そして物語は続いて行った
「お帰りー!」
「お帰り、フェニーちゃん!」
「久しぶり!」
目の前にいるのは本当にお姫様みたいな、白いブラウスが純白のドレスに見えてしまうような、スラリと長い脚を黒いスカートから覗かせた国際的スター、フェニー・スーだったが、あたし達は昔のままのノリで、彼女を迎えた。
「凄い凄い!」
「やったじゃん!」
「この、世界的人気者!」
みんなが肩やら背中やら頭やらをペシペシ叩くと、フェニーちゃんは嬉しそうに大口を開けて笑った。
「あっはっはー!」
「なんで倉吉でライブやってくれることになったのー?」
「俺達のためー?」
「もちろんでしょー」
フェニーちゃんが日本語を喋ることを誰も不思議がらなかった。テレビでいくらも見ていたので。
「ここはあたしの原点なんだから」
フェニーちゃんの発音がちょっとおかしかったので反応に時間差があった。
「原典?」
「減点?」
「あ、原点か!」
「ここで中学時代をさ、たとえほんの一ヶ月もなかったにしても、送ってなかったら、今のあたしはなかったんだよっ」
フェニーちゃんは踊るように言った。
「あのお泊り会のこともさ、それに……」
フェニーちゃんがあたしを見つけた。フフッと微笑む。
あたしは言った。
「小雰、好久不見(フェニーちゃん、久し振り)」
「オーゥ! アリサ! 好久不見!」
手を握って来た。
「何よー、アリサと話したくて日本語身に着けたのに、綺麗な中国語喋ってくれちゃって!」
「あたし、許してないからね」
頬を膨らませて見せてやった。
「何も言わずに台湾帰っちゃって……!」
「でもこうやって帰って来たでしょ」
夢みたいに綺麗な顔が目の前で笑う。
「ただいま」
「お帰り、フェニーちゃん」
思わず抱きついた。
「会いたかった〜、アリサ」
彼女もぎゅっと抱きしめ返してくれた。
「ここはあたしの原点なんだよ。だってあなたがいたから」
「あたし、何もしてないでしょ」
「話しかけてくれたじゃない」
フェニーちゃんはハグをしながら、あたしの頬にキスをした。
「アリサのあの勇気がさ、あたしに教えてくれたんだよ。話しかけてもらえることの嬉しさも、誰かを笑顔にしてあげられることの大切さも」
不覚にも涙がぽろぽろこぼれた。
遠い存在になったと思っていた彼女は、昔と何も変わらなかった。
「この町でみんなと過ごしたあの中学時代がなければ、今のあたしはなかったもん」
フェニーちゃんは泣いてしまったあたしの髪を優しく撫でながら、言った。
「テレビでも嘘つくことなく本当に『日本の中学校はとても楽しかったです』って言えるし」
フェニーちゃんの目にも涙が溜まってた。
みんなもウルウルした目をしながら、あたしとフェニーちゃんを見てた。
「とりあえずっ、今日はお世話になります」
フェニーちゃんが丁寧なお辞儀をした。
「ごゆっくりなさって下さいね」
お母ちゃんも負けないほど丁寧なお辞儀をした。
お父ちゃんとカクさんがぽーっとしながら見とれている。
「本多くん、写真撮ってよ」
金髪になった緑子ちゃんが言った。ちょっと縦ロールだ。
「フェニたん真ん中にしてさ、ファンの集いみたいな感じで」
パシャッ
みんな笑顔で収まった。
フェニーちゃんから直接もらったチケットを持って、みんなでライブ会場へ行った。特等席だ。卑怯なようだが、コネというものは強いのだ。
収容人数わずか1500人ほどのライブ会場は、フェニー・スーが立つには小さすぎた。それでも彼女は最高の笑顔でステージ上に現れた。
「はあーっ、落ち着く」
赤いドレスに身を包んだ笑顔のフェニー・スーが、アコースティックギターを抱えて、マイクを通して澄んだ声を会場に響かせた。
「この町は、私の第二のフルサトです」
すぐ目の前で、フェニー・スーが聴いたことのある歌を歌ってくれた。あのお泊り会の時、誰よりも早くあたし達に聴かせてくれた、彼女のデビュー曲だった。
他のお客さん達もみんなニコニコだった。
フェニーちゃんはバンドを背に、ダンサーを引き連れて面白い踊りを披露したり、アカペラでしっとりと中国語の美しい歌を歌ったり、日本語のカバー曲を歌ったり、とにかく楽しい時をみんなにプレゼントしてくれた。
みんな手拍子を打ったり聴き入ったり、彼女に最高のレスポンスを贈り返していた。
あたしは本多くんの肩に頭を乗せて、キラキラ流れる時を楽しんでいた。
思い出が流れ出し、今と繋がって、最後の日本デビュー曲はみんなで一緒に歌った。
今、ここにいるみんなは中学時代、この世界的スーパースターと一緒の時を過ごした。
彼女は初め、とても怖がりな女の子で、ガフンちゃんとみんなから呼ばれていた。
あたしが作ったんだぞ、この物語は。
そして物語は続いて行った。
(完)
お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
この物語は高校時代、大阪から転校して来た女の子が山陰の田舎町の私の同級生から差別されていたことを思い出して書きました。
私は彼女に声をかけてあげようと思いながら、勇気がなくて出来ませんでした。
あの時の後悔がこれを書かせたのだと思います。実際、彼女は綺麗な子でした。
屈辱に耐えるような表情で、長い髪で顔を隠すように、いつも自分の席に座っていたのを覚えています。
私は脳内で彼女に話しかける詩なんか書きながら、現実には何をすることもなく、彼女は関西弁をみんなからバカにされたまま(特に谷くんみたいな子からしょっちゅう関西弁を真似してからかわれていました)、その後すぐにまた転校して行きました。
ずっと後悔しています。
あの時話しかけていても友達になれたかどうかはわからないけれど、話しかけないことには何も始まらなかったと思うと……。
また、台湾からの留学生で雅芬ちゃんという、仲良くしてくれた子が実際にいたことも、この作品を書くきっかけとなりました。
彼女もどっちかというと差別されていました。「ガフン、ガフン」なんて言われて……。本当に芸能人みたいに可愛い子だったのに。
つまらなそうにしている彼女に交換学習を申し出ることが出来ました。
私は彼女に日本語を教え、彼女は私に中国語を教えてくれました。
今は彼女は台湾にいますが、今でもたまにメールやフェイスブックでのやり取りをしています。
農場の手伝いをしながら、日本語の通訳の仕事などもしているようです。
私のお陰だな、とうぬぼれています(笑)




