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24話 ツンデレメイドはママと呼ばれたい

 私を城に連れて帰った後、ギュスターヴは宣言通り地下へ行ったようです。

 そして、フラグ回避のためかどうかは知りませんが、放任主義の彼には珍しく、私の側に見張りを置いていきました。


「──まったく、魔王様には困ったものだわ」


 腰に手を当て踏ん反りかえってそう告げたのは、メイドの格好をした女の魔物。

 赤い髪と緑色の瞳の美人で、両のこめかみからは山羊のような角が生えています。

 彼女の名前は、ドリー。ギュスターヴが私につけた専属のメイドです。

 私と同じくらいの年格好に見えますが、おそらくはうんと年上でしょう。

 魔王の信頼が厚いということは、きっとメイドとしては優秀なのだと思いますが……


「どうして、この私が元人間の面倒など見なければいけないのかしら。まあ、アヴィスがどうしてもと言うなら、ずっと側にいてあげてもいいけど?」


 この通りのツンデレです。ツンと顎を反らしておきながら、チラチラ見てきて鬱陶しいことこの上ないです。

 とはいえ、さすがにこの半月でドリーの扱いにも慣れた私は、彼女に無感情な眼差しを向けて言いました。

 

「別に、あなたに側にいていただかなくて結構です。私のことなど構わずに、どこへなりとも消え失せればよろしいでしょう」

「き、消え失せるとか! そんな言い方しなくたっていいでしょう!」


 とたん、わぁんと泣き声を上げてしがみついてきた山羊娘を、非力な私は受け止めきれずに床に押し倒されます。

 ゴチンッと後頭部を打ちつけて、とっさにイタッとか言ってしまいましたが、痛覚がないので実際は全然痛くはありませんでした。


「もうっ! お前って子は! 本当に可愛くないんだからっ!」

「そうですか、可愛くないですか。ギュスターヴは可愛い可愛いと言いますが」

「そりゃ、可愛いわよ! 私と魔王様の子供ですものっ!」

「どっちなんですか。あと、あなたと魔王の子というは語弊があるのでやめてください」


 九割が魔王ギュスターヴの血肉で構成されている私の身体ですが、あとの一割はあの酒宴に同席した魔物達の血肉であり、メイドのドリーもその一端を担っているらしいのです。

 現在判明している他のメンバーは、堕天使ノエルと夢魔オランジュ。それから、ギュスターヴに細切れにされて焼き尽くされた吸血鬼ジゼル。

 ギュスターヴやノエルのように幼児を慈しむみたいな愛情を向けてくる者もいれば、オランジュのような巣にしまっちゃいたい派や、ジゼルみたいな食べちゃいたい派がいたりとさまざまです。

 ドリーは私に対して基本的には無害なのですが、直情的なので相手にするのはなかなか疲れます。


「くるしい……おもい……」

「──はっ! つい……」


 手足をジタバタさせて抗議しますと、ようやく我に返った彼女が慌てて私を抱き起こしました。

 痛覚以外の感覚はありますので、ぎゅうぎゅうされると苦しいですし、伸し掛かられれば普通に重いのです。

 ドリーはメイドの本分を発揮して、私の髪や衣服の乱れをパパパッと直します。

 最後に私の後頭部をなでなでし、コブができていないのを確かめてようやく安堵のため息を吐きました。

 それから、彼女はコホンとわざとらしく咳払いをして口を開きます。

 

「とにかく、魔王様からお前のお守りをするよう仰せつかったの! せいぜい、私の手を煩わせないでほしいものだわ! お茶でも飲む!?」

「セリフに一貫性がありませんね。お茶は結構です」

「お前、本当に全然飲み食いしないのね。魔王様が心配していらっしゃるっていうのに……じゃ、じゃあ……しょうがないわね! 私の精気を吸わせてあげてもいいわよ!」

「結構です。お呼びじゃないです。もじもじしないでください。気色悪い」


 んーっと唇を尖らせて迫ってきたドリーの顔を、私は手のひらでむぎゅっと押し戻してきっぱりと拒絶しました。

 ギュスターヴをはじめ、魔物達はやたらと私に自分の精気を吸わせたがりますが、一体何なのでしょうか。

 キスをしたいだけなのでしょうか。

 それなら、したい者同士ですればいいと思います。

 何でもかんでも私を巻き込まないでいただきたいものです。


「お前……本当に、可愛くないわっ……!」

「まあ、それはごめんなさい。可愛くない私のことなど、どうか捨て置いてください」

「そんな……捨てたりとかするわけないじゃない! アヴィスが可愛くないなんて、誰が言ったのよ!」

「あなたですけど」


 再び、わぁんと叫んで飛びついてこようとした山羊娘を、今度はさっと身体を横にずらして躱しました。

 私に抱き付き損ねたドリーはそのまま顔面から壁に激突します。

 ゴチンッ、とさっき私が後頭部を床に打ちつけた時と同じような音が響き、イタッと悲鳴も上がりました。

 ドリーには痛覚があるようなので普通に痛かったのでしょう。

 そのまま床に蹲ってさめざめと泣き始めました。

 私はそれを一瞥してから、湿っぽい空気を入れ替えるべく窓を開きます。

 そのとたんでした。


「──ふぐっ」


 待ってましたとばかりに何かが飛び込んできて、べちゃっと私の顔に張り付いたのです。

 その勢いに押されて後退り、私は思わずたたらを踏みました。


「ちょっとぉ! 私のアヴィスに何するのよっ!!」


 ドリーが慌てて駆け寄ってきて、それを引き剥がそうとしてくれますが──その直後、さらに思いも寄らないことが起こりました。

 突然、私の足下の床が輝き始め、何やら魔法陣のようなものが現れたかと思ったら──




「「「え……」」」




 三人の女の声が重なります。

 私とドリーと、そして私の顔に張り付いていた何かの声です。

 どこかで聞いた声のような気がしましたが、のんびりと記憶の糸を手繰っている暇はありませんでした。

 何しろ、私達の身体は成す術もなく、足下から這い上がってきた光に呑まれてしまったのですから。








「──アヴィスは、どうやったら眠るのだろうな」


 カツンカツンと靴音を響かせて、長い長い階段を下っているのはこの城の主にして魔界の王ギュスターヴ。

 その背後にしずしずと、元々は対極の存在──堕天使ノエルが付き従っている。

 それこそ気の遠くなるくらい長い付き合いである彼らの目下の懸念は、ちっぽけでか弱い元人間、アヴィスの日常生活に関するものだった。


「食事も結局、精気以外は受け付けんようだし……さて、どうしたものか」

「でも先日、タピオカは口にしたんじゃありませんでしたっけ?」

「自撮りのために一口だけな。その後、やっぱりカエルの卵みたいで気持ち悪いとか何とか言って、二度と口にしなかった」

「おやおや……」


 なお、アヴィスの残したタピオカを保護者としての責任から完食したギュスターヴも、二度と口にしたくないと思っている。

 背後のノエルを振り返らないまま、そんな彼が問うた。


「私が寝ている間、アヴィスはどう過ごしている?」

「私の知る限りでは、大半の時間は書庫で本を読んでいますね。それに飽きれば、魔王様のベッドに忍び込んでゴロゴロしてはいるようですが……って、もしかして、お気づきでない?」

「全然お気づきでないぞ。アレの気配は、私の眠りをまったく妨げないからな」

「本当に、いつか寝首を掻かれるかもしれませんねぇ」


 そんな笑えない冗談を言い合っているうちに階段が途切れた。

 ここは、魔王城の最深部。

 日の光はもとより、魔界の紛い物の光さえ届かぬ真の闇──そのさらに奥底にある。

 己の身体がどこにあるのかさえ分からないこの深淵で平気な顔をしていられるのは、おそらく魔王たるギュスターヴだけだろう。

 ノエルでさえ、ギュスターヴと一緒でなければ足を踏み入れるのを躊躇するほどの場所だった。

 そんな闇の中を進んでいくと、やがてぽつりと弱々しい光が現れた。

 どうやら、どこからかほんのわずかに──それこそ、髪一筋ほどの光が降り注いでいるらしい。

 そして、闇の中で蠢いて、その眇々たる光に必死にすがる者がいた。

 その目の前で足を止めたギュスターヴが、感情のない声で告げる。

 

「──ごきげんよう、天上の民。深淵の空気は肌に合ったか?」

「……」


 とたんに、ギロリと彼を睨み上げたのは、今は闇に塗りつぶされているが、実際はここからはるか遠く高くにある空を映したような色。

 アヴィスを殺した天使、カリガの目であった。

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