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8.

「なるほど、じゃあこちらのお嬢さんに似合う商品を選べばいいんだな?」


 どうやらカヨさんの連れの女の子にコスメを選びに来たらしく、女の子を席に座らせる。長い髪の彼女は全く化粧っ気なし。色白で綺麗な肌は、殆ど化粧をしたことがないのだろう。ほんのりピンクに染まって、緊張していることがわかる。


「そうだな――久保川さん、ファンデはピンクオークル。リキッドのRP02番。それから――」


 店長の指示でサンプルを集めて回る。たくさんあるコスメの色とかびっくりするくらいに店長の頭に入ってて、的確に色番号が指示される。


 それから丁寧に彼女にメイクを施していく。全く初心者の彼女に教えながらメイクする腕は本当にすごい。店長が一筆動かすごとに彼女の顔が柔らかく、鮮やかに生まれ変わっていく。その店長の手つきに見惚れてしまう。


 真剣に仕事する男の人って、本当に格好いい。いやでも私にもそれくらい親切に教えてほしかった。


「へえ、兄さんってすごいんだ」


 私の隣でカヨさんが心底感心した声を上げた。あれ、兄妹なのに全然知らないんだなあと考えて、そういえば別居していて没交渉なんだったよなあと思い出す。


「店長、会社でもトップクラスの腕だそうですよ」

「そうなの? 私、一人暮らししてるから全然知らなかった」


 カヨさんが不思議なものを見るように店長を見ている。ふふふ、そうなのです。店長はすごいのです。なぜか私が鼻高々。相手は妹さんなのにね。


「でも、兄はキツい……あんまり愛想良くないから、こうやって接客やってることが信じられないのよね」

「いえっ、店長は優しいですよ!」


 思わず勢い込んでしまった。


「確かにズバズバした物言いだしあんまり笑わないし、最初は怖いかなと思ったけど、だんだんわかってきたんです。店長は仕事に厳しいだけで本質は優しくて不器用な人です。ちょっと上から目線なところありますけどね。今では尊敬する上司で師匠です!」

「師匠?」

「はい、私、服部店長にメイクを教えてもらってるんです、個人的に」


 といっても自分でやったメイクのだめ出しが基本だけどね。通信添削みたいだ。


「へえ、そうなんだ。あのお兄さんが……」


 カヨさんは意外そうに目を丸くしている。美人さんだからとっつきにくいかと思ったら、案外そうでもないんだなあ。

 これは、私ひょっとして店長とカヨさんの距離を縮めるお手伝いができてる? そうだよ、今まで疎遠だった兄妹なんだから、カヨさんが普段知らない店長のいいところを知るチャンス!


「私のメイクにつける点は相当辛いんですけどね、それも店長の仕事に対するプライドなんだろうと思っています。でも、仕事から離れるとすんごく気遣いしてくれて優しくって、それで」


 はっと気がつくとカヨさんが私を凝視していた。目が合って私もやっと冷静になる。

 な、なにを力説しているんだ、私! ついつい突っ走ってしまった自分がじわじわと羞恥に染まっていくのがわかる。


「すっ、すみません私、ひとりでべらべらと」

「ううん、とんでもない」

 

 恐縮して縮こまっている私にカヨさんがにっこりとほほえんでくれた。美人のほほえみってものすごい破壊力! あき兄が惚れちゃったのがわかる。


「兄とはそんなに仲がいいわけじゃないけど、そうやって兄のことを見てくれている人がいるってわかって嬉しいわ」

「は、はあ」

「久保川さん、っていうのね。私、カヨ。よろしくね」

「は、はい、久保川瑠璃ですよろしくお願いします」


 すっと綺麗にネイルした手が伸びてきたので反射的に私も手を伸ばし、二人で握手した。

 え? なんで握手?


 そんなやりとりをしているうちに店長のメイクは終わり、お披露目になった。


 ――すごい、の一言です。


 もともとふんわりした雰囲気のかわいい子なんだけど、もとの雰囲気を損なわずに甘くかつクラシカルな仕上がりでメチャクチャ綺麗。クラシカルなのは、どうやらパーティーに出席する予定があるのでそのとき着るドレスに合わせたらしい。


「は、派手じゃないですか?」

「派手じゃないよ! いつもメイクしないからそう感じるのよ。よく似合ってるよ、ユウ」


 カヨさんと女の子が鏡を挟んで盛り上がっている。さすがは店長のメイクです、完璧。


 二人は勧められたコスメを数点購入し、にこやかに帰って行った。はあ。美人な上にすごくやさしそうな女性。深い赤の口紅がよく似合う人。

 あき兄のタイプはああいう人なんだな。

 そこまで考えてはた、と気がついた。店長、「妹は結婚する」って言ってなかったっけ?


「――川さん。久保川さん」

「はっ、あ、はいっ!」


 名前を呼ばれて現実に立ち戻った。店長がにらんでる。


「まだ業務時間内だからな、ぼーっとするな」

「はいっ、申し訳ありません!」


 うわ~、やっちゃった。気を引き締めて仕事しなきゃ。そう思って仕事に戻ろうときびすを返したとき、小さな小さな声が耳元をくすぐった。


「仕事が終わったら話がある」

「――え?」


 聞き返す前に店長は仕事に戻っていってしまい、私は呆然とそこに取り残される。けどすぐに仕事だと思い返し、あわててブースの清掃に行ったのだった。


★★★


 駅そばのコーヒーショップでちょっと甘めのフレーバーコーヒーを飲む。生クリームてんこ盛りのところにチョコソースがかかっていて、そこにシナモンパウダーをふりかけるのが好き。カロリーは気にしない。疲れた時は甘いもので自分を甘やかすのだ。


「久保川さん」


 呼ばれて顔を上げるとスーツ姿の店長が立っていた。


「すまない、遅くなった」

「いいえ、思ったより全然早かったですよ」


 手にコーヒーのカップを持った店長が私の隣に座る。背が高い店長は座っても見上げないと顔が見えない。


「今日はすまなかったな。妹が」

「いいえ、びっくりはしましたけど」


 まさかあき兄の思い人である黒髪美人さんが店長の妹とは思わなかった。想像していたよりずっと話しやすい人で美人で、店長とはそのあたり真逆だよね。でもきりっとした雰囲気とか、どこか芯の強そうな感じは似てる。

 あき兄が彼女を好きになった気持ちはわかる気がするけど、ちょっとカヨさんがあき兄の横に立っているところを想像するとしっくりこないな。これは私の偏見だろうか。


「それで、何があった?」

「は?」

「カヨが来てからなんだか様子がおかしかっただろう。ぼーっとしたりしていたし」

「え、それは」


 それは黒髪美人さんイコールカヨさんだったことに驚いたからです。

 そう告げると、店長もひどく驚いていた。


「カヨが? 久保川さんの言っていた黒髪美人とはイメージが……」

「そうですか? すっごい美人じゃないですか。確かに思っていたよりフレンドリーな人だとは思いましたけど」

「礼儀のなっていない奴で申し訳ない」

「全然そんなことないじゃないですか、素敵な人でしたよ。でもカヨさんが黒髪美人さんだったから、あき兄は失恋確定だなあ」


 だってカヨさんには婚約者がいるんだから。これってあき兄に伝えるべきなんだろうか。

 でも教えたらあき兄はショックだろうな。あき兄の悲しむ姿を見たくなくて躊躇してしまう。


「嬉しくなさそうだな」

「え?」


 そう考えていた私にかけられた店長の言葉は意外に感じられた。


「なんで喜ぶんです? あき兄が悲しむじゃないですか」

「そこがわからん。普通ならライバルがいなくなってチャンスだと思うんじゃないのか?」


 あれ?

 いわれてみればそうかも……?

 でも私、自分で諦め切れてないってことを自覚してて、だから今もあき兄のことが好きで――


「そっか、チャンスなんですね」

「だろう?」


 店長が手にしていたコーヒーのカップをぐいっとあおる。


「あちっ!」

「て、店長! 大丈夫ですか!」


 まだ熱いコーヒーを勢いよく飲んでやけどしたらしい。慌ててカウンターから冷水のグラスをもらってきた。


「――悪い」


 きまり悪そうに冷たい水を飲む店長。なんだか店長の珍しい面を見た気がした。



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