お帰り、フェニーちゃん
あれから6年が経った今、あたしは東京の大学に通っている。もう2ヶ月経てば、7月には20歳になる。
カフェで奏太にいつもの文句を言った。
「ま〜たお前は何にも言わないのかよ」
「ごめん、あーちゃん」
奏太はいつものように「あはっ」と笑い、弁解する。
「恥ずかしくて……さ」
「あーのーな!」
向かい合ったテーブルを越えて、その頼りない細面にデコピンを食らわせた。
「写真コンテストで入賞したことを彼女に報告しない彼氏がどこにいる?」
「こ……、ここに」
プッと笑わされてしまう。付き合い始めて5年にもなるのに本多奏太は何も変わらない。あたしが面倒見てやらないと何も出来ない。
「お祝いしようね。今夜がいい?」
あたしが言うと、やっぱり恥ずかしいのか、奏太は話を逸らした。
「倉吉行きの切符2枚、買っといたよ」
「おっ? 何も出来ないかと思わせといて、気が利くじゃん」
そうなのだ。奏太が本当に何も出来ないやつなら、いくらお節介欲のかたまりのあたしと言えど、5年も付き合ってない。
「フェニーちゃん帰って来るからね。楽しみだね」
フェニー・スーは日本でも大人気の女優兼シンガーソングライターに成長した。
シンガーソングライターとして、初めての日本ツアーをこのたびやるのだが、全国5ヶ所を回る。
それが何故か、東京、大阪、名古屋、福岡、……倉吉なのだ。
あたし達は東京の大学に通っているので、はっきり言って東京公演のほうが近いのだが、無理やりにでも故郷の倉吉に帰ることにした。
何しろ世界的な大スターであるフェニー・スー様が、『旅館すすき』に宿泊予約をして来たのだ。おもてなししないわけには行かないだろう。
故郷に帰るのはほんの9か月振りだったけど、やたらと懐かしい気がした。
あたしと奏太が『旅館すすき』の前に着くと、ちょうど玄関前に白い小型トラックが停まった。ボディー横には『西園寺酒店』と書いてある。
運転席から背の高い兄ちゃんが降りて来て、あたし達には気づかずにビールケースを荷台から降ろして中へ運び込む。
「おい、お前。運び方がなってねーヨ。気をつけて運べよナ。ガチャガチャ言わすんじゃねーヨ」
ちょうどそのひとが泊まりに来ていたようで、兄ちゃんに文句を言っている。
「うっせーな、てめー、ただの客だろうが! てめーに文句言われる筋合いはねーよ、このアンパンマン親父!」
「カクさん、郷田くん!」
あたしが声をかけると、2人がようやくこっちに気づいた。
「オオ、アリサさん。お久しぶりデス」
カクさんがにこにこ笑った。
「章正さんから聞いていましたヨ、今日、帰って来ること」
53歳になったカクさんは何も変わらない。
相変わらず優しくて、独身で、何の仕事をしているのかよくわからない。
郷田くんは変わった。さらに身長が伸び、黒いレザージャケットの似合うイケメンになった。でも中身は相変わらずなのかな。
「郷田くん、久しぶり。緑子ちゃんとは上手く行ってる?」
「あ!? 関係ねーよ! おまえらと一緒にすんな!」
高校を卒業してヤバいところに就職しかけていた彼を、西園寺パパが助けたという話を聞いていた。
「オメー、お嬢ちゃんに対してその口の利き方は許さねーゾ、テメー」
「うるせー、てめー、仕事の邪魔だ、糞オヤジ、殴んぞ」
「はいはいはい!」
お母ちゃんが手を鳴らしながら出て来た。
「カクさん仕事の邪魔しないで。太郎くんちゃんとお仕事お願い」
うちの旅館は郷田くんが店員さんになった後、西園寺酒店と取引契約をしたらしい。
「緑子ちゃんは? また後から来るの?」
「あー。あいつ神戸の女子大から帰って来っからな。俺も一緒に、後であいつ乗せて来っから」
郷田くんの表情が少し楽しそうになった。
「ソフトボールの決着もつけなきゃなんねーからな。ありゃてめーのエラーだった。あいつのホームランなんかじゃねぇ」
い、いまだにこだわってるのかよ……。
「有紗、お帰り。奏太くんも」
お母ちゃんが少しニヤニヤしながら迎えてくれた。
「台湾からの超有名人客様御一行のチェックインは午後三時になってるよ。それまでゆっくりしときなさい」
あたしが「ただいま」を言うより先に奏太が前に出て、ぺこりと頭を下げて「どうもです」と言った。
15時が近づくと、みんながだんだんと集まって来た。
遠くに出てたり、暇が取れなかったりで、全員は来られなかったけど、あのお泊り会の時のメンバーはほぼやって来た。
来られなかったのはキーコちゃんと谷くんだ。
キーコちゃんは女優としてデビューし、人気者となっていた。女優とはいってもちょっと特殊な、セクシーな感じの女優だが。
谷くんはキーコちゃんの奴隷みたいになっていて、側について甲斐甲斐しく働いているそうだ。そのうちそういう男優になるんじゃないかと噂されている。
「アリサー」
「有紗ちゃん」
ウルちゃんとマイちゃんが並んでやって来た。
2人は揃って地元の同じ短大に進学し、来年卒業する。高校も同じだったし、帰るたんびにいつも会っているので、どこか変わっていてもよくわからなかった。
みんなが集まってしばらくした時、旅館の玄関前に黒い高級車が停まった。
マスコミには嗅ぎつけられなかったようだ。ボディーガードみたいな逞しい黒スーツの男の人2人に守られて、彼女が車を降りて来た。
テレビでは最近いつも見ている顔だけど、生で見るのはまるで初めてのような気がした。みんな誰も小躍りしながら、彼女が入って来るのを待ち構えていた。
ロビーに集まっているあたし達に気がつくと、世界的な美人女優であり人気シンガーソングライターのフェニー・スーがサングラスを外し、嬉しそうに手を振った。小走りになり、自動ドアが開くのを待つのももどかしそうに、入って来た。
「みんなー! ただいま!」
それはとっても綺麗な日本語だった。




