表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/17

7.

「あ、あき兄?」


 駅の入り口に立っていたらしいあき兄は、厳しい顔つきでずかずかと私と店長に歩み寄る。私は瞬間どうしていいかわからなくなってしまった。この間あき兄と言い合いになってしまったのは店長の話題だ。その肝心の店長が今ここで鉢合わせしているわけだから、まさに役者が揃ってしまったわけで。


 あき兄は私達の目の前で足を止め、私と店長を何度か見比べた。


「失礼ですが、貴方は?」


 あき兄の声が鋭い。


「俺は服部史孝。久保川さんのバイト先の店長だ。そういう君は?」

「俺は岡村彰人、瑠璃の幼なじみで――」


 名乗った店長に対抗するようにあき兄が名乗って言いよどんだ。それから「大切な、友人だ」とぼそっと付け加えた。

 友人、か。妹って言われるよりはましかな?


「そうか、なるほど」


 なぜか横で店長が納得してる。いったい何に納得してるんだろう? と思っていたら、私にやっと聞こえるくらいの小さな声で


「彼だろう? よかったな」

「え」


 言われた意味を理解する前に店長が半歩私と距離を開けた。


「迎えの人が来たなら良かった。いつもより遅くなったから駅まで送ろうと思っていたんですが、あとはよろしくお願いします――久保川さん、それじゃ俺はこれで。今日もお疲れ様」


 そう言うとそのまま来た道を歩いて行ってしまった。


「あ、てんちょ……」

「今のが例の店長さん?」


 あき兄が私の腕をとって聞いた。この間ほど怖い顔はしていなかったけど、それでも難しい顔をしている。


「そうだよ、心配して送ってくれたんだよ。部下思いのいい人でしょ?」

「部下思い、ね。うん、そうだな」


 それきりあき兄が黙ってしまったのでなんとなく居心地悪くなる。


「あき兄、帰ろうよ」

「なあ、瑠璃」

「え?」


 見上げると難しいままのあき兄の顔。この間の言い合いを思い出してちょっとだけ身構える。が、それは単なる杞憂に終わった。


「こないだは悪かったな。そうだよな、あんな言い方されたら誰だって怒るよな。お世話になってる人なのに」


 ストレートなあき兄の謝罪。


「え! ううん、私もついかっとなって言い過ぎた。ごめんなさい」


 私が言うとあき兄はほっとした顔でほほえんだ。そっか、謝ろうと思ってくれてたんだね。それで難しい顔をしてたんだ。


「じゃ、仲直りな。やっぱ瑠璃とけんかしてるなんて寝覚めが悪いや。どうだ、仲直りの印にちょこっと飲みに行くか」

「うん、そしたらお母さんに連絡する」


 その場ですぐに電話してオッケーをもらい、二人で居酒屋を探して駅前から離れた。

 その様子を店長に見られていたなんて思いもしなかった。


★★★


「ねえ、なんか今日店長機嫌が悪くない?」


 翌日の夕方、商品の補充をしていた私に皆川さんがこそっと聞いてきた。


「ほんとですよね~。何かあったんでしょうか」

「うーん、プライベートなことを話す人じゃないからね、店長。でも、仕事の時にそういうのを持ち込む人でもないんだけど」


 やっぱり店長は怖いけど仲間からの信頼は厚い。いい人だしなあ。


 商品を補充しながらちらちら見ていると、機嫌が悪いと言うより落ち込んでいるかんじだ。時折小さくため息をついていたりする。そして時々自分を鼓舞するように握り拳を作っていたりして。もちろん仕事の手を抜いていないのがさすがだ。


 そんなときだった。


「いらっしゃいませ」


 他の店員の声ではっと見ると、二人の女性が入店してきたところだった。私も条件反射的ににっこり「いらっしゃいませ」と言って――固まった。


 ひとりは高校生くらいの女の子。ふんわり長い髪の、おとなしそうな感じの子で、ノーメイク。

 もうひとりは私と同い年か少し上くらいの人で、スレンダーなスタイルとあごのあたりで切りそろえた黒髪が綺麗な――――


 あの、黒髪美人さんだ。


(え、ええええ! いやそりゃ全然あり得ない話じゃないけれど、こんなことってあるの?)


 内心パニックになっている私をよそに、皆川さんが二人の接客についている。


「最近評判を聞いたんで来てみたんですよ。どんな感じかと思って」


 黒髪美人さんが正直に言っている。皆川さんが案内しながらいろいろ説明しているみたい。高校生っぽい子は物珍しいのかしきりにきょろきょろしている。


「お好きなサンプルをこちらでお試しいただけますので……」


 皆川さんが黒髪美人さんを鏡の前に案内したとき。


「――カヨ?」


 はっとして振り向くと、驚いた顔の店長が立っていた。え? 知り合い?

 一方の黒髪美人さん――カヨさんというのか――も驚いているみたい。アーモンド型の目をまん丸に見開いて店長を見てる。


「なんでここに……って、そうか、ローズヤードの店だもんね、おかしくないのか」


 あーびっくりした、と言いながらカヨさんは店長の方へ足を向けた。ちなみに彼女の言う「ローズヤード」とはこのロージィ・ルームを運営している親会社、ローズヤード化粧品のことだ。


「この間はごちそうさま。びっくりしちゃった」

「ああ」

「お邪魔なようだったら帰るわよ?」

「いや、大丈夫だ――皆川さん、こいつの接客は俺がするからいい」

「はい、店長」


 皆川さんが離れ、店長がカヨさんと並ぶ。

 うわー、美男美女が並んでる! カヨさんの連れの女の子もふんわり可愛い雰囲気だし、目の保養だなあ。


 ――と普段ならテンションが上がりそうな場面なのに、私はなんか変だ。

 カヨさんに対して、ひどく苛ついている。


 だって、あき兄は貴女のことが好きなのに。

 どうして貴女は店長の隣に立っているの?

 「こいつ」なんて呼ぶほど親しい関係、まさか店長の……


 ぐるぐると頭の中を渦巻く嫌な感情。

 あき兄が可哀相だと思っている自分がいる。

 彼女が店長の隣にいることに腹を立てている自分がいる。

 他にも自分で理解できない気持ちがまぜこぜになって、なんだか苦しい。


 その時、連れの女の子がそっとカヨさんの袖を引いた。


「カヨさん、お知り合い?」

「ああ、ごめんね。この人、私の兄なの」

「あ、お兄さんなんだ!」


 兄。お兄さん。ブラザー。


 な、なんだ、妹さんだったのか!


 ストンと体の強張りが取れた。よかった、本当によかった。


 ――何が?

 カヨさんが店長の恋人とかじゃなかったことが?

 そうだよ、そうに決まってる。そうすればあき兄が悲しむこともなくて……だよね。

 大好きなあき兄を悲しませたくない。そういうことなのよ。

 少し噛み合わないものを感じながらも自分を納得させる。


 でもこの時「店長の妹には婚約者がいる」って情報がすっぽり抜けてしまっていたことは、しばらくしてから気がついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ