表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/66

 ガフンちゃんの周りにクラス中のみんなが集まった。


 谷くんも、一匹狼の郷田くんも、クラス1口数の少ない本多くんも集まっていた。


 まるでガフンちゃんのサイン会だ!


 サインをしてるのは彼女ではなく、集まってるみんなのほうだったけど。



 前にあたし達3人が名前を書いた、あのノートを広げ、別のページを開いて、ガフンちゃんはみんなに名前を書いてもらっていた。

 言葉が通じないのでどういうつもりなのかはわからないけど、うん、間違いなくクラスのみんなの名前を覚えたがっている。

 さっきの気功拳の演武にみんなは感動したらしい。確かにあの迫力はプロ級の迫力があった。一気にガフンちゃんはみんなの人気者になっているように見えた。


「はい、並んで並んでー」

 あたしは警備員さんのようにみんなを一列に並ばせる。

「1人ずつよー。1人ずつだよー」


 郷田くんがノートにシャーペンで名前を書くと、ガフンちゃんが「ざまぁねぇ!」みたいに言う。

 郷田くんが「ああ!!?」みたいに睨むので、あたしがすかさず訳してあげる。

「なんて読むの? って意味だよ」

 もちろん本当にそう言ってるのかどうかはわからない。いやたぶん、合ってる。


「郷田、太郎だ」

 郷田くんが脅すような声で言う。

「ゴウダ、タロウダ」

 ガフンちゃんが『だ』まで名前だと思って繰り返した。



 本多くんがぼりぼり頭を掻きながら前に出て来て、ノートに『本多奏太』と書いた。


「ざまぁねぇ!」ガフンちゃんが文字と本多くんの顔を交互に見ながら、笑顔で言った。


 本多くんは顔を赤くしながら「ほん、そ……です」と言った。


「聞こえねーよ!」とウルちゃんがばしっと頭を叩いてどつくと、なぜか嬉しそうに笑った。


 いつも大人しい本多くんの笑顔を初めて見て、あたしはちょっと嬉しくなった。




 谷くんが得意げに前に進み出た。

 ノートに自分の名前をスラスラと書く。


『谷翔』と。


 そしてまた、からかうように言った。

「たにしょう、ですよ。貞子さん。たにしょうです。早く日本語覚えてね!」


 ガフンちゃんが吹き出した。


 書かれた『谷翔』の文字と谷くん本人を交互に指さして、何か言ってる。


「な、何がおかしい!?」

 谷くんは珍しくニヤニヤ笑いが取れて、びっくり愕然としている。

「笑うな! やめろ! 俺は他人を笑うほうの立場だ!」


 ガフンちゃんの笑いは止まらず、机に突っ伏して、ヒーヒーと涙を流しながら何かにウケまくっていた。


 みんな意味がわからず、ぽかーんとするしかなかった。







 家に帰ると、あたしはカクさんの部屋へ行った。

 うちの旅館の客室の扉は襖だ。一応中からはつっかえ棒で鍵が出来るようになっているが、外からは鍵が出来ない。なんとかしたほうがいいんじゃないかとあたしは思っているが、お客さんからは「日本らしい情緒がある」とかで喜ばれているらしい。とりあえず今のところ、盗難事件さえ起こったことはないが。


 襖をぼすぼす言わせてノックすると、中に声をかけた。

「カクさん、いるー?」


「はい、いますヨー」と機嫌のよさそうな声が返って来た。



 ロビーに出て来てくれたカクさんにコーヒーをご馳走した。

 喫茶コーナーの本格コーヒー豆で淹れたおいしいブレンドコーヒーだ。あたしはコーヒー牛乳のほうが好きだけど(←小声)


「アリガトウゴザいます。台湾人はコーヒー好きなんですヨ」

 ほくほくしながらカクさんが言った。

「学校は楽しいですカ?」


「うん! ガフンちゃんが来てからもっと楽しくなったよ」


「ソれは良かった」

 カクさんは自分のことみたいに嬉しそうに笑ってくれた。

「で? 私に聞きたいこと、何かありますカ?」


「うん」

 あたしはうなずき、メモ帳を取り出した。

「ガフンちゃんが今日ね、この文字を見て爆笑したの。なんでだったのかなって、知りたくて……」


 メモ帳に『谷翔』と書くと、カクさんはぷっとコーヒーを噴き出しかけた。


「誰か……。これは、お友達の名前?」


「うん。男の子の。ちょっとおかしな子なんだけど」


「これは若者言葉なんですけド……」

 カクさんはにこにこしながら教えてくれた。

「『翔』という漢字には『うんこ』という意味があるんですヨ」


「ええっ!?」

 あたしはびっくりして、言った。

「日本だとむしろカッコいい名前ですよ? 谷くんにはとても似合わないぐらい……!」


「ええ。そうですネ。でも、中国からどうも伝わったようで、理由もわかりませんが、中国語の『翔』は『うんこ』という意味があるんデス」

 カクさんはコーヒーから口を離すと、改めて噴き出した。

「櫻井翔……(笑)」


「じゃ、谷くんはうんこなんですね?」


「はい、うんこデス。失礼な話ですガ……」


「うんこうんこーって呼んでやっていいんですね? これから」


「呼ばないほうがいいでしょう。失礼ですからネ。うんこうんこー、だなんて」


 ちょうど通りかかったオランダ人のイケメンのお客さんが、あたし達の会話を聞きつけて、やって来た。


「うんこの話、してるの?」


「はい! うんこの話、してるんです」


「コーヒーがうんこの匂い、して来ました……」


 この後めっちゃ談笑した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あはははははははは 谷のヤツめ!! ざまあみろ!! 黒楓でした<m(__)m>
[一言] しいな ここみ様 いつも楽しく拝読しております<(_ _)>(*^-^*) 余談ですが・・・ 本郷奏多さん好きですか? わたしは結構好きです。 キリンが来るで、イイ感じのお公家さんさ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ