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14.

 告白しなきゃと思ってたけど、だめだ、できない。

 店長が社長令息だって知ってしまった今告白したのでは、店長は私のことを社長夫人の地位狙いのバカ女だと思うだろう。


 振られてしまうのは仕方がない。でも私が店長を好きな気持ちを信じてもらえなかったり、信じてもらえても「地位に目がくらんだ浅はかな女」と軽蔑されるのは耐えられない。

 それに、あき兄に筋を通さなきゃいけないのは私の理由であって店長には何の関りもないことだ。だとしたら、こんな振られるとわかりきった告白なんてただの迷惑でしかないんじゃないだろうか――


「う、無理だ……」

「何が無理だ、やる前から無理無理言うんじゃない」


 ひとりごとに返事が返ってきてはっと顔を上げた。ヤバイ、バイト中だった。仁王立ちの店長がキラーン★と眼鏡を光らせている。


「45点。アイラインはマシになったが、こんなにシャドウを濃くしたら中国の京劇みたいだぞ」

「は、はひ」


 サッと取り出したメイク道具でささっと私のメイクを整えていく店長。それはいつもしてもらっていること。だというのに、私の意識は教えてもらっているメイクよりも店長の指先に集中してしまっている。

 頬にそっと触れて私の顔を固定している。私よりずっと指ががっしりしていて太いのに、繊細に動いてアイシャドウをぼかしていく。触れられているところが、熱い。


「どうした、久保川さん。ちょっとチークが乗りすぎてたか? 頬が赤いぞ」

「い、いえっ、今日はちょっと厚着で」


 ごまかし方、下手くそか。

 何とか言い逃れて仕事に入った。


 私、この調子でうまくバイト続けられるんだろうか。



★★★


 これがなかなかの難題だった。

 今まであき兄が好きだと思っていたころは簡単だと思ってたんだ。自分の気持ちを隠してただの幼馴染としてつきあうことは。

 けれど店長相手だとなぜか勝手が違う。店長を好きだと自覚してから1週間、どうもバイトでポカが増えてしまっている。


「ああ、久保川さん」

「は、はいっ!」

「どうした、声が裏返ってるぞ」

「な、なんでも――ああっ!」

「なんだ、商品の山を崩すなんて今日はボケボケだな。具合でも悪いなら」

「悪くありません! 元気いっぱいです!」

「そ、そうか、ならいい」


 こんな調子でてんぱってしまう。あああ、仕事までろくに出来ないようでは解雇されてしまう! 解雇されたらそばにもいられなくなっちゃう!

 そんな焦りから小さなポカをするので、注意深く仕事をしていたら、終業する頃にはもうくたくただ。ロッカーからかばんを出し、無意識にため息をついていたら皆川さんに心配された。


「久保川さん、どうしたの? ここのところ調子悪そうね」

「いえ、そんなことは」

「あるでしょ? ちゃんと店長に相談した?」

「な、なんで一足飛びに店長へ」


 普通同僚の女性とか、立場が上の人でも女性のリーダー的存在の皆川さんに相談するのが筋ってものでしょうが。なぜ職場のトップに直撃しなければならないんでしょうか。というか、無理。控え目に言っても無理。

 ぷるぷると首を横に振ると、皆川さんがにっこりと聖母のように微笑んだ。うわあ……何というか、温かい目で見られている気がする。

 やだ、何でそんな目で見るの?

 いたたまれなくなって「えへへ」とひきつった愛想笑いを振りまきながらじりじりと外へ出るための扉へと近づき、勢いよく外へ飛び出して走って逃げてしまった。



 店から駅まではそんなに遠くないけど、人ごみに紛れてやっと足を緩めた。

 夏に始めたこのバイトももう2か月、季節は秋に入っている。まだ残暑はあるけれど朝夕は涼しい。走ってもそれほど大汗をかかずに済んでうれしい。

 すっかり暗くなった街を駅に向かって歩く。この道を歩くのもずいぶんと慣れてきた。

 バイトを始めてから私の生活は一変してしまった。忙しくなったし、新しい世界を知ることが出来たし、そして――あき兄への気持ちに区切りがついて、新しい恋に出会ってしまった。


「激動の2か月だったなあ」


 ふう。思わずため息をついてしまった。

 これからどうしよう。告白する勢いはすっかり萎えてしまったというのに、好きな気持ちはどんどん大きくなってくる。最初怖いと感じていた部分も、店長が実は優しい人だとわかってからは不器用なだけだと気がついてしまって。あの威圧感たっぷりの上から目線な表情だって。

 だめだなあ、すっかり溺れてしまっている。ほら、今だって店長の呼ぶ声が聞こえるような気が――


「久保川さん!」


 あれ?

 今、本当に聞こえた?

 振り返ると本当に店長が見えた。私を呼んでいる。え? え?

 驚いて立ちすくんでいると、すぐに店長が追い付いた。足、速いなあ!


「店長? どうしたんですか?」

「――何かあったのか?」

「へ?」

「皆川さんから聞いた。何か久保川さんが悩んでいるみたいだと。何かあったのか?」


 みーなーがーわーさんっ!


「い、いえ。何もないですよ?」

「ひょっとして、また彰人くんが――」

「ち、違います! あき兄はあの日もう一回会ったんですけど、それきりです」

「ならいいが。あ、いや、いいってことはないのか……? あの日、って俺が朝自宅まで送っていった後か? 大丈夫だったのか?」


 あ、そっか。その後の顛末を話していなかった。というか、私が店長にドキドキして話しかけられなかったというか。うわ、失礼なことしちゃってた、かな?


「はい、それっきり顔を見てないです。申し訳ありません、ご心配をおかけしちゃったんですね」

「いや、俺が勝手に心配していただけで。さすがにそんなプライベートなことを聞いていいのかわからなかったし」


 心配してくれてたんだ。そう思ったら嬉しくて舞い上がっちゃいそうだ。

 でもだめだ、ちゃんと自制して。店長はあくまで自分の店の従業員を心配しているだけなんだから。


「送っていこう」

「へ?」

「もう夜だからな、君みたいな女の子をひとりで帰すわけにいかない。それに彰人くんのこともあるだろうし」


 とんでもない! 私は震えあがった。今まさに店長への気持ちを隠そうと努力しているところなのに、一緒に帰るとか修行か。それも超スパルタなやつ。


「いえっ、大丈夫です! ほらもう駅ですし! あき兄もあれきり顔を見てません! 店長に心配されるようなことじゃないです! それにほら、変に噂でも立てられたら困っちゃうだろうし!」


 店長は地位のある人だ。そんな人がいちアルバイトと、なんてどこからか噂にでもなったら店長が困っちゃうだろう。やっぱり私なんかじゃ店長には絶対釣り合わないから。

 あ、落ち込んできた。


「久保川さん」

「とにかく私は大丈夫です。お気遣いありがとうございました!」


 がばっと頭を下げてまた走り出した。人ごみをすり抜け、駅の改札を通って、ちょうどホームに入って来た電車に飛び乗る。

 変じゃなかったかな。いや、変だったかな。

 乱れた息を整えながら、走ったからじゃない頬の赤さが恥ずかしくて、ドアの横に立ってただ流れていく景色を見ていた。












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