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きかざる者達

作者: 雷

名前。それには親がこんな子に育って欲しいという願いが込められている。

親の願いや期待で、名前をつけられた子としては、その名を誇れる自分になるかというのは思春期を越えた頃からだんだんと足枷として働いていく。


僕三上剛という名前には柔道有段者の父と空手有段者の母の

「強く、逞しく、自分の信じた道を突き進めるかっこいい漢になって欲しい」と名付けられた。

しかし、そんな親の期待も程なく現実の僕は運動が苦手で喧嘩や暴力なんて考えられない、優柔不断で女の子みたいと馬鹿にされる日々も多々ある男子高校生だ。

「4時間目は選択授業だ。やったー」

高校2年生の10月、後期が始まってから行われる選択授業に慣れてきたクラスの皆は

お昼前に選択授業という事で浮き足立っていた。

僕の学校では、美術、体育、裁縫と分けられている。

絵が下手、運動音痴な僕は人並に出来る裁縫を選んだ。

教室に座りチャイムに応じて「挨拶めんどくさいからいいよ。はい。れーい」と気の抜けた一言をするのは手芸部顧問の八代瑞希先生。

いつも気だるげで、少し男勝りで、いい加減で、生徒から好かれてて、暇さえあれば「手芸部入れよー」と言ってくる。そんな先生だ。

「今日も三上と姫野両方いるね。結構結構」

裁縫の授業を選んだのは僕ともう1人だけだった。

もう1人は姫野さん。眼鏡をかけていて、いつも裁縫を教えてくれる。何より裁縫が好きって気持ちがひしひしと伝わってくる。

僕と彼女、八代先生の3人の空間は最初こそ戸惑ったものの今ではすっかり慣れたもんのだ。

授業中いつも先生は僕達に何気ない話題を降ってくる。暇つぶしなのだろう。

前々回は好きな季節、前回は好きなお菓子。

「今日はお前達の名前の由来を聞こうかな」

いつもとベクトルの違う質問に僕は驚いた。

「じゃあ姫野から」先生が言ったあと、少し間を置いて、

「三上くんは私の名前知ってる?」と聞いてきた。

「知っているよ。アリサだよね」僕は彼女の質問を疑問に持ちつつ答えた。

彼女は少し驚いた後につづけてこういった。

「よく知ってたね。私自分の名前嫌いなんだ。アリサなんて可愛い名前私には合わないし友達からも似合わないってよく言われるからなんか疲れちゃったの」作り笑いの様な笑顔をしながら彼女は言った。

姫野さんは可愛いよなんて内気な僕は言えなかった。そして僕と同じ悩みを持っていた事に正直驚いた。

「僕も一緒だよ。自分の名前が好きじゃない。馬鹿にされることもしょっちゅうさ。」

僕が諦めた笑いをしながら言うと、姫野さんは「私達一緒だね」と嬉しそうに言った。

「2人とも自分の名前嫌いなのか」先生はボールペンのバネを顎に当てながら考えているようだった。

そして閃いたように「お前達コスプレしてみない?」と言い出した。

「なんですか急に?」話題喚起にも程がある先生の発言に僕は聞く。

「私の妹がコスプレカフェ経営してて今週末幼稚園児が来てイベントをやるらしいんだけど人手足りないの思い出してさ。どう?」

「無理ですよ。コスプレなんて私には似合いませんよ!」

「やる前から似合わないってきめつけるのは先生どうかと思うけど?まぁやるかどうかは今日じゃなくていいし明日の授業で教えてよ」

タイミングを見計らう様にチャイムが鳴り響く。

「じゃあ今日は終わり〜また明日〜」

「姫野さんはどうするの?」教室に戻る際に僕は聞いてみた

「どうせ似合わないし断ろうと思ってるけど…」

教室に着いて僕らは別れた。

僕はいつも購買でパンを買う。購買に向かう時の廊下が混んでいて、抜け出すのに手間取ってしまったから、いつも買っているメロンパンとイチゴのジャムパンが売り切れていた。

油っこいものは苦手なのだけどと思いつつ今日はカツサンドを買った。

いつも一緒に食べている田邊くんに何故カツサンドなのかを指摘され説明していると、ちょうど後ろにいた柔道部の児島くんに

「油っこいもの苦手とか女子かよ。ダッセー」と言われてしまった。

反論したかったけど正論すぎてぐうの音も出なかった。

5時間目、6時間目と受けたがいつも来るはずの睡魔よりも先生と児島くんの一言がずっと頭の中によぎっていた。



翌日の選択授業は1時間目だった。金曜日という事もありクラスはいつもより選択授業へのやる気が満ち溢れているようだった..

「コスプレやるか決めた?」昨日と同じ号令のやり取りした後に先生はすぐに聞いてきた。

「僕やります」隣の席の姫野さんがすかさず僕の方を向いた。

「ほう。理由は?」「昨日ご飯を食べている時に女子かよって言われちゃって…コスプレして少しは名前の通りかっこよくなれないかなっていう希望的観測です」

と笑いながら僕は言った。

「結構結構。姫野はどうする?」僕の回答に満足したような先生は笑った後に姫野さんに聞いた。「私もやります」姫野さんが先生の質問に間もなく答えると

「理由は?」僕と同じように彼女聞いた。

「昨日友達に相談したら私にコスプレなんて似合わない。やめときなって馬鹿にされて…。でも私も変わりたいから。私は人の意見なんて聞かないで自分の意見を信じようと思ったからです!」

そう言った彼女はとても輝いて見えた。僕は姫野アリサという人物の真髄が垣間見れた気がして嬉しく思っていた。「昨日と順番は逆だけど私達やっぱり一緒だね」屈託のない笑顔で彼女は僕に言ってきた。

「私の思った通りの答えで嬉しいよ。明日10時学校の校門集合ね。持ち物は特にいらないから」

その日の裁縫の授業を終えた後の学校は気分が良かった。そして明日が楽しみになっていた。


翌日少し張り切りすぎた僕は9時半に校門に着いていた。周りを見渡すとそこには見覚えのあるシルエットがあった。

「おはよう。やっぱ姫野さんだ」私服姿の彼女はいつもと可愛かった。その原因の正体は眼鏡だった。「あれ?眼鏡は?」「おはよう三上くん。今日は気合い入れてコンタクトにしてみたの。どうかな?」少し恥じらいながら聞いてきた。「とても似合ってる」初めてこんな言葉を女の子にはいただろう。そのくらい可愛かった。

「お、集まってるねぇ。車後ろ乗りな」先生の車に乗り、今日僕達がバイトするコスプレカフェに着いた。コスプレカフェに着いて知らない顔が僕らを歓迎してくれた。

「いつもお姉ちゃんがお世話になってます。八代環稀です。2人の話はお姉ちゃんから聞いているよ!今日はよろしくね!」

先生と違ってしっかりしてるなぁと思っていた矢先、「三上、今私と違ってしっかりしてるって思っただろ」と鋭い声が飛んできた。

「そんな事ないですよ」必死にはぐらかす僕を見て姫野さんは笑ってる。

「今日2人にはお姫様と王子様をやってもらいます!三上くんはこのコートを着てね!アリサちゃんはこのドレス!」店の中に入り八代さんに説明を受けた僕達は、王子様とお姫様のコスプレを任されて唖然としていた。

「王子様って…もっと僕に似合いそうな役はないんですか?」

「似合うと思ってるから渡したんだよ。ほら着替えて着替えて」

姉譲りの強引さと説明の無さだった。

「覚悟しろ三上。環稀はそこまで言ったらもう変えてくれないよ」

マジかと思いつつ姫野さんを見ると彼女は少年少女の様な無垢な目をしていた。

そんな彼女を見て僕は覚悟を決めた。

「アリサちゃんはあっちで私が着付けてあげるね。お姉ちゃんは三上くんをお願い」

「ほーい」と気の抜けた先生の返しを聞いて姉妹間でも変わらないんだと僕は思った。

「髪セットだけしてやるからどんどん着てくのじゃ」

テレビでしか見た事がないこんな立派な王子様の服をまさか僕が着ることになるなんて1週間前の僕なら思ってもみなかった。複雑な衣装を1枚ずつ着て、僕は先生に髪のセットを頼みにいった。

「先生着替えたので髪お願いします」似合ってないと思う気持ちと恥ずかしいと思う気持ちを持ちつつ僕は声をかけた。

「はいはーい。任せろ」と言う声と共に丸椅子を回転させ振り返った先生は僕を見て「おぉ」と声を漏らした。

「似合ってるじゃん。これはかっこよく決めないといけないな。腕が鳴るわ。そうだ三上。出来たら言うから髪セットする間目瞑ってなよ」「なんでですか?」「いいからいいから」

やっぱり強引だ。「先生はコスプレの頼みを僕達が断るって思わなかったんですか?」

先生が髪の毛をしてくれている時に僕はずっと疑問だった事を聞いた。

「全く思っていなかったって言ったら嘘になるかな。2人に必要なのはきっかけだと思っていたからさ。」

「きっかけ?」詳しく聞こうとしたが「よし。出来たぞ!目開けな」と先生の声にかき消されてしまった。

僕は恐る恐る目を開け、鏡を見る。そこには僕の顔をした僕じゃない人物がいた。「上出来だ」自慢げに言う先生。

「これが僕?」唖然とした僕は声が震えていた。

「なに当たり前な事言ってるんだ?お前しかいないだろ、剛王子」

僕と先生がそんなやり取りをしていると八代さんの声が聞こえてきた。

「お姉ちゃん。来て来て!アリサちゃんすごい可愛い!」

「あっちも出来たみたいだな。よし行くか」先生と一緒に姫野さんと八代さんのいる部屋に行く。

そこには本物のお姫様がいた。長いドレス、綺麗な髪飾り。どこを切り取っても100点以上なお姫様がいた。「これが私?」驚く彼女に「お前もか」と笑いながら先生が言う。。

彼女が後ろを向き僕を見た。「本物の王子様みたい。すごくかっこいいよ三上くん!」

「姫野さんだって本物のお姫様みたいだ」2人は顔を合わせて笑いあった。

「三上くんもかっこいいね!髪の毛お姉ちゃんに任せて正解だったわ!もう少しで幼稚園児たちが来るからよろしくね!」

僕は正直不安だった。5歳くらいなんて1番王子様お姫様に憧れを持つ時期。すぐにガッカリされてしまうのではないかと。正直に言われてしまうのではないかと。幼稚園の先生が八代さんに挨拶を済ませ幼稚園児がやって来た。幼稚園児達が僕達を見て、ガッカリされるのを覚悟していると「本物の王子様だー!」「お姫様だー!」との言葉が相次いだ。

「王子様かっこいいね!」僕は幼稚園児達の嘘の無い言葉を素直に受け取った。

彼女も僕と同じように沢山褒められていた。僕達は幼稚園児達との時間を楽しんだ。

幼稚園児達の「王子様お姫様バイバーイ」と声が響く。

「終わっちゃったね」幼稚園児を見送った後隣にいる姫野さんに言う。

「うん。楽しかったね」姫野さんは満面の笑みで答えた。

「2人ともお疲れ様!超人気だったね!」後ろから駆けつけた八代さんが褒めてくれた。

「お疲れ」続けて先生も労ってくれた。

「先生きっかけをくれてありがとうございました」頭を下げる僕を見て姫野さんも頭を下げた。

「世の中には聞かなくてもいい意見なんて山程あるんだよ。何事も自分がしたいようにやればいいのさ。言いたいやつには言わせとけ。自分の事を言われて気にしちゃうのは私もわかるけどな。よぉし乾杯するぞ!」いつもいい加減な先生が異常にかっこよく見えた。

その後服を着替え、八代姉妹にご馳走になり先生が酔っ払ったのでお開きとなった。

「送ってあげれなくて本当にごめんね!三上くん悪いけど姫野さん送ってあげて!」

「私は大丈夫ですよ」「送るよ」「でも…」「いいからいいから」

先生のいい加減さが伝染ったかのようなやり取りをして僕達は店を出た。

「本当にいいの?」「うん」「じゃあよろしくお願いします」「任せてよ!」僕は笑顔で答えた。「今日は本当に楽しかったね」「私も夢みたいな時間だった。 」「とても似合っていたよ」「三上くんもね。」会話のキャッチボールが止むことなく続いた。

「私アリサって名前が嫌いだったんだ。可愛い名前と可愛くない自分を比べて比べられて…でも今日は。今日だけはアリサって名前を好きになれた。」「僕と一緒だ」3度目の一緒に僕達は笑いあった。

「大変可愛いかったですよ。アリサお姫様」

僕は彼女の隣から1歩前に出て、手を差し伸べ言った。

「貴方もとってもかっこよかったわ。まるで白馬の王子様。私だけの王子様になってくれないかしら?ねぇ?剛王子?」

彼女は手を僕の手に重ねて言った。

「私はもう貴方だけですよ。お姫様」

僕は上下に重ね合った手を繋がれる様に持っていった。

彼女は驚いた表情を見せたけど、とても嬉しそうだった。


コスプレの余韻に浸りながら僕達は手を取り合ったまま夜道を歩いた。

夜道に輝く蛍光灯の光はまるでシャンデリアの様でそのシャンデリアは今の僕達、そして僕達のこれからも、ライトアップしてくれていたみたいだった。


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[良い点] 哲学のような入りから、ハッピーエンドで終わり、僕好みでした!after storyも読みます!
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