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29話 大好きな義姉様

「姉様に何をするっ!!」

「アヴィス姉様ぁ!!」

「ぎゃーっ!! アヴィスううう!!」


 グライスとパルス、それからドリーが三者三様の悲鳴を上げました。


「はわ……びっくりした……くらくらします……」


 当の私はというと、まあ相変わらず痛覚はないので痛くも痒くもないのですが、衝撃が凄まじかったものですからすぐには立ち上がることができません。

 脳みそが揺れているのか、頭の中がぐわんぐわんとしています。

 そうこうしているうちに、ぎゃっ、という短い悲鳴に続き……


「うひゃっ……」


 私は不覚にも飛び上がりました。

 なにしろ、私を引っ叩いた男の首が、突然ぼとりと目の前に落ちてきたのです。

 いやですね。目が合ってしまいました。


「きさまあああ!! よくもおおおおっ!!」


 ケダモノのごとき咆哮を上げながら、ドリーが首のない身体を粉砕しております。

 明らかに絶命している相手に拳を振り下ろし続ける彼女の姿に、私も双子もドン引きでした。

 後ほど掃除をするローゼオ家の使用人達があまりにも気の毒なので、ぐっちゃぐちゃにするのはやめてほしいものです。

 そんなこんなで結局は大騒ぎになってしまったものですから、客間にいた者に気付かれてしまうのも当然でしょう。 


「──おいっ! 何の騒ぎだっ!!」

「あら……」


 慌てて客間から飛び出してきた相手の顔を見て、私は思わず眉を顰めました。

 反乱軍を率いてローゼオ侯爵家を占拠しているのは、前政権の大臣だと聞いていましたが、それが因縁の相手であったことを思い出したからです。

 忘れもしません。

 私が絶命しようとしていたまさにその時、エミールを幽閉せよとの第二王妃の演説に、真っ先に賛同の声を上げた男です。

 彼は、第二王子ジョーヌ殿下を担ぎ上げようと目論んでいた公爵家の腰巾着で、騎士団を犬と蔑んでいた文官の筆頭でした。

 しかしながら、野蛮だ何だと言って祖国を守護する騎士達に散々な扱いをしてきたこの男が、今は金で雇った傭兵に守ってもらっているだなんて……


「愚かにもほどがあります。いえ、一周回っていっそ面白くなってきました」


 脳みそぐわんぐわんが収まったため、私はここでようやく立ち上がります。

 そうして、念の為にグライスとパルスを物陰に隠してから、前大臣に向き直りました。

  

「ごきげんよう、閣下」

「ア、アヴィス・ローゼオ!? どうして……死んだはずではっ!?」

「閣下が恨めしくて、魔界の底から戻って参りました。うらめしや~」

「ひ、ひいいっ……化け物っ!!」


 まあ、化け物とは失敬な。

 彼の横で、知性の欠片もなさそうな顔をして煙を上げている成れの果てに言うならまだしも、ギュスターヴとお揃いの色になっただけで、私の姿は生前と変わらないというのに。

 などと、憤慨しておりますと……


「ひっ……な、なんだ、貴様は──ぎゃっ!?」


 ふらふらしていた成れの果てが、いきなり前大臣に襲いかかりました。

 ジゼルに吸血鬼もどきにされた上、元々金で雇われただけの傭兵ですもの。忠誠心も何もありません。

 耳をつんざくような悲鳴を上げて暴れる前大臣に、他の成れの果てが我も我もと群がりました。

 あらあら、大人気ですね。


「うふふ、浅ましいこと」


 いつの間にか私の肩に戻っていたジゼルが、舌なめずりをしながらそれを笑います。

 たっぷりと血を飲んだようで、彼女のお腹はぽんぽこになっておりました。

 私は私で、何やら鼻の奥がムズムズしますが一体何事でしょう。

 さすがに、こんなどシリアスな場面で鼻水を垂らしては沽券にかかわりますから、全力ですすっておきましょうね。ずびー。

 そんな私を何やらうっとりとした顔で長め、ジゼルはまたもや舌なめずりをしました。


 やがて、前大臣の悲鳴も聞こえなくなりました。

 廊下での騒ぎに気付いて真っ先に彼が飛び出してきたところを見ると、客間に手下を入れていなかったのでしょう。

 ということは、中に残っているのは……


「いったい、何が起こっているの……?」


 茶色い髪と青い瞳の女性がいかにも戦々恐々といった様子で客間から顔を覗かせました。

 とたん、私の顔に笑みが溢れます。

 

「義姉様!!」

「……え……アヴィ……ス?」


 現れたのは、兄の妻である現ローゼオ侯爵夫人、ローザ・ローゼオ。

 今の私と同じ十八歳で、伯爵家からローゼオ侯爵家に嫁いでいらっしゃいました。

 それから一年も経たずに義理の両親を失い、女主人の役目と私の母親代わりを担うことになりましたが、それはもう立派に務めてこられたのです。

 グライスとパルスが生まれてからも、義姉は変わらず私に愛情を注いでくれました。

 八歳で死に別れた生母の顔はもう朧げで、母と言われれば真っ先に義姉を思い浮かべるほどです。


「義姉様……お会いしたかった!!」


 私は居てもたっても居られず駆け出しました。

 生前ならば、はしたないと叱られていたかもしれませんが、あいにくもう王太子妃にも王妃にもならないんですもの。

 ドレスの裾が少しぐらい捲れ上がったって、どうってことありません。

 顔には満面の笑みが乗っていました。

 義姉との再会が嬉しくて嬉しくて、抑えようがないのです。

 さっきぶたれた左の頬は熱を持ち、唇の端が引き攣り、何だか左耳も聞こえにくいような気がしますが、瑣末なこと。

 とにかく、一刻も早く義姉の側に行きたくて、私は死屍累々散らばる廊下を走ります。


 ところが……

 



「──来ないでっ!!」




 ふいに投げつけられた悲鳴のような声が、私の身体を一瞬にして凍り付かせたのでした。




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