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13.

 「それが答え」と言ったあき兄の言葉が耳の奥でずっと響いている。大学でもおかげでずっと上の空だ。

 そういうこと?

 私が店長を?


 自覚させられてしまったけれど、まだどこか半信半疑だ。正直、ずっとあき兄一筋だったからそれ以外の気持ちなんて知らないのだから。

 大学の講義を終えて構内を歩き、空を見上げる。

 店長とは結構年が離れてるよなあ。私なんて不甲斐ない押しかけ弟子で雇ってるバイトで、店長に相手にしてなんかもらえないだろう。

 そう考えたら何だか悲しくなってきた。


 ああ、なるほど。

 やっぱり店長のことが気になってるから、友達や同僚以上の「好き」だからそんなふうに思うんじゃないだろうか――なぜかここにきてすとん、と納得してしまった。

 私、いつの間にか好きになってたんだ。9歳も上の、店長を。


 自分でそれを理解したなら、私は店長に告白してハッキリさせなきゃいけないんじゃないだろうか。私のことを好きだと言ってくれたあき兄を振ってしまったんだから。

 ――告白なんかして、もし振られたらバイトも辞めなきゃかなぁ。それはそれで悲しい。今のバイト、結構気に入ってるんだから。


 けど。


「――そうだよ。きっとそれがあき兄に対する私の責任、だよね」


 ぎゅっと手を握りしめ、決めた。


 店長に告白する。今日、バイトが終わったら。自分でも猪突猛進だとは思うけど、長引かせたっていいことなんかない。


 ダメだったら? その時はその時だ。最悪バイトを辞めることになってもしょうがない。それくらいの気持ちで臨まないとまた尻込みしてしまいそうだ。


「――っ、やるぞ!」


 秋空に拳を思い切り突き上げた。


★★★


「お疲れ様です」


 バイトに入ると、今日は割と客が多い。皆川さんが振り向いて「ああ、久保川さん。2番ブースの清掃をお願いします」と言ってすぐに接客に戻っていった。


 うわ、本当に全席埋まってるし行列ができてる。そうか、今日発売の新色アイシャドウパレットがあるんだった。コマーシャルで有名なタレントさん使って大々的に宣伝してるやつ。そりゃ混むわ。私は大慌てで清掃に向かった。


 清掃したり品出ししたりお客様を案内したり。バタバタ働きながらちらりと店長を見る。今日も鮮やかな手つきでお客様の顔にメイクを施していくのが昨日より一昨日より輝いて見える。やばい、かっこいい。ダメダメ、仕事しなきゃ。


 けれど頭の中は告白することで一杯だ。それに気を取られないよう必死に手を動かす。


「こんな感じに色を置くといいですよ。アイホールに沿うように――」


 だめだ、一度好きだと意識してしまったからか、耳が店長の声を勝手に拾ってしまう。今は仕事中、仕事中……必死に念じる。


 そうしてだんだん閉店時間が近づいてくると、逆にドキドキが止まらなくなってくる。告白するんだ、ってテンパってきてしまった。


「久保川さん」


「は、はいいっ!」


 皆川さんに呼ばれたのにめちゃくちゃ大きな声で返事してしまった。ああ、今お客様がいなくてよかった。


「ど、どうしたの?」


「な、何でもないです! 何か御用ですか?」


「あ、うん、BBクリームの在庫を出してきてほしいの。各色3本ずつ」


「はい、わかりました」


 バックヤードに引っ込んで、BBクリームの箱を持って店舗へ戻ってくる。バックヤードとの境のカーテンをくぐった時だった。


 いつの間にかお客様がひとり来店しているのが目に入る。上品そうなファッションの20代半ばくらいの美女だ。店長が応対しているようだが、私の方に背中を向けているので店長の表情は見えない。でも、皆川さんはじめ他の店員たちがおっかなびっくりそちらを伺っているので何か妙な客なのはわかった。店長の背中からちょっと黒いオーラが立ち昇ってる気がするしね。


 どうやらこの美女、お客様ではないらしい。店員の畑中さんがこっそり教えてくれた。


「なんかね、店長に個人的な用があって来たみたいなのよ。見合いがどうとか言ってる」


「見合い! 店長、お、お見合いしたんですか……?」


「ううん、話聞いてるとどうやらお見合いの話があったけど、今はそんな気になれないって見合いすること自体を断ったらしいのよ、店長。で、あの人はその見合い相手らしいんだけど、納得いかなくて押しかけてきたみたい。でも店長、イライラしてるよね。仕事中におしかけてくるとか、そういう常識ないのきらいだから」


「そうなんですね」


 内心の動揺を隠しながら相槌を打つ。え、告白しようとした矢先にそんな話題。

 そんな気になれない、って結婚は考えられないって意味? それともお見合いはしたくないって意味? それとも――恋愛自体考えられないって意味?


 ふと、夏世さんに聞いた話が頭をよぎる。


『ほらお兄さんはあんな性格でしょ? 決してフレンドリーじゃないし、言葉もちょっときつく感じるのよね――学生時代からローズヤード化粧品の御曹司だ、ってわかると女の子たちが群がってくるんだって。で、揃いも揃って社長夫人の座狙い。その中のひとりが既成事実を作ろうとしてお兄さんに薬を盛ろうとしてね。未遂だったんだけど、それ以来女性を避けるようになったらしいの』


 泊まった日、そんな話を聞いたんだった。夏世さんはその頃もう別居して没交渉だったから後で聞いたって言って心配してた。じゃあやっぱり「恋愛自体考えられない」が正解――なのかな。


 なんて考えている間にお見合い予定だった美女は追い返されてしまった。店を出ていくときにちょっと涙目だったし「こんな人だと思わなかった」って呟いてたから店長に結構冷たくあしらわれてしまったんだろうか? もう来ることはないだろうなあ。ちょっとほっとするけど、ちょっとかわいそう。初見じゃ結構怖かっただろうね……バッサリやられてしまった女性に同情する。


 でも。でも待って。私は今日これから店長に告白しようとしている。告白したら、今の美女と同じようにバッサリ振られるんだ。ちょっと、ううん、すごく怖い。一瞬告白はやめようかという考えが頭をよぎる。いやだめだ、あき兄に対してきちんと筋を通さないと。


 そうして運命の終業時間がやってきた。ちょっとのろのろと私服に着替え、他の人たちと一緒に店を出る。で、少し行ったところで「あ! 忘れ物したので取ってきます! お疲れ様でした!」と別れた。わざとらしくなかったかな。


 今、お店にはまだ店長がいる。店長だけが。


 通用口からそっと入って覗くと、バックヤードの事務机に向かって店長がパソコンに入力しているのが見えた。おそらくその日の日報を打っているのだろう。


 社長の息子だっていうのにこうやって最前線で働いているのはどうしてだろう。やっぱり社会勉強とかなのかな? 例えばこれから社長への道を歩むために現場を知り、直接顧客と接する機会をもっておこうとか……?


『ローズヤード化粧品の御曹司だってわかると女の子たちが群がってくるんだって』


 また夏世さんの言葉がリフレインする。

 私は気がついてしまった。愕然とした。

 だって、私は店長が「御曹司」だって知っている。そして店長も私が知っていることをわかっている。ということは、だ。私は「店長が御曹司だと知って告白する女」になってしまわないだろうか――?


 告白するのはいい。そして振られてしまうことも織り込み済だ。だけど、告白しても気持ちを信じてもらえないのは――つらい。


 告白しようという決心がしゅるしゅるとしぼんでいく。たった今思いついた考えだから、どうするのが一番いいのか判断がつけられない。というか自分で自分の考えにパニックしているのだろう。


 私は音を立てないようにそっと通用口から外へ出た。そして一気に駅へ向かって走り出したのだった。

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