた剣によって途中で止められる。呼吸が上手くできない。声が出ない。口からはひゅうひゅうと、息が抜け出る音がするだけだ。


「僕はこの国の王子として、私情で国を危険にさらす訳にいかない」


 そう言いながらレオルは剣を抜く。もうすでに体の感覚が消えてきていて、痛みは無かった。私はレオルを見上げる。その姿は剣を振り上げて、突き刺す寸前の冷たい顔だった。相変わらず声は出ない。私はレオルから視線をそらさなかった。もしかしたらやめてくれるかもしれないという希望を持って。でも剣は振り下ろされて、視界は真っ暗になった。


「え……夢?」


 とっさに体を起こして、周りを見渡す。倒れていたのは東屋。地面に這いつくばるような形。体に視線を移すと、刺された場所の服に穴が開いて、血が染み付いていた。でも傷は無くなっている。触ってみても、傷らしいものは全く残っていない。地面には血だまりが出来て、服が水気で体に張り付いている。


「どういう事? 夢じゃない?」


 立ち上がると、血だまりが少し粘度のある嫌な音を立てた。


「思ったほど血が出てない? 奇跡的に軽傷だったの?」


 あれだけ刺されたのに、服に染み込んだ血は滴り落ちる事がない。刺されている最中は血の量なんて気にしていなかったけど、ボトボトと音がしていた気がするのに。


「あっ、レオルさ……レオルは?」


 なんとなく自分を刺した人間を様付けするのが嫌だったから、言い直す。周りを見てもレオルの姿はない。とりあえずよかった。どういう訳か分からないけど、息を吹き返した私を見たら、また殺しにかかってくるだろう。信じたくはないけど。


 私はその場を離れる。当てがある訳じゃないけど、とりあえずここにいてはダメだと思う。植木を抜けて、城内に入ると誰もいない。人払いをしていたのだろうか。こんなに人がいないのは、そういう事なんだろう。


「サミュ様! どうして?!」


 しばらく城内を進んでいると、通り過ぎたT字の廊下の脇からそんな声が聞こえた。そう声をかけられて私は体が強張る。聞き覚えのある声。親しくしていたメイドのアリー。アリーまで、私を殺す協力をしていたかもしれない。そんな考えを浮かべてしまう。私が声のした方に顔を向けると、涙でグシャグシャになったアリーの顔が見えた。


「アリー」


「サミュ様! よかった、ご無事だったのですね!」


 アリーは突進してくるように、私に抱き着いてくる。ちょっと痛かったけど、これは私を殺そうとしている人の反応ではなかった。


「アリー、服が汚れるよ」


「そんなのどうでもいいです、サミュ様が無事なら」


 しばらく私を抱きしめて落ち着いたのか、アリーは私を抱きしめるのをやめて離れる。案の定、メイドエプロンに血の染みが出来てしまっている。


「アリーはどうしてここに」


「城内勤務の者に東屋に近づくなと命令が出て、どうしてか尋ねるとサミュ様を成敗すると聞かされて……何とかできないかってここまで来ました」


 そういう事か。先ほどアリーを疑ってしまった事を悔やむ。この子は命令に背いてまでここに来たのに。


「とりあえず隠れましょう」


 いろいろ訳が分からないけど、そうした方が良いだろう。私はアリーの言葉に頷く。それを見てアリーは私の腕を掴んで、自分が来た道を引き返した。


 しばらく進んでいると見慣れない、細い廊下までやってきた。初めて見る場所だ。まぁ私は王城に住んでいる訳じゃないから、そういう所もあって当然かもしれないけど。


「ここは」


 私が問いかけると、アリーは立ち止まり振り返って微笑む。少し誇らしげな表情。


「使用人が通る廊下です……偉い方に私たちの姿をできるだけ見せないためです」


 なるほど。私は納得する。私は今まで客人として王城を訪れていたから、まず間違いなく見ることは無い場所。もしかすると、レオル達も知らないのかも。私の思った事を推測でもしたのか、アリーが口を開く。


「おそらくレオル様もご存じないでしょう、いつかはバレると思いますが」


「隠し通路という訳じゃないもんね」


 この通路に入る場所は、特に隠されていなかった。隠し扉があるとかではないから、当然すぐバレる。


「まだバレていない今なら、簡単に王城を抜け出せます」


 王城を抜け出せる、その言葉に私はヒヤリとする。どこか現実感の無かった逃亡が、現実的になる言葉だ。私はもうこの王都にいられないばかりか、もしかしたら追手がかかるかもしれない。それはこれからの過酷な逃亡生活を想像するには、十分だった。


「お父様に助けを求めれば……」


 そこまで言って私は、息がつまる様に声が出せなくなる。そうだ。あのお父様が助けてくれるわけがない。私は末っ子でお父様にとっては、ただの政治の道具。王族から殺せと言われれば、きっとためらいなく私を殺しにかかるだろう。


「逃げるしか」


 正直頼れる人がいない。身一つで逃げるしか方法は無さそうだった。私は胸の辺りをギュッと握り締める。その辺りが、とても苦しく感じたから。


「お力になれず、申し訳ありません」


 頭を下げてそう言ってきたアリーに、私は慌てて言葉を返した。


「ここまでしてくれただけで! ……十分だよ」


 このままでは、アリーは罰せられるかもしれない。誰かにアリーと私が一緒にいる所を見られたら最悪だ。


「急がないと」


 私の言葉で、アリーが袖口で自分の目を擦ってから頷く。目が赤い。泣いてくれたみたいだ。なんという優しい子。


「着替えましょう、その恰好では目立ちます」


 私は今血だらけで穴の開いた、普段着のドレスを着ている。こんな格好では逃げても目撃情報が満載になってしまう。お気に入りのドレスだっただけに、残念だけど着替えるしかない。


「アリーも、着替えないと」


 私の血が付いたエプロンが、私を逃がした証拠になりかねない。


「そうですね」




 私は質素な町人の格好になって、王城の外まで来ていた。アリーの予備の着替えらしい。


「サミュ様、これを……少ないですが」


 そう言いながらアリーは、私の手に袋を握らせてくれる。感触からしてお金らしかった。それなりに重量感もある。


「ダメだよ! もらえない!」


 私がお金の入った袋をアリーのお腹の辺りに押し付けると、それをアリーは押し返して顔を横に振った。


「持って行ってください、こう見えても意外と貯金しているので大丈夫ですよ」


 アリーは優しく微笑む。ただ親しいだけの私にここまでしてくれるなんて、本当に優しい子だ。


「……やっぱりもらえない、だから借りていくね」


「そう、ですか……はい、では貸します、いつか返しに来てください」


 確かな再会の約束。私はそのお金を胸でしっかりと抱きしめる。大事に使う。そして返しに来る。絶対。


「早く行ってください、たぶんそのうち王都の門まで連絡が行ってしまって、誰も出れなくなってしまいます、その前に門を出てください」


 おそらくレオルは、誰かに私の遺体の片づけを命じたはずだから、私の遺体が無いというのは気付かれている。混乱をしつつも、探し始めているはずだ。王城の中で見つからなければ、外に逃げたと理解する。門に連絡が行くのは当然の流れ。


 ここにはいられないと理解している。門が閉じられてしまう可能性もちゃんと。それでも足が重い。何かの間違いであってほしい。私がその場から動けなくなっていると、体が押されてふらついてしまう。


「申し訳ありません、早く行ってください、お願いします」


 アリーがさらに私の体を押した。懇願じみたその言動に、私はやっと足が動く。行かないと。今はとりあえず逃げるんだ。


 私は走り出した。門に向かって出来る限り全力で。足を遅めたら未練で足を止めてしまいそうだったから。




 門を出た後、私は途方に暮れながら身を隠す様に森に入った。今は森の中を当てもなく進んでいる。どうすればいいか、見当もつかない。とりあえず自分の絞り出した知識で危険な魔物がいないエリアを選んで、かつ王都からできるだけ離れる様に進んでいくしかない。


 足を止めてじっくり考える訳にもいかず、歩いていると視線の先に何か黒い塊が見えた。マントが被さって浮き出たシルエットは、人間に見える。人が倒れている。


「どうしたんですか?! 大丈夫?!」


 私が駆け寄って声をかけると、その人物はうめき声をあげてこちらに視線を送ってきた。少年だった。美しいと形容できる少年。逃亡中であるにもかかわらず、私はその美しさに見入ってしまう。


「申し訳ありません、大丈夫」


 少年はその口から、とても苦しそうながらも心地の良い低音の声を響かせる。顔も良い上に声まで良いとは。私がマジマジと顔を見つめていると、少年は驚いたような反応で目を見開く。


「あっ、あなたは……どういう事だ、人間にしか見えない、いや人間としての特徴を持っている?」


 私に聞かせるためでは無い自分自身への問いかけをしている様な、そんな声をあげる少年。私はどういう事か少し不安になる。その不安を感じ取ったのか少年は「あっすみません」と小さく頭を下げた。何だったんだろう。


「それより、傷は大丈夫?」


 今の疑問は何だったのか聞きたい事はあるけど、それよりも痛々しいキズを負った少年の体調の方が今は優先だ。回復魔法は使えないから、何かできるわけではないけど。


「大丈夫、無理してでも移動しなければいけないので」


 少年はふらつきながら立ち上がり、歩き始める。


「そんな状態になるなんて……一体何が? この森は危険なモンスターはいないはず」


 私の問いかけが聞こえない様に、少年は歩き続ける。意図的に無視をしている。何か、厄介な出来事に巻き込まれているから関わってくれるな、とでも言いたげな背中だった。私は少し考える。自分だって同じ状況だし、同じなら助け合えるかもしれない。私は少年の隣に駆け寄って、付き添う様に歩き始める。


「何を」


 少し怯えたように少年が私に言う。ひどい目にあったのか、人間不信になっている様な感じの声。私は出来る限り優しい声をかける。


「放ってはおけない、王都には訳あって行けないけど、王都に行く訳では無さそうだから、付き合うよ」


 少年が歩いて行こうとしている方向は、王都とは逆の方向だった。


「それに私は行く当てがなくて、どうしようか悩んでいたの、付き添わせてくれないかな」


 少年は迷ったように目を泳がせる。それから口を開いた。


「僕だって行く当てはありませんよ」


 少なくとも拒絶の言葉ではなかった。私は少年に笑いかける。少年は少し恥ずかしそうに顔を背けた。


「私はサミュトエル・レシター、サミュでいいよ、あなたの名前は?」


「アルネ・サモネクア、アルネで……いいです」


 アルネは、歩いている方向に視線を向けてそう言った。出会って間もないから当然だけど、やっぱり壁がある対応だった。こういう時は本音で、自分の話をすれば心を開きやすくなるのではないか。私はそう考えて今の気持ちを正直に口に出した。


「実を言うと、一人が心細くて……利用するような事してすみません」


「そう、ですか……正直な人ですね」


 呆れた様な声に、私はアルネの顔を見る。アルネも私の顔に視線を向けていた。逡巡したであろう表情を見せてからアルネは口を開く。


「実は僕も同じです、巻き込む訳にいかないのに、一人はやはり」


 自分でも、よくわからない気持ちなんだろう。傷だらけの体から想像するに、きっと誰かに襲撃されたのだろうと思う。よく見ると、剣で斬られた傷の様な気がする。そんな状態で人間を信用できないのに、心細いから人に頼りたい。私にもよくわかる。


「もしかして、誰かに殺されそうになって逃げてるの?」


 思い切って聞いてみると、アルネは少し笑って返してくる。


「はい、そうです、奇遇ですね」


 奇遇。私の状況も察したのだろうか。私は傷が消えてしまっているから、追い詰められている様には見えないはずなのに。


「奇遇という言葉でいいのかわかりませんが」


「私の状況がなんでわかったの?」


 私の問いかけに、アルネは「簡単な推理です」と微笑んで言葉を続ける。


「あなたを一目見てわかりました、あなたはアンデッドですよね……それがバレて逃げてきた……そんな所ではないですか?」


「アンデッド?」


 アンデッド。蘇った死者。モンスターのはず。私がそんな物のわけ。でも思い当たる部分はある。確かに剣で刺されたのに、傷は消えてピンピンしている。


「もしかして、自覚が無いのですか?」


 驚いた表情を浮かべてアルネがそう口にした後、考える様に顎に手を当てて「いやでもそうか、これだけの状態なら」と呟いた。自己完結しないでほしい。私はたまらなくなって口を開いた。


「知ってる事を教えて……私は刺されたはずなのに傷が治って、何ともないの」


「あなたからは、アンデッドの物と同じ力を感じます、おそらくあなたは死んで、アンデッドになった、ここまではそれなりにある事です」


 私は自分の知識を振り絞って、反論の余地を探す。アンデッドは自然発生する物と人間が死んで変化する物がある。どっちにしてもそれらしい姿のはずで、私とは違う。そこまで考えて口を開こうとすると、言葉を続けたアルネの声に遮られる。


「でも、あなたは正気を失っていない、生気もしっかり残っていて人間としての温もりまである、上位のアンデッドでさえ、正気を保っている場合はあるけど、生気つまり人間らしさは無くなってしまう」


「じゃあ、私は人間なんじゃ」


「いえ、それはありません」


 アルネははっきり否定した後、言葉を続ける。


「あなたからは途方もなく大きなアンデッドの力を感じます、言うなれば上位の上を行くアンデッド、そんなの聞いた事もありませんが」


「そんな」


 突然刺されただけでもとんでもない事なのに、その上アンデッドの上位よりも上に行く存在かもなんて。でも、国を脅かす夕闇の令嬢とかいう物になると預言されたから、刺されたんだ。その預言は当たっているという事なの。私はこの国を脅かす存在なの。


「いかなる理由でも、突然命を狙われるのは辛いですよね……心中お察しします」


 アルネが申し訳なさそうな表情を浮かべる。私はアルネに、こんな顔をさせてしまった事を悲しく思う。良くなかった。とりあえず、自分の問題は脇に置いておこう。


「あれ、アルネがアンデッドの力を感じ取れるという事は、もしかしてアルネもアンデッド?」


 それなら命を狙われている理由にもなりそうだ。でも私の問いかけにアルネは顔を横に振る。


「違います、僕は呪術師です、呪術に使う力はアンデッドの物と同じなので、分かるんです」


 呪術という聞き慣れない言葉に、私は首を傾げる。呪いという言葉を使っている以上は、そういう魔法なんだろうけど。


「でもどうして命を狙われているの? 人間なんでしょ?」


 私の言葉を聞いた瞬間、アルネの表情は暗くなる。あまりそういう顔をさせたくなかったけど、一緒に行動するなら聞いておかないといけない。私がアルネの言葉を待っていると、少し間をあけたアルネは少しずつ語り出した。


「僕の一族は呪術に秀でた一族です、昔からその土地の領主のために働いてきました」


 領主のために働く。呪いの術を使う人間が働くという事は、それはつまりそういう事なんだろう。邪魔者を排除するというような意味合い。アルネは私の考えを見通す様に、少し笑ってから口を開く。


「概ね想像通りだと思いますが、それも昔の話なんです、領主の代替わりで僕たちの存在はだんだん必要なくなってきました」


 そういうアクドイ事をする領主はいなくなって、呪術師一族は不要になってきた。なんとなくその先が、想像できてしまった。アルネは今度は険しい表情になって、頷く。


「それも想像通りだと思います、僕たちは切り捨てられた……僕たち一族郎党の虐殺が行われた」


 呪いなんて物を扱う一族だ。恐ろしくて、そういう判断に至ってしまったのだろう。


「ヒドイ、利用するだけ利用して、いらなくなったら殺すなんて」


 そこから逃げてきたという事だ。大事な人達を置いて、逃げるしかなかった。それはとてもつらかっただろう。居ても立ってもいられなくて、私はアルネの頬に手を添えて笑いかける。


「辛かったね、アルネが生きていてくれて嬉しいよ」


「……ッ! 突然何を!」


 アルネが顔を赤くして、後ろに飛び退く。照れているらしかった。こういう反応ができるという事は、心がまだ死んでいない証拠。それに可愛らしくて、なんだか心がほっこりする。


「何をニヤニヤしているんですか」


「別に何でもないよ」


 私は、立ち止まってしまったアルネを置いていくように、先に歩を進めていく。しばらく後ろから唸り声の様な物が聞こえたけど、それからすぐに足音がして隣にアルネが並んだ。


「……僕は何とか逃げ出しましたが、逃げた所を見られてしまい追われています、何度か襲撃を受けた」


「それでそんな傷だらけで」


 突然命を狙われた。それはとても辛い事だ。私も経験しているからわかる。


「同じ、だね……私達」


「そうですね」


 私達は前を見たまま、そんな言葉を言い合う。なんというか自分の事情に巻き込んでしまう事を、ためらったからだ。その言葉の続きを口にするか迷ったからだ。でも一人は心細い。命を狙われて逃げ続けるなんて、辛すぎる。身を寄せ合っても罰は当たらないのではないか。


「一緒にさ、逃げない?」


 私はついに口にした。さっき会ったばかりだけど、境遇が同じで助け合えると思った。いきなりすぎておかしな事かもしれないけど、こんな状態で人に頼って、誰が責められるか。


「二人とも命を狙われてて、刺客が来てる訳でしょ? お互いの刺客がもしかしたら衝突してくれるかもよ」


 私は言い訳めいた事を捲し立てる。間違った事は言っていない。でも悪い場合、結託もありえる訳だけど、私はあえてそれを口にしない。卑怯かもしれないけど。


「そう……ですね」


 アルネは一度何かを言おうとして口を開いた後、諦めたようにそう口にした。アルネだって、結託するかもしれないと考えただろう。それでもそれを口にしない。きっと心細いはずだから。ややあってアルネは言葉を発する。


「巻き込む訳にはと思う反面、やはり一人より心強いと思ってしまう、何よりサミュと僕は……」


 アルネがそこまで言ったところで、近くの茂みが動くのが分かる。


「何?!」


 私はすぐさま背中に隠す様にアルネの前に立つ。その私の行動にアルネが抗議する様に、声をあげた。


「ッ! 逆でしょう! 僕がサミュを守る、いっ」


 私の後ろでアルネのうめき声が聞こえた。ケガが痛んだ声だろう。ケガしてるんだし、何より無理して大人ぶろうとしなくていいのに。私は少し笑ってしまう。


「ケガ人でしょ、お姉ちゃんに大人しく守られて!」


「なっ、子ども扱いしないでください!」


 私の前に出てこようとするアルネを後ろ手に掴んで阻止しながら、私は音がした茂みを注視した。


 そこから兵士が二人出てくる。装備からして、私の方の刺客ではない。偉そうな事を言ってしまったけど、私はそんなに強くない。護身術程度に魔法が使えるだけ。どうしたものか。こんなに強そうな二人を相手にどうすれば。


「お言葉に甘えて、後ろからサポートしましょう、試してみたい事もありますし」


「え? 何を試すの?」


 私が問いかけると、アルネはなぜだか照れているような声で返してくる。恥ずかしがる要素は無かった気がするけど。


「僕の力とサミュの力……その、おそらくかなり相性が良いんですよ」


 自分と私が相性が良いという事を、口に出すのが恥ずかしかったらしい。少し可愛らしさを感じながら、私は「わかった」と返事する。正直刺客がにじり寄って来ていて、今にも襲いかかってきそうなのだ。有利に事が運ぶならやってみない手はない。


 アルネが、何かの呪文を唱え始める。聞いた事がない物のはずなのに、私はなぜかその詠唱に心地よさを感じた。本来なら未知の物に、恐ろしさを感じそうな物なのに。


「夕闇の帳」


 アルネがその言葉を発した瞬間、波紋が広がる様に暗いオーラの様な物が広がって、私達と刺客がいる場所だけが、包まれる。


「あっ、なにこれ」


 詠唱に心地よさを感じたのもそうだけど、この空間の中にいるとなんだか調子が良くなる。心が弾む。


「大丈夫ですか?」


 アルネの問いかけに、私は頷いて返す。それよりも異常な事が起こっていて、私はそこから目を離せずにいた。明らかに刺客たちは体調が悪そうというか、立っている事さえ難しそうに片膝を地面について、喘いでいる。どうしてだろう。私にはこんなに心地よく、調子が良くなる物なのに。


「夕闇の帳は呪いの力によって、相手を弱体化させる空間を作り出す呪術です、やっぱりあなたにとっては強化になる様だ」


 なんだかよくわからなくていろいろ聞きたいところだけど、刺客たちはフラフラと立ち上がって、こちらに向かってきている。かなり足は遅いし、息も絶え絶え。私でも目で動きを追える。これなら護身術程度の魔法でも倒せそうだ。私は魔法弾を、刺客たちに向かってぶつける。


「うわ」


 私が自分で撃った魔法弾に驚いてしまった。威力が格段に上がっている。刺客たちを吹っ飛ばしてしまった。これも夕闇の帳の効果だろうか。呆然としている私の手をアルネが掴むと「とりあえずここから離れましょう」と歩き出す。夕闇の帳が消え去って、少し名残惜しさを感じながら、アルネの後に続く。




 それからしばらく歩いて、森の道から少し外れた所に二人で座り込む。とりあえずいろいろ聞きたかった。周りに誰もいないか確認しながら、私はアルネに問いかける。


「さっきのはどういう」


「はい」


 そう問いかけられるのを予想していたらしく、淀みのない答えが返ってくる。


「出会った時に少し話したと思いますが、呪術の力はアンデッドの物と同じなんです」


 確かにそんな事を言っていた。でもそれがどういう風に関係してくるのか。私が首を傾げると、アルネは少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「たぶん認めたくないんでしょう、だから理解を阻んでいる、というより拒否している」


「そう、なのかな」


 詳細は分からないけど、アルネから聞いた話をつなぎ合わせれば予想ぐらいは出来た。それでもきっと認めたくないからだろう。頭がその考えを否定した。私はため息をつく。


「あなたはアンデッド、呪いの力はサミュに力を与える、そして普通の人間は弱体化させる、あの状況はそういう事です」


 あの空間で感じた心地よさ、湧き出てくる力。私は強化され、刺客は弱体化した。アンデッドという証明だ。


 私は頭を振ってから考えを改める。相手を弱体化させて、私は強化される。逃げるには持ってこいの力じゃないか。


「よし、この力を使えば逃げるのは簡単かも」


 私はそう口にする。空元気でも強がりでも、今はそう思わなければ。今は立ち止まって落ち込んでいる時間はない。


「強いですね、サミュは」

「へへ、そうかな」


 一度決めればもうその道一本だ。私はアルネに笑いかける。それを受けてアルネは少し呆れたように苦笑した。


「さぁ逃げないと」


 私は立ち上がって、アルネに手を差し伸べる。アルネは何故か顔を赤くして、少し顔を背けて私の手を取った。可愛らしい子だ。私は少しいたずらな気分になって、アルネをヒョイと抱っこする。お姫様抱っこだ。


「なっ、ちょっと! 何をするんですか!」


 顔を真っ赤にしてアルネが暴れる。ケガのせいなのか元々力が弱いのか分からないけど、全然抵抗できていない。それとも私に、まだ強化された状態が残っているのか。


「こっちの方が早いよ、アルネが私を強化してそのアルネを私が抱えて走る、最高の形じゃない?」


「最高じゃありません! 僕のプライドが著しく貶められています!」


「ほら、静かに」


 私は少し離れた所に刺客がいるのを見止める。声をあげては気づかれてしまう。


「とりあえず、アルネの傷が治るまでは、そっちの方が合理的でしょ」


 傷ついた体で走り回れば傷が治らない。傷が治らなければ、逃げるのにも支障をきたす。そこまできっと考えたのだろう。アルネは大人しくなって「……お願いします」と呟いた。


「さぁ逃げよう」


 私が微笑んでそう言うと、アルネは顔を赤くして少し背けて「はい」と言った。お姫様抱っこだから顔が近い。それで照れたのかも。可愛い子だ。こんな状況だけど私はドキドキしてしまう。アルネに出会えてよかった。少しばかりこの苦難が、和らぐ気持ちがした。

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